その伯爵令嬢、世間知らずにつき

ぴぴみ

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始まり

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エスペランサは、ふぅと溜め息をつきながら考えていた。

グスマン伯爵家の娘として生まれ、どこに出ても恥ずかしくないように育てられた。親が望む結婚をするのが当然だし、そのために努力もしてきた。

しかし、今になって思うのだ。


(王子の何人目かの側室として生き、死んでいくなど、私の人生は一体何だったのだろう?)


逃れる方法は、どこかに無いのだろうか?
大好きな踊りも自由に踊れない。
恋もしてみたかったし、危ない経験も少しはしてみたかった。
後悔ばかりが募っていく中、遂に我慢できなくなって、気づけば塀をよじ登っていた。

スカートはめくれ上がり、中の下着がチラと見えてしまっている。教育係がこの場にいれば、なんて下品な…品格がどうのと、すぐさま手を鞭で叩いたことだろう。

だが、今はいない。

大人しく従順な娘がいなくなるなど、誰も思うまい。監視の目もない。
今しかないという思いが、彼女を駆り立てていた。

屋敷を抜け出し、伯爵家の者しか知らない抜け道を通ると町の裏通りについた。
こんな道も役に立つのねと思いながら、歩を進めようとしたそんな時

「おい、どこに行くんだ?」

男の声が鼓膜を震わせた。
ギクリとして振り返ると、精悍な顔立ちの色男が立っていた。燃えるような赤い瞳が彼女をじっと見つめている。

「あなたに、何か関係ある?」
「関係はねぇけど、あんた、お貴族様だろう?そんな格好で外に出りゃすぐ身ぐるみ剥がされるぜ」
「そんなまさか…」

信じようとしない彼女を呆れた目で見つめ、男は言った。

「あんた、何にも知らないんだな。国全体が勢いを失って久しい。ここ伯爵領も例外じゃないんだぜ。生活が苦しい者は何だってする」

国が苦しい状況にあるのは知ってはいた。
愚かな王子が国庫を食い潰す勢いで散財し、女を侍らせ、毎晩のように夜会を開いているというのは有名な話だ。

苦言を呈す有能な家臣は、とうに追い出されたとも聞く。市民が暴動を起こすのも時間の問題かもしれないと、男の話を聞いてエスペランサは思った。

「ご忠告感謝するわ。でも、私は…」

彼女が言い淀んでいると、男は頭をガシガシと掻きながら、仕方ねえなと言った。

「?」
「危なっかしくて見てられねぇ。
それで、お嬢さまは何がしたいんだ?」

問われて考える。
ただ漠然と逃げ出したかっただけなのだ。
その気持ちのままに答える。

「外の空気を吸いたくて…」
「変わってんな、あんた。
だが、俺と会えるなんて運がいい!
そういうことなら任せとけ。いいとこに案内してやるよ」
「普通の観光案内なら結構よ」

エスペランサは、鼻をつんと上げてそう言った。
男はそれに気を悪くした様子もなく、笑顔で近づいてきたかと思うと、彼女の耳元で囁いた。

「─お嬢さんが、行きそうにないところに連れてってやるよ」


☆*

着いたのは、薄暗い店だった。
大柄な男たちが酒を飲みながら、ガハハハと下品な笑い声をたてている。

エスペランサは、踏み入れた瞬間帰りたくなった。今は男が、馴染みの女から手に入れた町娘の格好をしている。
知らずギュッと服の裾を掴んでいた。

男は彼女のそんな様子に気づいているのかいないのか、どんどん奥に入っていってしまう。

(こんな怪しい男についていくなんて、どうかしてた。もう帰…)

女が出口に向かおうとすると、パッと店内の一部が明るくなった。

「な、何?」

驚いて見ると、際どい格好をした、きらびやかな女達が身体をくねらせ踊り始めていた。

「どこ行ってたんだよ?ちゃんと、ついてこい」

男はそう言うと、無理やりエスペランサを近くの椅子に座らせた。
彼女が何か言う前に、男が手振りで近くで踊っている女を呼んだ。

装飾品のシャラシャラという音と共に、きれいな女が笑顔でやってくる。

「ここ、何なの?」
「見て分からないか?男たちの夢の楽園だよ」
「……私、いてもいいわけ?」
「まあ暗いし大丈夫だろ」

男は軽い口振りでそう言うと、踊っている女に手を近づけた。

「ま、まさか触るつもり?」
「チップだチップ。お触りもありだが、今ここではしねえよ。お前さんもいるしな」

別のテーブルを見ると、にやけ顔の男が女の胸を揉んでいる。
とんでもない場所に連れてきてくれたものだ。エスペランサは憤った。

そして、何を思ったかいきなり立ち上がり、舞台へと向かう。

パンパン

手を打ち鳴らすと、ダンダンと足を踏み鳴らした。
そして、ひらりひらりと蝶のように踊り始める。激しく情熱的に。

周囲の人間も初めは、いきなり登場した女に戸惑ったようだったが、すぐに口笛を吹き始めた。

音楽に合わせて彼女は舞う。時に飛びはね、回転し、指の先まで優雅に。

舞い終わって一礼する。

ワァァァ

荒い息を整え、前を見ると席を立った客たちが乱暴に拍手を送ってくれていた。
その中には、熱い眼差しでこちらを見つめる色男の姿もあった。

これまで感じたことのない不思議な達成感を感じながら、彼女はニコリと微笑んだ。

☆*

「お嬢さんすげえじゃねえか…!俺、感動したよ」

男が興奮ぎみに言う。

「ありがとう」

照れたようにエスペランサが言うと、男がいきなり自身の名前を告げてきた。

「俺、クラウディオってんだ。」
「はぁ」
「そんな呆れた目で見るなよ。自己紹介は大事だろ?」

今さらだなとは思ったが、女も名乗った。

「エスペランサよ」

この出会いが、後の彼女の運命を変えることになるとは…誰も想像できなかったに違いない。






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