久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

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夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手

23 宣託

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 ビエントは目の前で眠る少女を無表情で見下ろした。ベッドの上で横たわる少女はかつて世界を愛し、見守っていた女神にそっくりだ。
 敬愛していた女神にやっていたように跪き、豊かに流れている白金の髪を一房手に取る。一瞬だけ啄むようなキスをして、ビエントは立ち上がった。この少女は女神と別の存在であるとは言え、彼女の血をその身に流す大切な身体を持っている。おまけにこの容姿。この少女は歴代の大神子の中で最も女神に近い体質を持っているようだ。
 一歩後ろへ下がり、ビエントは自らの手首に指を這わせる。弱い風の力が白い肌に傷をつけ、一筋の赤い血が垂れ始めた。あらかじめ用意しておいた小さな器へその血を流していたところだった。

「――?」

 ふと気がついた。眠っている大神子の身体がほのかに発光している。温もりを感じる優しい光にビエントは目を眇めて器を机に置いた。そして少女に向き直る。
 少女の瞼が開かれた。どこかぼんやりと焦点の合わない翡翠の瞳が顕わになる。少女はゆっくりと身体を起こし、静かに立っていたビエントへ視線を合わせた。

『ビエント――』
「お目覚めになられたのですか」

 控えめに尋ねれば、少女はゆるゆると首を振った。悲しそうに眉をひそめて少女は手を組む。

『今はこの子の身体を借りているだけです。時間はもう残されていません。……お願いです、ビエント。人間たちの恐怖を、憎しみの連鎖を止めてください。今のままでは――私では、もう長く“アレ”を抑え込むことができない』

 少女は組んでいた手に力を込めて、カタカタと震え出す。寒さに震えているのか、恐怖で震えているのか。恐らくは両方だ。ビエントは女神が隠れて背負ってきたものを想い、隠れて両拳を握りしめた。

「もう貴女は休むべきです。何千年という時を貴女は身を削って世界を維持してきた。貴女を解放するため、俺たちは貴女の代わりとなるものを模索しているのだから」
『――しかし、彼は。貴方たちが私の代わりにとつくり出した彼は恐ろしい存在です。彼だけは目覚めさせてはいけない。もう一度、もう一度言います。お願いです。もう人間を利用するようなことは止めて……テラもアクアも貴方も、昔のよう、に』

 少女は数度瞬きをして、なんとか声を振り絞った。

『愛に満ちた、世界を。もう一度』

 翡翠の瞳が瞼に覆われ、身体から力が抜ける。ビエントが支えてやると、その時にはもう少女から光が消え去っていた。規則正しい呼吸音を確認してビエントは少女を先ほどと同じように横たえた。その際、一瞬だけ黒く不気味なもやが少女の周りを漂ったのを見逃さない。
 ビエントはため息をついた。

「だから早く新しい神様を完成させないとだめなんだっつーの。貴女を救うためにも、貴女が愛したこの世界を救うためにも」

 なんだか気が削がれた。このまま血を飲ませてしまえば少女の苦しむ顔を見ることになる。今はその気分ではない。ビエントは大げさなほど肩をすくめて、その部屋から立ち去った。

「あーあ。そう簡単に昔みたいな世界に戻れるのなら話は簡単なのにな」


***


「これで全部かい?」
「あぁ。恩に着るぞ、レオナ殿」
「良いってことさ。かわいい殿下を助けるためとあらばどこへでも飛んでいくのが保護者ってモンだろう?」
「ははは、いつの間にやら子供が増えていたのか」
「血は繋がらなくとも、助けてやりたいって思った瞬間からあの子達はアタシの子供さ……さぁ、動き出す時間だよ」

 レオナとマグナロアの人々の力を借り、奪われたはずの武器を取り戻す。これで敵が現れても多少の対処はできるはずだ。
 ミセリア、エルダー、レイの三人は地下牢に入れられていた。レオナの助けによりどうにか出ることができ、武器庫へ移動したのだ。レオナとエルダーが言葉を交わす間、ミセリアはどこかぼんやりしているレイの肩を小突く。

「どうかしたか?」
「……」
「おい」
「あ。ご、ごめんなさい」

 レイはびく、と一瞬跳ねてすぐに申し訳なさそうに視線を逸らした。

「体調が悪いのか?」
「違うんです。少し――いえ、やっぱり何でもありません。そんなことよりもすみません。俺があの侵入経路を提案しなければバラバラになることはなかったかもしれない」
「なんだ、そんなことを気にしているのか。正面から入ることは難しかっただろうし、ここは湖に囲まれた城だ。他に侵入できる道はほぼないに等しいし、当然警戒されているだろう。はぐれてはしまったが、こうして全員が城の内部に入ることができたのだ。今はそう考えるべきだろう」
「ミセリアさん、頼もしいです」
「そうでありたいな。――そういえば」

 柔らかく笑んだレイに微笑み返し、そして気がついた。ミセリアはレオナを振り返り、尋ねる。

「レオナさんたちはどうやってここへ」
「んー? マグナロアにいたんだけどさ、心配だったからアタシもシャーンスへ行こうと思ったんだ。そして追いかけていたらシャーンスが大変なことになってるらしいって聞いて。シャーンスに着いたらラエティティアの外交官を名乗る男から真っ直ぐ城へ向かえ~とか言われたから来てみたら見張りが倒れてるし。よく分からなかったけど来てみたらミセリア達がいたからね、ちょうど良かったよ」

 人差し指でこつこつ頭を叩きつつレオナは思い出す。そこで飛び出た存在の名にエルダーが眉をひそめる。

「ラエティティアの外交官エルデ、か」
「エルデ? アンタの弟の名前と同じだね」
「偶然だがな。まぁ、頭に入れておく。……次はセラフィとシェキナ、シャルロットの嬢ちゃんだな。どこにいるのかは分からないが」

 切り変えて、エルダーは武器庫にあった城内図を引っ張り出す。

「三人同じ部屋に入れられているとは考えにくい。見張るのにも最適な場所……とりあえず、城の内部にある騎士の間あたりだろうか。そこにもいくつか個室がある。客室だと窓がある。あいつら、割と行動力があるから窓から逃げ出しかねない。ラック様ならそれくらい把握しているだろう」
「分かった。まずはそこを目指す。最初は固まって動こう」

 方針が決まり、ミセリア達はすぐに動き出した。
 地下牢から地上に続く階段を上ると、マグナロアの人々が峰打ちしたのであろうシアルワの騎士たちが倒れていた。シアルワの騎士たちも一生懸命鍛錬していたであろうに、とミセリアは思わなくもないがマグナロアの人々にはかなわなかったのだろう。それに、思考を操られている点も考えれば仕方のないことかもしれない。
 空は曇り、月明かりすら差し込まない廊下は本当に暗い。ところどころに灯ったランプの明かりが不気味に見えた。
 騎士の間。その名の通りシアルワの騎士達が集い作戦会議の場とすることが多い部屋である。中は甲冑や歴代の団長の肖像画が飾られていたりと豪奢な見た目である。情報漏洩を防ぐために入り口は一つしかなく、隠し通路もない。もちろん窓は一つもないため、常に薄暗く明かりを必要とする。
 そんな部屋の扉は無残にも破壊され、跡形もなくなっていた。

(見覚えがあるような)

 少し前、暗殺組織の拠点と化していた地下遺跡の扉をへし曲げた黒髪の騎士の姿が頭を過ぎる。まさかと思いミセリアは誰よりも早く扉が破壊された騎士の間に足を踏み入れる。
 薄暗い空間の中、何人かの騎士達が力なく倒れている。レオナが近寄って容態を看る。

「ただ気絶しているだけだね。ほっといてもそのうち目を覚ますだろうさ」
「……逃げたな」

 やれやれと首を振ったエルダーにミセリアは確信した。

「お前は何でもありだな、セラフィ」
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