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外伝
ケセラ編 星のない夜に 5
しおりを挟むアングに導かれるまま、ケセラは村長の家の中を進んでいく。アングは慣れているらしく、使用人や家族がよく通る廊下を避けつつケセラを地下へと誘導する。
ケセラは空気が順番に冷え込んでいくのを感じ取っていた。階段を一段降りる度に刺すように冷たい冷気が立ちこめている気がする。軽く腕をさすりながら階下に着くと、アングはケセラを振り返って囁く。
「いいか?見るだけだからな、声を出してもだめだし、絶対動くなよ」
ケセラを睨み付けるアング。その顔はガキ大将でいる時の明るさはない。恐怖すら抱いているような、そんな緊張がケセラにも伝わってきた。
ケセラは黙ったまま頷いて、スカートの裾を握りしめた。
アングは地下にある大扉を音を立てないように開く。わずかな隙間に身を滑り込ませるアングのように、とはいかないもののケセラもすばやく部屋に入る。そしてゆっくりと慎重に扉を閉める。
地下室はケセラが思っていたよりも広い。立方体の形をした部屋で一番目立つものは、中央に作られている大きな穴。床にぽっかり空いた四角の穴には、血を連想させる赤の液体がなみなみと波打っている。ほのかに発光しており、その不気味な光が部屋を照らしていた。液体の中からは錆びた鎖が伸びており、その先には枷のようなものが見て取れる。
他に確認できるものは、一人用の椅子と部屋中にかけられたカーテン。椅子は質素なものではなく、いかにも高価そうな彫刻が施されたものだ。部屋の一段高くなっている台に置かれている。この部屋の不気味さにさらに異様さを加えているのはこの椅子の存在かもしれない。
アングは部屋の壁を覆い尽くすようにかけられたカーテンの裏へケセラを引っ張り、カーテンの中を進んで椅子の裏へ着いたとき、ようやく歩みを止めた。ケセラに向き直り、人差し指を唇に当てることで静かにするよう促す。このカーテンの裏からならば穴の様子まで見える。
しばらくすると、部屋の大扉が開かれた。開けたのは村長のようだ。村長の表情はうかがえない。よく見ようと身を乗り出したケセラをアングは引き留め、恐ろしい形相で睨み付けた。小刻みに首を振るアングの必死さに、ケセラはびくりと身を震わせて身体を引っ込める。
視界はカーテンに遮られて何も見えない。二人分の足音がやけに響いて聞こえる。
「それでは、私はここで」
村長の声がして、次いで扉が閉まる音がする。村長はこの部屋から出て行ったようだ。
「こんな辺鄙な村にも人材はいるもんだな。力のなじみも良好。心の壊れっぷりも良好。まったくお前はいい子だよ」
次に響いたのは嗜虐的思考が垣間見えるハスキーボイス。ハスキーボイスの持ち主は楽しそうにしゃべり続ける。
「お前がテラのお人形よりも力を得たのなら、テラを出し抜くことも可能なんだがなぁ。そこまでは知らねぇ。ぜーんぶお前次第ってわけ。・・・・・・それじゃあ、始めるか」
カチャカチャと鈍い金属音。次いで、バシャン!!と水の音。まるで子供が湖に飛び込んだかのような、そんな重く大きな音。
ゴク、とアングが息を呑む音が聞こえた。ケセラがアングの方を見ると、今度はアングがほんの少し身を乗り出してカーテンの隙間から部屋を覗き見ていた。
そしてケセラも同じようにして部屋を覗き見る。
悲鳴が出そうになった。
ハスキーボイスの持ち主らしき人物――いや、精霊の後ろ姿が見えた。長い耳。間違いない、あれは精霊だ。逆立てた青漆の髪。顔こそ見えないものの、この世界の誰もが知っている“怖い精霊”だ。
彼が見下ろしている先、赤色の液体が注がれた穴。そこに見覚えのある少年が浮かんでいる。
赤色の中に散らばる緑色の髪。うつろな紫紺の瞳。少年の小さな身体は液体に浮いていると言えど、半分以上が沈んでいる。かろうじて見える手は、何かを握りしめているのか閉ざされている。
(なに、これ――)
訳のわからない光景にケセラがアングの方を見る。アングは目を見開きながらこの光景を見つめているだけで、何も話そうとはしない。
ふいに、少年――セルペンスの視線がこちらを向いた気がした。ケセラは震える身体をなんとか押さえつけて、ことが過ぎるのを待つしかなかった。精霊に刃向かったところで、なんの力も持たない自分がセルペンスを助けられるとは思えない。
長く、苦しい時間が過ぎていった。
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