86 / 115
夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手
23 宣託
しおりを挟むビエントは目の前で眠る少女を無表情で見下ろした。ベッドの上で横たわる少女はかつて世界を愛し、見守っていた女神にそっくりだ。
敬愛していた女神にやっていたように跪き、豊かに流れている白金の髪を一房手に取る。一瞬だけ啄むようなキスをして、ビエントは立ち上がった。この少女は女神と別の存在であるとは言え、彼女の血をその身に流す大切な身体を持っている。おまけにこの容姿。この少女は歴代の大神子の中で最も女神に近い体質を持っているようだ。
一歩後ろへ下がり、ビエントは自らの手首に指を這わせる。弱い風の力が白い肌に傷をつけ、一筋の赤い血が垂れ始めた。あらかじめ用意しておいた小さな器へその血を流していたところだった。
「――?」
ふと気がついた。眠っている大神子の身体がほのかに発光している。温もりを感じる優しい光にビエントは目を眇めて器を机に置いた。そして少女に向き直る。
少女の瞼が開かれた。どこかぼんやりと焦点の合わない翡翠の瞳が顕わになる。少女はゆっくりと身体を起こし、静かに立っていたビエントへ視線を合わせた。
『ビエント――』
「お目覚めになられたのですか」
控えめに尋ねれば、少女はゆるゆると首を振った。悲しそうに眉をひそめて少女は手を組む。
『今はこの子の身体を借りているだけです。時間はもう残されていません。……お願いです、ビエント。人間たちの恐怖を、憎しみの連鎖を止めてください。今のままでは――私では、もう長く“アレ”を抑え込むことができない』
少女は組んでいた手に力を込めて、カタカタと震え出す。寒さに震えているのか、恐怖で震えているのか。恐らくは両方だ。ビエントは女神が隠れて背負ってきたものを想い、隠れて両拳を握りしめた。
「もう貴女は休むべきです。何千年という時を貴女は身を削って世界を維持してきた。貴女を解放するため、俺たちは貴女の代わりとなるものを模索しているのだから」
『――しかし、彼は。貴方たちが私の代わりにとつくり出した彼は恐ろしい存在です。彼だけは目覚めさせてはいけない。もう一度、もう一度言います。お願いです。もう人間を利用するようなことは止めて……テラもアクアも貴方も、昔のよう、に』
少女は数度瞬きをして、なんとか声を振り絞った。
『愛に満ちた、世界を。もう一度』
翡翠の瞳が瞼に覆われ、身体から力が抜ける。ビエントが支えてやると、その時にはもう少女から光が消え去っていた。規則正しい呼吸音を確認してビエントは少女を先ほどと同じように横たえた。その際、一瞬だけ黒く不気味なもやが少女の周りを漂ったのを見逃さない。
ビエントはため息をついた。
「だから早く新しい神様を完成させないとだめなんだっつーの。貴女を救うためにも、貴女が愛したこの世界を救うためにも」
なんだか気が削がれた。このまま血を飲ませてしまえば少女の苦しむ顔を見ることになる。今はその気分ではない。ビエントは大げさなほど肩をすくめて、その部屋から立ち去った。
「あーあ。そう簡単に昔みたいな世界に戻れるのなら話は簡単なのにな」
***
「これで全部かい?」
「あぁ。恩に着るぞ、レオナ殿」
「良いってことさ。かわいい殿下を助けるためとあらばどこへでも飛んでいくのが保護者ってモンだろう?」
「ははは、いつの間にやら子供が増えていたのか」
「血は繋がらなくとも、助けてやりたいって思った瞬間からあの子達はアタシの子供さ……さぁ、動き出す時間だよ」
レオナとマグナロアの人々の力を借り、奪われたはずの武器を取り戻す。これで敵が現れても多少の対処はできるはずだ。
ミセリア、エルダー、レイの三人は地下牢に入れられていた。レオナの助けによりどうにか出ることができ、武器庫へ移動したのだ。レオナとエルダーが言葉を交わす間、ミセリアはどこかぼんやりしているレイの肩を小突く。
「どうかしたか?」
「……」
「おい」
「あ。ご、ごめんなさい」
レイはびく、と一瞬跳ねてすぐに申し訳なさそうに視線を逸らした。
「体調が悪いのか?」
「違うんです。少し――いえ、やっぱり何でもありません。そんなことよりもすみません。俺があの侵入経路を提案しなければバラバラになることはなかったかもしれない」
「なんだ、そんなことを気にしているのか。正面から入ることは難しかっただろうし、ここは湖に囲まれた城だ。他に侵入できる道はほぼないに等しいし、当然警戒されているだろう。はぐれてはしまったが、こうして全員が城の内部に入ることができたのだ。今はそう考えるべきだろう」
「ミセリアさん、頼もしいです」
「そうでありたいな。――そういえば」
柔らかく笑んだレイに微笑み返し、そして気がついた。ミセリアはレオナを振り返り、尋ねる。
