久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

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夜明けの幻想曲 1章 黄金蝶の予言者

10 組織へ

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 凍えるような寒さを感じて、フェリクスは目を覚ました。
 辺りはまだ薄暗い。カーテンの隙間から光が漏れているが、酷く弱々しい。――まだ夜は明けていないのだ。
 音を立てないようにゆっくりと起き上がる。
 部屋の中を見ると、ミセリア以外の仲間たちがまだ眠っている様子が確認できた。
 掛け布団をマントのように羽織り、フェリクスは立ち上がる。そのまま窓に近寄り、カーテンの隙間に顔を突っ込んだ。
 予想通り、空には星が輝いていた。夜明けが近いからか月の輝きは弱くなっており、遠くの空はどこか白っぽい。
 階下を見る。そこにはたったひとり、女性が立ち尽くしている。
 夜空の如く艶やかな髪、フェリクスが買った服。ミセリアだ。
 ミセリアの姿を確認したフェリクスは、窓から目を離して羽織っていた掛け布団をベッドへ戻した。雑ではあるが、放り投げたりはせず、畳んだ状態で。
 フェリクスは顔を洗い、着替えを済ませ、部屋から出た。
 まだ寒気は消えない。
 一階のエントランスへ降りる。エントランスから程近い厨房からは物音がするが、それ以外の音はしない。人の姿もない。
 木製の扉から外に出ると、ポーチにミセリアがいた。
 フェリクスは靴音をたてながら近づいた。
 硬質な音に気が付いたミセリアがフェリクスの方を向いた。金色の瞳がほのかに光って見えた。

「おはよう、ミセリア。ここで何を?」
「……昔のことを思い出していた。お前こそ意外と早起きだな」
「寒くて起きただけだよ」

 ミセリアは怪訝そうな顔をして、小首をかしげた。

「冬でもないのに?」
「……そうだよ」

 ミセリアの視線が、フェリクスの身体へと落ちる。確かに、フェリクスはかすかに震えていて、暗がりの中でも分かる程顔色が良くなかった。
 ミセリアは手を伸ばす。その先は、フェリクスの額。

「?」

 フェリクスが驚いたような表情を見せる。
 ミセリアは数秒の後、そっと手を離した。

「熱はないようだ。体調はどうだ?」
「あ、えっと。特に問題はないよ」
「そうか。今日は、ここで休んでいるか?」
「いいや、行くよ」

 ミセリアの問いに、フェリクスは反射的に答えた。

「俺は王子だ。攫われてしまった国民を助けることは、俺の使命だから。それに、ミセリアのお姉さんも助けないと」

 それが唯一の答えであるかのようにきっぱりとした口調だ。その様子を真っすぐに見ていたミセリアは、はあ、と大きなため息をついた。フェリクスの発した答えに満足しなかったらしい。

「な、なんだよぅ……」
「――嘘つき」

 たった一言で、フェリクスはびくりと反応する。静謐で鋭利な声音は、フェリクスを凍り付かせるには十分すぎるほどだった。
 黄金の瞳を細めて、ミセリアはフェリクスへ言う。

「お前は、命を狙われている。おそらくだが、今も任務は続いているはずだ。依頼者は血の繋がった兄。親しい騎士はお前を庇って一人戦い。なんとなく私の目的について来ると、昨日のアレだ。そして今日は組織へ向かう」

 ほんの数日間の出来事だ。城で仕事だけの日々を送っていたフェリクスにとっては、衝撃的で、未知の体験であることには間違いない。

「怖くないはずが、ない」

 フェリクスは押し黙る。反論はない。

「今お前が感じている寒さが病気からのものでないというのなら、恐怖あるいは緊張が原因だろう」
「そ、それはそうかもしれないけど」

 フェリクスはムッと口を尖らせる。

「怖いのならここに残ってもいいんだ。その方が安全だ」

 どこか冷めた口調で、ミセリアは告げる。
 フェリクスにも分かる。戦う力、あるいは支援する力を持つ仲間たちとは違い、フェリクスは何の力も持たない。むしろ気を遣わせて足を引っ張る可能性もある。いや、そちらの可能性の方が大きいのだろう。
 完全な、足手まといになる。

