106 / 115
外伝
ケセラ編 星のない夜に 6(完)
しおりを挟む「んじゃ、あとで様子見に来るからな」
精霊はそう言うと、軽い足取りで部屋から出て行った。
しんと静まりかえった部屋に耐えきれず、ケセラはカーテンの中から出た。「お、おい」アングの制止も聞かずに真っすぐにセルペンスのもとに駆け寄る。
「どう、して」
「今出してあげるからね」
ケセラはそう言うと、セルペンスを引っ張り出すために赤い液体に手を突っ込んだ。ぬるりとべたつく液体に顔をしかめ、刹那、悲鳴をあげた。
「きゃああ!」
思わず手を振り回す。
液体に触れた瞬間、何かが身体の中を突き進んで心臓を食い破ろうとしているかのような、そんな痛みが走った。視界が真っ白になって、息ができなくなる痛み。無我夢中で手をスカートにこすりつけて、手から液体を落とそうとする。じんわりと痛みが引いていくが、ケセラの鼓動は激しいままだ。
「はぁ、はぁ・・・・・・」
「だ、め。はや、くにげ、て」
セルペンスが消えそうな声でそう忠告する。
――彼はきっと、この痛みを受け入れ続けているんだ――
ケセラは、きゅっと唇をかみしめて赤い液体を睨み付けた。
――負けるもんですか――
もう一度、赤い液体に手を突っ込む。セルペンスの胴体を抱え込むように腕を回す。気持ちの悪い痛みはやっぱりケセラを襲ってきた。液体を吸った衣服のせいかとても重いが、きっと大丈夫。そう思いながらケセラがセルペンスの身体を持ち上げようとしたその時だった。
「あれ、おちびちゃん一人?二人いると思ったんだが」
大扉を開けて、精霊が部屋に戻ってきた。
「あ・・・・・・」
「健気だねぇ、この俺が関わっているって知りながら俺の人形に手をだすなんてな。ま、一瞬でもそいつに触れて正気を保っているって時点で賞賛に値する。褒めてやるよ、おちびちゃん」
精霊はケセラに歩み寄り、目線の高さを合わせるようにしゃがむ。そしてセルペンスが浸かっている液体を指さしてニヤリと笑う。
「これ、俺の貴重な血を使った特製・・・・・・苗床?みたいなやつ。ここに種を放りこんでじっくり育ててやればいつか綺麗なお花が咲くってワケ。楽しみだろう?」
回らない頭でケセラは精霊の言っていることを飲み込もうとする。髪と同じ色の瞳が細められる。鏡のような瞳に自分が映っている。恐怖からか、なかなか話が理解できない。いつもならば勉強したことはちゃんと頭に入ってくるのに。
「おちびちゃんもきっと資格持ちだな。ん~どうしようかね。ここを誰にも見られてはいけないって契約も破られたことだし。って、待てよ?」
精霊は何かを思い出したのかポンと両手を叩いた。
「おちびちゃんさ、新参だろ?なら約束してたイケニエってアンタのことだよな」
「え?」
突然のことに再び頭が真っ白になってしまう。
「こいつはもうじき連れてくつもりだからさー、次のイケニエが必要なんだ」
「まって」
楽しそうに話す精霊を遮って、セルペンスが弱々しく声をあげた。
それを聞いた精霊は眉をひそめ、唇をとがらせる。
「なんだ。まだ壊れてないのか」
「おねが、い。そのこ、みのがし、てあげ、て」
今にも消えてしまいそうなほど小さな声で、少年は訴える。握りしめた手が震えている。
「おね、がいします」
「んん。どうすっかね」
精霊は考え込む仕草を見せて、下品な笑顔を見せた。
「決めた。こぉんな相思相愛っぷりを見せつけられちゃ、引き離すのも興が冷めるってもんよ。お前ら二人仲良くお人形になればいいんだな」
決定決定、と精霊は液体に手を入れて少年の身体を引き上げる。引き上げられたセルペンスの足にはあの錆びた枷が取り付けられており、いくらケセラが引っ張ろうがセルペンスは逃げ出すことが出来なかったであろうことが容易に想像できた。精霊はひとにらみしただけで枷を破壊し、セルペンスを小脇に抱える。ぽたぽた、とぐったりと力の抜けた身体から液体が滴る。
「ビエント様、これは」
「あー、お前か」
そこへ村長がやってきた。村長は息子たちと同じ紫紺の目を見開いてケセラを見る。
「なんと、いつの間に侵入していたのか!?」
「残念だなぁ、見られちまったなぁ」
