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⑤アカウント名:匿名記者ボ・ランチ
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『俺は……実名アカ以外は持ってないなぁ』
咄嗟《とっさ》に嘘をついてしまった。汚れのない尋木の瞳を前にすると、「教えてください」とか、「探してみます」とか、言われるんじゃないかと警戒した。
匿名記者アカウントの隆盛期である。そりゃ森藤だって、もちろん匿名記者アカウントは持っている。
匿名記者ボ・ランチ@Tokumei_Volante
ボ・ランチ、一身上の都合で本日2回目のランチです笑
14:12 2022/08/17 Twitter for iPhone
尋木とのランチ中に、写真付きツイートでそう呟いた。無論、投稿写真をモザイクでぼかすことは忘れなかった。
ツイートの通り、今日2回目のランチだった。県庁での取材帰りの11時。森藤は早めの昼食を取っていたからだ。
ところが、支局に戻って、憂《うれ》いに満ちた尋木と視線が重なった瞬間、自らランチを提案していた。
「森藤君は、お人よしすぎるよ」
周りからよくそう言われる。こういうところが、まさにそうだと思う。
加えて、〈匿名記者ボ・ランチ〉内でもそうなのだから、始末に負えない。アカウント名の由来は、中高と続けたサッカーでのポジションがボランチだったことだ。
ボランチは、試合の流れをコントロールする「舵取り役」や「司令塔」と評されるポジション。だが、当の森藤の人生といえば、試合を「コントロール」するというよりも、むしろ、皆の困りごとを調整するような「バランサー」的な役回りが多かった。実際、匿名記者ボ・ランチでも、自分の感情は押し殺して、皆を笑わせようと腐心している。
ーツイッターの中でも、どうして俺は頑張っているんだ?
時々、この現実を嗤《わら》ってしまう。だが、記者という日々ストレスを強いられる職場で過ごしていると、裏アカの中では、せめて笑いたいと思うのだ。
フォロワー数は1231。なかなかの数のフォロワーが、森藤のコミカルな呟きに共感して、フォローしてくれている。そう勝手に解釈している。だから、感情のままに不平不満をぶちまけたくない。フォロワーを裏切りたくない。謎の使命感に手綱を引かれている思いだった。
アカウント開設から2年。今のところ身バレもない。それは森藤が独自ルールを設けているからに他ならない。
まず、新聞社によって、降版時間や紙面の段数、文字数、新聞用語は違う。だから、日々のツイートの言葉遣いには細心の注意を払っている。
「ボ・ランチって、東洋日日《とうようにちにち》の記者なのでは?」
完全にそう思われている節がある。それはひとえに、東洋日日新聞社の公式アカウントのツイートの引用数を意図的に増やしたり、フォローの大部分を日日関係者のアカウントにしたりして、印象操作をしているからだ。
さらに旅や出張で西日本を訪れた際は、風景を積極的に撮影する。それをふとした場面で投稿して、西日本の支局に在籍している感を出している。立派な演出家である。
「おっ、森藤、今度の支局会の店は海鮮系で頼むな」
帰社と同時に、支局長の古郡《ふるごおり》が声をかけてきた。支局会とは、四半期に1度、栃木県を代表する企業の経営者、行政の幹部、大学教授などが集まる講演会である。講演会後は決まって、支局の記者を交えて、近隣の居酒屋で酒宴を開くのが習わしだ。
森藤は入社5年目になっても、その幹事をやらされ続けている。実は森藤はこの酒宴が苦手だ。本当は行きたくない。なのに、さっそく幹事にされて、事実上、参加が義務付けられた形だ。
森藤は自席に戻ると、ツイッターを開く。嘆息混じりに、親指で文字を紡ぐ。
匿名記者ボ・ランチ@Tokumei_Volante
また飲み会の幹事になってしまいました。幹事業務は、記者クラブだけで十分です笑
14:37 2022/08/17 Twitter for iPhone
咄嗟《とっさ》に嘘をついてしまった。汚れのない尋木の瞳を前にすると、「教えてください」とか、「探してみます」とか、言われるんじゃないかと警戒した。
匿名記者アカウントの隆盛期である。そりゃ森藤だって、もちろん匿名記者アカウントは持っている。
匿名記者ボ・ランチ@Tokumei_Volante
ボ・ランチ、一身上の都合で本日2回目のランチです笑
14:12 2022/08/17 Twitter for iPhone
尋木とのランチ中に、写真付きツイートでそう呟いた。無論、投稿写真をモザイクでぼかすことは忘れなかった。
ツイートの通り、今日2回目のランチだった。県庁での取材帰りの11時。森藤は早めの昼食を取っていたからだ。
ところが、支局に戻って、憂《うれ》いに満ちた尋木と視線が重なった瞬間、自らランチを提案していた。
「森藤君は、お人よしすぎるよ」
周りからよくそう言われる。こういうところが、まさにそうだと思う。
加えて、〈匿名記者ボ・ランチ〉内でもそうなのだから、始末に負えない。アカウント名の由来は、中高と続けたサッカーでのポジションがボランチだったことだ。
ボランチは、試合の流れをコントロールする「舵取り役」や「司令塔」と評されるポジション。だが、当の森藤の人生といえば、試合を「コントロール」するというよりも、むしろ、皆の困りごとを調整するような「バランサー」的な役回りが多かった。実際、匿名記者ボ・ランチでも、自分の感情は押し殺して、皆を笑わせようと腐心している。
ーツイッターの中でも、どうして俺は頑張っているんだ?
時々、この現実を嗤《わら》ってしまう。だが、記者という日々ストレスを強いられる職場で過ごしていると、裏アカの中では、せめて笑いたいと思うのだ。
フォロワー数は1231。なかなかの数のフォロワーが、森藤のコミカルな呟きに共感して、フォローしてくれている。そう勝手に解釈している。だから、感情のままに不平不満をぶちまけたくない。フォロワーを裏切りたくない。謎の使命感に手綱を引かれている思いだった。
アカウント開設から2年。今のところ身バレもない。それは森藤が独自ルールを設けているからに他ならない。
まず、新聞社によって、降版時間や紙面の段数、文字数、新聞用語は違う。だから、日々のツイートの言葉遣いには細心の注意を払っている。
「ボ・ランチって、東洋日日《とうようにちにち》の記者なのでは?」
完全にそう思われている節がある。それはひとえに、東洋日日新聞社の公式アカウントのツイートの引用数を意図的に増やしたり、フォローの大部分を日日関係者のアカウントにしたりして、印象操作をしているからだ。
さらに旅や出張で西日本を訪れた際は、風景を積極的に撮影する。それをふとした場面で投稿して、西日本の支局に在籍している感を出している。立派な演出家である。
「おっ、森藤、今度の支局会の店は海鮮系で頼むな」
帰社と同時に、支局長の古郡《ふるごおり》が声をかけてきた。支局会とは、四半期に1度、栃木県を代表する企業の経営者、行政の幹部、大学教授などが集まる講演会である。講演会後は決まって、支局の記者を交えて、近隣の居酒屋で酒宴を開くのが習わしだ。
森藤は入社5年目になっても、その幹事をやらされ続けている。実は森藤はこの酒宴が苦手だ。本当は行きたくない。なのに、さっそく幹事にされて、事実上、参加が義務付けられた形だ。
森藤は自席に戻ると、ツイッターを開く。嘆息混じりに、親指で文字を紡ぐ。
匿名記者ボ・ランチ@Tokumei_Volante
また飲み会の幹事になってしまいました。幹事業務は、記者クラブだけで十分です笑
14:37 2022/08/17 Twitter for iPhone
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