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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守
20 魂の女王
しおりを挟む「どういうことです?」
話について行けないセラフィが怪訝そうに眉をひそめて問いかける。
「正確に言えば、私とゼノ様の記憶、と言ったところかしら」
「しかし、花守の少年が処刑されたのは五百年ほど前なのでしょう?普通の人間が生きていられるはずがない」
「きっと、これがラエティティア王国の神子の力なんだろう?それ以外に説明できないよ」
「フェリクスさんのおっしゃる通りよ。私がこうして生きているのは、神子の力によるもの」
フェリクスが神妙な顔つきで腕を組むと、ミラージュは自らの胸に手を当てて答える。
「ラエティティア王家に受け継がれてきたのは魂を司る力。魂を生かすことも殺すこともできる力よ。女神は私たち王家に語り部としての役割を期待した。生涯の中で記録した経験を詰め込んだ魂を、生きたまま子孫の肉体に移す。そうして無垢な子孫の魂に、それまで受け継がれてきた記憶を託す。王家の魂に刻まれた記憶は神子の力で薄れることはない。引き継ぎを終えた古い魂は役割を終えて自ら消滅する。それが王家の使命だった。――そのはずなのに、どうして五百年前の魂がここに生きているのでしょうね?」
「シエルさん。いや、ミラージュさん。貴方は、消滅することなく生き続けてきたんだな」
「ふふ、そうよ」
ミラージュは薄く笑う。自暴自棄になったかのような、力の無い笑みだった。
「子孫の肉体に宿り続けることで私は生きてきた。子孫のあるべき魂を、自我を抑え込んでね?つまるところ私は、子孫の肉体を乗っ取り続けてきた……本来生きるべき魂の生きる自由を奪った罪人よ」
「それじゃあ……あの日の夜に見た女の子は……」
「本来のシエル。この肉体に宿るべき本当の命……。押さえ込んでいたつもりだったけれど、大神子の力を受けて彼女自身の力で浮上していたみたいね」
フェリクスが思い出したのは、城の庭園で「青空は綺麗か」と問いかけてきた少女だった。あの無垢な瞳をフェリクスは思い出す。彼女は、何も分からないまま夜を生きていたのだ。
「シ……ミラージュさん、教えてくれ。大神子って誰のことだ?貴女は何を知っている?」
「大神子についてはフェリクスさんも予想がついているのでしょう?」
「――シャルロット」
シトロンが襲撃してきたあの花畑で、シャルロットが見せた不思議な力。その波動を受けてフェリクスは気を失ってしまっていたが。
「大神子は女神が自らの血肉を分け与えて作り上げた人間よ。女神の子孫と言っても過言ではないわね。王家のご先祖様の記憶に女神の姿があるのだけど、シャルロットさんは女神にうりふたつだったわ。まるで生き写し。だからすぐに分かったの。彼女こそ今代の大神子だと。彼女の力は目覚めきっていないようだけれど、シエルだって女神に力を与えられた神子だもの、影響を受けてしまったのね」
「……」
セラフィが困惑を浮かべたまま黙り込む。ミラージュの話が本当ならば、シャルロットの兄たるセラフィもまた女神の子孫と言えるからだ。しかし、ミラージュの口ぶりからするとセラフィは大神子ではなさそうだった。
「ただでさえ五百年も生きて消耗している魂だもの。若くて力の強いシエルに負けてしまうことだってありえた。いえ、実際私の魂は限界に近かった。だから、早く彼を目覚めさせる必要があったの。私が生きているうちに、彼を助けたかった、伝えたいことがあった」
ミラージュは天を仰ぐ。
遠い空の向こうはただでさえ暗いというのに、どこかで炎の光と黒煙で不気味さが増していた。これが昔話にも書かれていた少年の暴走なのだろう。
ゼノによって目を覚ました少年は、愛する少女を置き去りにして国をひとつ焼き払った。このときミラージュは何を思ったのか。ゼノが塔で眠りについたのもミラージュの神子の力によるものであることをフェリクスは察した。しかし、当時のミラージュが抱いた絶望はフェリクスが想像するよりもずっと大きなものだったのだろう。
「……貴方の力で失敗してしまったけれどね」
ゾク、と背筋が凍るような悪寒がした。ただひたすらまっすぐに向けられたミラージュの視線に今は怒りの感情が込められている。