「レオナさんたちはどうやってここへ」
「んー? マグナロアにいたんだけどさ、心配だったからアタシもシャーンスへ行こうと思ったんだ。そして追いかけていたらシャーンスが大変なことになってるらしいって聞いて。シャーンスに着いたらラエティティアの外交官を名乗る男から真っ直ぐ城へ向かえ~とか言われたから来てみたら見張りが倒れてるし。よく分からなかったけど来てみたらミセリア達がいたからね、ちょうど良かったよ」
人差し指でこつこつ頭を叩きつつレオナは思い出す。そこで飛び出た存在の名にエルダーが眉をひそめる。
「ラエティティアの外交官エルデ、か」
「エルデ? アンタの弟の名前と同じだね」
「偶然だがな。まぁ、頭に入れておく。……次はセラフィとシェキナ、シャルロットの嬢ちゃんだな。どこにいるのかは分からないが」
切り変えて、エルダーは武器庫にあった城内図を引っ張り出す。
「三人同じ部屋に入れられているとは考えにくい。見張るのにも最適な場所……とりあえず、城の内部にある騎士の間あたりだろうか。そこにもいくつか個室がある。客室だと窓がある。あいつら、割と行動力があるから窓から逃げ出しかねない。ラック様ならそれくらい把握しているだろう」
「分かった。まずはそこを目指す。最初は固まって動こう」
方針が決まり、ミセリア達はすぐに動き出した。
地下牢から地上に続く階段を上ると、マグナロアの人々が峰打ちしたのであろうシアルワの騎士たちが倒れていた。シアルワの騎士たちも一生懸命鍛錬していたであろうに、とミセリアは思わなくもないがマグナロアの人々にはかなわなかったのだろう。それに、思考を操られている点も考えれば仕方のないことかもしれない。
空は曇り、月明かりすら差し込まない廊下は本当に暗い。ところどころに灯ったランプの明かりが不気味に見えた。
騎士の間。その名の通りシアルワの騎士達が集い作戦会議の場とすることが多い部屋である。中は甲冑や歴代の団長の肖像画が飾られていたりと豪奢な見た目である。情報漏洩を防ぐために入り口は一つしかなく、隠し通路もない。もちろん窓は一つもないため、常に薄暗く明かりを必要とする。
そんな部屋の扉は無残にも破壊され、跡形もなくなっていた。
(見覚えがあるような)
少し前、暗殺組織の拠点と化していた地下遺跡の扉をへし曲げた黒髪の騎士の姿が頭を過ぎる。まさかと思いミセリアは誰よりも早く扉が破壊された騎士の間に足を踏み入れる。
薄暗い空間の中、何人かの騎士達が力なく倒れている。レオナが近寄って容態を看る。
「ただ気絶しているだけだね。ほっといてもそのうち目を覚ますだろうさ」
「……逃げたな」
やれやれと首を振ったエルダーにミセリアは確信した。
「お前は何でもありだな、セラフィ」
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない
柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。
目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。
「あなたは、どなたですか?」
その一言に、彼の瞳は壊れた。
けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。
セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。
優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。
――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。
一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。
記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。
これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました
いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
生きるために逃げだした。幸せになりたい。
白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。
2020/9/19 第一章終了
続きが書け次第また連載再開します。
2021/2/14 第二章開幕
2021/2/28 完結
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる