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新たな始まり
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「─つまらない顔だな」
「…そうですか?」
王子を前にして、エスペランサの顔はぎこちなくひきつっていた。
あの日屋敷を抜け出し、クラウディオと別れてから彼女は、結局元いた場所に戻っていった。
散々怒られ、しばらく監視の目がついたが、後悔はしていない。ちょっとした休暇を楽しむぐらい許されるだろうと開き直ってさえいた。
だが、あくまで一時の骨休め。彼女は分かっていた。自分が外の世界では生きられないだろうということを。温室育ちの鳥でしかないということを。
あの時の記憶を、胸の奥の柔らかい部分に閉まって、生きていくのだろうと思っていた。
そして今日は、結婚前の顔合わせの日。
王子は言った。
「俺には側室も可愛がってる女も一杯いるし、お前のことはあまり構えないかもしれないが、気にするな。気が向けば、行ってやる」
「…恐れ入ります」
心が凍っていくのを感じたが、無理やり笑った。令嬢として培ってきた経験から、表情筋は勝手に笑みを形作る。
「─つまらない顔だな」
「…そうですか?」
「ふん」
王子は飽きたのか顔を背けると、使用人に命じて女を連れてこさせた。
「お呼びでしょうか~?殿下」
甘ったるい声でそう言いながら、女が王子の腕に手を回す。
「おお来たか!アドリアナ。色褪せた場でもお前が来るとパッと華やぐな」
「そんな…もったいないお言葉です」
女が、ふふんと小馬鹿にした目でエスペランサを見る。エスペランサは気づいたが、何も言わなかった。
「そちらのエスペランサ様といずれ結婚なさるのでしょう?私にばかり構っては、おかわいそうですわよ」
「…それもそうだな」
王子はそう言うと、俺の肩でも揉めと言った。言う通りにして、彼らの話に耳を傾ける。
「ねぇ殿下。私、何か面白い芸が見たいですわ~」
「芸か…悪くないな」
王子が、誰か呼ぼうとすると
「私、エスペランサ様に何かしていただきたいわ。ねぇ~よろしいでしょう?」
最後の方はエスペランサを見て、アドリアナが言った。
「それはいいな。お前、何かできるだろう?」
「…お目汚しになるかと」
「いいから、やれ、と言っている」
「…かしこまりました」
エスペランサは、そう言って踊り始めた。
しかし、途中でアドリアナが声を上げた。
「もっと面白く踊ってくださいません?」
「面白く…ですか?」
「ええ!だってただの踊りなど、見飽きているのですもの。思わず笑ってしまいたくなるようなものがいいわ」
そう言って、踊らせては、何度も中断させた。
王子が言う。
「アドリアナが言ったことをちゃんと聞いていたか?早くしろ」
しかし、エスペランサには分からない。
自分が道化になるのはいいが、大好きな踊りを冒涜するような真似はしたくなかった。
「そうだわ!」
突然、アドリアナが言った。
「男役がいないから面白くないのよ…!
殿下、誰か…使用人でも呼んでくださらない?」
「さすがだな。少し待っていろ」
すぐに呼ばれた使用人が、入室した。
「お呼びでしょうか?」
「ああ。お前、そこにいる女の手をとれ」
「…は」
男は頷き、命令通り、エスペランサの手をとった。
「それでくるくる回れ」
エスペランサは使用人の顔を見ることができなかった。しかし次の瞬間、顔を上げた。
「らしくねぇな」
見知った男が自分を見ていた。
「あなた、どうしてここに?」
男は答えず、耳元で少しだけ我慢しろと言った。そしてくるくると回る。
すぐコロコロと笑い声を上げ始めたアドリアナも王子も、しばらくして笑うのを止めた。
目が引き寄せられていた。
それほどまでに二人が作り上げる世界は、圧倒的だった。
そこは舞台だった。光が当たってもいないのに物語が見える。
(たのしい…!)
アドリアナは、何もかも忘れて踊りに夢中になった。
彼女が舞う動きに、どこまでもついていくクラウディオ。
手をとり、回し、目を合わす。
リードするだけでなく、時に、彼女の好きにさせて…。
踊りが終わって見つめ合う二人をアドリアナが憎々しげに見ていた。
「なんなの、あれ。」
「まあいいじゃないか。使用人と息が合うなど、それまでの女ということだ」
王子はそう言いつつも、エスペランサから目が離せないようだった。
「そろそろだな」
クラウディオはそう言うと、唐突に『俺、使用人じゃないんですよね』と言った。
すると扉が勢いよく開き、武装した男達が入ってきた。
「なんだ!お前たちは!!!」
王子が叫ぶが、いくら待っても味方の兵は来ない。
「皆さん、眠ってらっしゃいますよ」
クラウディオはそう言って、服の下から剣を取りだし王子の首もとに当てる。
「降参、してくれませんかね?
俺も、長期任務で些か疲れてまして。
手元が狂ってしまうかも」
そう言って力を込め始める。
「わ、わかった。だから助けてくれ」
「分かればよろしい」
クラウディオは、そういえば…と思い出したように言う。
「捕虜の扱いは、俺に一任されてるんですわ。そこの王子の愛人─アドリアナだっけか。そいつはお前らの好きにしていいぞ」
「いや!そんな…!!」
青褪めた彼女を他所に、クラウディオの部下らしき者たちは雄叫びを上げる。
今夜は楽しめそうだな、と。
エスペランサは呆然とした瞳で、クラウディオを見ていたが、ポロっと言葉が口から出た。
「私も同じ目に?」
「んなわけねぇだろ?お前は俺の女だ。
苦労はさせねぇぜ。これでも一応貴族だからな」
そう言って笑ったクラウディオは、隣国の地名を口に出した。
「あんな熱い踊りを見せられちゃな…。
つかまっちまったわ」
いつから潜入していたのか、元から自分のことを知っていたのか…聞きたいことはたくさんある。
だが言葉にはならなかった。
彼─クラウディオに囚われていたのは、エスペランサも同じだったから。
「…そうですか?」
王子を前にして、エスペランサの顔はぎこちなくひきつっていた。
あの日屋敷を抜け出し、クラウディオと別れてから彼女は、結局元いた場所に戻っていった。
散々怒られ、しばらく監視の目がついたが、後悔はしていない。ちょっとした休暇を楽しむぐらい許されるだろうと開き直ってさえいた。
だが、あくまで一時の骨休め。彼女は分かっていた。自分が外の世界では生きられないだろうということを。温室育ちの鳥でしかないということを。
あの時の記憶を、胸の奥の柔らかい部分に閉まって、生きていくのだろうと思っていた。
そして今日は、結婚前の顔合わせの日。
王子は言った。
「俺には側室も可愛がってる女も一杯いるし、お前のことはあまり構えないかもしれないが、気にするな。気が向けば、行ってやる」
「…恐れ入ります」
心が凍っていくのを感じたが、無理やり笑った。令嬢として培ってきた経験から、表情筋は勝手に笑みを形作る。
「─つまらない顔だな」
「…そうですか?」
「ふん」
王子は飽きたのか顔を背けると、使用人に命じて女を連れてこさせた。
「お呼びでしょうか~?殿下」
甘ったるい声でそう言いながら、女が王子の腕に手を回す。
「おお来たか!アドリアナ。色褪せた場でもお前が来るとパッと華やぐな」
「そんな…もったいないお言葉です」
女が、ふふんと小馬鹿にした目でエスペランサを見る。エスペランサは気づいたが、何も言わなかった。
「そちらのエスペランサ様といずれ結婚なさるのでしょう?私にばかり構っては、おかわいそうですわよ」
「…それもそうだな」
王子はそう言うと、俺の肩でも揉めと言った。言う通りにして、彼らの話に耳を傾ける。
「ねぇ殿下。私、何か面白い芸が見たいですわ~」
「芸か…悪くないな」
王子が、誰か呼ぼうとすると
「私、エスペランサ様に何かしていただきたいわ。ねぇ~よろしいでしょう?」
最後の方はエスペランサを見て、アドリアナが言った。
「それはいいな。お前、何かできるだろう?」
「…お目汚しになるかと」
「いいから、やれ、と言っている」
「…かしこまりました」
エスペランサは、そう言って踊り始めた。
しかし、途中でアドリアナが声を上げた。
「もっと面白く踊ってくださいません?」
「面白く…ですか?」
「ええ!だってただの踊りなど、見飽きているのですもの。思わず笑ってしまいたくなるようなものがいいわ」
そう言って、踊らせては、何度も中断させた。
王子が言う。
「アドリアナが言ったことをちゃんと聞いていたか?早くしろ」
しかし、エスペランサには分からない。
自分が道化になるのはいいが、大好きな踊りを冒涜するような真似はしたくなかった。
「そうだわ!」
突然、アドリアナが言った。
「男役がいないから面白くないのよ…!
殿下、誰か…使用人でも呼んでくださらない?」
「さすがだな。少し待っていろ」
すぐに呼ばれた使用人が、入室した。
「お呼びでしょうか?」
「ああ。お前、そこにいる女の手をとれ」
「…は」
男は頷き、命令通り、エスペランサの手をとった。
「それでくるくる回れ」
エスペランサは使用人の顔を見ることができなかった。しかし次の瞬間、顔を上げた。
「らしくねぇな」
見知った男が自分を見ていた。
「あなた、どうしてここに?」
男は答えず、耳元で少しだけ我慢しろと言った。そしてくるくると回る。
すぐコロコロと笑い声を上げ始めたアドリアナも王子も、しばらくして笑うのを止めた。
目が引き寄せられていた。
それほどまでに二人が作り上げる世界は、圧倒的だった。
そこは舞台だった。光が当たってもいないのに物語が見える。
(たのしい…!)
アドリアナは、何もかも忘れて踊りに夢中になった。
彼女が舞う動きに、どこまでもついていくクラウディオ。
手をとり、回し、目を合わす。
リードするだけでなく、時に、彼女の好きにさせて…。
踊りが終わって見つめ合う二人をアドリアナが憎々しげに見ていた。
「なんなの、あれ。」
「まあいいじゃないか。使用人と息が合うなど、それまでの女ということだ」
王子はそう言いつつも、エスペランサから目が離せないようだった。
「そろそろだな」
クラウディオはそう言うと、唐突に『俺、使用人じゃないんですよね』と言った。
すると扉が勢いよく開き、武装した男達が入ってきた。
「なんだ!お前たちは!!!」
王子が叫ぶが、いくら待っても味方の兵は来ない。
「皆さん、眠ってらっしゃいますよ」
クラウディオはそう言って、服の下から剣を取りだし王子の首もとに当てる。
「降参、してくれませんかね?
俺も、長期任務で些か疲れてまして。
手元が狂ってしまうかも」
そう言って力を込め始める。
「わ、わかった。だから助けてくれ」
「分かればよろしい」
クラウディオは、そういえば…と思い出したように言う。
「捕虜の扱いは、俺に一任されてるんですわ。そこの王子の愛人─アドリアナだっけか。そいつはお前らの好きにしていいぞ」
「いや!そんな…!!」
青褪めた彼女を他所に、クラウディオの部下らしき者たちは雄叫びを上げる。
今夜は楽しめそうだな、と。
エスペランサは呆然とした瞳で、クラウディオを見ていたが、ポロっと言葉が口から出た。
「私も同じ目に?」
「んなわけねぇだろ?お前は俺の女だ。
苦労はさせねぇぜ。これでも一応貴族だからな」
そう言って笑ったクラウディオは、隣国の地名を口に出した。
「あんな熱い踊りを見せられちゃな…。
つかまっちまったわ」
いつから潜入していたのか、元から自分のことを知っていたのか…聞きたいことはたくさんある。
だが言葉にはならなかった。
彼─クラウディオに囚われていたのは、エスペランサも同じだったから。
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