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夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手
24 石榴石の涙
しおりを挟むセラフィは獲物を握りしめながら廊下を歩いていた。並大抵の先輩後輩ならば峰打ちで対処できる。問題はビエントと遭遇した場合だが――おそらくは大丈夫だと高をくくっている。かの精霊は大神子と呼ばれるシャルロットに構っているはずだ。
ミセリアはエルダーの手を借りて脱出を試みていると信じている。ただで諦めるはずがないのだ。セラフィはこれまでの道筋でミセリアのことを高く評価している。
狙うは城の上層部。侍女達の休憩場や厨房、洗濯場を覗いてもシェキナが見当たらなかった事だけが懸念だが、今は進むしかない。相棒である白銀の槍は没収されてしまったため、代わりとなるものを探した結果、洗濯場に立てかけてあった物干し竿を拝借した。威力はないだろうが騎士達への牽制にはなる。フェリクスのお付きになる前にも物干し竿で彼を守ったことがあるが、それ以来の使用になる。
かつ、とわざとらしく靴音をたててある部屋の前に立つ。フェリクスが城の外に出る前、穏やかな日常の中で何度も何度も訪れた場所だ。
ノックもせずノブを捻り、扉を開く。
セラフィの主はいつもの椅子に座っていつものテーブルに向かっていた。暗い暗い夜だというのに明かりは小さなランプ一つ。書類にかじりついているわけでもなく、ただ座って居るだけだ。
「殿下」
そっと声をかけると、フェリクスはぼんやりとした眼差しをセラフィに向けた。キラキラと輝く笑顔はそこになく、虚ろな表情を貼り付けているだけの少年に見える。豪奢な服を身に纏っていようと、セラフィが想像していた未来の王にはほど遠い。
「貴方を待っている者がいます。ここから出ましょう」
「俺を……」
「はい。……一人にして申し訳ありません。さぁ、行きましょう殿下」
手を差し伸べる。フェリクスは動かない。
「殿下……」
「駄目だよセラフィ。もう陛下とお呼びしなくちゃ」
「シェキナ」
部屋の隅から黒いメイド服を纏って歩み寄ってきたのはシェキナだ。トパーズのようだった瞳はその輝きを潜めている。
「君もイミタシアなら多少耐性はあると思っていたんだけど――あぁ、そうか」
油断していた、と唇を噛む。シェキナは既に視力も聴力も常人並みに戻っており触覚も取り戻していると聞いた。ならば。
「シェキナ、君はもうイミタシアではないということか」
「何を分からないことを言っているの? さぁ、セラフィも一緒に」
「殿下を正気に戻せばシェキナも元に戻るかな」
シェキナの誘いには決して乗らず、セラフィはずんずんとフェリクスに近寄る。ただじっと見返してくるフェリクスの両肩を掴み、軽く揺さぶる。
「目を覚ましてください、殿下。今シアルワを本当の意味で救うことができるのは貴方だけなんです。お願いです、殿下……」
「声が、声が聞こえるんだ」
「え?」
弱々しく紡がれた言葉にセラフィは眉をひそめる。フェリクスは淡々と続ける。意識が混濁しているであろう中、何かを訴えかけるかのように。
「女神様が泣いている。痛いって。苦しいって。そんな何かからずっと俺たちを守ってくれていたんだ。この世界のみんなを守りたいからって耐えている」
「殿下――?」
「俺が神子で、精霊の血も取り込んだからなのかな。女神様の声がはっきりと聞こえるんだ。俺はあの方のために何ができるだろう」
「殿下」
「ずっとずっと泣いている。泣いているんだよ、セラフィ」
セラフィは膝をつく。フェリクスが訴えかけていることの意味は分からなくとも、どんな感情を抱いているのかはなんとなく察することができる。なぜなら。
「泣いているのは貴方じゃないですか、殿下」
透明な雫が白い頬を伝っていく。何度も何度もこぼれ落ちて赤銅色の衣装に染みを作る。
敬愛する主は何をその身に受け止めているのかさっぱり分からない。それでも、悲しい何かを意識の奥底で見続けている。身体の自由もきかないだろうに。
主がここまで弱っている姿を見るのは初めてだ。くじけそうになっても諦めず立ち直ってきたフェリクスがここまで無表情で泣く姿を見て、セラフィはその手を握りしめることしかできない。初めて見たフェリクスの姿に頭が真っ白になって、何をしたら良いのかわからない。出会った時に温かいと感じた手のひらが、今は酷く冷たく感じた。
だからであろうか。後ろから迫る、シェキナとは違う気配に気がつくことはなかった。
「私の救世主から離れてくれるかしら」
***
「ここでもない」
ミセリアは舌打ちをする。セラフィとシェキナを捜しても一向に見つからない。シャルロットも見つからない。もはや虱潰しに捜すしかなかった。幸い、道中の邪魔者はいなかった。十中八九セラフィが気絶させたのだろう騎士や従者たちが倒れていた。
客室の扉を閉め、次の扉へ手をかける。そこにも誰にも居ない。
「うーん。殿下の部屋に行ってみようじゃないか」
「そうですね。もしかしたらフェリクスさんもいるかも」
レオナに賛同し、レイは頷いた。
「分かった。行こう」
エルダーを先頭に真っ直ぐにフェリクスの部屋に向かう。もちろん道中邪魔は入らなかった。しばらくしてフェリクスの部屋の前へと辿り着き、ミセリアはノックせずに扉を開け放つ。
(あの時、私が先走ってお前を一人にしなかったのなら)
そんなことを考えてももう遅い。ミセリアはペンダントに触れつつ歩を進める。
なんとなく予想していた通りだったが、そこにはフェリクスもセラフィもシェキナも居なかった。代わりにそこに立っていたのは白金の髪を二つに結った少女だった。
開け放った窓から外を見ている。
「シャルロット?」
思わずといった様子でレイが問いかける。少女はゆっくりと振り返り、そして大きく目を見開いた。何かに驚愕しているのか、小さく息を呑む音も聞こえる。そして次の瞬間、糸が切れた人形のように頽れた。
真っ先にレイが駆け寄って、その華奢な身体を抱きかかえる。間もなくして少女はうめき声をあげつつも目を覚ます。
「う~ん……あれ? ここは……」
「シャルロット、大丈夫?」
「レイ? 私、何をしていたんだっけ」
首を傾げつつシャルロットは自力で起き上がる。辺りを確認して、もう一度首を傾げる。
「ここはどこ?」
「フェリクスさんの部屋だよ。もしかして、記憶がない?」
「地上に出たところまでは覚えているんだけど、そこから先は……あ! みんなは無事なの?」
ようやくはっきりと覚醒したらしいシャルロットは勢いよく顔を上げ、レイの後ろに立っていたミセリア達の姿を認める。安心したのか緩む頬を見て、レイは微笑んだ。
「ここにいるみんなは無事だよ。大した怪我もない。でも、セラフィさんとシェキナさんとはまだ合流できていないんだ。それにフェリクスさんも」
「そっか……。なら早く捜しにいかないとだね」
レイから差し伸べられた手を取りシャルロットは立ち上がる。少し前までのどこか神秘的な雰囲気はどこにもなく、ごく普通の、少々張り切っている少女が立っていることにレイは小さくため息をついた。それは残念そうなものではなく、安堵のものだ。やっぱりいつものシャルロットの方が側にいて心地よい。
「ここにも居ないとなると……ふむ。ならばベアトリクス様のお部屋まで行ってみるべきか」
「ベアトリクス? 誰だい、そりゃ」
「……ええい、こうなった以上隠しても仕方ない。ベアトリクス様は殿下の姉君だ、以上!!」
「え!? 殿下の姉君? どういうことだい、エルダー!」
ベアトリクスの存在を教えていなかったことをすっかり忘れていたエルダーがポロリと零せば、隠された王女の存在を知らずにいたレオナが問い詰める。しまった、とエルダーは面倒くさそうに頭を掻いてそっぽを向いた。レイとシャルロットは首を傾げる。
「お姉さんがいたの?」
「そうみたい?」
混乱している同行者達を見て、ミセリアは盛大にため息をついた。このままでは埒があかない。
「早く行こう。説明なら私がするから」
本来王家とは何ひとつ関わりがないはずの自分がどうして説明しなければならないのか。ミセリアはそんなことを思いつつも道中王女とフェリクスの関係性についてかいつまんで説明していった。
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