久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

文字の大きさ
51 / 115
夜明けの幻想曲 2章 異端の花守

22 傷跡

しおりを挟む


「どうしてビエントがここに」
「そりゃあお前の様子を見に来たからだよ、ゼノ。初めて人間と融合した精霊――まさにイミタシアのプロトタイプ。そんな貴重な資料を見逃すはずがないって話だろ?」
「プロトタイプ?まさか、あの無謀で下らないにも程がある計画をまだ諦めていないのか」
「お前のおかげだよ。お前が見事に人間と融合してくれたからこの計画は次の段階へ進めたんだ」

 ギリ、と歯を食いしばるゼノをビエントは楽しげに見下ろす。

「力の弱い精霊と素質があるかも分からない人間で一国を滅ぼすほどの破壊力を秘めているというのなら、力のある精霊と素質がある人間を合体させたらどうなるんだろうな?ってな段階までは進んだぜ?……テラは、な」
「へぇ、お前はそこまで進んでいないということか」
「正直に言えばそうなるなぁ。もう十三年ほど前になるか?俺がこっそり育ててたイミタシアもテラに見つかっちまったしよ。まぁそれと同時に素質のある人間もう一人ゲット出来たからお咎めなしだったけどな」

 両手を使って身振り手振りで大げさに語るビエントに、ゼノは嫌悪感丸出しの顔で挑発の言葉を吐き出す。

「そんなテラに一歩劣ったお前が僕の前に現れた理由は一つ。お前、テラから離反する気だろう」
「あったりー。俺の思惑を当ててくれてあーりーがーと。ってな訳で協力してくんね?神子っていう素質ありそうな素材もあるし」
「ミラージュのことか」
「もうひとりいるけどな。テラは着々と計画を進めてるぜ?そいつを邪魔するだけの仕事さ。……駄目か?」
「駄目に決まっているだろう」

 あーあ、残念、とビエントはため息をついて右手の人差し指を立てて回し出す。緊張から冷や汗を垂らすゼノは、ビエントを睨み続けながらもアルを離そうとしない。
 笑いつつも冷え込んだ瞳でビエントはそれを見据えると、ふい、と人差し指を下に向けた。長く伸びた爪が指すのはゼノではなく――シャルロット。

「じゃあ、こっちから」
「え?」

 にっこりと笑いかけられた意味が理解できずに、ただ嫌な予感だけが襲う。そんな予感を感じた一瞬の後。
 青の影がシャルロットの視界を覆い、次に赤色が散った。
 たっぷり三秒は声が出なかった。
 その三秒間の間、シャルロットの前で蹲る姿を見て息を一つ吸うことしかできなかった。

「――レイ!!」

 その叫びが出たのは、レイがシャルロットを庇って倒れたと理解できたのと同時だった。ゼノとアルが目を見開く。
 シャルロットは無我夢中でレイに近寄ってその顔を覗き込んだ。端正な顔に苦しげな表情と脂汗が浮かぶ。次いでシャルロットはその身体へと視線を滑らせた。
 左の脇腹と腕を覆う服が綺麗に裂けて、青い服を黒く染め上げていた。
 シャルロットはすぐに察した。

(あの風の刃だ)

 こんな深く傷つくほどの恐ろしいものだったのだ。それがシャルロットに向けられて。本来この傷を負うべきだったのは自分だったのに。

「や、やだ」

 シャルロットは自分の声が震えていることを自覚した。それと同時に、自分の背後から金色の光が差していることも。

 レイに傷をつけたのは誰だ?――ビエントだ。
 このままだとレイはどうなる?――死んでしまうかもしれない。
 でも、この状況でどうすればいい?――まずは、危険の排除を。

 シャルロットの背後には、美しい金色の花が精製されて主の命令を待っていた。

「レイを傷つけないで……!!」

 シャルロットの絶叫に、あの日と同じように花弁が飛んでいく。人を傷つけることに特化した花弁が、傷つけないでと乞う少女の願いに反応してビエントへとまっすぐ向かっていく。

(コントロール、できない)

「シャルロットさん、落ち着いて!まずはレイさんの手当をしないと――」

(これが仲間を傷つけてしまったら嫌だ。レイを傷つけてしまったら嫌だ。怖い、どうすればいいの?)

 戦闘態勢に入ったゼノから離れ、アルがシャルロットの近くに駆け寄ってくる。固まって動けなくなってしまったシャルロットへ必死に呼びかけるが、シャルロットは自分で自分を押さえ込めなかった。

「やだ、やだ……」
「大丈夫」

 優しい声がシャルロットの張り詰めた心に響く。
 するりと伸びた手がシャルロットの頬に添えられ、どこまでもどこまでも優しい温もりを伝えてくれる。

「大丈夫だよ」
「レ、イ」
「シャルロットは強いから……きっと大丈夫。だから、深呼吸」

 レイに言われるがまま、シャルロットは大きく深呼吸をした。
 不思議と身体の中で根付いていた緊張がほぐれ、手が動くようになってきた。まだ震える指先でレイの手を包み返すと、レイは安心したように目を眇めて、そして閉じた。一瞬慌てたシャルロットだが、アルの「気を失っているだけです」という言葉になんとか平静を取り戻す。

「せっかく面白いことになると思ったのにこれで終わりか。早いな」
「よそ見している暇はないぞ、ビエント」
「おっと。それじゃあお手並み拝見といきますか」

 天空では、襲い来る金色の花弁から逃げ続けていたビエントが口を尖らせた。そこへゼノが手にした光の長剣で斬りかかる。
 二人の精霊の争いは天空で続く。
 地上では落ち着きを取り戻したシャルロットがアルの指示を受けてレイの傷に触れないように、慎重に服を裂いていた。流石にすべてを破くわけではない。手当をするのに必要最低限の箇所だけである。

「これは――」

 あることにシャルロットは気がついた。アルから鋏を借りて、謝りながら腕を覆っていた袖を切っていた時だった。風の刃に切られた傷口は鮮血を流している。
 問題は傷口の周りだった。

「なに、これ」

 黒々とした痣。内出血をした痕だろうか。見ていて痛々しい“古い傷”が、普段は服に隠れて見えない部分に無数に刻まれていた。
 アルもこれには絶句した。しかし、今は流れる血を止めることの方が先決だ。

「シャルロットさん、続けて脇腹の方をお願いします。僕は腕の方の止血をしますから」
「う、うん」

 アルは準備していた薬と包帯などの道具を使ってテキパキと止血をしていく。セラフィの手当をして貰った時にも感じたことだが、この年下の少年は、根は大人びていて子供らしさはあまり感じない。
 シャルロットは座る位置をずらし、レイの左脇腹付近の布を切り裂く。シャルロットが危惧していた通り、レイの胴体にも痛々しい痣が刻まれている。

「……」

 シャルロットがレイと出会って、レイが大けがをしたことはなかった。切り傷はもちろん、蹴ったり殴られたりの痣が残るようなことはなかったはずだった。
 なら、この古い傷は。
 シャルロットは思考を走らせて、唇をかみしめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...