「シアルワ王家の神子の力。それは他者の意思を導くもの。女神はきっと、シアルワ王家に人間を統率する役割を期待したのね。でも、使い方を間違えればそれは洗脳の道具にもなり得る。恐ろしい力だわ、本当に」
「意思を、導く?」
「簡単に言えば、貴方の力で他人の考えをコントロールできる力、と言ったところね。貴方がシアルワの民に愛されていることは知っているわ。フェリクスさんが善良であるからこそ脅威ではないのだけれど。貴方が国を大切にしたい、民を大切にしたいと思っているから、シアルワの国民もそう思っている。思わされている。そういうことよ。そこの騎士さんも、フェリクスさんが無意識に使っていた力に引きずられて忠誠を誓っているのかもしれないわね」
シエルの視線がセラフィに向く。
「ミセリアさんも。女同士話し合う機会があったから少しお話を聞いたのだけど、彼女、すごくフェリクスさんの事を気にしていた。会ったばかりだと言うのにね?それも、また――」
心臓が破裂しそうだった。今まで築き上げてきたものが神子の力によるものだったとしたら。フェリクス自身が築き上げた絆なのではない、と暗に否定された気がして恐ろしかった。口の中が乾く。ミラージュが告げたことを否定できない。
その時、セラフィが口を開いた。
「いいえ。違います」
反射的にセラフィの横顔を見る。今までフェリクスを守ってきた騎士は、その顔に微かな怒りをたたえてミラージュを見据えていた。
「確かに、殿下には人を引きつけるお力があると思っています。それは否定しません。しかし、僕やミセリアが殿下のお側にいることが洗脳によるもの、という発言は撤回していただきたい。僕も彼女も、自らの意志で殿下のお側にいることを選択したのです。レイ君やシャルロットだって殿下のお力の影響で行動を共にしているわけではありません。彼等には彼等なりの目的がありました」
「セラフィ……」
「僕は殿下自身の温かさに救われたのです。それは決して覆ることのない事実です。どうか、殿下はそのままでいてください。民もまた、貴方の温かさに触れて救われているのですから。……僕の言うことが信じられませんか?」
フェリクスは少し熱くなってきた目頭を拭って、満面の笑みで答えた。
「いいや。ありがとう、セラフィ」
「いえ。事実ですので」
フェリクスは落ち着きを取り戻してミラージュに向き直る。ミラージュは変わらず視線をフェリクスに向けたまま。風が彼女の長い髪を弄ぶ。
「ミラージュさん。白の精霊は貴女のことを覚えていないみたいだった。それは、ゼノとも花守の少年とも違う新しい自我が芽生えたからだと貴女は考えたんだよな?だから貴女は神子の力でその自我を消そうとした」
「そうね」
「でも、駄目だよ。もしかしたら記憶を失っているだけのゼノかもしれない。花守の少年かもしれない。でも、ミラージュさんの言う通りだったとしてもそれじゃあ、あまりにも……可哀想だ。貴女が子孫の自由を奪ってきたと罪悪感を抱いているのなら、これ以上その罪を重ねては駄目だ」
ふ、とミラージュは目を眇める。フェリクスがまぶしい、とでも言いたげに。
「なんて純粋で、まっすぐで、正しいのかしら。でも、私は止まれないのよ。ごめんなさいね」
空間が再び歪む。
処刑台を中心に、あの花の宝石を思わせる光が空間に満ちていく。
「すべての破片を集めて私は彼の記憶を取り戻すわ。彼が救われれば、後はどうなってもいい。たとえ、この身体を精霊に差し出しても」
白い光が辺りを塗りつぶす。フェリクス達は眩しさに腕で目を覆った。
白い光が収まったころ、辺りは元の芝と瓦礫が積み重なる大地へと戻っていた。
フェリクス達の前にミラージュの姿はなく、またビエントの姿もない。フェリクス達に過去の幻影を見せた花もそこにはない。
「ミラージュさん……」
「殿下、どうします?」
「花守の少年は、きっとミラージュさんに言いたいことがあると思うんだ。だから、俺たちも花の破片を探そう。ミラージュさんが揃えてしまったら、どうなってしまうことか……。だから、それよりも先に」
「御意。まずはミセリアの元へ向かいましょう」
「もちろん」
二人は瓦礫の転がる芝の上を足早に戻っていった。
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