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中学生編
不安
しおりを挟むブロロロロロ……。
軽自動車の小汚い走行音が僕の身体を揺らす
出発してから時間が経つにつれて窓の外からはビルの数が減り山々が見えてくるようになった。
もう岩手に入ったころだろうか。
長時間硬いシートに座っているせいでお尻が悲鳴を上げている。
「……あとどれくらいで着くの?」
「んー? 大体三十分くらいじゃないかなぁ。いやーしかし懐かしいなぁこの景色」
呑気に鼻歌を歌いながら運転している父さんは僕を見ず前だけを見て応える。
「……」
三十分か……長いな……。
少しでも気を紛らわそうと窓を開けてみる。
「くっさ!」
暖かい穏やかな風に乗って何かの糞の匂いが鼻にツーンと刺さってきた。
すぐさま開閉ボタンを押して窓を閉める。
「はっはっは。多分牛糞の匂いだろ。この辺りは畜産業が盛んだからなー慣れてないとこの匂いはきついかもな」
隣で父さんがどこか楽し気に笑う。
今からこんな所に住むのか……。
これからの生活に不安を感じながら、僕は窓の外をボーっと眺めた。
***
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「着いたぞー」
畑に囲まれた小道を抜けて大きな古民家の敷地内に入ると、玄関の前で車を停めた。
「相変わらず広いなー」
父さんは車から降りるとグーッと両腕を上に伸ばす。
僕もそれに続いてドアを開け、周りの景色を見渡してみる。
「綺麗だ……」
それがここに来て一番最初に出た言葉だった。
名前も知らない色とりどりの花が、庭先に何列にも並んで咲いている。
水をあげたばかりなのか花弁に水滴がついて一輪一輪が光り輝いて見えた。
普段周りの景色に全く興味の無い僕が感動してしまったのは単にこの花々が美しかったからなのか、それともどこかで同じようなものを……。
「よぐ来たな~」
庭の花に見惚れていると、背後から誰かにかすれた声で話しかけられた。
声がした方に振り返ると、頭に頭巾を被った僕より十数センチ程低い老婆が腰をひん曲げて立っていた。
「母さん。久しぶりだなー」
父さんが老婆に気が付いて陽気に手を振る。
「おー智則(とものり)か。なんが少しちっさぐなったかぁ?」
と老婆は何故か僕をなめ上げるように見ながら言ってくる。
「母さん。それは璃都だよ。俺はこっち」
「璃都? あー璃都か。しばらぐ見ねぇうぢにおっきぐなったごと」
「こんにちは……」
僕は老婆に向かって軽くお辞儀する。
この人目が悪いのかな……。ていうか父さんの名前って智則だったんだ。忘れてた……。
「ひさすぶりだべ。幾枝(いくえ)婆ちゃんのこと憶えとるか?」
「いや、その……憶えてないです……」
「そりゃ仕方ねぇな。まだ幼稚園の頃だったもんな~」
老婆はへっへっへと独特な笑い方で笑うと僕の右肩にポンとしわしわの手を添える。
「まぁそんな固くならんで。おれのことは幾(いく)ばあと呼びない。皆そう呼んどるだ。気楽に気楽に」
「……」
気楽に……か。今の僕には一番理解できない言葉だ。
気楽なんて単語は人生に成功した人が使う言葉なんだ。そんな上っ面の言葉、僕は興味が無い。たとえプラスの人が言えたとしても、マイナスの僕には何も響かないし言う余裕さえ無いのだから。
「ここさいでも仕方ねぇべ。上がりない」
そう言うと幾ばあはゆっくりと玄関に向かって歩き出す。
「俺たちも行くか。璃都」
「……」
……本当に大丈夫かな……。
春風香る花見月(さんがつ)、僕は改めてこれからの生活に不安を感じたのだった。
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