ペットボトルと異星人のお勧めできないエコロジー

かじかけい

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「だからヒロシは馬鹿だというんだよ」
 未亜が俺の顔を覗き込む。いたずらの成果を期待する悪ガキの面持ちで俺のリアクションを待っている。今の今まで職員室で絞られていた俺は正直イラッとするわけだが、いちいち付き合っていては精神が持たないので無視を決め込む。
「部室行くぞ」
「ちぇっ」
 未亜の舌打ちを背中で聞き流しながら部室へ足を向けた。中間テストが終了した今日、城崎先生から部会の招集があったのだ。重大な告知を行うという。
「篠原君、現国の回答欄一個ずれていたんだって?」
 部室の扉を開けると開口一番幡枝さんが尋ねてきた。
 なぜ知っているのですか幡枝さん。俺の横で未亜の表情が再び悪ガキモードに移行する。
「ねー、馬鹿だよねー」
 キラキラした目で再び俺を覗き込む未亜。
 お前が吹聴したのか。幡枝さんの前で恥じをかかせやがって。あー、むかつく。
「藤沢先生には散々絞られたけど、大目にみてもらえました。今回だけだぞって」
 俺は未亜を無視し、折り畳みイスに座りながら幡枝さんに答える。
「意外ね。藤沢先生がそんなに融通の利く人だとは知らなかった」
 幡枝さんがメガネを中指でツイッとあげた。
 たしかに。日頃その厳格さで知られる藤沢先生にしては、今回のお目こぼしは予想外の出来事といえる。これが中間試験であり、大学受験でなかったことも今は神に感謝しておこう。
「へローエブリワン! 全員揃っていますわね?」 
 城崎先生が騒がしく入ってきた。アメリカ人っていつもこんなにハイテンションなんだろうか。このテンションを一日維持するだけで、相当なカロリーを消費するような気がする。先生は時間がないのと言いながら告知を始めた。
「さて皆さん。松ヶ崎高校漫画研究部も発足して早八ヶ月。今まで我が部は既存の漫画に対する論評や、個々の部員の技量を推し量る活動を行ってきました」
 城崎先生。ひょっとして「論評」とは漫画やアニメ雑誌を広げ、「先生を中心に」唯々無為に駄弁だべっていた行為のことでしょうか。「技量を推し量る活動」とはノートや会議用のボードに、「先生を中心に」とりとめもなく描き散らかした落書きのことでしょうか。
「これらの活動を見守る中で私は確信を得ました。そろそろ漫研の存在意義と、皆さんの卓越した技量を内外に示す場を設けるべきだと」
 漫研の存在意義? 同人誌でも作るのかな。
「『第三十回まんがコロシアム』に参加します」
 城崎先生が胸を張りドヤ顔で宣言した。見事なドヤ顔には申し訳ないが、「まんがコロシアム」ってなんだ? 幡枝さんの様子をちらりと伺うと、表情が若干強ばっているようにみえた。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。俺は素直に聞いてみた。
「先生、まんがコロシアムって何ですか」
「はぁ? 日本人のくせにまんがコロシアムを知らないの?」
 城崎先生は目を細め、俺に向かってシットだのサノバビッチだのアメリカ映画でよく耳にする悪態用語をまくし立てた。一時の恥が一生のトラウマになりかねない勢いだ。まんがコロシアムを知らないことが、ここまで罵倒されるような問題なのだろうか。なんだか悲しくなってきた。
「だからヒロシは馬鹿だというんだよ」
 この状況にすかさず未亜が便乗してくる。
 くそ。お前は知っているのかよ。
「まんがコロシアムとは毎年隠岐諸島で行われる高校生による漫画選手権だ。まずは公募で予選が行われる。大会実行委員から発表されるテーマをもとに一コマ漫画を作成して郵送にて提出。予選を通過した四十校が本戦の行われる隠岐諸島に集い、二日間にわたって漫画バトルを繰り広げるのだ」
 説明を終えた未亜がドヤ顔で俺を見た。先生の機嫌が若干直っているところをみると、およそ正確な説明だったのだろう。結果的には助け船を出されたことになるのだろうが、俺は一ミリグラムたりとも感謝しないぞ。ところで隠岐諸島ってどこ?
