14 / 33
中学生編
理解者
しおりを挟む
「じゃあ俺は帰るからな。婆ちゃんの言うことよく聞くんだぞ。なんかあったらすぐ連絡してくれ」
荷物運びを手伝ってもらい茶の間で少しくつろいだ後、父さんは車を走らせて帰っていった。
車が道の向こうに遠ざかっていくのを玄関先からじっと見つめる。
視界から車が見えなくなったのを確認すると、僕は本当にこれから一人でここに暮らすのだとしみじみ実感した。
「さ、茶でも飲むべ」
僕の横にいた幾ばあは息子が帰って惜しむ様子も特になく、ケロッとした表情で家に戻っていった。
マイペースだなこの人……。
***
「ほれ」
「ありがとう……」
幾ばあは横長の座敷机に和菓子を沢山並べ僕の前に熱々の湯呑みを置くと、よっこいせと向かいの座布団に座って自分の茶を啜った。
「ズズズズズズ」
「……」
……気まずいな……。こういう空気が一番苦手なんだ。
幾ばあの無駄に大きい啜り音以外他に何も聞こえないぐらい、和室はシーンとしていて落ち着きがあった。
床の間には巨大な掛軸、日本刀がどんと置かれていてザ・日本の和といった僕にはとても合わないテイストの部屋だった。
じっとしているのも嫌だったので和菓子に手を伸ばしていると幾ばあがボソッと口を開いた。
「璃都、何か悩んどるだろ」
「え?」
唐突な一言に僕は動揺を隠せなかった。何で何も言ってないのに……。
「顔見りゃ分かる。智則の若い頃にそっくりだべ。なんの事で悩んでるかは知んねぇけど智則は気を遣ってお前さんをここに住ませたんでねぇの。ズズズズズズ」
幾ばあは優しい口調でそう言うとまた茶を啜る。
他人が僕の本当の気持ちに気付いたのは初めての事だった。顔には出していないつもりだったけど、幾ばあは僕の心そのものを見ていたのかもしれない。この人だったら……。
「父さんが僕に気を遣うわけないよ。自分が面倒見るのがめんどくさいから僕を一人でここに放っていったんだ」
僕は初めて自分の気持ちを幾ばあに正直に話した。
それは親にも、友達にも、先生にも話したことの無い、僕のひねくれた甘えだった。
「……今はそう思っていればいい。いつか親の愛が分かるときが璃都にも来るべさ。ズズズズズズ」
親の愛……。
『こんな事になるんだったら引き取らなければ良かった……』
不意にあの日の言葉が頭によぎる。
あいつに親としての愛なんてあるものか……。僕はキュッと膝の上で拳を握りしめる。
「……そういえば璃都。ここら辺の事まだよく知んねぇだろ。明日にでも散歩に行ってきない。ズズズズズズ」
幾ばあは俯く僕を見て気を遣ったのか話の話題を変えてくれた。
「うん……」
散歩は別に嫌いじゃない。歩くコースを自分の好きなように決められるし、何より一人でいられるのが嬉しい。
僕の心の内を当て、さりげなく一人でいる時間を与えようとしてくれた。
もしかしたら幾ばあは、僕の唯一の理解者なのかもしれない……。
「あの——」
「ZZZZZZ」
この人なら何でも話せると思って話を切り出そうとした矢先、幾ばあは見事な鼻提灯を出してぐーすか眠っていた。
……やっぱりだめだこの人。
僕はハァ……とため息をつくと、大きな音を立てて茶を啜った。
荷物運びを手伝ってもらい茶の間で少しくつろいだ後、父さんは車を走らせて帰っていった。
車が道の向こうに遠ざかっていくのを玄関先からじっと見つめる。
視界から車が見えなくなったのを確認すると、僕は本当にこれから一人でここに暮らすのだとしみじみ実感した。
「さ、茶でも飲むべ」
僕の横にいた幾ばあは息子が帰って惜しむ様子も特になく、ケロッとした表情で家に戻っていった。
マイペースだなこの人……。
***
「ほれ」
「ありがとう……」
幾ばあは横長の座敷机に和菓子を沢山並べ僕の前に熱々の湯呑みを置くと、よっこいせと向かいの座布団に座って自分の茶を啜った。
「ズズズズズズ」
「……」
……気まずいな……。こういう空気が一番苦手なんだ。
幾ばあの無駄に大きい啜り音以外他に何も聞こえないぐらい、和室はシーンとしていて落ち着きがあった。
床の間には巨大な掛軸、日本刀がどんと置かれていてザ・日本の和といった僕にはとても合わないテイストの部屋だった。
じっとしているのも嫌だったので和菓子に手を伸ばしていると幾ばあがボソッと口を開いた。
「璃都、何か悩んどるだろ」
「え?」
唐突な一言に僕は動揺を隠せなかった。何で何も言ってないのに……。
「顔見りゃ分かる。智則の若い頃にそっくりだべ。なんの事で悩んでるかは知んねぇけど智則は気を遣ってお前さんをここに住ませたんでねぇの。ズズズズズズ」
幾ばあは優しい口調でそう言うとまた茶を啜る。
他人が僕の本当の気持ちに気付いたのは初めての事だった。顔には出していないつもりだったけど、幾ばあは僕の心そのものを見ていたのかもしれない。この人だったら……。
「父さんが僕に気を遣うわけないよ。自分が面倒見るのがめんどくさいから僕を一人でここに放っていったんだ」
僕は初めて自分の気持ちを幾ばあに正直に話した。
それは親にも、友達にも、先生にも話したことの無い、僕のひねくれた甘えだった。
「……今はそう思っていればいい。いつか親の愛が分かるときが璃都にも来るべさ。ズズズズズズ」
親の愛……。
『こんな事になるんだったら引き取らなければ良かった……』
不意にあの日の言葉が頭によぎる。
あいつに親としての愛なんてあるものか……。僕はキュッと膝の上で拳を握りしめる。
「……そういえば璃都。ここら辺の事まだよく知んねぇだろ。明日にでも散歩に行ってきない。ズズズズズズ」
幾ばあは俯く僕を見て気を遣ったのか話の話題を変えてくれた。
「うん……」
散歩は別に嫌いじゃない。歩くコースを自分の好きなように決められるし、何より一人でいられるのが嬉しい。
僕の心の内を当て、さりげなく一人でいる時間を与えようとしてくれた。
もしかしたら幾ばあは、僕の唯一の理解者なのかもしれない……。
「あの——」
「ZZZZZZ」
この人なら何でも話せると思って話を切り出そうとした矢先、幾ばあは見事な鼻提灯を出してぐーすか眠っていた。
……やっぱりだめだこの人。
僕はハァ……とため息をつくと、大きな音を立てて茶を啜った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
40
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる