ただの伯爵令嬢が悪役になるまで

ぴぴみ

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想い

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 イザベラ・フィッツは愚かにも恋をしてしまった自分に驚いていた。今まで家のために生きてきて恋など必要ないものと思っていたのに、なんてざまだ。

 
 彼─マクシミリアン・ハーディントンと出会って全てが変わってしまった。

 
 彼に微笑まれれば自然と顔が赤くなるし、いつも通りに振る舞えない。知的で落ち着いているとよく言われる自分なのに嘘みたいだ。

 
 フィッツ家と縁のあるハーディントン家の子息というのも、手が届く存在だと言っているようで…。知らず、想いは募っていった。




 今日はマクシミリアンの顔を見られる日。イザベラの心は期待で震えていた。



(どこにいらっしゃるのかしら…?)



 そう思いながら彼の姿を探す。
マクシミリアンらしき声が聞こえて中庭へと急ぐ。彼は妹のマーガレットと話しているようだった。


 声をかけようとしたが、開きかけた口は不自然に止まった。



「マクシミリアン様─」


 
 そう言った妹の声が甘くて、頬は薔薇色に染まっていたから。その瞬間彼女は悟った。



─マーガレットもマクシミリアンが好きなのだと…。

 

 マーガレットの外見は天使のように愛らしい。透き通る肌、血色のいい唇、宝石のような瞳。どれ一つとっても自分にはないものだ。



『あなたの顔はあまり良いとは言えないのだから、勉学に力を入れなさい…』


 
 母の言葉を思い出す。言われなくても分かってる…。そう独り言ちて、イザベラは踵を返した。美しい二人から目を逸らしたくて。





 マーガレットは、常の穏やかな顔を曇らせて俯くイザベラを心配していた。


(お姉様は一体どうしてしまったのかしら…?聞いても何も答えてくれないし…)



 彼女は、頭が良く理性的な姉を心から尊敬していた。自分などには無理だろうと思いつつ、何か姉の力になれることはないだろうかと必死に考えていた。


 そんなある時イザベラの呟きを拾ってしまったのだ。


 
「お慕いしておりました…マクシミリアン様…」






(マーガレットの様子がおかしい…使用人にも当たり散らしているようだし…あの子らしくない)


 同じ相手に恋をしたといっても、かわいい妹であることに変わりはない。胸の痛みは依然としてあるけれど、悪いのは妹ではない。
私の心の問題だ。


 そう言い聞かせて、妹の部屋へと向かった。


「あらお姉様。急に何?連絡もなしに部屋に入ってこないでくれるかしら?」


 
 出会い頭にそう言われた。あれが、可愛かった妹だろうか…?俄には信じられなかった。



「一体どうしてしまったというの…?
マーガレット…何か辛いことでもあったの?」



 妹の瞳をじっと見つめる。久しぶりに彼女と目を合わせた気がする。



「辛いこと…?そんなのあるわけないでしょう?私は昔から何も変わらないわ」



 反論したが、聞き入れてはくれなかった。終いには冷徹な声で出ていくように言われてしまい、そうする他なかった。


 間違いなく何かがあったのだ。彼女が変容してしまうほどの出来事が…。


(まさか、マクシミリアン様と何か…?)


 
 途端、頭に浮かびかけた想いに心底自分自身が嫌になった。私は醜い…心根までも。妹の不幸を喜びそうになるだなんて…。



(それともまさか…!私の彼への想いに気づいて、身を退こうと…?)



 優しい妹が考えそうなことだ。その瞬間抱いた怒りと共に再び彼女の部屋へと赴く。



「マーガレット…!もし私のためだって言うなら…!」


「─おかしなお姉様?ご自慢の頭が働いていないようよ…私は昔から何も変わらない、と言ったでしょう?」


「…」



 イザベラは何も言えなかった。妹がどういうつもりで言ったのかは分からないが、大好きな妹に蔑むような瞳で見られて、確かに傷ついてしまったから…。




(ごめんなさい…お姉様。どうか馬鹿な私を許してください)


 イザベラが出ていった後、マーガレットは
痛んだ胸を押さえ、椅子に腰かけていた。
部屋には彼女一人。使用人には出ていってもらっていた。

 思えば、こんなに長いことお姉様と離れて過ごしたのは、ここに来たばかりの頃以来…。

 
 マーガレットは過去の記憶をゆっくりと思い返していく。


─後妻の連れ子として、ここフィッツ家に連れてこられ、当時の私は不安で一杯だった。

 母は華やかな人で、いつも笑っていたが、娘への関心はなかった。時たま犬や猫を可愛がるかのように、お菓子や服を与えてはくれたが、私自身について問われたことは一度もない。

