久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

文字の大きさ
84 / 115
夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手

21 作戦会議

しおりを挟む


 エルダーに軽く自己紹介をした後、シェキナが腕を組む。

「殿下を助けると言っても、どうしたらいいのかな。城にはビエントも居るんでしょう」
「ビエントを足止めできそうな殿下が今回、あちら側に囚われていらっしゃいますからね」
「それなら私が。少しだけなら対抗できるかも」

 一番の懸念、精霊ビエントの対処に自ら挙手をしたのはシャルロットだ。僅かに震えていたものの、その翡翠の目には確かな決意と勇気が感じられた。

「私、ラエティティアに居たときにビエントを転送させることができたの。あの力が使えれば少しは足止めできるかも」
「でも、危険では……」
「気休めだとは思うけど、俺もシャルロットの側にいます」

 心配そうに言葉を紡ぎかけたセラフィを遮ってレイが控えめに手を挙げた。顔を見合わせて微笑み合う二人を見て、セラフィは妹を案じる言霊を引っ込める。この二人なら大丈夫、と安心させる雰囲気をその身に受け止めたからだ。

「……それじゃあ、ビエントと遭遇した場合はシャルロットちゃんとレイ君に任せれば良いんだな」
「彼女にはそのための手段があるので。任せましょう。そして僕たちは殿下の救出へ行くのですね」
「その神子っていう力を姫様が持っているとしたら、とりあえず殿下から姫様を引き離した方が良いってこと?」
「えぇ。イミタシアにされただけで心を操り人形にできるわけではないことをシェキナはよく知っているでしょう? なら殿下の異変はあのお方によるものと考えた方が無難です。シアルワの神子が持つ力を考えるならば辻褄が合いますから」

 存在を隠された王女ベアトリクスの存在について、それを知らないレイとシャルロットに聞こえないようにしつつシェキナの質問にセラフィが答える。それを聞いたエルダーはがしがしと頭を掻いてため息をついた。

「王家にそんな力があったとはな。意思を誘導する力、か。それなら精霊以外にも殿下に影響を受けた騎士や従者たちが邪魔をしてくるかもしれないのか」
「フェリクスに従順なふりをしていれば傷つけずに済むのでは?」

 ミセリアの提案にシェキナが頷いた。

「そうだね。私たちはともかく、ミセリアとシャルロット、レイのことを姫様は知らないはずだよ。なら逃げ遅れた住民のふりしていれば万が一騎士に捕まってもなんとかなるかな」
「それじゃあ、もしも騎士や従者たちに声をかけられたら『住人の誘導中です』って説明しながら躱していけばいいんですね。了解です」
「途中まではそれで大丈夫だろう。だが」

 エルダーの鳶色の瞳がすぅ、と細められる。

「ビエントに遭遇した時はくれぐれも周りを傷つけることがないように」
「もちろん! 任せてください。そのために頑張ってきたもの」
「はは、頼もしい」
「もうそうなったら二人に任せて私たちはフェリクスの元へ直行しよう」

 胸元の花を模したペンダントを指でなぞり、ミセリアは視線を前へ向けた。さらりと揺れた前髪の隙間から除く黄金色が美しく煌めいた。その様は星の光すら霞むほどの月のようで。この時、この場にいた誰もが思った。あの太陽のごとき王子を救い出せるのは、彼女なのだろうと。

「あぁそうだ。エルデさんから聞きました。お城に入るには地下遺跡を通った方が良いそうです」
「なるほど。真っ直ぐ侵入するわけにもいかないな。それじゃあさっきの言い訳が使えない」

 頷いて、それからエルダーは顎に手を添える。組んだ膝を肘置きにして思案する。

(なぜラエティティアの外交官が地下遺跡のことを知っている――?)

 この穏やかそうな青年に聞いてもその答えが返ってくるわけがないのは分かり切っているのだが。恐らく利用されているだけなのだろう。本当にラエティティアの外交官なのかも分からない。エルダーは双子の弟と同じ名を持つ男を頭の隅へと留めて意識を作戦会議へと戻した。

「民には悪いが、しばらくこの教会から出ないようにしてもらおう。殿下に影響された民と接触させてしまえば何が起きるか分からない。無事な騎士たちに命じて教会を守らせる」
「了解です、団長。それでは、城に向かうのは次の明朝にしましょう」

 倉庫の小さな窓からは傾いた日の光が差し込んでいる。暗くなる夜は侵入には適しているのかも知れないが、逆に動きづらくもある。セラフィに反対する者はいない。
 終わりの雰囲気を感じ取り、エルダーが立ち上がる。若者達を安心させるように明るい笑みを浮かべて、一回手を叩く。皮の手袋越しにくぐもった音が倉庫に響いた。

「よし、時間まで各自好きに過ごせ。鋭気を養うんだ。いいな?」


***


「ミセリア」

 夜。白い月明かりが差し込む一室で一人佇んでいたミセリアは振り向いた。薄暗闇から光の下へ歩いてきたのはセラフィだった。
 セラフィは少し迷ったように目を伏せた後、ミセリアの前に小瓶を差し出した。その手首付近には白い包帯が巻かれていた。
 差し出された小瓶は不透明で中身は見えない。ミセリアが受け取ると、液体が入っていることは窺えた。アンティーク調の細工が施された小瓶を手のひらで転がす。

