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夜明けの幻想曲 1章 黄金蝶の予言者
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シャルロットは誰もいない部屋の中で膝を抱え込んでいた。
その部屋は牢獄にしてはやけに綺麗で、客室と呼ぶにはやけに何もない部屋だった。
さほど広くはない立方体の部屋。中央には白木のテーブルと椅子が1セット。角には同じ材質のベッド。かけられた布団は高級なものではないが、洗い立てのようで甘い香りがした。
夜華祭りの日、謎の機械に連れ攫われたシャルロットは、初めは他の人間たちと一緒に暗い部屋に押し込められていたのだが、突然引っ張り出されて別室に連れてこられたのだ。
仕方なくその晩は眠り、朝起きてみるとトーストにサラダ、ホットミルクが運ばれてくるという高待遇を受けた。何が何だか分からないというのが現状である。
時折様子を見に来る白衣の男はシャルロットに対して敬語を使い、乱暴な真似はしない。
(レイ、大丈夫かな)
精霊に襲われて倒れていたところを助けてくれた青年の顔を思い出す。
夜華祭りでのキラキラとした表情を見て、シャルロットは(連れてきてよかったなあ)と思ったものだ。
それなのに、一人置いてきてしまった。
本当の予定では、夜華祭りが終わって森まで一緒に帰り、その後一人旅を始めようと思っていたのだが。
(そういえば)
朝食を運んできた男が身に纏っていた白衣について考える。
あの白衣、どこかで見たような気がする。
(考えろ、考えろ)
今や焼かれてしまったあの町。こぢんまりとした木製の家。その中の一室、カーテンが閉じられたままの、埃と紙のニオイが漂っていた部屋。一心不乱に資料を読みふけってはノートに何かを書きつけていた兄の後ろ姿。その兄が出かける時、身なりは綺麗にしないとダメだ、と言ってシャルロットが洗濯していた白い服。
(お兄ちゃんが着ていた白衣だ!! もしかして、お兄ちゃんと関係ある場所なの……?)
あの日はぐれてしまった兄。人との交流は必要最低限しかせず、変わり者だと噂されていたが、シャルロットにはとても優しかった。
そんな兄と関係するのであれば、あんな酷い行為をしてまで人さらいをする必要があるのだろうか。
シャルロットには仕事の内容を教えてはくれなかったが、「兄妹三人で暮らすために頑張っているよ」と朗らかに笑っていた兄のことだ。
シャルロットは首を振り、兄との関与を否定した。
(お兄ちゃんは関係ないよ)
顔も知らぬもう一人の兄。シャルロットと暮らしていた兄は長兄で、顔も知らぬ兄は次兄にあたる。
シャルロットが生まれて間もないころに精霊に攫われてしまったという。精霊に連れ去られた子供たちが生きて脱出したという話は聞いたことがないのだから、次兄もきっと……。しかし長兄は次兄の生存を信じているらしく、躍起になって仕事に取り組んでいた。
悶々と悩んでいても仕方ない。
シャルロットは軽く頬を叩き、この部屋から脱出する手立てを考えることにした。
脱出して、レイと会わなければならない。そのレイが一人森に帰ってしまっているという可能性もなくはないが、今は考えないことにした。
部屋の出入り口は金属製の扉ひとつのみ。普通にノブを回すだけで開きはしない。外から鍵がかかっているのだ。内側に鍵穴はない。
(……どうやって出ろっていうの!!)