「あの、先生」
 幡枝さんが少し押さえた口調で尋ねる。
「大会のスケジュールはどうなっているのでしょうか」
「予選の締め切りは六月下旬。本戦が八月上旬の二日間」
 幡枝さんの表情がみるみる曇ってゆく。榊田さんも同様だ。
 どうしたのですか二人とも。
「先生……」
 幡枝さんは榊田さんと目配せすると、意を決したように言った。
「私と榊田君は力になれないと思うのですが」
 幡枝さん! 漫画研究部発足以来初めての、活動らしい活動をいきなりボイコットとは穏やかではないでしょう。しかも顧問の持ち込み企画だ。城崎先生お得意のスラング炸裂かと思いきや、先生はそんな反応を予想していたように静かに答えた。
「あなたたちの事情は良く承知しています。無理だと言うならせめてアイデアだけでも出せないかしら。制作そのものは篠原君、御陵さん、岩倉さんに任せればいい。できるわよね、御陵さん?」
「ぬう。ボクも地球防衛軍の活動が忙しいんだけどなぁ」と未亜が小指で鼻をほじりながら答えた。
「ほう。具体的にどのように忙しいのかしら、その地球防衛軍の活動とやらは」
 うわ、先生の目がまた細くなった。今度こそスラング炸裂だ。
「やります、やりますとも! 三人で充分です、任せてください」
 漫画を描けもしない俺が何を言っているんだか。
「そう? それでは今日の今日までまんがコロシアムを知らなかった篠原君に一任するわ。応募の手配もお願いね、まんがコロシアムを知らなかった篠原君」
「はい先生……」
 背中から冷たい汗がどっと出るのを感じた。まんがコロシアムを知らなかったことがよほど気に入らないらしい。
「でも先生。今まで何もして来なかったのに、急にどうしたんですか」
 榊田さんのもっともな質問に城崎先生が答える。
「今まで何にもして来なかったから、よ。最近他部顧問先生からの漫研に対する風当たりが厳しいの。碌(ろく)に活動していないのに予算を食い、部室を占拠しているとね。早急に実績を作る必要があるのよ」
 なるほど。大変わかりやすい事情だ。
「先生はこれから職員会議があるので戻ります。募集要項はネットに出ているので調べておいてください。先生は『参加することに意義がある』といったクーベルタン的ぬるい考えは嫌いです。参加するからには目指すは優勝。皆さんがセーラームーンのような素晴らしい漫画を描くことを期待しています。以上」
 満面の笑顔で俺たちを威嚇すると、城崎先生は部室を出て行った。
「ふーっ。何なんだよ、セーラームーンって」
 俺はだらしなく机に突っ伏した。
「九十年代に作られた昔のアニメだよ。アメリカでは未だ人気があるらしい」と榊田さんが解説してくれる。「まんがコロシアムには全く関係ないアニメだけどね」と付け加えた。榊田さんは昔のアニメや漫画に詳しく未亜と話が合う。
「榊田先輩はマーキュリーが好きでしょ?」とか早速やっているし。
「さすがゴリョウさん、見透かされているなぁ」
 あっはっはっと二人仲良く笑っているが何の事かわからない。
「それよりも篠原君。まんがコロシアムの件、本当に任せちゃって良いのかしら。もちろんアイデア出しはするけど」
 幡枝さんが申し訳なさそうに俺をみる。
「大丈夫ですよ。俺と未亜はともかく、岩倉は絵が巧いから何とかなるでしょう。二人ともそろそろ受験に向けて準備ってかんじですか?」
 二人とも黙ってしまった。
 あれ? 俺、何か変なこと言ったかな。
「コミマの追い込みだよねー」と未亜が嬉しそうに二人の顔を交互に見る。
 二人から血の気が引いてゆくのがわかった。
 コミマって……同人誌の即売会のことだっけか。
「誰から聞いたの?」
 幡枝さんが岩倉をチラリと見る。岩倉は首がもげるのではないかという勢いで頭を左右に振った。
「幡枝先輩はBL、榊田先輩は百合?」
 幡枝さんが真っ赤になって、金魚のように口をパクパクとさせた。
 榊田さんは青くなって「城崎、しゃべりやがったな」と毒づいた。
「あれ? 図星? ちょっとカマをかけてみただけだよぅ」
 未亜がケラケラと笑った。二人ともやられたという表情で未亜を見ている。もともと漫画に疎い俺には事情がよく飲み込めない。幡枝さんは照れ隠しなのか、コホンと小さな咳払いをして言った。
「たしかに今日まで漫画研究会は、活動らしい活動を一切行って来ませんでした。城崎先生が仰ったように、生徒会においても我が部は非常に肩身の狭い思いをしています。まんがコロシアム参加は汚名返上の良い機会です。参加する以上は本戦に出場するべく、ベストを尽くしましょう」
 漫研がそんな立ち位置だったとは。
「とりあえず今日はまんがコロシアム予選の出題テーマを調べましょう。明日以降全員でブレーンストーミング、週末までにアイデアをしぼり制作開始。これでいいかしら」
 やると決めたら話が早い。素敵です幡枝さん。
「まんがコロシアムかぁ」とポケットからスマホを取り出す榊田さんに幡枝さんが言った。
「榊田くん。校内のケータイ使用は校則違反」
「え? 放課後だよ? 別にいいだろ?」
「ダメ。ばれたら連帯責任だよ」
 ウチの学校は持ち込みこそ認められているが、校内での使用は原則全面禁止だ。部活における使用も顧問が認めた場合のみ許される。ばれるとケータイの没収はもちろんのこと、部そのものにも何かしらのペナルティーが課される可能性がある。
「じゃ、図書室でパソコンを借りようか」
 榊田さんの提案に従い、部室を閉め新館の図書室へ移動する。ところがここで再び問題発生。図書委員に聞いて初めて知ったのだが、授業以外でパソコンを使用するには使用申請書が必要で、個人なら担任、部活動なら顧問のハンコをもらわなければならないという。職員会議はもう始まっており、先生のハンコがもらえない。
「よぉし。それじゃあ、ボクの脳内端末で検索してあげるよ」と未亜が自分の頭を指さした。
「へぇ。その脳内端末はどうやって外部につながっているの? WiーFi?」
 榊田さん、いちいち未亜に付き合ってやる必要はないんですよ。
「本体は今、月の裏側。ニュートリノ通信だから『食』の影響は気にしなくていい。二・五秒のタイムラグが唯一のネック。さすがのボクも光の速度は……」
「それでは、こうしましょう」
 俺は未亜の話を遮った。未亜の「この手の話」が始まるとキリがないのだ。
 ドスッと俺の足に衝撃が走る。未亜の蹴りだ。
「今日はここで解散しましょう。募集要項は各自ググってそれぞれアイデアを考えておく。これでどうでしょう」
 またドスッと蹴りが入る。
「篠原君。私の知る限り、まんがコロシアムの出題テーマは毎年二択なのよ。どちらかひとつに決めなければならない。今日はテーマを決めるところまで詰めておきたいな」
 そうなんですか幡枝さんと答える俺の足に、また蹴りが入る。
「痛てえな! こら!」
「うっさい馬鹿ヒロシ!」
「ゴリョウさんと篠原君はいつも仲がいいねぇ」
 榊田さんが満面の笑顔で言った。重大な誤解である。しかも幡枝さんの前でなんてことを言うのですか! 
「違いますよ、こいつとはただの腐れ縁で……」
「ねぇゴリョウさん。篠原くんの家って確か近いんだよね」
「うん、歩いて十五分。この五人の中では一番近い」
「それじゃあ、篠原君の家で調べて打ち合わせをしようか」
 榊田さん、「それじゃあ」の使い方が間違っています!
「行こう行こう。ボクが案内するよ」
 たちまち機嫌の直った未亜が、早速カバンを手にして部室を出ようとする。
「ちょっと待った。勝手に決めないでください。俺にも色々都合が……」
「大丈夫だよ。火曜と木曜は篠原のおばさんパートで遅いし、おじさんも八時前に帰ることはまずないし。妹のあかねチンはボクの舎弟だから誰にも迷惑かからないよ」
 この日より俺の個人情報は漫研全部員にて共有されることになった。

 途中コンビニで飲み物と菓子を買い、各々家にメールや電話を入れる。俺も妹のあかねにメールする。間髪入れず来た返信に「シイタケの森があったら買ってきて」とあった。新製品なのだろう。未亜だけ何もせず、皆が連絡を取っている様子をぼんやりと眺めていた。
「お前は連絡しなくて良いのか。おばさん心配するだろ」
「メールはもう送信した!」と未亜が自分の頭を指さした。どうやら脳内端末の設定はまだ活きているようだ。
 家に向かう道中、幡枝さんと榊田さんの入部のいきさつを、けして誰にもしゃべらないことを条件に聞くことができた。二人はそれぞれBL漫画と美少女漫画の同人作家だという。二人とも作品内容が「R指定相当」なため、学校には内緒で描いていたらしい。ところがある日突然城崎先生が二人の前に現れ、学校にばらされたくなければ漫研に入れと脅されたのだ。
「それってただの脅迫じゃないですか!」
「うーん。それがね、そうでもないのよ。見返りが大きいというか」
「見返り?」
「先生秘蔵の『資料』が素晴らしくて。創作意欲をかき立てられるのよねぇ」
 幡枝さんがうっとりと宙を仰ぐ。榊田さんもしきりに頷いている。どうやら裏で公平な取引が行われているようだ。本人が納得しているならそれで構わないが、どんな「資料」なのだろう。怖くて聞けなかった。
 三年の二人は今年の「夏コミ(夏期のコミマ)」を最後に受験モードへ突入する予定だったという。コミマとは年二回行われる国内最大級の同人誌即売会だ。それ故ただならぬ思いをもって夏コミに挑もうとしていたのだが、まんがコロシアム予選の締め切りが同人誌の印刷入稿締め切りと重なるのだ。これは二人にとって大きな負担らしい。
 同人誌というと白黒コピーをステープラーで綴じた程度のイメージしかない俺には、二人の話は別世界に思えた。同人誌を専門に扱う印刷会社があり、一般的な印刷会社よりも格安で印刷製本してくれるらしい。しかもオールカラー印刷はもちろん、蛍光インクを使った「特色印刷」や、キラキラ輝くホログラムなどの「箔押し加工」も珍しいことではないという。
「三日で五十万人以上集まるのよ」と幡枝さんが自慢げだ。延べ人数とはいえ、鳥取県の全人口に匹敵する群衆が一所に集まるのだ。想像を絶するに余りある。
 ちなみに岩倉は中学生時代にコミマで幡枝さんの漫画と出会い、ファンになったという。ファンメール(メールにおける岩倉は結構な饒舌らしい)を送ったところ同郷であることがわかり、二人はたちまち意気投合したのだ。しかしよくよく考えると幡枝さんは、R指定相当の漫画を中学生に売っていたことになる。
「それって問題ないのですか」
「何か問題あった?」
 幡枝さんが岩倉に聞く。岩倉はかぶりを振った。
「だそうよ」と幡枝さん。
「一度その同人誌を見せてください」
「無理」
 とりつく島もなく断られた。
「今度の夏コミに来てごらん、そうしたらわかるよ」と榊田さんがこっそり囁いた。
 興味はあるが東京は遠い。交通費が馬鹿にならん。
「榊田さんのは見せてもらえます?」
「うん、別に良いけど……篠原君は百合に耐性ある?」
 耐性が無ければ読めない漫画って一体……。 
 それにしても城崎先生は、幡枝さんと榊田さんの同人活動をどこで聞きつけたのだろう。二人とも漫研に入るまでお互いが同人作家であることはおろか、面識さえなかったという。蛇の道は蛇と言うが、果たしてどのような情報網を持っているのか謎だ。

 家に着くやいなや「神妙にしろ! エロ本捜査官だ!」などと叫びながら、二階の俺の部屋に駆け上がろうとする未亜を取り押さえ、四人をリビングへ通す。余計なものを発掘されたくないというのもあったが、ベッドと机でほとんど占拠されてしまっているむさ苦しい四畳半に、女子二人(未亜は数に入らない)を含むお客さんを詰め込むわけにはいかない。リビングのパソコンはかなり年期の入ったラップトップだが、サイトを見る程度なら充分だろう。
「あかねチン!」と未亜が手を振る。
 みるとリビングの台所側入口から妹がこちらをうかがっていた。幡枝さんと榊田さんが「お邪魔します」と挨拶すると、「こんにちは」と会釈してすぐに引っ込んだ。階段を上がるかすかな音が聞こえる。自分の部屋に戻ったようだ。俺も「シイタケの森」を持って二階に上がり、部屋の扉を慎重にノックする。ノックを忘れると一月ほど口を利いてもらえなくなるのだ。ドアが二十センチほど開き、あかねが顔を見せた。
「リビング片付けてくれたんだな、すまない。はい、これ頼まれもの」
「うん」
「ちょっとうるさいかもしれんが、七時までには帰すから」
「……うん」
 何か言いたげだ。
「どうした?」
「みゃーちゃん、来ているんだ」
「ああ、そう言えばウチに上がるのは久しぶりだな。それがどうした?」
「何でもない」と静かにドアを閉めた。
 なんだろう。かつては未亜を隊長と呼び慕っていたシンパの筆頭格だったのだが。
 リビングに戻ると未亜がパソコンを起動していた。勝手知ったる他人の家、人数分のコップも既に並んでいる。
「いやぁー、篠原君。君にあんな可愛らしい妹君がいたなんて知らなかったよ。今日は人生最良の日だ。あかねちゃんって言うの?」
 爽やかな笑顔で榊田さんが語りかけてくる。
「誉めても何も出ませんよ」
「あかねちゃん、いくつ? どこの学校?」
 今年中三になりましたと学校名は伏せて言う。
「榊田先輩って妹萌え?」と未亜がポテトチップスの焦がしバター醤油味を頬張る。
 その手でキーボードに触るんじゃない!
「そう。血の繋がらない妹萌え」
 言っている意味がわかりません。
「えーっと。妹、お兄ちゃん、無修正……」と未亜がキーボードを叩き始めた。
「こら! 何をググってる!」
 パソコンを取り上げ大急ぎで履歴をクリアする。油断も隙もないやつだ。やはり俺の部屋に通さなくて正解。何をしでかすか分かったものではない。
「ヒロシの性的嗜好は裸エプロンに猫耳」
 手もとにあったクッションを未亜の顔面に投げつけ黙らせると、まんがコロシアムと入力する。すぐにトップページにたどり着いた。今年は三十周年の記念大会のようだ。
「へぇ、優勝すると賞金が出るのか。五十万? 五十万円はでかいな」
 賞金を獲得したら何に使いますかと呑気なことを聞こうとしたら
「はあ? 『エコロジー』と『未来』? なにそれ?」とパソコン画面を覗き込んだ幡枝さんが素っ頓狂な声を上げた。
「今さらエコロジーと未来がテーマって、一体どこの発展途上国なのよ!」
 幡枝さんがこんなにでかい声を出すのを初めて聞いた。岩倉も初めてらしく、狼狽(うろた)えている。
「ホントだ。たしかに今さら感の強いテーマだね」と榊田さんがトラックパッドに手を伸ばし、画面をスクロールする。
「これって引っかけじゃないかな」
「引っかけ?」
 幡枝さんとハモってしまった。ちょっと恥ずかしい。しかし幡枝さんは気にも留めていないようだ。ここは顔を見合わせ頬を赤らめるって言うのが青春ドラマの王道のはずなのに。
「うん。例えばこのエコロジーの場合なら、地球に優しいとか人に優しいとか、そんな在り来たりの漫画を排除するための、引っかけテーマじゃないかな」
 それじゃあ何を描くんですかと尋ねようとする俺の横で、幡枝さんが地の底からわき上がってくるような笑い声を上げた。
「ふっふっふっ。そう言うことか」
 幡枝さん、どうしたんです。岩倉が怯えていますよ。
「間違ったリサイクルとか、二酸化炭素排出権の売買とか、バイオ燃料とか、まやかしのエコ活動に一矢放てと言うことなのね! 面白いわ、やってやろうじゃないの!」
 夏コミはどこに行ってしまったんでしょう。
「そこまで極端な話しではないと思うよ。直球ではなく変化球を期待しているのだと思う」
 榊田さんが方向の修正に取りかかるが幡枝さんは無視して続ける。
「私が許せないのが『ペットボトルをリサイクルして環境問題に貢献しています』とか抜かす馬鹿主婦よ」
 どうやら変なスイッチが入ってしまったようだ。しかも特定主婦限定攻撃。
「環境負荷軽減の第一はゴミを減らすこと。ペットボトルをリサイクルするのではなく、ペットボトルそのものの消費を減らすことが大切なの。わかる? リサイクルの前にリデュース」
 すみません。リデュースなんて言葉、いま初めて聞きました。
 榊田さんが瞬時にググってパソコン画面を見せてくれる。「必要以上の消費、生産を行わないこと」とあった。
「三流大学を出た、社会人経験のない自称インテリ専業主婦が一番タチ悪いわ。昆虫並みの知識と知能で自分たちの正当性を主張するのよ」
 昆虫……って。 
「リデュースか。絵にするのは難しそうだね。凄く説明的な漫画になりそう」
 榊田さんの言葉に、俺は新聞に掲載されている一コマ漫画を思い浮かべた。漫画とは名ばかりの、すべてを文字で説明しているあの漫画だ。笑いも皮肉も何もない、描く人の志の低さが具現化した漫画。さすがの俺もあんなのだけは描きたくない。
「個人だけじゃないわ。企業も同じ。なにが『当社は環境に優しい企業を目指しています』よ。狙っているのは企業イメージとコストダウンだけでしょ? 本気で環境を考えるなら、生産の抑制を行うのが一番理にかなっているわ」
「それは偏見だよ。まじめに環境対策に取り組んでいる企業がほとんどだよ。それに生産抑制なんかしたら、経済が立ちゆかなくなる」
「環境問題に限っては偽善も善なんて考えを排除しなければならないと言っているの。なぜなら……こら、そこ! ちゃんと話を聞きなさい!」
 幡枝さんがびしっと指をさしたその先に、いつの間にかテレビの前に座っている未亜がいた。今度はキムチ納豆味のポテトチップスを手にしている。
「これも環境破壊」と未亜がテレビ画面を見つめながら言った。夕方の情報番組である。太陽系のCGが画面の中でクルクルと回っていた。
「ああ、小惑星が地球とニアミスするって話だね。軌道が交差しているだけで、小惑星は地球にぶつかる一週間前に通り過ぎちゃうって聞いたけど……」
 榊田さんの説明を聞くまでもない。例の件だ。
「どうやら予定通り小惑星が通過しますよっていうニュースみたいだ。さすがゴリョウさんは目の付け所が違う。小惑星の衝突もたしかに環境破壊のひとつだ。環境破壊というと我々はつい人為的なものを想像……」
「違うよ」
「え?」
「小惑星じゃないよ。エイリアンの宇宙船だよ」
 また始まってしまった。
「そのための、地球防衛軍だ」
 未亜がこちらに向かって親指を立てた。いつにも増して芝居かかった口調がウザい。
「そうだった。ゴリョウさんはエイリアンクラフト説だったね。エイリアンの侵略も環境破壊というわけか。面白い考え方だ。でも前から気になっていたんだけど、どうしてゴリョウさんは小惑星をエイリアンクラフトだと思うの? その根拠は?」
 榊田さん楽しそうだ。少なくとも幡枝さんの話よりも興味があるのだろう。でも付き合ってはいけません。話の収拾が付かなくなります。ここはまんがコロシアムの出題テーマに話を戻すべきです。
