56 / 78
15.幽閉生活の終わり
②
しおりを挟む
リュシアン様は私の手を引いて玄関の外に引っ張る。
「急いで来たから馬しかないんだが大丈夫か?」
「ええ、もちろんです。リュシアン様と馬に乗れるなんて嬉しいですわ」
「じゃあ、早速行こう」
私は手を引くリュシアン様に慌てて言った。
「あっ、ちょっと待ってください。屋敷を出る前にすることが……」
「すること? ああ、そうか。荷物があるよな」
「それもなんですが、それよりもベアトリス様にご挨拶を……」
私がそう言うと、リュシアン様は不思議そうな顔をする。それから納得したようにうなずいた。
「幽霊がいるんだったっけ。わかった。別れの挨拶をしてこい」
リュシアン様は苦笑いで、本当にベアトリス様がいるのだと信じている様子ではなかった。けれど許可をもらえたので、私は玄関のところまで戻り、まだそこに立ってこちらを見ていたベアトリス様に頭を下げる。
「ベアトリス様、今日までありがとうございました。あなたがいたおかげで、お屋敷で一人でいても寂しくありませんでした」
ベアトリス様はじぃっとこちらを見るだけだったけれど、気にせずに続ける。
「それにお料理や洗濯で戸惑う私に色々教えてくれたり、お茶づくりを手伝ってくれたり……。私、幽閉生活も結構楽しかったです。全部ベアトリス様のおかげです」
ベアトリス様が小さくうなずくのが見えた。相変わらずその顔に表情はない。……けれど、なんとなく彼女が寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。
ベアトリス様はゆっくりこちらに近づき、私の頭を撫でるように手を置いた。
「ベアトリスさ……」
ベアトリス様は見上げる私の顔を見てにっこり微笑んだ。いつもの無表情が嘘のようなとても優しい顔。
私があっけに取られてその顔を見ていると、突然大きな風が吹く。庭の葉が舞い上がったのか、私の頬に風に吹かれて飛んできた葉があたる。
庭のほうに顔を遣り、振り返ったときにはベアトリス様は姿を消していた。
これでお別れ。そう思うと寂しさで胸を締め付けられる。
「レーヌ……今の風は……」
後ろを見ると、リュシアン様が戸惑い顔でこちらを見ていた。あまりにもタイミングよく吹いた風に、さすがに驚いたのかもしれない。
「ベアトリス様、物には触れられないけれど風を起こすことはできるみたいなんです」
そう答えたら、リュシアン様は驚いたような戸惑ったような、複雑な顔をしていた。
その後、私は急いで荷物をまとめてお屋敷を後にした。
今回は馬車ではないので、トランクやかさばるドレスは置いていくことにして、最低限の荷物だけ鞄に詰める。
ここに来た当初は一ヶ月という幽閉期間が絶望的に長く感じたのに、いざ出るとなると寂しい気がしてしまうから不思議だ。
私は急ぎ足で、厨房や洗濯室、応接間などを一つ一つ見ながら進む。
屋敷も庭もはじめよりは随分綺麗になったと思うけれど、完全に整えきれなかったことが心残りだ。ベアトリス様が少しでも暮らしやすくなっていたらいいのだけれど。
最後に玄関からもう一度屋敷を眺め、私はリュシアン様の待つ門へ駆けて行った。
「支度は終わったか」
「はい。もう大丈夫です」
「なら行こう。そこに馬を休ませている」
リュシアン様に手招きされ、門から足を踏み出した。以前ははじかれてしまった門は今回何の抵抗もせずに私を通してくれた。この屋敷とは本当にお別れなのだと実感する。
「急いで来たから馬しかないんだが大丈夫か?」
「ええ、もちろんです。リュシアン様と馬に乗れるなんて嬉しいですわ」
「じゃあ、早速行こう」
私は手を引くリュシアン様に慌てて言った。
「あっ、ちょっと待ってください。屋敷を出る前にすることが……」
「すること? ああ、そうか。荷物があるよな」
「それもなんですが、それよりもベアトリス様にご挨拶を……」
私がそう言うと、リュシアン様は不思議そうな顔をする。それから納得したようにうなずいた。
「幽霊がいるんだったっけ。わかった。別れの挨拶をしてこい」
リュシアン様は苦笑いで、本当にベアトリス様がいるのだと信じている様子ではなかった。けれど許可をもらえたので、私は玄関のところまで戻り、まだそこに立ってこちらを見ていたベアトリス様に頭を下げる。
「ベアトリス様、今日までありがとうございました。あなたがいたおかげで、お屋敷で一人でいても寂しくありませんでした」
ベアトリス様はじぃっとこちらを見るだけだったけれど、気にせずに続ける。
「それにお料理や洗濯で戸惑う私に色々教えてくれたり、お茶づくりを手伝ってくれたり……。私、幽閉生活も結構楽しかったです。全部ベアトリス様のおかげです」
ベアトリス様が小さくうなずくのが見えた。相変わらずその顔に表情はない。……けれど、なんとなく彼女が寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。
