久遠のプロメッサ 第三部 君へ謳う小夜曲

日ノ島 陽

文字の大きさ
46 / 51
3章 寂しがり屋のかみさま

12 嫉妬

しおりを挟む
***


 大精霊アクアは笑みを湛え直す。完璧を目指す身だ、すぐに激情に呑まれるのは未熟の証であると己を奮い立たせる。

 アクアという存在は、所謂しっかり者であった。
 天真爛漫なビエント。大人しくて気弱なテラ。そして優しすぎて自らを犠牲にすることも厭わない母――女神シュミネ。彼らを正しく導き、支え、より良い世界を構築するのは自分の役目であると在りし日の彼女は考えていた。
 ヒトを助ける彼らを助け、母の願う世界を叶えるべく奔走し――やがてそれが間違いであったと気付く。

 あくまでシュミネの意志に従い、働いてきた。それがこのザマだ。
 いつからか思い詰めたように何かを考えているようだったシュミネが、ある日決意をかためてどこかへ出かけていった日を境に全てが狂ったように思う。
 これまで穏やかに暮らしていた人々が争い始め、瘴気に呑まれた大地は腐敗していく。その毒を浄化出来るはずのシュミネは何故か力をそぎ落とし、その身を焼いても完全な浄化には至らず。
 だから、アクアは思った。
 わたくしに力さえあれば、母よりも完璧で美しい世界が作れるのに――と。

 そこからアクアがシュミネを見下すようになるまで時間はかからなかった。世界を守れなかった母よりも自分の方がきっと優れているはず。この状況を打破する案を講じれば、きっとテラもビエントも、残された人々もわたくしを認めてくれるようになるはずだと。
 しかし、それは叶わなかった。
 大精霊ではあるが、創世の力は持たないアクア。彼女に世界を変える力はなく、また女神のような求心力もなかった。彼女の考える完璧な世界を論じても、誰にも賛同されなかった。
 皆、シュミネの構築した生ぬるい世界を愛していた。

 何故? 何故こんな不格好で不自然で不完全な世界を愛しているのだろう?
 統一された色で構成された建造物に大精霊を主軸とした政治体制、人間同士の交配は遺伝子を考慮して計算し、能力に応じて役割を与え、仕事は一日につき時間を決めてそうでない時間は教育機関を作って崇高な知識を刷り込み、一定の年齢に達したら――

「何を黙り込んでいるの?」

 あの鈴のような声がして、アクアは視線を下に寄こす。
 世界に自由を。人々に自由を。そんなことを宣った声と同じ。

「……思い出していたのです。あの愚かな女神の願ったものが、どれだけ醜い結果をもたらしたかということを」

 テラとビエントが眉をひそめるのが分かる。彼らは女神シュミネを愛していたのだから、侮辱されて平気なわけがない。それを分かっていながら、アクアは続ける。

「せっかく女神の縁者が足を運んでくださったのです。わたくしの計画が花開く瞬間をどうぞご覧になっていってくださいな」

 シュミネを越えるために足りない力を手に入れたのだ、と視線を寄こした先には青い蔓薔薇に捕らわれた、作られた神。永久の花に寄生されている今は不老不死と化したその体は、アクア好みの美しさだ。

「ねぇ、テラ、ビエント」
「なんだ」
「考えたことはありませんか? 人間が精霊の血を取り込むことで神になれるのなら、逆もまた然りと」

 イミタシア。大精霊が作り上げた擬似的な神。
 元はテラが考案したその計画を、アクアは流用することにした。
 だから彼らの計画に一時的に協力した。レガリアが覚醒するように手出しもした。そして、大がかりな術式を行使して油断している隙を狙い、こうして手籠めにしたのだ。
 全ては、自らがイミタシア(偽の神)――否、本物の神となるために。