「宇宙船は減速しながら地球に接近している。政府はその事実を隠蔽している」
 未亜があたりまえのように答える。政府ってどこの政府なんだか。 
「減速しているのが事実なら、アマチュア天文家が騒ぎ出すんじゃないかな。公的機関に箝口令(かんこうれい)を敷けても、無数のアマチュア天文家を黙らせることは不可能だよ。特にこのネット社会においてはね」
「著名な天文家だけ押さえれば良い。無名アマチュア天文家に対しては『アルマ望遠鏡ではそのような事実は確認されていません。その観測結果は間違いです』と言えば済む話」
「なるほど。それでは仮に小惑星がエイリアンクラフトであるとしよう。なぜゴリョウさんはエイリアンが敵だと思うんだい? 友好的な種族かも知れないじゃないか」
「あまりに異なる文明同士の接触は悲劇しか生まない。これは歴史を見れば明らか。友好的、非友好的であることは問題ではない。エイリアンたちには些細でたわいのない行動が、人類には致命的な結果を及ぼす可能性がある。接近遭遇を避けるのが最良の選択」
 未亜が何かに取り憑かれたようにしゃべり続ける。
「ゴリョウさんはスターウォーズ的世界観があまり好きではないようだね」
「あれはファンタジー。好き嫌い以前の問題」
「これは手厳しい」
 さすがの榊田さんも苦笑いだ。だから言ったでしょう、収拾が付かなくなるって。
 場が完全にしらけてしまったので話をまんがコロシアムのテーマ選びに戻す。幡枝さんのエコロジー談義が再開され、自動車産業に関する環境問題を二十分ほど講義していただく。具体的なメーカー批判も飛び出す過激なものだったが、テーマ選びには関係ないので、ここで内容の詳細を述べることは控えておこう。国の基幹産業を敵に回したくない。
 結局テーマは挙手で選ぶことになり、三対二でエコロジーに決まった。未来に投票したのは榊田さんと俺。今日の幡枝さんを見る限り、正直エコロジーだけは避けたかった。
 日が落ちると外はまだ肌寒い。榊田さんが幡枝さんと岩倉を送ると言って一緒に帰っていった。急に静かになったリビングがいつもより広く感じられる。未亜が一人食べ残しのポテトチップスをつまんでいた。
「部屋にあかねいるぞ。遊んで行かないか」
「いいよ、この間会ったばかりだし」
 立ち上がり「帰る」と言ったので送ることにした。未亜のおばさんにはくれぐれもと頼まれているし、今日の様子はちょっと心配だ。

 肩を並べ住宅街を黙々と歩く。
 こうして黙って歩いていると去年の夏を思い出す。
 夏休みの間、未亜が二週間も入院していたのを知ったのは始業式の二日前だった。新学期が始まるにあたって一緒に登校してもらえないかと、未亜のおばさんがわざわざ俺を尋ねて来たのだ。退院してから誰とも口を利かなくなり、部屋に閉じこもるようになったらしい。同性の友人の方が良いのではないかと聞くと、未亜が俺の名前を挙げたという。
 俺はその足で未亜の家に向かった。部屋の前に立ちノックして名乗る。しばらくするとドアが開き、ヨレヨレのスウェットをまとった白い顔の女が姿を現した。被ったニット帽から短く刈られたボサボサの髪がはみ出ており、かすかに汗の臭いがした。
 彼女はうつろな目で俺を見ると囁くように言った。
「君はボクを知っている人だよね?」
 俺が知る未亜の姿はそこになかった。
 登校初日は何を話したら良いのかわからず、ただ黙って歩いた。なぜ入院していたのか何度も聞こうとしたが怖くてできなかった。未亜のおばさんも口を濁し、何も教えてくれなかったのだ。病気なのか事故なのかそれとも……。嫌な想像をする自分に嫌悪し下校も沈黙のまま終わった。今思えばあの日、未亜はどうやって一日を教室で過ごしたのだろう。