ベアトリス様はゆっくりこちらに近づき、私の頭を撫でるように手を置いた。
「ベアトリスさ……」
ベアトリス様は見上げる私の顔を見てにっこり微笑んだ。いつもの無表情が嘘のようなとても優しい顔。
私があっけに取られてその顔を見ていると、突然大きな風が吹く。庭の葉が舞い上がったのか、私の頬に風に吹かれて飛んできた葉があたる。
庭のほうに顔を遣り、振り返ったときにはベアトリス様は姿を消していた。
これでお別れ。そう思うと寂しさで胸を締め付けられる。
「レーヌ……今の風は……」
後ろを見ると、リュシアン様が戸惑い顔でこちらを見ていた。あまりにもタイミングよく吹いた風に、さすがに驚いたのかもしれない。
「ベアトリス様、物には触れられないけれど風を起こすことはできるみたいなんです」
そう答えたら、リュシアン様は驚いたような戸惑ったような、複雑な顔をしていた。
その後、私は急いで荷物をまとめてお屋敷を後にした。
今回は馬車ではないので、トランクやかさばるドレスは置いていくことにして、最低限の荷物だけ鞄に詰める。
ここに来た当初は一ヶ月という幽閉期間が絶望的に長く感じたのに、いざ出るとなると寂しい気がしてしまうから不思議だ。
私は急ぎ足で、厨房や洗濯室、応接間などを一つ一つ見ながら進む。
屋敷も庭もはじめよりは随分綺麗になったと思うけれど、完全に整えきれなかったことが心残りだ。ベアトリス様が少しでも暮らしやすくなっていたらいいのだけれど。
最後に玄関からもう一度屋敷を眺め、私はリュシアン様の待つ門へ駆けて行った。
「支度は終わったか」
「はい。もう大丈夫です」
「なら行こう。そこに馬を休ませている」
リュシアン様に手招きされ、門から足を踏み出した。以前ははじかれてしまった門は今回何の抵抗もせずに私を通してくれた。この屋敷とは本当にお別れなのだと実感する。
187
あなたにおすすめの小説
婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが
夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。
ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。
「婚約破棄上等!」
エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました!
殿下は一体どこに?!
・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。なぜか二歳児の姿で。
王宮の権力争いに巻き込まれ、謎の薬を飲まされてしまい、幼児になってしまったレオナルドを、既に他人になったはずのエリーゼが保護する羽目になってしまった。
殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか?
本当に迷惑なんですけど。
拗らせ王子と毒舌令嬢のお話です。
※世界観は非常×2にゆるいです。
文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。
カクヨム様にも投稿しております。
レオナルド目線の回は*を付けました。
記憶喪失になった婚約者から婚約破棄を提案された
夢呼
恋愛
記憶喪失になったキャロラインは、婚約者の為を思い、婚約破棄を申し出る。
それは婚約者のアーノルドに嫌われてる上に、彼には他に好きな人がいると知ったから。
ただでさえ記憶を失ってしまったというのに、お荷物にはなりたくない。彼女のそんな健気な思いを知ったアーノルドの反応は。
設定ゆるゆる全3話のショートです。
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さくら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
うっかり結婚を承諾したら……。
翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」
なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。
相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。
白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。
実際は思った感じではなくて──?
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる