久遠のプロメッサ 第三部 君へ謳う小夜曲

日ノ島 陽

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終章 約束

2 誓約の九重奏

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 背景ソフィアへ。
 私の心は折れそうです。

 そんな文章を脳内で書きつつ、シェキナは盛大にため息をついた。
 ここはシャーンスの平民街に建つカフェの中。久しぶりに旧友が顔を見せたため、休暇を取ったついでに流行りのこの店に来たというわけである。目の前の丸テーブルには美味しそうなケーキに良い香りのお茶が並んでおり――否、いたがほとんど食べられてしまった。主に、黄色の髪の青年ノアによって。
 しかし、シェキナの胃痛はこの青年のせいではない。その隣に座って両手でカップを持っている痩身の男のほうである。
 そう、痩身。以前より多少肉はついたものの、まだ痩身と言って良いレベルの男。

「私考案のシアルワ式トレーニング、ちゃんとやってる?」
「やってるよ。ねぇ、ノア」
「あぁ。一応見て記録もつけてるぜ!」
「ご飯は?」
「そちらは私とアングさんが交互に料理番をして食べさせているので、栄養面での問題はないと思いますよ」
「そうそう。毎日見張られながらやってるよ」

 痩身の男セルペンス。彼が痩せ細っているのは味覚がなく食が細いせいだとシェキナは思っていたのだが、実のところ体質の問題なのかもしれないと考えを改めた。……いや、彼の実弟アングイスは普通の成人男性といった体格をしていた。だとしたら何なのか。どうすれば健康的な体にさせられるのか。彼を健康にして人生を謳歌させないと死後ケセラに笑顔で怒られそうな気がしてならないというのに。
 ノアとラルカに挟まれるようにして座っているセルペンスだが、もう一度よく見てみると顔色は良くなっている……ように感じる。うん。まぁ良いか。そういうことにしておこうと胃痛を虚無の彼方へと追いやった。
 ちなみに普段彼らと行動を共にしているアングは今はここにいない。心理カウンセラーとしての仕事が入っているとのことで、別行動する際に非常に寂しそうな顔をしたのをシェキナは覚えている。たかだか数時間程度の別れだというのにこれなのだから、弟による兄離れはまだかかりそうである。

「そういえば、これからどうするの? しばらくここに滞在する?」
「あぁ。後でシアルワ城に行くよ。フェリクスたちに挨拶したいし。それに、セラフィとヴェレーノにも声をかけていかないと」
「そっか。まだ行ってなかったのね」
「昨日戻ってきたばかりだからね。それにしても……」

 セルペンスは首を傾げる。

「ほんとに良かったのかい? ヴェレーノの墓をシアルワ城に作っちゃって」
「良いの。放っておいたらそれこそ祟られそうだし、セラフィの近くにいたら陛下たちを見守るついでに歪んだ根性を叩き直してくれるでしょ。リコに関してはあいつらが居るから陛下に申請しなかったけど……」
「そうだね。彼ら、海に辿りつけたかな」
「さぁ?」

 肩をすくめつつ、シェキナの浮かべる表情は信頼に満ちている。

 生き残ったイミタシアたち。
 シェキナは今までと変わらず城でメイドを続けているが、数年前に貴族の男性と結婚した。今は娘が一人いるらしく、ミセリアと相談しつつ共に子育てと仕事に励んでいる。好きな仕事を続けつつ、幸せな家庭を持つことが出来た彼女は毎日が充実していた。
 セルペンスは宣言通り医者のようなことをしつつ旅を続けている。ノアとアング、そしてラルカの監視の下で体調には気を付けさせられているようだが、外見の変化はあまり見られない。ケセラから貰ったというヘアピンもまた、毎日きちんと磨いているためか変わりない光沢を保っていた。

 そして、ここに居ないソフィアとクロウ。
 世界情勢が落ち着き、穏やかな日常が戻り始めた頃に忽然と姿を消していた。ラエティティア王国に構えていた情報屋カラスの拠点はもぬけの殻で、今では別の店になっている。
 きっとあの家族が抱いていた、未知なる海へ到達するという夢を叶えるべく旅立ったのだろう。
 未知、と呼ばれるだけあって国を出た先には何があるか分からない。海が本当にあるのかすら分からない。途中で野垂れ死ぬ可能性だって考えられる。
 まぁ、たとえ海と呼ばれるものがなかったとしても。彼らは彼らなりに旅の答えを見つけるのだろう。

 シェキナはふと窓の外を見上げる。
 よく晴れた、どこまでも深い青い空。
 そこに似つかわしくないほど真っ黒な烏の群れ六羽が、じゃれ合いながらどこか遠くへ飛んでいく。
 それはまるで、家族のように見えた。


誓約の九重奏ノネット
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