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終章 約束
1 夜明けの幻想曲
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頬を撫でる優しい風が心地よい夜のこと。
西の大国シアルワの王が住まう巨大城に幾重にもそびえたつ塔のひとつ、その最上階の一室には紅茶と菓子の甘い香りが漂っていた。
夜も深まり、どちらかと言えば朝に近いこの時間にも関わらずフェリクスは起きていた。なんとなく眠れずにいたのである。
ベッドに腰掛け、物思いにふける。
あれから十年という月日が経った。
レガリアが構築し、シャルロットたちと破壊した術式の効果が切れたおかげか人々は何事もなかったように平和に暮らしている。おそらくは何かされたことなど気付いてもいないだろう。無論、余計な混乱を避けるため公表する気もない。
シアルワの若き王として改めて君臨したフェリクスは、ビエントと交わした約束を果たすためにあちこちを駆け回っていた。精霊からの破壊活動がなくなった今、次に行うべきは故郷を失った人々への復興支援と心の傷を癒やすこと。
そして、精霊への憎しみを和らげ、前を向けるようにすること。
始めこそ精霊が忽然と姿を消したことに対して陰謀論が渦巻いていたが、今はそれもなりを潜めつつある。このまま消えてくれれば良いのだが、そうはいかないだろう。そのことについても考えていかねばなるまい。
隣国ラエティティアの女王シエルと精霊ゼノも二人の関係性を持ってして協力してくれているのだが、世界が長きに渡って受けてきた傷は深いのだ。
これをどうにかしていく流れを作るのも王族の使命。幸いなことにこの十年は大きないざこざもなく、人間は緩やかに人口を増やし新たな都市の建設なども進んでいる。将来は昔のように国が増え、より一層栄えていくのかもしれない。
ただ以前と違うのは神子の力を合わせられなくなる点だ。シアルワとラエティティアはまだしも、フィアンマは滅んだ国。末裔であるソフィアが女王となる道を拒んだ時点で、三人の神子が世界を動かすことはきっともうない。
神の力に頼ってばかりはいられないということか。
考えるべきことは山積みだが、一度思考を切り替えることにする。
明日―否、今日の午後にはミセリアと出会った記念日が訪れる。懐かしい気もするが、そうでもないような。自然と微笑んでいたフェリクスの頬を、隣の妻がつまみ上げる。
「何を笑っているんだ」
「イテテ。え―、だって記念日だよ? なんか嬉しくない?」
「よく自分が殺されかけた日を嬉々として祝えるな……」
「ソレ聞くのも何度目だろうね」
同時にフェリクスの誕生日でもあるため、祝わないというのもおかしな話だが。
解放された頬を撫でつつ、フェリクスはミセリアを改めて見つめる。
十年という月日を経てもなお、彼女は凜とした美しさを保っていた。同時に強さも兼ね備えていたが、今は当時とは違う強さがそこにある。
つと視線を下ろした先にはすやすやと眠る一人の少年がいる。ミセリアの膝に乗せた金赤色の髪に、今は閉じられているものの蜂蜜のような金色の瞳の――今年で五歳になる幼子。寝かしつけたはずが夫婦の密会に乱入してきて、今はこの通り夢の中。外見は父親に似ているが、強かなところは母親に似ている王子様だ。
次に視線をよこした先にはミセリアのお腹。少しだけ大きくなったそこには二人目の命が宿っている。
「ま、殺されかけたから今があるんだし。っていうか、何回も言うけどさ、今からでも良いから寝た方が良いよ。お腹の子にも悪いし」
「眠いは眠い。だが、この時期には一緒に夜明けを見たくなるんだ。毎年そうだろう?」
運命と出会った初夏の夜明け。姉を失い、自ら道を選んだ特別な季節。
ミセリアは珍しく自分からフェリクスの肩に頭を乗せ、小さくため息をついた。
「叶うならば、ずっと隣で見ていたい」
「この時期になるとミセリアがデレてくれるの、ほんと貴重だ……この世のすべてにありがとう」
「何か言ったか?」
「いや何も」
彼女の頭に自分の頬をすり寄せつつ、そう言えば、と口を開く。
「久しぶりにセルペンスさんから連絡があったんだ。ラルカがまたお城に行きたいって言うからまた来るってさ」
「そうか。……この子も喜ぶ」
ケセラにそっくりな人造人間の少女ラルカ――いまではすっかり大人びた彼女に、この国の幼い王子が初恋を抱いているのが微笑ましくてたまらないのだ。きっと頬を真っ赤に染めつつ、ツンツンした態度をとるに違いない。
ふいに眩しい光が差す。
夜を染め上げる金色の光。今日もまた美しい一日が始まる。
「ミセリア」
「なんだ?」
「愛してる」
「私も」
いつものやりとりも、この神聖な時間に行うと不思議な気分になる。
強い光によって生み出された二人のシルエットはぴったりと重なっていた。
二人が奏でる幻想曲はまだまだ続く。
