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裏切り
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——それは土日を挟んだ月曜日、一時間目が始まる前の朝の会で起こった。
「はいはい皆さん静かにしてください! 朝の会を始めますよ!」
それぞれの話に夢中になっているクラスメイト達のせいで大分騒がしい中、先生はパンパンと手を叩き騒音を静める。
そうして皆が静かになったことを確認して数拍置くと、何か深刻そうに話を切り出した。
まずい。もしかしてあの事がばれちゃったのかな……。
ちらっと拓の座る斜め右前の席に視線を移す。
拓は無表情で先生をじっと見つめて何一つ動揺している様子がない。
佐藤くんと鈴木くんは僕よりも後ろの席なので確認は出来ないけどきっと拓みたいに平然を装っているだろう。
僕はといえば先生の次の一言が怖くて心臓が太鼓を叩くかのように身体中に鼓動を響かせている。胸に手を当て落ち着かせようとしても動悸は早まるばかりでとても抑えることは出来なかった。
ばれたら終わり……ばれたら終わり……。
「残念なことに私達のクラスで飼っているウサギが死んでしまいました。高齢だったので身構えはしていましたが皆可愛がっていたので……辛(つら)いと思うけどこの場で報告しておきます」
なんと先生の口から出たのは給食費の話ではなくクラスで飼っているウサギの話だった。
クラスメイト達は「えー!」「ミィちゃん死んじゃったの!?」「寂しいよ……」とそれぞれの反応を見せているが僕は、「良かった…」ただそれだけだった。
引っ越して来たばかりで別にウサギに愛情があるわけでも無い。唯々ばれなくて良かったという安堵だけが、今の僕の心の奥底から湧き出るたった一つの感情だった。
緊張から解放されてほっと一安心したその時、騒(ざわ)つくクラスメイト達の表情を悲しげに眺めていた先生が再び口を開いた。
「それともう一つ」
大して大きな声量でもないのに生徒を一瞬で自分に注目させた先生はどこか異様な雰囲気を醸し出していて、さっきの話よりも重要な事を言うのだと僕達に伝えている気がした。
あぁ。今度こそあの事に違いない。
僕は本能でそう悟った。
すると先生は教卓の中から一つの大きな布袋を取り出し、それを胸の前に掲げる。
「一昨日(おととい)給食費を集めたのを覚えていますか? 集めた時にはちゃんと人数分入っていました。それが昨日確認してみたら何故か一つ減っていたのです。何か心当たりのある子はいますか? どっかに落ちてたとか。私はこのクラスに給食費を盗む悪い子がいるなんて思いたくないのです」
クラスメイト達は一旦騒ついたものの事の重大さを鑑みてすぐに静まった。
物音一つ立てることも許されないようなこの緊張感の中僕は俯いて、自分は関係ないと何も知らない振りをした。
きっと表情を見せてはすぐに怪しまれる。
大人はそう簡単には欺(あざむ)けない。それはついさっき知ったこと。
僕達が考える何百倍も彼女らは賢くて、誠実で、そしてずるい。
結局僕ら子供は大人に勝てるわけがないんだ。
「誰か知っている人はいませんか? 見たり聞いたりしたことでも構いません。因(ちな)みに私に間違いはありませんよ。しっかり数えました」
無音状態の教室に先生の澄(す)み声が響く。
けれども誰一人手を挙げたり発言をしたりすることは無く皆固まったままこの異様な空気から放たれるのを待っているだけだった。
「……誰もいないなら仕方ないですね。きっとどこかに落としてしまったのでしょう。少し長くなってしまいましたがこれで朝の会を終わりにしたいと思います」
なんとか凌げた……。
その時だった。
「はい」
僕の斜め右前で手を挙げた生徒が一人いた。
「どうかしましたか? 原田くん」
「俺、給食費を盗んだ人知ってます」
……え?
彼の唐突な一言に僕は思わず俯いていた顔を彼の横顔に向ける。
どういうこと?一体何が起こったんだ……?
「原田くんそれは本当なの?」
「はい。この目でしっかり見ました」
すると彼はゆっくりと後ろに振り返る。
僕と目が合ったと思うとすぅーっと人差し指をこちらに向けてきた。
そして無表情で一言。
「小鳥遊くんが、給食費を盗みました」
「はいはい皆さん静かにしてください! 朝の会を始めますよ!」
それぞれの話に夢中になっているクラスメイト達のせいで大分騒がしい中、先生はパンパンと手を叩き騒音を静める。
そうして皆が静かになったことを確認して数拍置くと、何か深刻そうに話を切り出した。
まずい。もしかしてあの事がばれちゃったのかな……。
ちらっと拓の座る斜め右前の席に視線を移す。
拓は無表情で先生をじっと見つめて何一つ動揺している様子がない。
佐藤くんと鈴木くんは僕よりも後ろの席なので確認は出来ないけどきっと拓みたいに平然を装っているだろう。
僕はといえば先生の次の一言が怖くて心臓が太鼓を叩くかのように身体中に鼓動を響かせている。胸に手を当て落ち着かせようとしても動悸は早まるばかりでとても抑えることは出来なかった。
ばれたら終わり……ばれたら終わり……。
「残念なことに私達のクラスで飼っているウサギが死んでしまいました。高齢だったので身構えはしていましたが皆可愛がっていたので……辛(つら)いと思うけどこの場で報告しておきます」
なんと先生の口から出たのは給食費の話ではなくクラスで飼っているウサギの話だった。
クラスメイト達は「えー!」「ミィちゃん死んじゃったの!?」「寂しいよ……」とそれぞれの反応を見せているが僕は、「良かった…」ただそれだけだった。
引っ越して来たばかりで別にウサギに愛情があるわけでも無い。唯々ばれなくて良かったという安堵だけが、今の僕の心の奥底から湧き出るたった一つの感情だった。
緊張から解放されてほっと一安心したその時、騒(ざわ)つくクラスメイト達の表情を悲しげに眺めていた先生が再び口を開いた。
「それともう一つ」
大して大きな声量でもないのに生徒を一瞬で自分に注目させた先生はどこか異様な雰囲気を醸し出していて、さっきの話よりも重要な事を言うのだと僕達に伝えている気がした。
あぁ。今度こそあの事に違いない。
僕は本能でそう悟った。
すると先生は教卓の中から一つの大きな布袋を取り出し、それを胸の前に掲げる。
「一昨日(おととい)給食費を集めたのを覚えていますか? 集めた時にはちゃんと人数分入っていました。それが昨日確認してみたら何故か一つ減っていたのです。何か心当たりのある子はいますか? どっかに落ちてたとか。私はこのクラスに給食費を盗む悪い子がいるなんて思いたくないのです」
クラスメイト達は一旦騒ついたものの事の重大さを鑑みてすぐに静まった。
物音一つ立てることも許されないようなこの緊張感の中僕は俯いて、自分は関係ないと何も知らない振りをした。
きっと表情を見せてはすぐに怪しまれる。
大人はそう簡単には欺(あざむ)けない。それはついさっき知ったこと。
僕達が考える何百倍も彼女らは賢くて、誠実で、そしてずるい。
結局僕ら子供は大人に勝てるわけがないんだ。
「誰か知っている人はいませんか? 見たり聞いたりしたことでも構いません。因(ちな)みに私に間違いはありませんよ。しっかり数えました」
無音状態の教室に先生の澄(す)み声が響く。
けれども誰一人手を挙げたり発言をしたりすることは無く皆固まったままこの異様な空気から放たれるのを待っているだけだった。
「……誰もいないなら仕方ないですね。きっとどこかに落としてしまったのでしょう。少し長くなってしまいましたがこれで朝の会を終わりにしたいと思います」
なんとか凌げた……。
その時だった。
「はい」
僕の斜め右前で手を挙げた生徒が一人いた。
「どうかしましたか? 原田くん」
「俺、給食費を盗んだ人知ってます」
……え?
彼の唐突な一言に僕は思わず俯いていた顔を彼の横顔に向ける。
どういうこと?一体何が起こったんだ……?
「原田くんそれは本当なの?」
「はい。この目でしっかり見ました」
すると彼はゆっくりと後ろに振り返る。
僕と目が合ったと思うとすぅーっと人差し指をこちらに向けてきた。
そして無表情で一言。
「小鳥遊くんが、給食費を盗みました」
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