久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守

17 天を裂くは災厄の

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 フェリクスは天を仰いだ。
 霊峰を進めば進むほど近くなる塔は、遠くから眺めていた時よりもより存在感を増していく。塔の直径はシアルワ王国の巨大城より一回り小さいくらいか。雲を突き抜ける塔は何百年も前からそこにそびえ立っているものだというのに一切の汚れもない。あの塔には花守が封印されていると伝わっているが、もしかしたら塔ごと時間が止まっているのかもしれない。そう感じさせるほどの白さだった。
 あの地震から一晩明け、再び青空が広がる昼間となっている。
 フェリクスたち三人は塔を目指していた。はぐれてしまったシャルロット達との入れ違いを防ぐため、そして精霊ビエントとシエルが接触していないか確かめるため。
 もくもくと歩くこと数時間。ようやく塔の根元が見えてきた。
 今まで歩いてきた岩しか見えない景色から一転、地面には青々とした芝が生えている。岩の地面との境目が妙にはっきりとしているせいだろうか、別世界に入ったかのような緊張感をフェリクスは感じた。
 探し人はそこにいた。
 見慣れた桃色の髪を頭の横で結い上げ、質が良い葡萄えび色のミニドレスが風に揺れている。フェリクス達に背を向けている状態だが、頭の角度からどうやら上を見ているらしいということが窺えた。
 フェリクスは辺りを見回した。レイ達は来ていないようだ。不安は残るが、目の前の目的を果たすことにした。

「シエルさん」

 フェリクスは一歩前に歩み出て、声を張り上げた。
 ビリ、と空気が震えた一瞬の後。シエルはゆっくりと振り返った。単純な動作でもその美しさは映える。口元には妖艶な笑み、翠玉エメラルドの瞳は石榴石ガーネットの瞳をまっすぐに捉えて細められる。

「貴方なら来ると思っていたわ」
「どうして一人でここまで来たんだ?危ないじゃないか」
「そうかもしれないわね。でも大丈夫よ」

 フェリクスが一歩歩み寄るごとにシエルは一歩後退る。綺麗な笑顔のままシエルは左手を挙げた。誰かを紹介する時のような、そんな仕草だった。
 そこへぶわりと強風が吹いた。シャルロットが巻き起こしたあの突風ほどではないが充分強い風だった。ミセリアやセラフィの長髪が踊る。

「――!?フェリクス、下がれ!」
「殿下!!」

 刺すような寒気を感じ、反射的にフェリクスは飛び退いた。そのフェリクスを隠すかのようにミセリアとセラフィが前に出る。
 シエルの隣に風とともに現れたのはビエントだった。青漆の髪を掻きながらシエルを見やる。

「おう。もう時間か?大神子は見当たらないが」
「ええ。大神子の力も覚醒に近づいています。先日、その力の余波を受けてこの塔の封印が震えたのを感じました。今や大神子本人がいなくとも神子が二人もいれば充分かと」
「ふうん」

 シエルは臆することなく、しかし一歩退いた丁寧な態度でビエントの質問に答える。
 その光景にフェリクス達三人は驚愕に目を見開いた。
 本来ならあり得ないはずの光景だった。

「シ、シエルさん――」
「精霊と繋がっていたのか。なぜだ?」
「あら、そんなの決まっているわ」

 シエルはミセリアが発した問いに素直に答えた。それが当たり前だと、微塵も疑っていないとでも言いたげに微笑みを浮かべる。

「――この国を守るためよ」
「まぁ、なんらかの契約を交わしているとして、国を守る、もしくは手を出さないという条件の代わりに何かを差し出しているはずですよね。貴女は国を守るために国を売ったのか」
「いいえ。国を守るために国を売る?矛盾しているわ。何の意味も持たないことをしてどうすると言うのかしら?同じようなことをシアルワ王国だってしているのでしょう?」

 セラフィの視線にも感情の読めない笑顔と言葉でのらりくらりと言葉を続け、シエルはフェリクスを見る。

「俺はそんなことを知らない。父さんなら教えてくれるはずだ」
「本当にそうなのかしら」
「・・・・・・」

 正直なところ、フェリクスには「父さんはそんなことやらない!」などと断言できるような自信と確信はなかった。代わりにあるのは何かを自分に対して隠しているという疑惑と姉の幽閉という事実だった。父王ゼーリッヒは偉大であると表面では思っている。しかし、今シエルの短い問いに答えることはできそうにない。
 口をつぐんでいると、シエルはそれ以上追及してこなかった。無意味であると理解しているのだろう。
 ビエントはニヤニヤと二国の王家のやりとりを見守っていたが、会話が途切れたのを確認するとシエルの肩に手を置いて、顔を耳元に寄せた。

「さぁ、始めようぜ?再会の宴をさ」

 シエルは頷いた。フェリクスに向けて言葉を発する。その姿はどこか嬉しそうだった。頬を紅潮させ、口元を緩める――まるで、恋をする少女のような。

「教えてあげる。私が差し出したのはね」

 桃色の髪を揺らす女王陛下は大きく両腕を広げ、天を仰ぐ。

「私自身と、彼の――人間としての命よ」

 バチ、と音がした。黒雲から放たれる稲妻のごとく、鋭く耳障りな音だった。
 その音が鳴ったのは遙か頭上。フェリクス達が上を見上げると、真っ白な塔を囲むようにして紫色の雷が光っている。

「殿下!!」
「へ?」

 セラフィの声にフェリクスが我に返る。そして気がついた。フェリクスの身体が仄かに発光していたのだ。

「うわ、なんだこれ!?」
「身体に異常は?」
「特にないけど!」

 焦るフェリクスだったが、光るだけで痛みも何も感じなかった。
 ミセリアとセラフィもどうしてよいか分からず、ひとまずは目の前のシエルとビエントをどうにかしなければならない、と視線をフェリクスから塔へ戻す。
 しかし、その時は訪れた。
 思考する暇もなく、バチン、と先ほどよりも大きな破裂音が鳴り響く。同時にミシ、という嫌な予感を伴う音も。
 ミセリアは真っ先にフェリクスの腕をとって駆けだした。方角は塔とは反対方向、逃げる形だ。セラフィのことは気にしない。

「ここは危険だ、できるかぎり離れるぞ!」
「り、りょうかい!」

 走りながら後ろをチラリと見ると、巨大な塔に亀裂が入っていることが遠目からでも見て取れた。・・・・・・亀裂が入っているどころではない。既に塔は崩れ去ろうとしていた。白く大きな石の塊となって地へと落ちていく。
 その中で、人影が宙に浮いている光景を見た気がした。酷く白い人影は、アンティークゴールドの瞳でじっと誰かを見下ろしている。少なくともフェリクスではない、と感じたところで顔を前へ向けた。
 フェリクスはサッと顔を青ざめさせ、走る脚にむち打つ。ミセリアを追い抜かんばかりの勢いをつけて駆ける。もちろん、ミセリアの手は離さない。セラフィも二人の一歩後ろで警戒しつつ着いていく。
 必死に――本当に必死に走る後ろで、崩れた塔が地面と衝突する鈍く思い音と揺れが発生したことを感じる。土煙とともに軽く吹き飛ばされた三人だが、なんとか岩の直撃を免れることができた。上手く受け身をとったミセリアとセラフィと違い、フェリクスは「ふぎゃ!」と情けない悲鳴をあげることになったが。

「ずっと、ずっと待っていたわ!私の大切な――」

 歓喜に溺れる少女の叫びが木霊した。
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