シャルロットが体当たりをしたところで無意味だろうし、道具を使って壁に穴をあけることもできやしない。
こうなれば、誰かが部屋に入ってきたときを狙うしかない。
シャルロットは仕方なく扉を睨みつけて時が過ぎるのを待つことにした。
***
はるか昔に作られた遺跡とはいえ、組織が利用するにあたって改装を重ねたらしく、地下に広がる空間は殺風景ながらも丈夫そうで明るい。装飾の類は一切なく、所々に白い光と放つランプが取り付けられている。シアルワの下水施設とは違い、鼻につく臭いはしないが、見る分には非常につまらない。
廊下を漂う空気は刺すように冷たい。そのことに一層緊張を増したフェリクスは、足音を忍ばせつつ歩いていた。
先頭にはミセリア、その後ろにはレイ。フェリクスを挟んでノア、セルペンス、クロウと続く。誰も臆することなく、真っすぐに前を見つめている。フェリクスは内心(すごいなあ)と思いながらも、できる限りそれに近づこうと背筋を伸ばした。
歩くこと数分。
ミセリアが歩くスピードを落とし、ある扉を指さした。
「この部屋を抜ける。以前ここに子供たちが捕らわれていたが、今は誰もいないはずだ」
囁くような声は耳を澄まさないと聞こえづらい。それでも全員が頷いた。
ミセリアは慎重にノブを回す。ゆっくりと押して開け、中を確認すると後ろに向かって着いてこい、と合図をした。
一行が中に入ると、そこは切れかけのランプが弱々しく光るだけの部屋だ。血で汚れたタオルらしきものが隅に積まれている。
「この部屋には非常用の通路が隠されている。子供には開けないが」
ミセリアはそう言うと、壁に彫り込まれている溝にナイフと突き刺した。そしてナイフを引き抜くと、鈍い音をたてて壁の一部がずれて、別の通路が開けた。
「ふうん。その溝の奥にスイッチがあるんだな。子供にゃ分からんだろうなぁ」
感心したように呟くクロウを無視してミセリアは次の通路に身体を滑り込ませる。フェリクス達もそれに続く。
先ほど通ってきたばかりの廊下と同じ構造の通路だ。
迷路かな、とげんなりしつつフェリクスは歩き続ける。「遺跡とはよく分からない構造をしているものが多いらしいですよ~アトラクション代わりに行ってみたいものですね~」などとセラフィが言っていた気がする。
更に歩くこと十数分。ようやく廊下の突き当りが見えてきた。
今度は両開きの扉で、お粗末な南京錠がかかっている。
「ここは、ケセラお姉ちゃんがいた場所だ。今もいてくれるといいが」
ミセリアは迷いを見せずにナイフを突き立てた。キイン、と金属同士がこすれあう鋭い音がし、いとも簡単に南京錠は壊れた。
今度は勢いよく扉を開け、ミセリアは部屋の中に飛び込んでいく。
「お姉ちゃん……!!」
フェリクス達も着いていく。
そこは円形の部屋で、かつて子供たちが捕らわれていたという部屋より二回りは大きい。清潔感に関してはいくらか上のようだが、洗っても落ちなかっであろう血の跡が残るタオルが棚に畳んで置いてある。簡易ベッドがふたつと、ちいさなテーブルに椅子。誰かが暮らしていた痕跡はあるものの、そこには誰もいなかった。
「なんだこれは……」
ミセリアの視線の先をフェリクスが追うと、そこには円柱のような形をした物体が置いてあった。高さはフェリクスの腰辺りで、ゴテゴテとコードやら金属の板やらが組み合わせてあることからこれも機械らしい。頭部には青く染色されたガラスの球体が取り付けられており、その奥で何かがチカチカと瞬いていた。
「別の場所を」
「あ~ストップストップ。動かないで」
歯を食いしばって悔しがった後ミセリアが口を開こうとしたとき、クロウがそれを遮った。
「セルペンス、ちょっといいか?」
「どうかした?」
クロウはセルペンスを呼ぶ。それに答えようとセルペンスが振り向く。
ニッ、と笑うとクロウはセルペンスの腕を掴み前へ引き寄せた。彼が驚いてよろけるのと同時に自分は後退し、いつの間にか手に持っていた小型の機械を操作した。赤色の小さなボタンを押す。
ガコン!!と派手な音を立ててセルペンスの足元の床が口を開く。
「なっ……!!」
「行ってやりなよ、お兄ちゃん」
「……」
開いた床――落とし穴の重力には逆らえず、セルペンスは落ちていった。叫ぶことはせず、訴えることもせず、なるがままに。
「に、兄ちゃん!!」
ノアが追いかけようとするが、その前に穴は閉じられた。そこに落とし穴があったとは思えないほど、継ぎ目は床と同化して見えない。
「クロウ!! お前は……!?」
「いやぁ~すまんすまん。こっちも訳アリでさぁ」
変わらず人の好さそうな微笑みを浮かべているが、入り口で出会ったときよりも冷たい印象だ。
何が起きたか分からず混乱するフェリクスを前に、猛火のごとくノアが叫ぶ。
「兄ちゃんをどうするつもりなんだ!!」
「俺さ、ここの連中に頼まれてたんだよ。――イミタシアを連れてこいってなぁ」
イミタシア。その単語にミセリアが反応した。
「イミタシア、だと……」
「おっと、そこのお姉さんは知っていたのかい?割と機密情報なんだけども」
クロウはおどけた調子でノアを指さす。
「そこのノア、そんでセルペンスはイミタシアって呼ばれる存在ってワケ。まあノアの方はここの需要に沿ってないから見逃してあげたけど」
「な、なんだと!!」
怒りに飲まれているノアは大剣を引き抜く。床に叩きつけるようにされたそれは、耳障りな金属音を響かせた。
「ミセリア、イミタシアってのは……」
「説明は後だ、今はコイツをどうにかしないと。胡散臭いとは思っていたが、裏切り者だったとはな」
「あんた等はここで大人しくしているといいよ。さあノア、鬼ごっこと洒落込もうじゃないか」
ミセリアの視線を跳ね飛ばし、クロウは挑発するように両腕を広げた。いささか演技じみているその仕草は実際に挑発しているのだろう、ノアはいともたやすく乗った。
「上等だああああ!!」
「師匠、待っ」
フェリクスの制止もむなしく、部屋の外へ踊り出たクロウを追ってノアは飛び出していった。大剣を引きずる音がうるさい。重いであろう大剣を抱えてもなお走る速さはとんでもなく速い。
「お、追いかけましょう、セルペンスさんも助けないと」
「そうだな」
茫然としていたレイがなんとか気を取り直して口を開く。フェリクスも便乗し、開け放たれたままの扉に向かおうとする。
先に走り出したレイが出た瞬間に、扉が勝手に動き出した。ひとりでにしまったのだ。
「ちょ、」
フェリクスが出るよりも速く、扉は勢いよく閉まった。バン、と無慈悲な音が響く。
鼻頭をぶつけてうずくまるフェリクスを置いて、ミセリアは閉じられた扉を開こうと試みる。何の力かは不明だったが、びくともしない。
「分断されたか……」
「大丈夫ですか!?」
外からレイの声が聞こえる。ミセリアはため息をつくと、大声で返事をした。
「こっちは何とかする!! お前はお前の目的を果たせ!!」
どうせレイが外で何をやろうにも扉は開かないだろう。護衛対象のフェリクスはここにいることだし、レイには先に行ってもらった方が得策だ。
「わかりました。二人とも、どうか無事で」
一瞬の沈黙の後、そうレイの声がして走り去る足音がかすかに聞こえた。
「いたた……。ミセリア、これはどういうことなんだ?」
「そうだな。状況説明が先か」
内心焦っていることをなんとか顔に出さないように気を付けながら、ミセリアはフェリクスへ説明する。
「ここでは、イミタシアの研究が行われていた」
「イミタシア……。クロウも言っていたけど、一体何のことなんだ?」
「私にも詳しいことは分からない。しかし、ひとつ言えることがある。それは、イミタシアは普通の人間ではないということだ」
今思えば、凸凹兄弟も普通の人間ではありえない力を持っていた、とミセリアは独り言ちる。
「ケセラお姉ちゃんもイミタシアだ。言っただろう? ケセラお姉ちゃんは、未来予知の力を持つと。それと同じで、人間には使えないはずの力を持つ人間……それがイミタシアと呼ばれるらしい」
「確かにセルペンスは傷を癒す力を持っているけど。じゃあ、ノアは」
「分からないが、おそらくは身体能力の類だとは思う。あの身のこなし、ノアの体格ではむりだ。普通ならば」
