46 / 115
夜明けの幻想曲 2章 異端の花守
17 天を裂くは災厄の
しおりを挟むフェリクスは天を仰いだ。
霊峰を進めば進むほど近くなる塔は、遠くから眺めていた時よりもより存在感を増していく。塔の直径はシアルワ王国の巨大城より一回り小さいくらいか。雲を突き抜ける塔は何百年も前からそこにそびえ立っているものだというのに一切の汚れもない。あの塔には花守が封印されていると伝わっているが、もしかしたら塔ごと時間が止まっているのかもしれない。そう感じさせるほどの白さだった。
あの地震から一晩明け、再び青空が広がる昼間となっている。
フェリクスたち三人は塔を目指していた。はぐれてしまったシャルロット達との入れ違いを防ぐため、そして精霊ビエントとシエルが接触していないか確かめるため。
もくもくと歩くこと数時間。ようやく塔の根元が見えてきた。
今まで歩いてきた岩しか見えない景色から一転、地面には青々とした芝が生えている。岩の地面との境目が妙にはっきりとしているせいだろうか、別世界に入ったかのような緊張感をフェリクスは感じた。
探し人はそこにいた。
見慣れた桃色の髪を頭の横で結い上げ、質が良い葡萄色のミニドレスが風に揺れている。フェリクス達に背を向けている状態だが、頭の角度からどうやら上を見ているらしいということが窺えた。
フェリクスは辺りを見回した。レイ達は来ていないようだ。不安は残るが、目の前の目的を果たすことにした。
「シエルさん」
フェリクスは一歩前に歩み出て、声を張り上げた。
ビリ、と空気が震えた一瞬の後。シエルはゆっくりと振り返った。単純な動作でもその美しさは映える。口元には妖艶な笑み、翠玉の瞳は石榴石の瞳をまっすぐに捉えて細められる。
「貴方なら来ると思っていたわ」
「どうして一人でここまで来たんだ?危ないじゃないか」
「そうかもしれないわね。でも大丈夫よ」
フェリクスが一歩歩み寄るごとにシエルは一歩後退る。綺麗な笑顔のままシエルは左手を挙げた。誰かを紹介する時のような、そんな仕草だった。
そこへぶわりと強風が吹いた。シャルロットが巻き起こしたあの突風ほどではないが充分強い風だった。ミセリアやセラフィの長髪が踊る。
「――!?フェリクス、下がれ!」
「殿下!!」
刺すような寒気を感じ、反射的にフェリクスは飛び退いた。そのフェリクスを隠すかのようにミセリアとセラフィが前に出る。
シエルの隣に風とともに現れたのはビエントだった。青漆の髪を掻きながらシエルを見やる。
「おう。もう時間か?大神子は見当たらないが」
「ええ。大神子の力も覚醒に近づいています。先日、その力の余波を受けてこの塔の封印が震えたのを感じました。今や大神子本人がいなくとも神子が二人もいれば充分かと」
「ふうん」
シエルは臆することなく、しかし一歩退いた丁寧な態度でビエントの質問に答える。
その光景にフェリクス達三人は驚愕に目を見開いた。
本来ならあり得ないはずの光景だった。
「シ、シエルさん――」
「精霊と繋がっていたのか。なぜだ?」
「あら、そんなの決まっているわ」
シエルはミセリアが発した問いに素直に答えた。それが当たり前だと、微塵も疑っていないとでも言いたげに微笑みを浮かべる。
「――この国を守るためよ」
「まぁ、なんらかの契約を交わしているとして、国を守る、もしくは手を出さないという条件の代わりに何かを差し出しているはずですよね。貴女は国を守るために国を売ったのか」
「いいえ。国を守るために国を売る?矛盾しているわ。何の意味も持たないことをしてどうすると言うのかしら?同じようなことをシアルワ王国だってしているのでしょう?」
セラフィの視線にも感情の読めない笑顔と言葉でのらりくらりと言葉を続け、シエルはフェリクスを見る。
「俺はそんなことを知らない。父さんなら教えてくれるはずだ」
「本当にそうなのかしら」
「・・・・・・」
正直なところ、フェリクスには「父さんはそんなことやらない!」などと断言できるような自信と確信はなかった。代わりにあるのは何かを自分に対して隠しているという疑惑と姉の幽閉という事実だった。父王ゼーリッヒは偉大であると表面では思っている。しかし、今シエルの短い問いに答えることはできそうにない。
口をつぐんでいると、シエルはそれ以上追及してこなかった。無意味であると理解しているのだろう。
ビエントはニヤニヤと二国の王家のやりとりを見守っていたが、会話が途切れたのを確認するとシエルの肩に手を置いて、顔を耳元に寄せた。
「さぁ、始めようぜ?再会の宴をさ」
シエルは頷いた。フェリクスに向けて言葉を発する。その姿はどこか嬉しそうだった。頬を紅潮させ、口元を緩める――まるで、恋をする少女のような。
「教えてあげる。私が差し出したのはね」
桃色の髪を揺らす女王陛下は大きく両腕を広げ、天を仰ぐ。
「私自身と、彼の――人間としての命よ」
バチ、と音がした。黒雲から放たれる稲妻のごとく、鋭く耳障りな音だった。
その音が鳴ったのは遙か頭上。フェリクス達が上を見上げると、真っ白な塔を囲むようにして紫色の雷が光っている。
「殿下!!」
「へ?」
セラフィの声にフェリクスが我に返る。そして気がついた。フェリクスの身体が仄かに発光していたのだ。
「うわ、なんだこれ!?」
「身体に異常は?」
「特にないけど!」
焦るフェリクスだったが、光るだけで痛みも何も感じなかった。
ミセリアとセラフィもどうしてよいか分からず、ひとまずは目の前のシエルとビエントをどうにかしなければならない、と視線をフェリクスから塔へ戻す。
しかし、その時は訪れた。
思考する暇もなく、バチン、と先ほどよりも大きな破裂音が鳴り響く。同時にミシ、という嫌な予感を伴う音も。
ミセリアは真っ先にフェリクスの腕をとって駆けだした。方角は塔とは反対方向、逃げる形だ。セラフィのことは気にしない。
「ここは危険だ、できるかぎり離れるぞ!」
「り、りょうかい!」
走りながら後ろをチラリと見ると、巨大な塔に亀裂が入っていることが遠目からでも見て取れた。・・・・・・亀裂が入っているどころではない。既に塔は崩れ去ろうとしていた。白く大きな石の塊となって地へと落ちていく。
その中で、人影が宙に浮いている光景を見た気がした。酷く白い人影は、アンティークゴールドの瞳でじっと誰かを見下ろしている。少なくともフェリクスではない、と感じたところで顔を前へ向けた。
フェリクスはサッと顔を青ざめさせ、走る脚にむち打つ。ミセリアを追い抜かんばかりの勢いをつけて駆ける。もちろん、ミセリアの手は離さない。セラフィも二人の一歩後ろで警戒しつつ着いていく。
必死に――本当に必死に走る後ろで、崩れた塔が地面と衝突する鈍く思い音と揺れが発生したことを感じる。土煙とともに軽く吹き飛ばされた三人だが、なんとか岩の直撃を免れることができた。上手く受け身をとったミセリアとセラフィと違い、フェリクスは「ふぎゃ!」と情けない悲鳴をあげることになったが。
「ずっと、ずっと待っていたわ!私の大切な――」
歓喜に溺れる少女の叫びが木霊した。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
誰からも食べられずに捨てられたおからクッキーは異世界転生して肥満令嬢を幸福へ導く!
ariya
ファンタジー
誰にも食べられずゴミ箱に捨てられた「おからクッキー」は、異世界で150kgの絶望令嬢・ロザリンドと出会う。
転生チートを武器に、88kgの減量を導く!
婚約破棄され「豚令嬢」と罵られたロザリンドは、
クッキーの叱咤と分裂で空腹を乗り越え、
薔薇のように美しく咲き変わる。
舞踏会での王太子へのスカッとする一撃、
父との涙の再会、
そして最後の別れ――
「僕を食べてくれて、ありがとう」
捨てられた一枚が紡いだ、奇跡のダイエット革命!
※カクヨム・小説家になろうでも同時掲載中
※表紙イラストはAIに作成していただきました。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる