久遠のプロメッサ 第一部 夜明けの幻想曲

日ノ島 陽

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夜明けの幻想曲 3章 救国の旗手

25 意思なき戴冠

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 エルダーの案内に従ってとある塔の階段を上る。早足で着実に。薄暗い塔は普段は限られた者しか立ち入ることができないはずの場所だった。そのためかうっすらと埃の臭いがしている。
 しばらく歩き続けて疲労が溜まってきた頃、ようやく目的の場所に辿り着く。何の飾り気もない黒々とした鉄の扉が若干開いており、エルダーは顔を強張らせた。

「やはりベアトリクス様が自由になられているのか」
「へぇ、女の子をこんなところに何年も……? ゼーリッヒ殿は酷いことをするねぇ。後で一言物申してやろうじゃないの」

 埃臭さに顔をしかめつつレオナは悪態をつく。あくまでも小声だったが、その場にいた誰もがはっきりと聞いていた。
 ミセリアは緊張しつつも扉に手を伸ばす。非常に重い扉をゆっくりと開く。
 人が一人通れる程度に扉を開いたとき、ふわりと甘い香りが鼻についた。香でも焚いているのだろうか。
 身体を滑り込ませるようにして部屋に入る。その際、手にはナイフをしっかりと握りしめて。薄暗さにも目が慣れたおかげで部屋の様子は目視しやすい。ミセリアは部屋の奥にいる複数の人間を確認してナイフを握りしめる力を強めた。
 立っているのはただ一人、金赤色の髪の長い髪が特徴的な女性だ。両手で少し前までフェリクスが被っていた王冠を持っている。その目の前に跪いているのがフェリクスだ。この二人を見守るように部屋の隅にセラフィとシェキナの姿も見える。
 フェリクスはともかく、セラフィとシェキナがこの場にいるということは。

(間に合わなかったか)

 フェリクスかベアトリクスのどちらかが使った神子の力に屈してしまったことに他ならない。もしくは両方か。戦闘においても頭脳においても頼りになる二人が敵側についてしまったことが非常に痛い事実だ。シャルロットが正気のままで合流できたことが不幸中の幸いであったのだ。
 一歩踏み出した時、女性が瞳をミセリアの方へ向けた。それと同時に口の端がつり上げられる。
 ――勝ち誇った者の笑みだ。
 ミセリアは盛大に顔をしかめて嫌悪感を顕わにする。

「お前がフェリクスの姉と言う奴か」
「ええそうよ」

 指で冠を撫でつつ目を眇める。

「私の名はベアトリクス。この子の姉にしてこの国の王女。歪んだこの地の在り方を正す者」
「――陛下!?」

 後ろから入ってきたエルダーの驚愕の声にミセリアは気がついた。ベッドの脇、高級であろう絨毯の上に雑に転がされた男が一人。ミセリアもちらりと見たことがある、シアルワ王ゼーリッヒ本人だ。後ろに回された両手はきつく拘束され、猿ぐつわもされている。ぐったりと力ない様子から気を失っていることが窺えた。

「教えてあげるわ。この男はね、先祖代々から受け継がれてきた精霊との契約に違反していたの。“王家に女が生まれたら精霊に差し出すこと”――その代わりに王都の平穏が守られる。精霊本人から聞いたわ。ラエティティアでも似たような契約が結ばれていたそうね」

 くすりと笑う。

「この男は私が生まれてから精霊に差し出すことを渋ってこの部屋に閉じ込めることにした。最初は私を愛してくれているからこその行為だと思ったわ。――でも違った。違ったのよ。この男は父親としての愛情なんて一切持ち合わせていなかった。力を持たないラックとソルテは仕方ないにしても、私にもフェリクスにも愛を向けることはなかった。私たちは、ただ血を繋ぎ、神子の力を利用するための存在に過ぎなかったの」

 そう言ってベアトリクスは愛おしそうにフェリクスの前にしゃがみ込み、柔らかい髪を撫でた。

「私に本当の愛をくれるのはフェリクスだけ。そのフェリクスも、私とは違う形で縛られようとしている。だから私は決意したの――この国を変えて、二人で自由になってみせると」
「そのために皆の自由を奪ってもお前は構わないと言うのか」
「奪う? そんなことはないわ。シアルワに受け継がれてきた神子の力はあくまで思考の誘導であって、直接操り人形にすることはできないのよ? だからこれはこの子自身の意思で戴冠を受け入れようとしているというわけ――今、この時はね」

 怒りで我を忘れてしまいそうだった。フェリクスは目を閉じてピクリとも動かない。部屋が薄暗いせいもあるのかもしれないが、その顔色は酷く悪いように見える。それは側に控える従者二人も同じだ。感情の読めない表情を見ても分かる。どう考えても彼等自身が心からこの状況を受け入れているようにミセリアは思えない。
 普段のフェリクス、セラフィ、そして出会ったばかりとは言えミセリアのことを気にかけてくれたシェキナはこんな顔をしない。

「ふざけるな! その三人を返して貰う!」

 ミセリアは走り出した。小さな部屋だったためベアトリクスとの距離は簡単に詰められる。まずはあの冠を叩き落としてフェリクスを引き離さなければならない。後ろでレオナが引き留めようとした声が聞こえたが、もう脚は止まらなかった。
 そして気がついた。ベアトリクスの笑みが一層深まり、狂った人格が覗き見えたのを。

「さぁ、私を助けて。救世主」

 細く長い指が支えていた冠がするりとフェリクスの頭へと乗せられる。サイズの狂いはないようで、少しのズレもなく完璧にフェリクスの頭を飾る。
 その瞬間だった。
 今まで閉じられていたフェリクスの瞼が開かれ、隠されていた瞳が顕わになった。

「――!!」

 目の前に光が溢れたのを見て、ミセリアは反射的にナイフを顔の前に持ち上げ、防御の姿勢を取った。その直後に手のひら全体から響く、何かがナイフとぶつかり合う振動。
 あと二歩進めばベアトリクスに手が届いたはずだった。ミセリアは後退する。そして苦々しく唇を噛みしめた。
 ベアトリクスを庇うように立っているのはフェリクスだ。その手には、永久の花畑で見た大きな旗が握られている。フェリクスの身長を優に超すその旗でミセリアのことを弾き飛ばしたのだ。ぼんやりとしつつもどこか冷たい瞳には五枚の花弁を誇る花の模様が浮かび上がっている。

「あぁそうだわ、一つ言い忘れていたのだけれど」

 くすくすと笑ってベアトリクスは弟の肩を撫でる。

「私、神子の力で誰かを操ることは出来なくても……イミタシアの力で人間を操り人形にすることはできるのよ。神子の力とイミタシアの力、両方を使えばこんなことも出来てしまうの」
「……」
「この子は王になることを望んではいる。けれど、貴方たちのことを傷つけるのは嫌がってしまうの。貴方たちは邪魔者でしかないのにね?だから力を使わざるを得なかったのよ」

 それはつまりフェリクスの意識を無理矢理に混濁させた上で、それでも微かに浮かんだ意思すら封じ込めて身体を操っているということで。
 ミセリアの中の琴線がぷつりと切れる音がはっきりと聞こえた。

「貴様――」
「待って、駄目だよミセリア!」

 怒りに震えて再び飛び出そうとしたミセリアを抱きしめるようにして引き留めたのはシャルロットだ。両手に力を入れつつ、視線は前に向けながらミセリアを抑え込む。非力な少女一人の制止とは言え、ミセリアはそこで一旦冷静になることができた。シャルロットも血の繋がった兄の様子がおかしいのだ。ベアトリクスの話を聞いて怒っているに違いない。それなのに懸命に冷静さを保つ姿に、ミセリアは素直に抱擁を受け入れた。

「すまない。こういう時こそ落ち着かなければならないな」
「うん……。がむしゃらに突っ込んでいっても相手の思うつぼだよ、きっと」

 ミセリアは胸に下がるペンダントをもう一度手のひらに包み込む。もう片方の手ではしっかりとナイフを握り、ただ美しく微笑むベアトリクスを見据えた。
 ベアトリクスの前に立つフェリクス。さらにその前にセラフィとシェキナが歩み出る。しっかりと己の武器を構えて、自らを操る主人を守ろうとする。

「こんな狭いところでどうやって戦うってんだい?」
「私に任せてください。広くて誰もいないところに移動したら良いんですよね?」
「……そうさ! 任せたよ」

 ひとつ懸念を口にしたレオナにシャルロットが微笑みかけた。緊張しつつも自信がありげな彼女にレオナは不敵に微笑み返した。
 場面が動く前に、とシャルロットは胸の前で手を組んで祈るように瞼を閉じた。そして部屋の床に花の文様が徐々に浮かび上がっていく。その様を見てベアトリクスは初めて表情を崩した。それは一瞬で、不愉快そうに寄せられた眉はすぐに元の優美さを取り戻す。

「そう、貴女は大神子なのね。彼女を止めなさい」

 ベアトリクスが視線を向けたのはセラフィだ。ピク、と一瞬揺れた後にセラフィが槍を片手にシャルロットの元へ踏み出した。勢いよく飛び込む赤き騎士を止め、シャルロットを守ったのはレイだ。両手で剣を持ち、セラフィの槍を押しとどめる。

「う、力が強い……」
「レイ!」
「シャルロットは集中して。なんとか足止めをしておく……うっ」
「次はアタシだよ、セラ坊!」

 セラフィの力に押し負けて体勢を崩したレイの元へ、レオナがすかさず入り込む。剣戟の音と共に再びセラフィの動きを留める。

「ありがとうございます!」
「おう!」

 感謝の言葉を述べつつレイは横から剣を振った。セラフィなら避けるか防ぐかをするだろう。レイの読み通り、セラフィはレイの剣筋を読み一旦引くことを選択したようだ。
 次の瞬間、身体を捻ったセラフィの横から矢が飛んできた。その数は二本。いち早く気がついたレオナが名を呼ぶ前に、騎士団長エルダーは鋼の剣で矢を叩き落とした。

「矢は俺が。移動してからもシェキナからの攻撃は俺が注視しておく。まずはセラフィを無力化させないといけないな」
「そうだね」
「準備、できました。転移します!」

 気がつけば床に黄金の文様が展開し終わっていた。ほのかに輝く花弁がその輝きを増していく。

「良いでしょう。反逆者を調教するのはどこでもできることだわ」
「……」

 黄金に染まりゆく視界の中、ミセリアは何も語ることなくベアトリクスを睨み付けていた。
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