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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守
幕間 語らい
しおりを挟む長い睫毛に縁取られた瞼は動かない。元から綺麗な人だとシャルロットは思っていたが、表情もなく眠っている姿を見ると精緻な人形であるかのように見える。
傷口のある腹部には、ミセリアが呼んだセルペンスの手が添えられて治癒の術がかけられている。エメラルドグリーンの淡い光がセルペンスの手から消えた頃、シャルロットは顔を上げて口を開いた。
「終わったよ。これでもう大丈夫」
「ありがとう」
「いいんだよ。セラフィは無茶しがちだからね、いつものことさ」
セルペンスは顔にかかった髪を耳にかけながら笑った。客室の高級ソファにはノアがのんびりと焼き菓子を食べている。
シャルロットは知るよしもないが、今のノアに鬼のような形相も精神状態もないためただの子供に見える。
「それにしても、君がセラフィの妹さんだったなんてね。最初に名前を聞いた時、セラフィが話していた名前と一緒だとは思ったけど」
「セラフィさんは、私の名前を知っていたんだ・・・・・・」
「何度も聞いたよ。ふふ、起きたら本人から色々聞いてみるといいよ」
懐かしそうに微笑むセルペンスにシャルロットも微笑み返す。そして焼き菓子の乗った皿を差し出した。
「疲れたら甘いものがいいと聞きますし、セルペンスさんもいかがですか?」
「あ、いや、俺は・・・・・・」
「俺が食べるー!!」
そこへソファに腰掛けていたノアが飛び上がり、皿を半ばひったくるようにして受け取った。そしてその勢いで食べ始める。
「こら、危ないだろ」
叱るような口ぶりではあるが、どこか安心したセルペンスにシャルロットは首を傾げる。しかし、甘い物が苦手だったのだろうと判断してこれ以上勧めることはしなかった。
「ん・・・・・・」
小さなうめき声を、客室にいる三人は聞き逃さなかった。
「あれ、ここは・・・・・・」
「アル君が作ってくれた薬の効果が切れて気を失ってしまったの。ここはお城の客室だよ」
「あ」
二人の翡翠の目が合った。
それを見て凹凸兄弟は目を見合わせ、にっこりと笑った。
「それじゃあ、俺たちはここで。後は二人仲良くね」
「セルペンス、ノア。ああそうか、傷を・・・・・・」
セラフィが状況を理解して礼を述べる前に凹凸兄弟はさっさと部屋から出て行く。扉を閉めるその前に、それぞれが「頑張ってね」「また会おうな!」と言い残して。
パタン、と扉が閉まる音がしてから数十秒の間兄妹は黙りこくっていた。
穏やかな日差しが差し込む午後の部屋。沈黙を破ったのは、両手を握りしめた妹の方だった。ほんのりと頬を染めて、勇気を振り絞って。
「お、お兄ちゃん!!!」
「は、はい!!」
思ったよりも大きな声が出てしまい、シャルロットは染めた頬の色味を深める。セラフィの方は驚いてうわずった敬語が飛び出した。
「・・・・・・で、いいんですよね?」
「はい、その通りでございます・・・・・・」
再び数十秒。たっぷり間を開けてから、シャルロットは訪ねた。
「いつから、気づいていたんです?」
「敬語じゃなくてもいいよ、僕たちはきょうだいなんだから。――いつからって話だね。君を見たときから母さんに似ているなとは思っていた。妹なんだって分かったのは、兄さん――ルシオラの名前が出たからだね。実際に兄さんを見て、あの反応を返されたら確信するしかなかったよ」
声に緊張感を含ませながら、セラフィはなんとか笑いかける。いつもマイペースで弱みを見せないセラフィだが、改めて妹と向き合うとどうしていいか分からないらしい。それも当然だ。彼等は兄妹であれど、それを互いに自覚した上で話し合うのはこれが初めてであるのだから。
具体的な数字を浮かべるのならば、16年。顔も知らない兄妹が兄妹らしく語り合うには、幾ばくかの時間を有することになるだろうということは想像に難くない。
「でも、母さんの顔もはっきりとは覚えていない。長い金色の髪が綺麗だったな、とだけ。あの日、君が生まれた日。僕は、父さんと一緒に買い物に行って、それから生まれたばかりの妹と対面する予定だった。そして――」
「もういいよ。私には分からないことが多いけど――きっと、私には想像できないくらいの悲しいことや苦しいことを体験してきたんだよね」
「苦しくなかった、痛くなかったと言うことはできない。けど」
セラフィはシャルロットの顔を改めて見る。
二つに結った白金の髪は、窓から差し込む陽光によって煌めいている。その優しい煌めきに目を細め、セラフィは微笑んだ。
「僕は、家族はみんな死んでしまったと勘違いをしていた」
シャルロットはじっと兄の顔を見る。
シャルロットは両親の顔を知らない。故に、長兄ルシオラと次兄セラフィの容姿を比べることになる。長く伸ばした黒髪はルシオラとそっくりだ。翡翠の瞳はきょうだい三人に共通する。端正な顔は安心したように緩んでいる。
「生きていて良かった。こんなことになるのなら、真っ先に家族を探しに行くべきだったのかもしれないね」
「ううん。きっと、きっとこれで良かったよ。悪いこともあったけど、いいこともあったもの。こうしてきちんと再会できたし、大切な仲間もできた」
シャルロットは満開の花のように笑う。つらいことは生まれてからたくさん経験はしたけれど、最終的に幸せであればそれで良い。
「・・・・・・そうだね。殿下と出会えたことは僕にとって大きかったな。殿下と出会っていなかったなら、僕はチンピラのようになっていたかも。ミセリアはイミタシアを偏見なく心配してくれるし、レイ君は君のことをとても気にかけてくれているようだし」
それにつられてセラフィも笑う。笑顔の満ちる暖かな空間。
「あ、あのね?お兄ちゃんって呼んでもいいかな」
シャルロットが恥ずかしそうに口を開いた。それを聞いてセラフィは迷うことなく頷く。
「いいよ」
「じゃ、じゃあ――お兄ちゃん」
「・・・・・・」
妹の呼びかけに、兄は目を閉じて少し考え込む。そして、照れたように目を開いて髪をいじる。
「なんか照れるなぁ。お兄ちゃんかぁ」
「ちょっと、照れられるとこっちが恥ずかしくなっちゃうよ。・・・・・・あ」
「ん?どうした?」
「どうしよう、今気がついたんだけど」
シャルロットは困ったように首を傾げて次兄に問いかける。
「私、二人もお兄ちゃんがいるのに呼び方が同じだと紛らわしいよね」
「・・・・・・確かに」
それから、フェリクスたちが訪れるまでの間、兄妹はお互いの呼び方について真剣に考え合うことになった。
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