「ひ、ひぃ!!お許しを!!そこの娘は例のイケニエでございます!!ビエント様に捧げます故、何卒村をお見逃しください!!」
村長はケセラを見た途端顔面を蒼白に染めて、勢いよく頭を床に擦り付けて懇願する。
それでケセラはなんとなく分かってしまった。
「わたし、このために村につれてこられたの?」
「そういうこった」
「でも、お母様は何も!!」
「お前の母親には何も言っていないのだ。あの女はうるさかったからな、だましでもしなければ暴れる可能性も高かったのだ。この村から子供を一人差し出すには、よそ者同然のお前しかいないだろう」
「そんな・・・・・・」
村長が少し顔をあげて、冷ややかな目でケセラを見た。村のひとははじめから、ケセラのことを保身のためのイケニエだと思っていたのだ。
その様子を見て精霊――ビエントは大笑いをする。
「ははは!いいねぇ、いい見世物だ。それじゃ、今回の契約の件だがな?」
「は、はい」
ビエントは動けないケセラをもう片方の小脇に抱え、片足のかかとを鳴らした。こん、と小さな音が響き、一拍の間を置いて爆発音が鳴った。それと同時に床が鈍い音とともに揺れた。
村長は悲鳴交じりの声で叫んだ。
「い、一体何を!?」
「外に出てからのお楽しみ」
実に楽しそうに言い放ち、ビエントは歩き出す。
扉を抜けたとき、村長の悲鳴が聞こえてきた。そして、床をのたうつ音も。
呆然としたまま揺られるケセラに、セルペンスの手が伸ばされる。懸命に手を伸ばして、ケセラの手に何かを握らせようとする。その様子をビエントはチラリと一瞥しただけで、邪魔はしてこない。
ケセラはぼんやりとしながらそれを受け取った。
金色に輝くヘアピン。ケセラがセルペンスに渡したものだった。
ケセラがセルペンスを見ると、力を使い果たしたのか腕はだらりと下がって顔も見えなかった。。
(もしかして、守ってくれていた?)
全身が赤黒く染まったセルペンスが守ってくれていたのか、ヘアピンに汚れは見当たらない。もしかしなくとも、セルペンスが握っていたものがこのヘアピンなのだろう。
「ごめんなさい――」
外は赤の海だった。
豊かな木々も、家々も、すべてが燃えている。倒れたままピクリとも動かない大人たち。泣き叫ぶのは子供だけ。
「どうして、イケニエがちゃんといたはずなのに――」
そんな幻聴さえも分からぬ声が聞こえてくる気がして、ケセラは泣いた。
私が勝手なことをしなければ、村は焼かれずに済んだのだろうか。アングの言うことをしっかりと守って精霊にばれなければ、こんなことにならなかったのかもしれない。
「きみのせいじゃない」
ふいに声が聞こえて、セルペンスの方を見る。髪に隠れて口元しか見えないが、青ざめた唇は確かに言葉を紡いでいた。
「きみのせいじゃない」
ふわりと浮かぶ感覚。ビエントの足が地面から離れる。赤い海と化した村がどんどん遠ざかっていく様を黙って見つめるしかない。
「助けてくれて、ありがとう」
セルペンスの小さな声に、ケセラは首を振った。
「ちがう、ちがうの。わたしは、わたしは――」
なんとなく助けたいと思っただけで、ただの好奇心で、村一つを消してしまった。透明な雫が空をこぼれていく。幼き少女の後悔と絶望と、ほんの少しの安堵が混ざった雫が赤い海へと落ちていく。
懐かしい夢を観た。
ケセラはぐるりと寝返りを打ち、隣のベッドで眠る緑色の髪の少年を見つめる。ここでの生活は酷く痛くて苦しい。けれど、少年の瞳にはいつしか光が宿っていた。
(これで、良かったのかな)
時折そんなことを思ってしまう。そんな思考はあの日犠牲となった村人にとってどんな意味を持つのか分かりきっているけれど。
いつしか夜が更けて、空が白んできた。
星のない夜は、もうじき終わる。
緑色の髪を持つ少年は、焼け焦げた村の真ん中で立っていた。
――どうしてあのとき、勇気を出して飛び出せなかったんだろう。少しの勇気で、兄もあの少女も、父親も村も何かが変わっていたかもしれないのに。
――まだ、間に合うのかな。
少年の瞳は、まだ死んでいない。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる