久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

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夜明けの幻想曲 2章 異端の花守

21 襲撃(シャルロット視点)

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「あれ、おかしいな」
「また行き止まりだね」

 レイが立ち止まったのに合わせてシャルロットとアルも立ち止まる。
 目の前には断崖絶壁。どう考えても先に進めそうにない。

「エルデさん、こっちの方だって言っていたのに」
「また別の道を探すしかなさそうですね」
「うう、ごめん二人とも」
「気にしないで。私たち全員初めてここに来たんだから分からなくて当たり前だよ。でも少し疲れたかも。休憩する?」
「そうですね。僕も疲れました」

 意見が一致した三人は適当な岩に座って足を休めることにした。もう随分と歩いてきた。しかし、いつまで立っても塔の麓までたどり着ける気がしない。
 申し訳なさそうに肩を下げるレイに、シャルロットとアルもなんとか元気づけようと笑顔を見せる。

「それにしても、こんなに大きな山は初めて来たよ」
「僕もです。今のような状況じゃなかったら景色を楽しみながら来たかったですね」
「うん!山頂はきっと眺めも良いと思う」

 きらきらと目を輝かせる二人にレイも顔をほころばせる。

「そういえば、他のみんなは大丈夫かな」
「セラフィお兄ちゃんもミセリアさんもいるし、フェリクスさんの安全は大丈夫だと思うけど……」
「あちらの方が先に塔の麓に着くでしょうね。シエル様がいてくださればいいのですけど……」
「きっと大丈夫だよ、アル君。でも、私たちも急がないとね」

 しばらく駄弁った後、シャルロットは立ち上げる。それに次いでレイとアルも立ち上がる。その時だった。
 グラ、と地面が揺れた。
 つい昨日も体験した揺れと同等の、大きな揺れだった。

「きゃあ!」
「二人とも、崖から離れて!」

 突然の揺れにバランスを崩したシャルロットとアルをレイが抱え込むようにして支え、崖から離れるように誘導する。
 上には何もない開けた空間までなんとか辿り着き、揺れをしゃがんでやりすごす。
 やがて揺れは収まり、三人は互いの無事を確認し合う。

「良かった、今回ははぐれなくても済んだね」
「……!!見てください、あそこ!!」

 何かに気がついたアルの指さす方向をレイとシャルロットも見る。
 そこには、少し大きく見えるようになってきたばかりの白の塔がそびえ立ち、そして崩れていたのだ。ぼろぼろと大きな瓦礫を地面に落としている。

「そんな!塔が崩れるなんて!」
「何かあったのでしょうか……」
「もしかしたら、フェリクスさん達がもう居るのかもしれない。無事だと良いけど……。俺たちも急ごう」

 先ほどまでののんびりした雰囲気はどこへやら、緊張を孕んだ空気の中三人は歩みを再開する。進むべき道は検討もつかないが、何かが起きてしまった以上立ち止まっている訳にはいかない。地震で地面が脆くなっている可能性もあるため、慎重に。けれども早足で。
 地理は把握していないが、上へと続いていそうな道を選んで歩いているうちにそれなりに高いところまで上れたようだった。三人が辿り着いたのは塔の麓にはほど遠いが、塔自体は随分と大きく見えるようになってきた。と言っても、塔は崩れて僅かに残った根元部分しか見えないのだが。
 急ぎ足で来たため少し疲労が溜まっているが、三人のうち誰も休もうとは言わなかった。

「……麓よりも高い位置ですね、ここ」

 アルの言う通り、三人が立っていたのは明らかに麓よりも高い位置だ。開けた場所で、周りの様子もよく見える。

「あ、あそこ!お兄ちゃんとフェリクスさん……シエルさんもいる!ミセリアさんはいないみたいだけど……」
「向こうにも何かあったんだ……。待って、側にビエントもいないか?これってどういう状況なんだ?」

 シャルロットが指した方角にはちょうど見覚えのある人影が何人か見えた。ぼんやりとした色しか分からないため、各々が何をしているのかは察することは難しい。

「白の……精霊」
「アル君?」

 シャルロットの隣に立ち、前髪をかき分けて目を凝らしていたアルが震えた声を出す。恐怖のような、歓喜のような。アルの心情は感じ取れない。

「……!こちらに何かが来ます!」
「何だ、あれは……宝石?」

 何かに気がついたアルの声に反応して、レイが二人の前に出て飛翔物体を見上げる。キラキラと美しい光の軌跡を描きながら飛んでくる小さな石は、まるで意志を持っているかのようにまっすぐ三人の元へ飛んできた。

「気をつけて……って、アル君!」

 注意を促すレイの横をすり抜けてアルが両腕を伸ばした。宝石はスピードを緩め、ふわりとアルの手の内に収まる。

「それは何?アル君」

 シャルロットの問いにアルは答えなかった。じっと宝石を凝視し、身動きひとつしない。

「アル君、どうしたの……?」
「シャルロット、危ない!」
「え?きゃあ!」

 アルの肩に手を置こうとしたシャルロットをレイが引き離す。
 シャルロットが状況を把握しきれないままに衝撃波が二人を襲う。シャルロットの華奢な身体はすっぽりとレイの腕の中に収まり、レイが彼女を抱きしめる形で地面に転がる。そのためかシャルロットは怪我をすることがなかった。
 シャルロットが慌てて身を起こし、レイの顔を覗き込む。

「レイ!」
「イテテ……シャルロット、無事?」
「うん、どこも怪我してないよ。ありがとう。レイは大丈夫なの?」
「俺は平気。それよりも」

 レイが困惑気味に向けた視線と同じ方を見ると、微動だにしないアルのそばに見知らぬ少年が立っていた。少年が立っている位置が少し抉れていたため、衝撃波を起こしたのはこの少年で間違いないらしい。
 うっすらと虹色に輝く白の髪。アンティークゴールドの目はシャルロットとレイをちらりと一瞥した後、アルが持つ宝石を見た。

「それを、渡して」
「……」

 少年が涼やかな声でアルに願う。しかし、アルは動かない。
 少年はアルへ歩み寄ると、アルと同じように動きを止めた。

「……」
「ね、ねえ。どうすればいいのかな……?」
「分からない……あの宝石に何かあるんだろうけど。俺が様子を見てくるよ」
「あ、待って。私も行く」

 様子がおかしいアルと少年にレイとシャルロットは慎重に近づいていく。そっと顔を覗き込んでも、二人はじっと宝石を見つめているだけ。

「ねえ、レイ。この宝石に、何か映ってる」
「宝石に?あ、本当だ。これは――」

 アルと少年の異変の正体は宝石にあると結論づけ、二人もまた宝石を覗き込む。きらきらと輝く美しい宝石をじっと見つめていると、まるで吸い込まれていくかのような錯覚に陥る。いや、錯覚ではない。実際に周りの景色が歪んでいく。
 乾いた土は一面の花畑へ。見渡す限りいっぱいの花。以前見た花畑は白一色だったが、今シャルロット達の目の前に広がる花畑に咲く花は色とりどりで種類もたくさんあるようだった。
 優しい花の香りがそよ風に乗ってやってくる。
 そんな花畑の中、一人の少女と青年が立っていた。少女は不安そうな表情を浮かべ、自信に満ちた青年の顔を見上げる。

『この花畑は景観だけは素晴らしいものだが、もっと別の活用法があると思うのだ』
『別の活用法、ですか?』
『君の力を借りて、永遠に死ぬことのない人形を作り上げよう。精霊に対抗する使い勝手のいいやつをね。この広い土地があればそのための研究施設をつくることができるだろう』
『……神子の力は無闇に使ってはいけません。それは前にもお話したでしょう?それにここは王家に代々伝わる大切な――』
『花なんぞ守って何になるというのだ?ラエティティア王国も時代に沿わねばなるまいよ。せっかく広く育った土地があるのだ、もっと実用的なことに使わないと』
『でも』
『ああ、うるさいな。お前は黙って俺に力を貸せば良い。そのために俺はわざわざこんな古くさい国に来たのだから』

「ねえ、あそこ」

 うっかり少女と青年に見入っていたシャルロットへレイが囁く。シャルロットが少女と青年から目を離すと、花畑の奥に少年が一人でポツンと立っている姿が見えた。白い髪の少年――そう、白の精霊が亡くなる前の、人間の時の姿だった。
 少年はじっと少女と青年を見つめている。少し離れていてもシャルロットには分かる。

(あれは、憎しみの……)

 ルシオラが時折見せていた眼差しとそっくりだった。少年は憎悪に燃える瞳で青年の方を睨んでいたのだ。少年はやがて我慢の限界だ、と歩き出す。
 少女が少年の姿に気がついたらしい。軽く目を見開き「あ」と小さく声を漏らした少女の方へ迷いなく少年は大股で歩み寄る。

『なんだね……あぁ、あの小僧か』
『ここは僕が任されている花畑です。僕ら花守と王家の許しが無い限り、例え王族であろうと他国の人間である貴方に花畑に手を出す権利はありません』
『またその話か……。耳にたこができるほど聞いたよ。本当にうるさい奴だな』
『――、大丈夫よ。この花畑は私たちの宝物ですもの、許可することはできません』
『……。はぁ、どいつもこいつも古くさい頭を持ちやがって』
『……僕は何と言われようが構いませんが、ミラージュ様を侮辱するような発言は撤回していただきたい』

「け、険悪な雰囲気になってきちゃったよ……?この映像はなんなの?」
「これは過去の記録でしょう。宝石に宿っていた記録が可視化したものだと思います」

 睨み合う少年と青年、そして慌てる少女を前にアルは淡々と述べる。彼等を見つめる眼差しは冬の湖畔のように静かで、けれどどこか熱っぽかった。

「アル君。君は何を知ってるんだ?君はこの現象について分かっているみたいだけど」
「当たり前じゃないですか。見習いとはいえ、僕だって王家に寄り添い続けた花守の一族なんです。シエル様、いえミラージュ様からお話は聞いていました。すべて、すべて聞いていたんです。とても、悲しそうだった。僕はそれが嫌だった。だから、お手伝いすることにしました」

 何がなんだか分からず首を傾げるレイとシャルロットをよそにアルは手にしていた宝石を白の精霊へと手渡した。白の精霊は無言でそれを受け取ると、そっと自らの胸に押し当てる。宝石は七色に輝きながら白の精霊の中へと溶けていった。
 それと同時に景色が歪む。
 色とりどりの花畑も言い争う少年少女と青年の姿があっという間にかき消え、元の場所へと帰ってきた。
 無言のまま立ち尽くす白の精霊が閉じていた瞼を開く。どこか無機質な雰囲気から少し変化し、その顔には哀愁が浮かんでいた。

「そうだ、僕はこの子を助けてあげたかった。ミラージュとの幸せな空間を守ってあげたかった」

 小さく呟いた白の精霊に、アルは臆せず呼びかける。

「貴方はあのときの花守ではないですよね?――ノ様」
「どうやら君は事情を知る人間のようだ。君からは、この子と似た波長を感じる。君もまた彼女のことを想っていたんだね」
「僕はアルクアンシェル。アルとお呼びください。……僕もまたミラージュ様をお慕いしています。だから、あの花守とミラージュ様を再会させてあげたいのです。力を貸してください、ゼノ様」

 アルはただまっすぐに白の精霊ゼノを見上げた。
 身体は花守のものといえど、本人の意識はまだ深いところに沈みきったままだ。ゼノは確かに頷いた。

「彼女たちが再会できなかったのなら、僕は無駄に命をかけたということになってしまうからね。そんなことにはさせないさ」
「ゼノ様……」
「朧気ながら目覚めた時のことは覚えているよ。ミラージュの神子の力が暴発して、あの子の記憶の欠片が三つに砕け散ってしまった。今こうして一つを取り戻せたから、残り二つ。あの子を呼び覚ますにはすべての欠片を集めなくてはいけない。いける?」
「はい」
「良い子だ」

 アンティークゴールドの目が似ているからだろうか、ゼノとアルはまるで兄弟のようだった。そのゼノがアルの頭をそっと撫でるものだから、余計にそう見える。
 レイとシャルロットは顔を見合わせて、困ったように微笑み合う。

「えっと、あの人はゼノ……って名前なんだね。少なくとも私たちの敵ではなさそう、かな」
「そうだね。ひとまずは安心――できなさそう!!みんな、伏せろ!」

 レイが叫んだのと同時に異常なほど冷たい悪寒が全員の背に走る。
 レイは咄嗟にシャルロットを抱えてしゃがみ込み、ゼノはアルを抱き上げて“敵”を認知する。すかさず空いている片腕を振り上げて障壁を展開する。咄嗟の反応だったためかその規模は小さい。薄い紫色に輝く障壁は空からやってくる風の刃――そう表現するのが一番ふさわしいほどに鋭い風だった――を受けて、いともたやすく崩れ去った。

「へえ、感覚は鈍ってなさそうだなぁ」
「その声……」

 ゼノが見上げた先、腕を組みながら浮かんでいる男の姿に全員が戦慄する。
 青漆の髪と瞳、大柄な体躯。長い耳。

「五百年ぶりくらいか?姿は変わっちまったみたいだが久しぶりだなぁ、異端の精霊ゼノくん?」
「……ビエント」
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