 家に戻り二人の共通の話題ってなんだろうと考える。結局幼稚園や小学校時代の思い出話しかないと気がついた俺は、押し入れからアルバムや卒業文集を引きずり出し、一晩かけて当時の記憶をトレースした。
 翌朝俺は運動会の話をした。幼稚園時代のものだ。大玉転がしをする未亜が勢い余って玉に乗り上げ、そのまま一回転して顔から落ち、鼻血を流しながら大泣きした日のことを多少の脚色を加え面白おかしく話した。この時未亜は初めて恥ずかしそうに笑ってくれた。
 俺はこの日から行きと帰りにひとつずつ、思い出話を披露することにした。劇でセリフを忘れ舞台から逃げ出した話。遠足ではぐれ迷子になった話。雪合戦で服がずぶ濡れになり風邪を引いた話。「戦隊ごっこ」で主役のレッドを取り合った話。
 一週間もするとネタが尽きたので親や妹、さらには別の高校に進学した同級生にメールしてネタを仕入れた。日に日に明るくなっていく未亜を見るのがうれしくて、毎日身振り手振りを交えて話した。脚色しすぎてフィクションに近い話もあったが、未亜は喜んで聞いてくれた。そしてあるとき未亜は言った。
「ヒロシが望むことって何?」
 あまりにも漠然とした質問だった。即物的なことなのか、将来的なことなのか。
「ヒロシが望むことならなんでも。世界の滅亡というならそれでも構わない」
 物騒なことを言う。俺は世界の滅亡を考えるほど人類に対して絶望していない。しかし人類の全てがいつか皆幸せに暮らせる日が訪れるだろうと思うほど楽天家でもない。日本のように豊かな暮らしを享受できる国は、世界の少数派である現実を俺は知っている。そんな事をぼんやりと考えながら答えた。
「平穏な日常が変わりなく続くことかな」
 この直後である。未亜が鬱状態を脱し、地球防衛軍設立を宣言したのは。
「なぁ」
 沈黙はあの頃の未亜を思い出す。俺は我慢しきれず口を開いた。
「地球防衛軍はどうなったんだ?」
「宇宙戦艦そのものは完成したけど、艤装がまだ済んでいない。艦載機は設計段階。人員もボクとヒロシの二人しかいない。現時点で戦える状況にない」
 いつ俺も地球防衛軍に入ったのだろうか。
 未亜を送り届けるとおばさんが夕食を誘ってくれた。未亜のおばさんはいつも必要以上に俺を歓待してくれる。俺を恩人のように思ってくれているらしい。たしかに未亜は明るくなった。でもそれは表面上の話だ。今日のように時折みせるネガティブな言動を思い起こすと、俺はおばさんに対して後ろめたさを感じてしまう。何事に対してもポジティブな女。それが未亜ではなかったのか。エイリアンが来訪するというなら「ウエルカム・エイリアン!」とはしゃぐのが未亜ではなかったのか。そしてなぜそこまでエイリアンに固執する? 俺は丁重に食事の誘いを断ると帰途についた。
 家に戻るとあかねがリビングを片付けていた。母はまだ帰っていない。
「悪いな」
「夕食の支度ついでだから、いい」
 あかねは何事につけても要領が良く、俺とは比較にならないほど両親からの信頼を得ている。学校の成績も常に良く、正直俺は肩身が狭い。最近では家事も率先して手伝うようになり、ますます俺は身の置き場がなくなりつつある。
 未亜との会話を思い出し聞いてみた。
「未亜と最近会ったんだって?」
 あかねのテーブルを拭く手が止まった。しばらく手もとをじっと見ていたが、おもむろに顔を上げ言った。
「笑わないって約束してくれる?」
「なにを?」
「笑わないって約束して」
 あかねが強い口調で念を押す。相当な頑固者で、へそを曲げると本当に一月ぐらい口を利かなくなる。経験則からここは素直に従う。俺は笑わないと約束した。
「一昨日の晩、みゃーちゃんがUFOから降りてくるのを見たの」
 あかねもBLとか読むのかなと、ふと思った。
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