久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

文字の大きさ
87 / 115
夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手

24 石榴石の涙

しおりを挟む

 セラフィは獲物を握りしめながら廊下を歩いていた。並大抵の先輩後輩ならば峰打ちで対処できる。問題はビエントと遭遇した場合だが――おそらくは大丈夫だと高をくくっている。かの精霊は大神子と呼ばれるシャルロットに構っているはずだ。
 ミセリアはエルダーの手を借りて脱出を試みていると信じている。ただで諦めるはずがないのだ。セラフィはこれまでの道筋でミセリアのことを高く評価している。
 狙うは城の上層部。侍女達の休憩場や厨房、洗濯場を覗いてもシェキナが見当たらなかった事だけが懸念だが、今は進むしかない。相棒である白銀の槍は没収されてしまったため、代わりとなるものを探した結果、洗濯場に立てかけてあった物干し竿を拝借した。威力はないだろうが騎士達への牽制にはなる。フェリクスのお付きになる前にも物干し竿で彼を守ったことがあるが、それ以来の使用になる。
 かつ、とわざとらしく靴音をたててある部屋の前に立つ。フェリクスが城の外に出る前、穏やかな日常の中で何度も何度も訪れた場所だ。
 ノックもせずノブを捻り、扉を開く。
 セラフィの主はいつもの椅子に座っていつものテーブルに向かっていた。暗い暗い夜だというのに明かりは小さなランプ一つ。書類にかじりついているわけでもなく、ただ座って居るだけだ。

「殿下」

 そっと声をかけると、フェリクスはぼんやりとした眼差しをセラフィに向けた。キラキラと輝く笑顔はそこになく、虚ろな表情を貼り付けているだけの少年に見える。豪奢な服を身に纏っていようと、セラフィが想像していた未来の王にはほど遠い。

「貴方を待っている者がいます。ここから出ましょう」
「俺を……」
「はい。……一人にして申し訳ありません。さぁ、行きましょう殿下」

 手を差し伸べる。フェリクスは動かない。

「殿下……」
「駄目だよセラフィ。もう陛下とお呼びしなくちゃ」
「シェキナ」

 部屋の隅から黒いメイド服を纏って歩み寄ってきたのはシェキナだ。トパーズのようだった瞳はその輝きを潜めている。

「君もイミタシアなら多少耐性はあると思っていたんだけど――あぁ、そうか」

 油断していた、と唇を噛む。シェキナは既に視力も聴力も常人並みに戻っており触覚も取り戻していると聞いた。ならば。

「シェキナ、君はもうイミタシアではないということか」
「何を分からないことを言っているの? さぁ、セラフィも一緒に」
「殿下を正気に戻せばシェキナも元に戻るかな」

 シェキナの誘いには決して乗らず、セラフィはずんずんとフェリクスに近寄る。ただじっと見返してくるフェリクスの両肩を掴み、軽く揺さぶる。

「目を覚ましてください、殿下。今シアルワを本当の意味で救うことができるのは貴方だけなんです。お願いです、殿下……」
「声が、声が聞こえるんだ」
「え?」

 弱々しく紡がれた言葉にセラフィは眉をひそめる。フェリクスは淡々と続ける。意識が混濁しているであろう中、何かを訴えかけるかのように。

「女神様が泣いている。痛いって。苦しいって。そんな何かからずっと俺たちを守ってくれていたんだ。この世界のみんなを守りたいからって耐えている」
「殿下――?」
「俺が神子で、精霊の血も取り込んだからなのかな。女神様の声がはっきりと聞こえるんだ。俺はあの方のために何ができるだろう」
「殿下」
「ずっとずっと泣いている。泣いているんだよ、セラフィ」

 セラフィは膝をつく。フェリクスが訴えかけていることの意味は分からなくとも、どんな感情を抱いているのかはなんとなく察することができる。なぜなら。

「泣いているのは貴方じゃないですか、殿下」

 透明な雫が白い頬を伝っていく。何度も何度もこぼれ落ちて赤銅色の衣装に染みを作る。
 敬愛する主は何をその身に受け止めているのかさっぱり分からない。それでも、悲しい何かを意識の奥底で見続けている。身体の自由もきかないだろうに。
 主がここまで弱っている姿を見るのは初めてだ。くじけそうになっても諦めず立ち直ってきたフェリクスがここまで無表情で泣く姿を見て、セラフィはその手を握りしめることしかできない。初めて見たフェリクスの姿に頭が真っ白になって、何をしたら良いのかわからない。出会った時に温かいと感じた手のひらが、今は酷く冷たく感じた。
 だからであろうか。後ろから迫る、シェキナとは違う気配に気がつくことはなかった。