 元々貪欲に欲しいものを求めるたちの母はあらゆる男の間を渡り歩き、落ち着くことがなかった。花から花へと蜜を求めて飛び回る蝶のような人だった。

 
 ここにいられるのも僅かな時だけかもしれない…。生活が安定しない心許なさが私をいつも不安にさせていた。


 伯爵家には既にイザベラという娘がいて、後から来た私はきっと虐められるのだろうと思っていた。由緒正しきフィッツ伯爵家を汚す存在として、罵られても仕方がないと…。


 それが誤解だと分かったのは、この家に来て一月ひとつきも経とうかという頃。顔合わせは済んでいたが、できる限り目立たぬように過ごしていた私はまだイザベラと深く話していなかった。


 怯える私に彼女は言った。


「素敵な髪ね…!まるで童話に出てくる光の女神様みたい」


─嬉しかった。母に似た髪が嫌いだったから。いつか自分も同じようになってしまうのではと。

 だが、純粋な好意を向けられて胸が温かくなった。

 
 
 いつか姉に聞いたことがある。私のことが憎くはないのかと。そうしたら彼女は言った。


「私の母は、父に似た私の顔が嫌いだったみたい。いつも勉強しなさい…あなたの顔じゃいいところにお嫁に行けないって、口癖のように言ってたの…。嫌々結婚したみたいで父のこと、最期まで嫌ってた。」

 何の話だろうと初めは思った。しかし続いた姉の言葉に彼女の苦しみの一端を知った。

「…だから童話の女神様みたいなあなたの容姿に憧れて…。羨ましいって思う以上に素敵だなって。私の理想の女の子そのものだから。寂しい時、いつも読んでた大好きなお話なの」

 そう、照れたように言った。

 傷を舐め合うように、お互いについて話し、側にいる内に、いつしか姉の存在はかけがえのないものとなっていった。

 私の淡い恋心など打ち捨ててしまって構わない。

 姉は私の理解者であり、友であり、家族であり、そして何より幸せになるべき人なのだから…。

 私は周囲に嫌われるように振る舞い始めた。侍女の中には私の出自ゆえに侮っていた者も多くいたから、嫌な態度をとるのは簡単だった。

─お姉様、私は本当に昔の少女の頃のままです。

 嫌われたくないと怯えながらもどこか周囲を呪っていて…羨んでばかりいた。初めて会った時、本当は上等な服を来て立派な教育を幼い頃から受けてきたと分かるあなたが、妬ましかった。そんな私がいたことを知らないでしょう?

 私はあなたが言ってくれたような綺麗な存在ではないのです。

 私をたくさんの愛で包んでくれたお姉様。
あなたに嫌われたくはない…でもこうする以外に思いつかなかった。お姉様が私に遠慮していると分かったから。

あなたのお母様が何と言おうが、あなたはきれいです。幸せになってください…。



「どうか僕と結婚してほしい」


 マクシミリアンが姉にそう言ったのを耳にして、マーガレットは胸を撫で下ろした。
これできっと姉は幸せになれると…。



「…一つだけ伺ってもよろしいですか?」

「もちろんだとも」

「どうしてマーガレットではなく、私なのですか?年もあまり変わらないはずです…」

「…そんなもの決まっているさ。僕は馬鹿な女は嫌いなんだ。彼女は、使用人にも当たり散らしているそうじゃないか…自分の感情すらコントロールできないとは…。
その点、君は聡明で話も合う。君とならきっと幸せな家庭を築けると思っているよ」

「…」


 胸の痛みに気づかない振りをして、マーガレットは陰から二人を見守る。


(お姉様…よかった。マクシミリアン様とならきっと幸せに…)


 そう思いかけたところで…

バチン

 見れば、マクシミリアンが呆然とイザベラを見ていた。


「私、馬鹿な女なんですの…妹よりよっぽど。ですからマクシミリアン様には相応しくありません。話が合う方をお探しなら、人形屋がおすすめですわ。ただ黙って首をふってくれるものもありますのよ…。

……少し頭を冷やしてまいります。不快な空気にあてられて、また熱が上がってしまいそうですので…それでは、ごきげんよう…」


 イザベラは一度も振り返らなかった。



「お姉様…!どうして!?」


 見るとマーガレットが必死な顔で訴えている。


「やっと幸せになれるところでしたのに…
どうしてあんなことを…!?今ならまだ間に合います。一緒に謝りに行きましょう」


 慌てた様子にくすりと笑みが漏れてしまった。


「何がおかしいんですの!?」


「あなたがかわいいなと思って…」


「ツ、ふざけている場合では!!」


「ふざけてなんてないわ。私にとってあなたはかわいい妹。そんなあなたに対してあの男…失礼にもほどがあるわ…!!私の男を見る目はほんと信用ならない…!」


 イザベラは静かに憤っていたが、抑えきれない感情が語尾に、身体に現れ、隠しきれていなかった。


「そ、そんな…私のことなど…。お姉様さえ幸せになっていただければ…わたしは…」

 
 涙が溢れ、最後までは言えなかった。


「ばかね…。」


 イザベラがそっと抱き寄せる。


「あなた以上に大切な存在なんて他にいないわ…これからもあなたは私のかわいい妹よ」


 二人は抱き合い、しばらく離れなかった。




 
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