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外伝

ケセラ編 星のない夜に 4

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 セルペンスと別れ、家への道を辿っていたケセラの目の前に一人の少年が現れて道を塞いだ。

「あのさ、話があるんだけど」
「貴方は、セルペンス君の」
「アング。名前くらい覚えておけよ」
「ご、ごめんなさい」

 緑色の髪に、紫紺のつり目。額にバンダナを巻いた幼い少年は懸命にケセラを睨み付ける。
 彼の名はアング。村長の次男で、セルペンスとは一つ年下の弟という関係である。セルペンスとは違い、村からの待遇は普通だ。その瞳にはきちんと感情の光が宿っているし、ガキ大将として子供たちの間に名を馳せている。

「お前さ、兄ちゃんと話してたろ」
「うん。見ていたんだね」

 ケセラはわずかに身構えながら頷いた。また私をいじめるのだろうか。
 そんなケセラの心配とはよそに、アングは「う~ん」と唸ったあと、ケセラを指さして勢いよく問いかける。

「おい、どうやれば兄ちゃんを笑わせられると思う?」
「笑わせ?」
「お前といた時の兄ちゃん、楽しそうだった。何の話をしていた?」
「ええと、昔の話を・・・・・・。あ、私ったら話しっぱなしで」

 詰め寄ってきたアングに対し、若干のけぞりながらケセラは答える。話しっぱなしだった自分を恥じながらも、セルペンスを楽しませていたらしいことに安堵を覚える。

「昔の話・・・・・・おれには無理か」
「ところで、どうしてセルペンス君はひとりでいるの?あんなにもいい人なのに」

 逆にケセラから問われ、アングは黙り込む。難しそうな表情を浮かべてること数十秒。
 そしてキョロキョロと辺りを見渡して、人がいないことを確認した後ケセラに再び詰め寄って囁く。

「今日の夜、日が沈む頃に俺の家来いよ。真実を見せてやる。――兄ちゃんのことも、お前が“イケニエ”と呼ばれる理由も分かるはずだ」
「!!」

 ケセラは驚いて固まってしまう。ケセラをいじめる子供たちが言う“イケニエ”。その真実はケセラ自身微塵も知らない。怖いことには怖いが、知りたいという思いはしっかり持っている。それに、セルペンスが遠巻きにされている理由も気になるところだ。
 ケセラはセルペンスが悪人でないことは知っている。確信している。
 そんな彼がどうして恐れられているのだろう。

「・・・・・・分かった。行ってみる。ちゃんと教えてね、アング君」
「そうこなくちゃ。それじゃ、日が沈む頃な。俺の家の前にある植木の近くで待っていてくれ」

 アングはそう言うと立ち去ろうとしてケセラに背を向けた。しかし、一旦歩みを止めてケセラの方を振り向く。

「あとさ、勘違いすんなよ。おれは他のやつと違って兄ちゃんを嫌ったりしてないから」

 それだけ言うとアングは来た道を戻っていった。



 その後、ケセラは家に戻ってぼんやりと過ごした。
 日が高く昇って、徐々に沈んでいく様を質素な自室で見つめていた。
 今日、アングの言う通り村長の家に向かえば真実が明らかになるのだろうか。アングが嘘をついていたとして、そうしたらケセラがまたいじめられるだけだが。またセルペンスは助けに来てくれるだろうか。
 空が少し暗くなってきた。ケセラは椅子から立ち上がり、部屋から出る。
 玄関へ向かうのに、キッチンに立っている母親から声をかけられた。寝込んでいることが多い母親がキッチンに立っているのは珍しい。しかし、料理をしている様子もなく顔だけケセラを向いて立っていた。

「どこへ行くの?」
「えっと、お散歩。すぐ戻るから」
「そう。変なところに行かないようにね」
「う、うん」

 母親の言う変なところ、とは村長の家周辺なのはケセラにもなんとなく分かる。罪悪感に苛まれながらもにっこりと笑って、ケセラは母親に背を向けた。
 家を出て、ポケットにハンカチが入っているのを確認して。小走りで砂利道を進んでいく。

 村長の家は、村の長の家というだけあって他の家より大きい。しかし、ケセラが以前暮らしていた都市の家よりは小さいように感じる。
 綺麗に手入れされた植木の前、アングは腕を組んで立っていた。落ちつかない様子で視線を彷徨わせている。ケセラも辺りを見回してみたが、子供たちが隠れている気配はない。
 それを確認してケセラはアングを見て、声をかけようとする。

「あの」
「静かに」

 ぴしゃりと口を挟まれ、ケセラは黙り込む。アングは相変わらず落ち着きなく辺りを気にしながらケセラの方に歩み寄り、腕を掴んだ。

「こっち」

 そして家の裏のほうへとケセラを引っ張っていく。ケセラは抵抗もせず――する理由もないが――着いていく。連れて行かれたのは、どうやら裏口らしい。

「ここから入るって言いたいけど、裏口はいつも鍵がかかっているんだ。だから入るのはこっち」

アングは裏口の近くにある窓を指さした。高い位置にあって、子供が一人入れるかどうか、といった大きさだ。

「あそこの窓は使用人も気にしていないから、俺が鍵を開けても誰も閉めないのさ」
「でも、高いよ・・・・・・?」
「そんなのこの木を登ればいいんだよ」

 家の裏にはおあつらえ向きに木が何本か立っている。

「き、木登り」
「そうそう。おれが先に行くから、真似してついてこいよ」

 アングはそう言うとさっさと木を登っていく。ケセラも真似をしようとするが、なかなか怖くて進めない。それを見たアングがあきれたようにため息をつく。

「ああもう、おれが引っ張ってやるから早く来いよ。時間があんまりないんだって」
「うう、ごめんなさい」

 ケセラが涙目になりながら謝ると、アングは「ああもう」と吐き捨てながらケセラへ手を伸ばした。ケセラは必死になってその手を取り、アングに引っ張られながらなんとか目的の枝まで登り切る。

「この調子じゃ、お前が先に行ったほうがいいかも。この枝の先まで行って、窓の中へ入るんだ」
「うん」

 ケセラはそろりそろりと移動し、小さな窓へ手を伸ばす。触れてみると、確かに窓の鍵は閉まっていないようだ。意を決して飛び込むと、案外簡単に入ることができた。しかし、入った先で床へ真っ逆さまに落ち、身体を打ってしまったが。
 じんじんと痛む身体に再び涙が出そうになるが、後からひらりと飛び込んできたアングの言葉に涙は引っ込んだ。

「よし、入れたな。・・・・・・ここで見つかると怒られるだけじゃ済まないかもしれないからな、気をつけろよ」
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