「まさか、お前……。あいつの血を飲むとでも?」
「えぇ、その通り。そして、わたくしがこの世界の新たな女神となりましょう」

 そして完璧な世界を創ってみせれば――きっとみんな、自分を認めてくれるはずだから。シュミネよりも、もっともっと。


***


 レガリアの前にふわりと舞い降りたアクア。
 驚愕に固まっていたテラとビエントが我を取り戻し、同時に飛びかかる。それを読んでいたアクアは青白い腕を横に払って結界を展開した。大精霊二柱がぶつかると同時に激しい火花が飛び散った。

「何が何だかよく分からないけど――とにかく二人とも。俺がレガリアを無理にでも目覚めさせるから、彼をあそこから解放しよう」

 大精霊たちが争い始める中、フェリクスが提案する。すぐさま頷いたのはソフィアだ。

「分かったわ。アクアのことはテラとビエントに任せましょう」
「うん。でも私、囮になる。なんだかアクアに嫌われているみたいだし――それに」

 何を危険なことを、と明らかに反対しようとした神子たちに向けてシャルロットは首を横に振る。

「レガリアも、私に助けられるのは嫌だと思うの」


***


 体の中から揺さぶられるような感覚に、レガリアは目覚めた。
 全身が動かない上に痛い。精霊の血を取り込んだ時に比べるとマシな方だが、全身に茨が食い込んで動くと傷が抉られる。
 視線だけを前に寄こすと爛々と輝く石榴石の瞳と目が合う。横にずらせば散々苦しめてきた炎姫の彼女が複雑な面持ちでこちらに駆け寄ってくるところだった。
 そこで気がつく。奪われた意識を、シアルワの能力によって無理矢理覚醒させられたのだと。心象世界ではレイも目覚めたようだ。状況が分からず戸惑っている様が感じとれる。

「君たちに助けられるとはね。見捨てても良かったのに」

 それを聞いたフェリクスがムッと口を尖らせる。

「確かにお前を許すには時間が掛かりそうだよ。でも、見捨てて世界をめちゃくちゃにするのと助けて俺の大切なみんなを悲しませないようにするのと、選ぶなら後者に決まっているじゃないか」
「そうね。私は許せそうにないけど……少なくともレイが一緒にいるのなら見捨てないわ」
「……レイは良い友達を持ったね」

 ソフィアの剣が慎重に茨を切り裂いていく。
 半身が動けるようになったところで、ふと上を見上げれば争い合う大精霊たちと……そのうちの一柱に抱えられながら応戦している少女の姿があった。金色の光をきらきらとまき散らして、まるで女神のようだ。
 素直に綺麗だな、と思った。
 そして同時に……彼らに愛されている半身に対するひとしずくの羨望と、彼から受けたやさしさに対する密かな優越感を。

「さぁ逃げましょう。話はそれからよ」
「……僕さ、あの女神の手を取ったことを後悔していたけど――それを撤回しようかな」
「?」
「この世界に来て良かったかもって思い直しただけ」

 ようやく全身を動かせるようになり、地に足をつける。
 フェリクスとソフィアはレガリアの言葉に首を傾げていたが、とりあえずこの場から離れようと左右をがっちりかためてくる。その徹底ぶりに淡く笑み、レガリアは再び上を向く。
 青色の視線が一瞬向けられたことに気がつかないはずがない。遠くて見えないが、その口元には醜い笑みを浮かべているに違いない。

「あぁそうだ」

 ふと思い出したかのように告げる。

「レイが幸せに暮らせるように、神殺しはきちんと終わらせてね」

 それは誰に向けられたものだったのか。人間たちに向けられたものか、精霊に向けられたものか、それとも。
 どこか遠くを見やった血赤の瞳がそっと瞼に閉ざされる。二人の手を振り払い、瞬時に衝撃波で吹き飛ばした直後。
 既に眼前に迫っていた巨大な生物――水で構成された不思議な形。以前生きていた世界で鮫と呼ばれていたもの。
 ソレの巨大な口が、レガリアの半身を食いちぎった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...