精霊との永遠の約束が果たされる限り、音色が止まることはないだろう。
夜明けの幻想曲
西の大国シアルワの王が住まう巨大城に幾重にもそびえたつ塔のひとつ、その最上階の一室には紅茶と菓子の甘い香りが漂っていた。
夜も深まり、どちらかと言えば朝に近いこの時間にも関わらずフェリクスは起きていた。なんとなく眠れずにいたのである。
ベッドに腰掛け、物思いにふける。
あれから十年という月日が経った。
レガリアが構築し、シャルロットたちと破壊した術式の効果が切れたおかげか人々は何事もなかったように平和に暮らしている。おそらくは何かされたことなど気付いてもいないだろう。無論、余計な混乱を避けるため公表する気もない。
シアルワの若き王として改めて君臨したフェリクスは、ビエントと交わした約束を果たすためにあちこちを駆け回っていた。精霊からの破壊活動がなくなった今、次に行うべきは故郷を失った人々への復興支援と心の傷を癒やすこと。
そして、精霊への憎しみを和らげ、前を向けるようにすること。
始めこそ精霊が忽然と姿を消したことに対して陰謀論が渦巻いていたが、今はそれもなりを潜めつつある。このまま消えてくれれば良いのだが、そうはいかないだろう。そのことについても考えていかねばなるまい。
隣国ラエティティアの女王シエルと精霊ゼノも二人の関係性を持ってして協力してくれているのだが、世界が長きに渡って受けてきた傷は深いのだ。
これをどうにかしていく流れを作るのも王族の使命。幸いなことにこの十年は大きないざこざもなく、人間は緩やかに人口を増やし新たな都市の建設なども進んでいる。将来は昔のように国が増え、より一層栄えていくのかもしれない。
ただ以前と違うのは神子の力を合わせられなくなる点だ。シアルワとラエティティアはまだしも、フィアンマは滅んだ国。末裔であるソフィアが女王となる道を拒んだ時点で、三人の神子が世界を動かすことはきっともうない。
神の力に頼ってばかりはいられないということか。
考えるべきことは山積みだが、一度思考を切り替えることにする。
明日―否、今日の午後にはミセリアと出会った記念日が訪れる。懐かしい気もするが、そうでもないような。自然と微笑んでいたフェリクスの頬を、隣の妻がつまみ上げる。
「何を笑っているんだ」
「イテテ。え―、だって記念日だよ? なんか嬉しくない?」
「よく自分が殺されかけた日を嬉々として祝えるな……」
「ソレ聞くのも何度目だろうね」
同時にフェリクスの誕生日でもあるため、祝わないというのもおかしな話だが。
解放された頬を撫でつつ、フェリクスはミセリアを改めて見つめる。
十年という月日を経てもなお、彼女は凜とした美しさを保っていた。同時に強さも兼ね備えていたが、今は当時とは違う強さがそこにある。
つと視線を下ろした先にはすやすやと眠る一人の少年がいる。ミセリアの膝に乗せた金赤色の髪に、今は閉じられているものの蜂蜜のような金色の瞳の――今年で五歳になる幼子。寝かしつけたはずが夫婦の密会に乱入してきて、今はこの通り夢の中。外見は父親に似ているが、強かなところは母親に似ている王子様だ。
次に視線をよこした先にはミセリアのお腹。少しだけ大きくなったそこには二人目の命が宿っている。
「ま、殺されかけたから今があるんだし。っていうか、何回も言うけどさ、今からでも良いから寝た方が良いよ。お腹の子にも悪いし」
「眠いは眠い。だが、この時期には一緒に夜明けを見たくなるんだ。毎年そうだろう?」
運命と出会った初夏の夜明け。姉を失い、自ら道を選んだ特別な季節。
ミセリアは珍しく自分からフェリクスの肩に頭を乗せ、小さくため息をついた。
「叶うならば、ずっと隣で見ていたい」
「この時期になるとミセリアがデレてくれるの、ほんと貴重だ……この世のすべてにありがとう」
「何か言ったか?」
「いや何も」
彼女の頭に自分の頬をすり寄せつつ、そう言えば、と口を開く。
「久しぶりにセルペンスさんから連絡があったんだ。ラルカがまたお城に行きたいって言うからまた来るってさ」
「そうか。……この子も喜ぶ」
ケセラにそっくりな人造人間の少女ラルカ――いまではすっかり大人びた彼女に、この国の幼い王子が初恋を抱いているのが微笑ましくてたまらないのだ。きっと頬を真っ赤に染めつつ、ツンツンした態度をとるに違いない。
ふいに眩しい光が差す。
夜を染め上げる金色の光。今日もまた美しい一日が始まる。
「ミセリア」
「なんだ?」
「愛してる」
「私も」
いつものやりとりも、この神聖な時間に行うと不思議な気分になる。
強い光によって生み出された二人のシルエットはぴったりと重なっていた。
二人が奏でる幻想曲はまだまだ続く。
精霊との永遠の約束が果たされる限り、音色が止まることはないだろう。
夜明けの幻想曲
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