そう、普通ならばの話だ。普通ならばあのような少年が剣を取り躊躇なく戦えることもないはずなのだが。少なくともノアの戦闘能力は護身程度のレベルではない。
「……あの二人が、お姉ちゃんの……」
必死に理解に努めるフェリクスをよそに、ミセリアはぶつぶつと呟きながら考え込んでいた。ケセラの話にあの二人は出てきただろうか。もしや赤ちゃんというのは、ノアのことだったのか。そうだとすると――。
「ミセリア」
フェリクスの呼びかけに我に返る。
「どうした」
「いや、とりあえずここから出る方法を考えようって言いたかっただけだよ。イミタシアの件については後で調べてみるからさ」
「そうだな。ここから出ないと話にならない」
真剣な面持ちで閉じられた扉を観察し始めるフェリクスに背を向け、ミセリアは部屋に置かれた謎の機械へ近づいた。
記憶の中との唯一の違い。この用途も分からない機械が原因なのかもしれない。
慎重に触れる。
その途端、待っていたと言わんばかりに頭部に取り付けられた球体が人工的な光を発した。
反射的に飛びのくが、光以外に出てくるものはない。
「な、なんだ?」
フェリクスは大きく身体を震わせて機械を振り向いた。
「近づくな」
一応釘を刺して置き、ミセリアは眼前の機械を睨みつける。
溢れた光はやがて上方へ向き、薄い四角形が浮かび上がる。
ザザ、ザザ、とざらつく音とともに四角形は何かを映し出した。どうやらスクリーンのようだった。
不鮮明な画面は徐々にはっきりと違う景色を映し出した。
「あ……」
その中央に映った姉と慕う人を認め、ミセリアは言葉を失い目を見開いた。
その人は玉座のように大きな椅子に座っていた。そこに本物の玉座とは違い、一欠けらの気品もない。
ビロードのクッションはなく、冷たそうな白い椅子だ。豪華な装飾はなく、代わりにごちゃごちゃとしたコードが巻き付いている。さらに違いを言うならば、玉座にはないはずの拘束具が鈍く光り、その人の四肢を戒めていた。
力なくひじ掛けに置かれた右腕には点滴にも見える管が装着されており、長く伸びた先は画面の外まで続いている。
「なんてことを……」
フェリクスも言葉が出ない。ミセリアの様子からも分かる。
彼女が、ケセラなのだろう。
少しぼやけた画面越しでも分かる顔色の悪さだ。相当に衰弱しているのが見て取れた。
「お姉ちゃん……!!」
ミセリアの悲痛な声が、狭い部屋に響き渡った。
その部屋は牢獄にしてはやけに綺麗で、客室と呼ぶにはやけに何もない部屋だった。
さほど広くはない立方体の部屋。中央には白木のテーブルと椅子が1セット。角には同じ材質のベッド。かけられた布団は高級なものではないが、洗い立てのようで甘い香りがした。
夜華祭りの日、謎の機械に連れ攫われたシャルロットは、初めは他の人間たちと一緒に暗い部屋に押し込められていたのだが、突然引っ張り出されて別室に連れてこられたのだ。
仕方なくその晩は眠り、朝起きてみるとトーストにサラダ、ホットミルクが運ばれてくるという高待遇を受けた。何が何だか分からないというのが現状である。
時折様子を見に来る白衣の男はシャルロットに対して敬語を使い、乱暴な真似はしない。
(レイ、大丈夫かな)
精霊に襲われて倒れていたところを助けてくれた青年の顔を思い出す。
夜華祭りでのキラキラとした表情を見て、シャルロットは(連れてきてよかったなあ)と思ったものだ。
それなのに、一人置いてきてしまった。
本当の予定では、夜華祭りが終わって森まで一緒に帰り、その後一人旅を始めようと思っていたのだが。
(そういえば)
朝食を運んできた男が身に纏っていた白衣について考える。
あの白衣、どこかで見たような気がする。
(考えろ、考えろ)
今や焼かれてしまったあの町。こぢんまりとした木製の家。その中の一室、カーテンが閉じられたままの、埃と紙のニオイが漂っていた部屋。一心不乱に資料を読みふけってはノートに何かを書きつけていた兄の後ろ姿。その兄が出かける時、身なりは綺麗にしないとダメだ、と言ってシャルロットが洗濯していた白い服。
(お兄ちゃんが着ていた白衣だ!! もしかして、お兄ちゃんと関係ある場所なの……?)
あの日はぐれてしまった兄。人との交流は必要最低限しかせず、変わり者だと噂されていたが、シャルロットにはとても優しかった。
そんな兄と関係するのであれば、あんな酷い行為をしてまで人さらいをする必要があるのだろうか。
シャルロットには仕事の内容を教えてはくれなかったが、「兄妹三人で暮らすために頑張っているよ」と朗らかに笑っていた兄のことだ。
シャルロットは首を振り、兄との関与を否定した。
(お兄ちゃんは関係ないよ)
顔も知らぬもう一人の兄。シャルロットと暮らしていた兄は長兄で、顔も知らぬ兄は次兄にあたる。
シャルロットが生まれて間もないころに精霊に攫われてしまったという。精霊に連れ去られた子供たちが生きて脱出したという話は聞いたことがないのだから、次兄もきっと……。しかし長兄は次兄の生存を信じているらしく、躍起になって仕事に取り組んでいた。
悶々と悩んでいても仕方ない。
シャルロットは軽く頬を叩き、この部屋から脱出する手立てを考えることにした。
脱出して、レイと会わなければならない。そのレイが一人森に帰ってしまっているという可能性もなくはないが、今は考えないことにした。
部屋の出入り口は金属製の扉ひとつのみ。普通にノブを回すだけで開きはしない。外から鍵がかかっているのだ。内側に鍵穴はない。
(……どうやって出ろっていうの!!)
シャルロットが体当たりをしたところで無意味だろうし、道具を使って壁に穴をあけることもできやしない。
こうなれば、誰かが部屋に入ってきたときを狙うしかない。
シャルロットは仕方なく扉を睨みつけて時が過ぎるのを待つことにした。
***
はるか昔に作られた遺跡とはいえ、組織が利用するにあたって改装を重ねたらしく、地下に広がる空間は殺風景ながらも丈夫そうで明るい。装飾の類は一切なく、所々に白い光と放つランプが取り付けられている。シアルワの下水施設とは違い、鼻につく臭いはしないが、見る分には非常につまらない。
廊下を漂う空気は刺すように冷たい。そのことに一層緊張を増したフェリクスは、足音を忍ばせつつ歩いていた。
先頭にはミセリア、その後ろにはレイ。フェリクスを挟んでノア、セルペンス、クロウと続く。誰も臆することなく、真っすぐに前を見つめている。フェリクスは内心(すごいなあ)と思いながらも、できる限りそれに近づこうと背筋を伸ばした。
歩くこと数分。
ミセリアが歩くスピードを落とし、ある扉を指さした。
「この部屋を抜ける。以前ここに子供たちが捕らわれていたが、今は誰もいないはずだ」
囁くような声は耳を澄まさないと聞こえづらい。それでも全員が頷いた。
ミセリアは慎重にノブを回す。ゆっくりと押して開け、中を確認すると後ろに向かって着いてこい、と合図をした。
一行が中に入ると、そこは切れかけのランプが弱々しく光るだけの部屋だ。血で汚れたタオルらしきものが隅に積まれている。
「この部屋には非常用の通路が隠されている。子供には開けないが」
ミセリアはそう言うと、壁に彫り込まれている溝にナイフと突き刺した。そしてナイフを引き抜くと、鈍い音をたてて壁の一部がずれて、別の通路が開けた。
「ふうん。その溝の奥にスイッチがあるんだな。子供にゃ分からんだろうなぁ」
感心したように呟くクロウを無視してミセリアは次の通路に身体を滑り込ませる。フェリクス達もそれに続く。
先ほど通ってきたばかりの廊下と同じ構造の通路だ。
迷路かな、とげんなりしつつフェリクスは歩き続ける。「遺跡とはよく分からない構造をしているものが多いらしいですよ~アトラクション代わりに行ってみたいものですね~」などとセラフィが言っていた気がする。
更に歩くこと十数分。ようやく廊下の突き当りが見えてきた。
今度は両開きの扉で、お粗末な南京錠がかかっている。
「ここは、ケセラお姉ちゃんがいた場所だ。今もいてくれるといいが」
ミセリアは迷いを見せずにナイフを突き立てた。キイン、と金属同士がこすれあう鋭い音がし、いとも簡単に南京錠は壊れた。
今度は勢いよく扉を開け、ミセリアは部屋の中に飛び込んでいく。
「お姉ちゃん……!!」
フェリクス達も着いていく。
そこは円形の部屋で、かつて子供たちが捕らわれていたという部屋より二回りは大きい。清潔感に関してはいくらか上のようだが、洗っても落ちなかっであろう血の跡が残るタオルが棚に畳んで置いてある。簡易ベッドがふたつと、ちいさなテーブルに椅子。誰かが暮らしていた痕跡はあるものの、そこには誰もいなかった。
「なんだこれは……」
ミセリアの視線の先をフェリクスが追うと、そこには円柱のような形をした物体が置いてあった。高さはフェリクスの腰辺りで、ゴテゴテとコードやら金属の板やらが組み合わせてあることからこれも機械らしい。頭部には青く染色されたガラスの球体が取り付けられており、その奥で何かがチカチカと瞬いていた。
「別の場所を」
「あ~ストップストップ。動かないで」
歯を食いしばって悔しがった後ミセリアが口を開こうとしたとき、クロウがそれを遮った。
「セルペンス、ちょっといいか?」
「どうかした?」
クロウはセルペンスを呼ぶ。それに答えようとセルペンスが振り向く。
ニッ、と笑うとクロウはセルペンスの腕を掴み前へ引き寄せた。彼が驚いてよろけるのと同時に自分は後退し、いつの間にか手に持っていた小型の機械を操作した。赤色の小さなボタンを押す。
ガコン!!と派手な音を立ててセルペンスの足元の床が口を開く。
「なっ……!!」
「行ってやりなよ、お兄ちゃん」
「……」
開いた床――落とし穴の重力には逆らえず、セルペンスは落ちていった。叫ぶことはせず、訴えることもせず、なるがままに。
「に、兄ちゃん!!」
ノアが追いかけようとするが、その前に穴は閉じられた。そこに落とし穴があったとは思えないほど、継ぎ目は床と同化して見えない。
「クロウ!! お前は……!?」
「いやぁ~すまんすまん。こっちも訳アリでさぁ」
変わらず人の好さそうな微笑みを浮かべているが、入り口で出会ったときよりも冷たい印象だ。
何が起きたか分からず混乱するフェリクスを前に、猛火のごとくノアが叫ぶ。
「兄ちゃんをどうするつもりなんだ!!」
「俺さ、ここの連中に頼まれてたんだよ。――イミタシアを連れてこいってなぁ」
イミタシア。その単語にミセリアが反応した。
「イミタシア、だと……」
「おっと、そこのお姉さんは知っていたのかい?割と機密情報なんだけども」
クロウはおどけた調子でノアを指さす。
「そこのノア、そんでセルペンスはイミタシアって呼ばれる存在ってワケ。まあノアの方はここの需要に沿ってないから見逃してあげたけど」
「な、なんだと!!」
怒りに飲まれているノアは大剣を引き抜く。床に叩きつけるようにされたそれは、耳障りな金属音を響かせた。
「ミセリア、イミタシアってのは……」
「説明は後だ、今はコイツをどうにかしないと。胡散臭いとは思っていたが、裏切り者だったとはな」
「あんた等はここで大人しくしているといいよ。さあノア、鬼ごっこと洒落込もうじゃないか」
ミセリアの視線を跳ね飛ばし、クロウは挑発するように両腕を広げた。いささか演技じみているその仕草は実際に挑発しているのだろう、ノアはいともたやすく乗った。
「上等だああああ!!」
「師匠、待っ」
フェリクスの制止もむなしく、部屋の外へ踊り出たクロウを追ってノアは飛び出していった。大剣を引きずる音がうるさい。重いであろう大剣を抱えてもなお走る速さはとんでもなく速い。
「お、追いかけましょう、セルペンスさんも助けないと」
「そうだな」
茫然としていたレイがなんとか気を取り直して口を開く。フェリクスも便乗し、開け放たれたままの扉に向かおうとする。
先に走り出したレイが出た瞬間に、扉が勝手に動き出した。ひとりでにしまったのだ。
「ちょ、」
フェリクスが出るよりも速く、扉は勢いよく閉まった。バン、と無慈悲な音が響く。
鼻頭をぶつけてうずくまるフェリクスを置いて、ミセリアは閉じられた扉を開こうと試みる。何の力かは不明だったが、びくともしない。
「分断されたか……」
「大丈夫ですか!?」
外からレイの声が聞こえる。ミセリアはため息をつくと、大声で返事をした。
「こっちは何とかする!! お前はお前の目的を果たせ!!」
どうせレイが外で何をやろうにも扉は開かないだろう。護衛対象のフェリクスはここにいることだし、レイには先に行ってもらった方が得策だ。
「わかりました。二人とも、どうか無事で」
一瞬の沈黙の後、そうレイの声がして走り去る足音がかすかに聞こえた。
「いたた……。ミセリア、これはどういうことなんだ?」
「そうだな。状況説明が先か」
内心焦っていることをなんとか顔に出さないように気を付けながら、ミセリアはフェリクスへ説明する。
「ここでは、イミタシアの研究が行われていた」
「イミタシア……。クロウも言っていたけど、一体何のことなんだ?」
「私にも詳しいことは分からない。しかし、ひとつ言えることがある。それは、イミタシアは普通の人間ではないということだ」
今思えば、凸凹兄弟も普通の人間ではありえない力を持っていた、とミセリアは独り言ちる。
「ケセラお姉ちゃんもイミタシアだ。言っただろう? ケセラお姉ちゃんは、未来予知の力を持つと。それと同じで、人間には使えないはずの力を持つ人間……それがイミタシアと呼ばれるらしい」
「確かにセルペンスは傷を癒す力を持っているけど。じゃあ、ノアは」
「分からないが、おそらくは身体能力の類だとは思う。あの身のこなし、ノアの体格ではむりだ。普通ならば」
そう、普通ならばの話だ。普通ならばあのような少年が剣を取り躊躇なく戦えることもないはずなのだが。少なくともノアの戦闘能力は護身程度のレベルではない。
「……あの二人が、お姉ちゃんの……」
必死に理解に努めるフェリクスをよそに、ミセリアはぶつぶつと呟きながら考え込んでいた。ケセラの話にあの二人は出てきただろうか。もしや赤ちゃんというのは、ノアのことだったのか。そうだとすると――。
「ミセリア」
フェリクスの呼びかけに我に返る。
「どうした」
「いや、とりあえずここから出る方法を考えようって言いたかっただけだよ。イミタシアの件については後で調べてみるからさ」
「そうだな。ここから出ないと話にならない」
真剣な面持ちで閉じられた扉を観察し始めるフェリクスに背を向け、ミセリアは部屋に置かれた謎の機械へ近づいた。
記憶の中との唯一の違い。この用途も分からない機械が原因なのかもしれない。
慎重に触れる。
その途端、待っていたと言わんばかりに頭部に取り付けられた球体が人工的な光を発した。
反射的に飛びのくが、光以外に出てくるものはない。
「な、なんだ?」
フェリクスは大きく身体を震わせて機械を振り向いた。
「近づくな」
一応釘を刺して置き、ミセリアは眼前の機械を睨みつける。
溢れた光はやがて上方へ向き、薄い四角形が浮かび上がる。
ザザ、ザザ、とざらつく音とともに四角形は何かを映し出した。どうやらスクリーンのようだった。
不鮮明な画面は徐々にはっきりと違う景色を映し出した。
「あ……」
その中央に映った姉と慕う人を認め、ミセリアは言葉を失い目を見開いた。
その人は玉座のように大きな椅子に座っていた。そこに本物の玉座とは違い、一欠けらの気品もない。
ビロードのクッションはなく、冷たそうな白い椅子だ。豪華な装飾はなく、代わりにごちゃごちゃとしたコードが巻き付いている。さらに違いを言うならば、玉座にはないはずの拘束具が鈍く光り、その人の四肢を戒めていた。
力なくひじ掛けに置かれた右腕には点滴にも見える管が装着されており、長く伸びた先は画面の外まで続いている。
「なんてことを……」
フェリクスも言葉が出ない。ミセリアの様子からも分かる。
彼女が、ケセラなのだろう。
少しぼやけた画面越しでも分かる顔色の悪さだ。相当に衰弱しているのが見て取れた。
「お姉ちゃん……!!」
ミセリアの悲痛な声が、狭い部屋に響き渡った。
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