「無理だよ」

 それでも。
 それでもミセリアの言葉を、正論を受け入れることなんてできなかった。

「……放っておけない。国民が酷い目に遭っているのをこの目で見てしまったからには。残っていることなんて、できない」

 ミセリアはフェリクスの揺れる眼差しをじっと受け止めて、肩の力を抜いた。

「――そうか。お前は立派だ。王子としては」

 そしてフェリクスの横を通り抜けるようにして宿へ戻っていった。
 その後ろ姿を見送って、フェリクスはミセリアの立っていた場所で同じように立ち尽くしていた。

(ミセリアは、何が言いたかったんだろう)

 窓から見えたから、よく理由も考えず彼女のそばに来た。
 ミセリアのフェリクスのことを見透かしているかのような瞳が頭から離れない。

(間違ってないはず)

 先ほど口にした願いは、国民を助けたいという思いは決して嘘などではない。
 それなのに、胸の奥が重苦しいほどすっきりとしない。真っ白な霧に覆われてどこも見えない森に迷子になった子供のように不安になる。

(俺、王子として間違ってないよな? 姉さん)


***


 ミセリアは部屋に戻るなりベッドへダイブした。少し硬い枕を引き寄せて抱きしめ、仰向けの姿勢になる。眉根を寄せて思い悩んでしまう。

(私は何を言っているんだ)

 フェリクスを見ていると、何かと口を出したくなってしまうのだ。余計なことを言ってしまった、と後悔するも時すでに遅し。フェリクスにあんな顔をさせてしまった。
 ミセリアはふと姉の顔を思い浮かべる。
 みんなのため、笑顔のため、と慣れもしないお姉ちゃんとして居続けたケセラ。
 最後に見たのは目に包帯を巻いた姿だったが、口元にはずっとやわらかい微笑みを浮かべていて、ミセリアの心配をしてくれた。

(そっか)

 合点がいった。

(似てるんだ。二人)

 容姿や立場が似ているというわけではない。
 周りの子供たちのため、国民のため。自分を取り巻く周辺を常に気にしている姿勢が似ているのだ。自分の苦しみなんて蚊帳の外で、誰かを助けたいと願う姿勢は美しくもあるのだが。

(気にいらないな)

 閉じられたカーテンの隙間から光が差し込んでくる。
 陽が昇る。
 もうじき、セルペンスあたりが呼びに来るだろう。
 これからフェリクスにどう接するべきか悩みながら、ミセリアは枕を握りしめる手の力を強めた。


***


 空はすっかり明るくなっており、昨晩の出来事が嘘のように綺麗に晴れ渡っていた。
 フェリクス達は宿から出てしばらく歩き、ミセリアの案内通りに獣道を進んでいた。木々がうっそうと茂り、土の匂いが強い。

「よくバレないよな」
「むやみやたらに近づこうものなら罠が作動するようになっている」

 ミセリア曰く、この獣道は組織の人間が出入りする通路の一つとのことだ。なかでもここは非常用らしく、組織の人間が通ることはほぼないらしい。
 もくもくと歩いていくと、やがて一本の石柱が見えてきた。
 大理石でできているのだろう石柱は、苔が生え所々が朽ちている。
 その根元に、古めかしい石柱とは全く雰囲気の違う金属製の板が置かれている。

「あそこが、裏出入口だ」

 声を潜めてミセリアが説明する。

「中に組織員がいるかもしれない。私が先にいって様子を見てくる。合図を出したら、ついてきてほしい」
「その必要はないんだな~」

 どこからともなく聞こえるのんびりした声に、フェリクス達に緊張が走る。
 何も言わずともフェリクスを囲むように展開し、警戒をする仲間たちにフェリクスは申し訳なさを思いつつも周囲に視線をさまよわせる。
 森の一角からがさりと音がして、一人の男が現れた。
 赤い石のついたペンダントが光る。緑を帯びた深い青色の髪に、ハシバミ色の釣り目。口元には人の好さそうな笑みを湛えている。

「「「あ」」」

 その男の登場に反応したのはセルペンス、ノア、レイの三人だった。

「貴方は、道の宿協会で会った」
「おっと、君はジュースを奢った少年じゃないか。夜華祭りはどうだった?」
「えっと。ノーコメントで……」

 思わず、といった様子で呟くレイの言葉を聞き漏らすことなく男は返答する。
 大人びたというよりは演技じみた口調に、フェリクスとミセリアは不信感を募らせるが、先の三人は顔見知りらしい。

「レイ、知り合いなのか?」
「知り合いというかなんというか。道の宿で少し話しただけです」

 ノアとレイのやりとりを聞いて、セルペンスは男に問いかける。

「近くにいたんだね、クロウ。それにしても、なぜここへ?」
「ちょっとここの組織さんの情報がほしくてさぁ。ああいう奴らに関する情報は高く売れるんだぜ?」

 にこにこと言ってのけるクロウと呼ばれた男は両腕を広げて自慢げにくるりと回って見せる。
 ミセリアはイラッとしながら昨晩のノアとの会話を思い出す。

「ノアが言っていた凄腕の情報屋ってこいつのことか」
「ああ。そうだよ。こう見えてコイツ、間違いなんてない正確な情報を仕入れる天才なんだよ」
「そうか。それにしては緊張感の欠片もないようだが?ここをどこだと思っているんだ」

 じとぉ……と睨みつけるミセリアにも動ずることなくクロウは答える。

「今の時間帯はここ、見張りいないんだよな~。あいつら機械人形かよってくらいスケジュールぴったりに動くみたいでさぁ。今頃頭領のところで全員会議って感じだな」

 そう言われてミセリアは思い出す。そういえば全員が集まる時間があったな。

「侵入するなら今の時間がぴったりってワケ」

 カラカラと笑ってクロウは石柱の方へと歩いていく。
 その様子を見ながら、フェリクスはセルペンスに質問をした。

「クロウって人は、知り合いなのか?」
「ああ、彼とも小さな時からの付き合いでね。俺とノアが旅をする時も世話になっているんだよ。割と贔屓にしててね」
「へえ」

 セルペンスが心配する様子を見せないから信用に足る人物なのだろう。フェリクスはそう思うことにした。

「それじゃあ俺たちも行こうか」

 セルペンスに従ってノアとレイが着いていく。
 黙り込んでいるミセリアに、フェリクスは声をかけた。

「頼りにしてる。お姉さんもみんなも助けよう」

 数時間前に冷たく接したミセリアに対して何の戸惑いもなく笑顔を向けるフェリクスに、ミセリアはなんとか頷くことで応える。
 フェリクスは、そんなに気にしていなかったのか。
 ベッドでうじうじと悩んでいた自分が馬鹿らしくなり、ミセリアはため息をついた。

(お姉ちゃんと考え方が似てるとはいえ、フェリクスのこと、気にしすぎだろうか)

 歩き出したフェリクスのあとに続いてミセリアは考える。
 今思えば、それ以外にも恨みもないのに殺そうとした罪悪感とか、久しぶりに服を買ってもらった礼などフェリクスを助ける理由はあるのだが、どうも気にかけすぎている節がある。ミセリアにはその自覚があった。

(私もお姉ちゃんに影響されているのか)

 人を思いやる心優しい姉の微笑みと、黄金の蝶が舞う瞳を思い出す。
 クロウが無骨な金属製の扉を難なく開き、地下への階段を大げさに見せつける様ももはやどうでもよくなってきた。
 ミセリアにとって大切なことは決まっている。

 フェリクスを守りながらも、お姉ちゃんを必ず助け出す。

 地下へ続く階段から、冷え込んだ風が吹きあがってくる。
 ずかずかと入っていくクロウとノアとは対照的に、セルペンスとレイは慎重に入っていく。
 フェリクスはミセリアの方を振り向いて、緊張した面持ちで頷き、ぎこちない動きで階段に足をかけた。
 ミセリアは手にナイフを持つ。いつ襲撃があっても即座に動けるように、緊張の糸を張ったまま王子の背中を追いかけた。

(必ず助けるから)
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