「これは?」
「確信はないのですが、殿下をイミタシアという呪縛から解放するための薬、とだけ言っておきます」
「イミタシアから人間に戻れるのか?」
「もう一度言います。確信はありません。ですが、可能性はあります。そして身体に害はないはずです。医療班に願いして固まらないようにしてもらったはずなので飲みやすいはず、多分」

 どうにもこうにもはっきりとしないセラフィにミセリアは怪訝そうに眉をひそめた。その様子を見てセラフィは苦笑する。

「すみません。ですが、殿下を救うのはミセリアだという自信ならあるので、これを貴女に預けます」
「……分かった。預かろう」

 怪しみながらもしっかりと頷いたミセリアを見てセラフィは安心したように肩を落とした。そして隣に並び、窓越しに月を見上げた。ミセリアもそれに倣う。

「今渡した薬は殿下のお体を救うことはできても、心まで救うことはできません。それをするのは貴女です。僕よりも貴女の方が相応しい」

 つ、と視線が向けられるのをセラフィは感じる。今セラフィが見上げている夜空のように静かな雰囲気を持ちつつも、心に秘めた情熱は太陽よりも熱い。今まさに燃え上がっているであろう彼女ならば、セラフィが忠誠を誓う主君を任せることもできよう。出会った頃には考えられなかったことだ。
 ミセリアは意外そうに瞬いた。

「言われなくても」

 力強い返事。ミセリアは口元を引き締める。そしてセラフィの肩をちょいちょいと小突き、真剣な顔で活を入れる。

「そう言うがな、お前もフェリクスを助けるんだぞ。主君だろう?」
「いてて、結構痛い、イテ、分かってますってばー!!」


***


 どこもかしこも真っ白だ。優しくて甘ったるい声が聞こえるが、それがどこから聞こえるのかも分からない。
 フェリクスはあまりにも濃すぎる霧の中をひたすらに歩いていた。地面があるのかすら見えないほどに濃い霧だ。歩いた感覚はふわふわと曖昧で、空を飛んでいるのかと錯覚してしまいそうになる。もちろんフェリクスにはそんな能力はないためあり得ないのだが。
 どこへ向かおうか。どこに行くことができるのか。ただ歩き続けることしかできない。立ち止まってしまったら、この霧に囚われてしまいそうで。

「フェリクス、沢山歩いて疲れたでしょう? 少し休憩したらどう?」

 どこからか聞こえる甘い声。たっぷりと蜜を含んだ果実のような、とろりと重い声。その声を振り払うように頭を振る。

「駄目だ駄目だ、俺はこんなところで立ち止まっていられないんだ。みんなが頑張っているのに俺だけ休んではいられない」
「貴方は良い子ね。でも今は頑張る時ではないの。貴方がそこにいることで救われる人がいるのよ……どうかそこにいて。私を愛して」
「でも見えないじゃないか。どこにいるんだ? 場所が分からないと救えないよ」
「……いいの。貴方が離れないだけで私は良いの。お願いよ、どこにも行かないで。私の箱庭の中で、私を愛して」

 その言葉についフェリクスは立ち止まる。響く声があまりにも悲しそうだったから。どこか近くにいるのかもしれない、とキョロキョロ捜しながら。しかし、その途端霧が脚に纏わり付いてきた。鎖であるかのように全身に絡みつく霧はフェリクスを逃がそうとしない。

「なんだ、この霧……」
「それでいい、それで良いのよ。私を唯一救うことができる人――」

 ついに立っていられなくなり、フェリクスは膝をついた。霧はフェリクスの胴、腕へと絡みついてくる。誰かの意思を感じる。

(動けない)

 声すら出すことが出来なくなる。フェリクスは歯を食いしばって立ち上がろうとするが、上手くいかない。頬を掠める霧が、誰かの手のように錯覚する。誰かが自分の顔や頭をゆっくりと撫でている。

(俺一人じゃ、ここから逃げられない――)

 つい下向きになる心を逃がさんと、どんどん霧が濃くなりそして重くなる。もがいても自由になることが叶わない。

(誰か――)

 そこでフェリクスは気がついた。霧の向こうからでも届く強い光。白金の長い髪を揺らす少女が蹲っている姿がぼんやりと見える。泣いているのだろうか。そして彼女に迫りゆく、黒い

(あれは)

 動かなくなる手を必死に伸ばそうとして、フェリクスの意識はやがて白く塗りつぶされていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

誰からも食べられずに捨てられたおからクッキーは異世界転生して肥満令嬢を幸福へ導く!

ariya
ファンタジー
誰にも食べられずゴミ箱に捨てられた「おからクッキー」は、異世界で150kgの絶望令嬢・ロザリンドと出会う。 転生チートを武器に、88kgの減量を導く! 婚約破棄され「豚令嬢」と罵られたロザリンドは、 クッキーの叱咤と分裂で空腹を乗り越え、 薔薇のように美しく咲き変わる。 舞踏会での王太子へのスカッとする一撃、 父との涙の再会、 そして最後の別れ―― 「僕を食べてくれて、ありがとう」 捨てられた一枚が紡いだ、奇跡のダイエット革命! ※カクヨム・小説家になろうでも同時掲載中 ※表紙イラストはAIに作成していただきました。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

処理中です...