「私の救世主から離れてくれるかしら」


***


「ここでもない」

 ミセリアは舌打ちをする。セラフィとシェキナを捜しても一向に見つからない。シャルロットも見つからない。もはや虱潰しに捜すしかなかった。幸い、道中の邪魔者はいなかった。十中八九セラフィが気絶させたのだろう騎士や従者たちが倒れていた。
 客室の扉を閉め、次の扉へ手をかける。そこにも誰にも居ない。

「うーん。殿下の部屋に行ってみようじゃないか」
「そうですね。もしかしたらフェリクスさんもいるかも」

 レオナに賛同し、レイは頷いた。

「分かった。行こう」

 エルダーを先頭に真っ直ぐにフェリクスの部屋に向かう。もちろん道中邪魔は入らなかった。しばらくしてフェリクスの部屋の前へと辿り着き、ミセリアはノックせずに扉を開け放つ。

(あの時、私が先走ってお前を一人にしなかったのなら)

 そんなことを考えてももう遅い。ミセリアはペンダントに触れつつ歩を進める。
 なんとなく予想していた通りだったが、そこにはフェリクスもセラフィもシェキナも居なかった。代わりにそこに立っていたのは白金の髪を二つに結った少女だった。
 開け放った窓から外を見ている。

「シャルロット?」

 思わずといった様子でレイが問いかける。少女はゆっくりと振り返り、そして大きく目を見開いた。何かに驚愕しているのか、小さく息を呑む音も聞こえる。そして次の瞬間、糸が切れた人形のように頽れた。
 真っ先にレイが駆け寄って、その華奢な身体を抱きかかえる。間もなくして少女はうめき声をあげつつも目を覚ます。

「う~ん……あれ? ここは……」
「シャルロット、大丈夫?」
「レイ? 私、何をしていたんだっけ」

 首を傾げつつシャルロットは自力で起き上がる。辺りを確認して、もう一度首を傾げる。

「ここはどこ?」
「フェリクスさんの部屋だよ。もしかして、記憶がない?」
「地上に出たところまでは覚えているんだけど、そこから先は……あ! みんなは無事なの?」

 ようやくはっきりと覚醒したらしいシャルロットは勢いよく顔を上げ、レイの後ろに立っていたミセリア達の姿を認める。安心したのか緩む頬を見て、レイは微笑んだ。

「ここにいるみんなは無事だよ。大した怪我もない。でも、セラフィさんとシェキナさんとはまだ合流できていないんだ。それにフェリクスさんも」
「そっか……。なら早く捜しにいかないとだね」

 レイから差し伸べられた手を取りシャルロットは立ち上がる。少し前までのどこか神秘的な雰囲気はどこにもなく、ごく普通の、少々張り切っている少女が立っていることにレイは小さくため息をついた。それは残念そうなものではなく、安堵のものだ。やっぱりいつものシャルロットの方が側にいて心地よい。

「ここにも居ないとなると……ふむ。ならばベアトリクス様のお部屋まで行ってみるべきか」
「ベアトリクス? 誰だい、そりゃ」
「……ええい、こうなった以上隠しても仕方ない。ベアトリクス様は殿下の姉君だ、以上!!」
「え!? 殿下の姉君? どういうことだい、エルダー!」

 ベアトリクスの存在を教えていなかったことをすっかり忘れていたエルダーがポロリと零せば、隠された王女の存在を知らずにいたレオナが問い詰める。しまった、とエルダーは面倒くさそうに頭を掻いてそっぽを向いた。レイとシャルロットは首を傾げる。

「お姉さんがいたの?」
「そうみたい?」

 混乱している同行者達を見て、ミセリアは盛大にため息をついた。このままでは埒があかない。

「早く行こう。説明なら私がするから」

 本来王家とは何ひとつ関わりがないはずの自分がどうして説明しなければならないのか。ミセリアはそんなことを思いつつも道中王女とフェリクスの関係性についてかいつまんで説明していった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...