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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守
10 無力なイミタシア
しおりを挟む長い白金の髪が揺れている。純白のドレスも揺れている。
少女は翡翠の瞳で、こちらを見つめていた。
『はやく、めざめて』
彼女は声なき声でそう訴えた。
声はなくとも、心に響いてくるのだから分かってしまう。
でも、何をもって目覚めると言うのだろうか。何が自分の中に眠っているのか。
何をしたら目覚めるのか。
教えてくれないと分からないじゃないか。
***
フェリクスが目を覚ますと、そこは柔らかなベッドの上だった。
顔を傾けて光が差し込む方を見る。レースのカーテンごしに白い陽光がフェリクスを照らしている。
「起きたか」
涼やかな声がした。今度はそちらを見ると、ミセリアがそこに立っていた。その手には何冊かの本があった。
「ミセリア、おはよう」
「のんきだな。その様子なら心配する必要もなかったか」
「心配してくれたんだ。・・・・・・ところで、俺どうしたんだっけ?」
ミセリアはあきれたように笑い、サイドテーブルに本を置いてベッドの端に腰掛けた。
「急に倒れたらしいぞ。花畑でな。詳しいことはレイに聞け。彼が一番状況を分かっているだろうからな」
「花畑・・・・・・あ!セラフィは!?セラフィは大丈夫なのか!?」
少しずつはっきりしていく記憶の中で思い出したのは、血の赤色。慌てて起き上がってミセリアに問えば、ミセリアは人差し指を突き出してフェリクスの額を押した。軽い一押し。それだけでフェリクスは再びベッドに倒れ込む。
「あいてっ」
「安心しろ、もう完治済みだ。治りすぎてピンピンしている」
「ほっ・・・・・・んん?治るの早くないか?」
フェリクスが首を傾げるとミセリアは少し自慢げに目を細めた。
「セルペンスを呼んだんだ」
「そっか、先にプレジールに来るって言ってたっけ。それじゃあ今セルペンスとノアもここに?」
「いや、彼等はやることがあると言ってもう出て行ってしまった。お前のことも診てもらったが、身体の方は何も異常はないみたいだから安心しろ」
「わかった。お礼が言えなかったのは残念だけど。また今度会えたらお礼を言うよ」
フェリクスは再び身体を起こす。今度こそ布団から出て立ち上がる。
「体調はどうだ?」
「大丈夫。俺はセラフィの様子を見に行くよ。ミセリアは?」
「私も行こう」
二人は部屋から出る。セラフィが休んでいるという部屋まではさほど遠くはない。歩いて2,3分もすると客室の扉が見えてきた。木製の扉の前には、青年がひとり膝を抱えて座っていた。
「レイ、どうしたんだ?」
「あ、フェリクスさんとミセリアさん。今、中でセラフィさんとシャルロットが話しているので、邪魔かなと思って」
レイは二人を見上げ、はにかむ。そして立ち上がり、服のしわを軽くのばす。
「セラフィさんの様子を見に来たんですよね。入ってもいいか聞いてみます」
「その必要はないですよ~」
レイがノックをしようと手を上げた瞬間、間延びした声とともに扉が開かれた。レイの手がピタリと止まり、そして引っ込められた。
扉の奥にはいつもののんびりした微笑みを浮かべたセラフィと、部屋の奥には椅子に腰掛けたシャルロットがいる。どちらの表情も晴れやかで一点の曇りもない。
「事情聴取でしょう?ドンと来いです。さぁ中へどうぞ」
セラフィに言われるままに廊下にいた三人は部屋に入る。用意されていた椅子やソファに各々が腰掛け、中心人物であるセラフィの言葉を待つ。
セラフィはサイドテーブルに置かれているクッキーを一枚食べてから、のんびりした口調で口を開いた。
「まずは僕について、ですかね」
「そうだな。セラフィがイミタシアって話、本当なのか?」
直球ですね~とセラフィは笑う。フェリクスは大事なことだ、と腕を組む。
刹那、笑っていたセラフィの表情がするりと抜け落ちる。それと同時に空気にゾクリとした緊張感が混じり、フェリクス達は息を呑んだ。
「ええ、本当ですよ」
答えは簡潔。翡翠の瞳はどこか遠くを見ているかのように空虚な光を宿していた。遠い遠い過去を思い返しているのか、白い指先に力が入ったのに気がついた者はいない。
「僕はもう人間とは言えない存在です。・・・・・・しかし」
へらり。抜け落ちた表情に色が宿る。
「能力的には人間と変わりませんがね☆」
「・・・・・・どういうこと?」
打って変わってのんびりとした雰囲気に包まれた部屋に、フェリクスの疑問の声がやけに響く。にこにこと笑っているセラフィははい、と頷いて改めて名乗りを上げた。
「精霊の血が間違いなく体内に流れているはずなのに何一つ能力を持っていないイミタシア。それが僕です、殿下」
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