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第十二話
しおりを挟む~転入10日目~
「光地之くん、緊張する?」
「まぁ、ちょっとだけ……」
「で、今日はどんな手法で闘うのがいいと思う?えーと、これがこの前の銃で、これが斧みたいなので、これが───」
「すで」
「はい?」
「いや、だから素手」
「ええ?!素手で闘えっていうの?!みんな何かしらの装備を持ってるのに?」
「だからこそ。みんなと違う部分でアドバンテージを取らないと」
「いや、そうなんだけど、さすがに素手は───」
「ほら、あの人たちを見て。彼らも何にも装備を持たないで闘うつもりみたいじゃない?」
「今は持ってないだけかもしれないのに……」
「まぁ、今考えてもわかることじゃないね」
「うーん……」
「じゃあ、何にも持たないで対闘教室に来てね」
「えぇ……。まぁ、やってみるか」
ぽけっと立っている星護に手を振り、お手洗いへ向かう。
「うわぁ!」
「あ、無条さん。久しぶり」
「久しぶり?」
「今日は頑張ってね」
「うーん、今日、私プレイヤーなの」
「まぁ、大丈夫だよ。無条さんはこの前勝ったんだし」
「やるしかないか!よし!私、頑張るから!光地之くんも頑張って!」
「うん!ありがとう!」
「試」の前にテンションをあげておくのは必須の項目だ。
「───、それでは、本日の『試』の開催を、ここに宣言する───」
校長の開催宣言とともに湧き上がるB組の生徒たち。俺はガラス越しにその光景を眺める。
担任のホイッスルが響く。俺たちの試合は第一試合だった。相手は、今朝俺たちが噂をしていたヤツらだった。俺の予定通り、相手は二人とも素手だった。観闘席からはとてつもない期待が寄せられていた。素手対素手。武器をもたない、生身の人間同士の闘い。1年に一度見れるかどうかの光景にみんな目を見張っていた。
しかし。開始直後、相手の二人を除く、教室全体に動揺が走る。
「え……?なんで?オレが、負けた……?」
バックスクリーンには、星護のHPは0%、と表示されているが、星護の表情を見ても、そのようには思えなかった。
観闘席の生徒たちも同じようなことを感じ取ったのか、
「なんだよコレ!開始1秒で勝つことなんて、ありえない!」
「そうよ!きっとヤツら、イカサマしたんだわ!」
「お前ら、卑怯だぞ!」
という大きなブーイングがガラス越しに聞こえるが、相手もだまっちゃいなかった。
「このゲームは、審判である『SDJ』が絶対なんだ!機械はウソをつかないぞ!」
「そして、もうこれで終わりだな」
相手サポーターが動き出す。
「まだ、俺のHPは100%だが?」
「それ、本気で言っているのか?」
「プレイヤーがやられて、へっぽこサポーターだけで勝とうってのか?」
「あぁ、仲間がやられたのは悔しいが、俺は勝たせてもらうぞ」
「まぁ、今のうちにほざいとけよ」
「だがまぁ、この仕組みを初めて見るお前には、わからないよなぁ」
「……」
「当たり前だろ?だって、転校生なんだからなぁ!『コレ』は、経験したことのないヤツにはわからない、想像もできないモノだからなぁ!」
ケケケという笑い声が今にも聞こえてきそうな、「場」の空気。圧倒的に不利な状況。しかし。
「俺は見たことあるんだよね」
「なに?じゃあ、早く『チェックメイト』にしてくれよ!」
「まぁ、何にせよ、お前の命はオレが握ってんだからなぁ!」
開始から今までのタイムは、約45秒。この場の状況を整理するのに、3秒。俺がアクションを起こすまでに2秒。そして。
“ドン”
決着がつくまでに1秒。
星護の肩がビクッとはねる。
“ピッピッピ―“
試合終了のホイッスルが響く。その音でさえ、この状況を把握できていないように思われた。
「な、な、な、あ?」
「は、はぁ?」
束の間の疑問。そして、炸裂するのは───
「なぜだ?!!なぜ俺が負けた?!!お前は自分がやられた仕組みすらわからないまま死んでいく予定だったんだぞ?!!」
「予定、って漢字の意味知ってるか?」
「え……?なんで今それを聞く───」
制止しようとする星護の言葉を退けて、自分が知らないはずの「過去」について触れる。
「予定。予め定められた事柄。つまり───」
「お前はすべて見切っていたというのか?!」
「いや、なにも始めの時から確信していたわけではない。……口は災いのもと、だよな」
「……」
「『お前の命はオレが握っている』。その言葉で確信した」
「まさか、その場で瞬時に判断して───」
「判断した、というか、思い出した、だけさ。お前が『誰』だったか、ということをな」
「いや、でも、お前は俺と対戦するのは初めてのはずだぞ?!」
「あぁ。『今回』はな。先のことばかり気にしすぎて、過去のことを忘れていたんじゃないのか?」
「え……、まさか。まさか、お前───」
「そう。俺は『転校生』ではなく、『転入生』だと自己紹介したはずだったが?」
「オレはそんなこと知らない!それに、『転校生』と『転入生』の何が違うっていうんだ?!」
「転校生ではなく、転入生。通う『学校』が変わったのではなく、通う『クラス』が変わった。俺は、お前と過去に対闘したことあるぞ?」
「……」
「お前の戦法、というか、やり方は汚いんだよ。自分と相手の『SDJ』のコントロール設定を『予め』入れ替えておく。そして、入れ替えた状態で渡すように担任に頼む。……まったく、そんなもので俺を欺けると思われては困るな」
「……」
「予定は、あくまでも『予定』でしかない。優勝候補も、あくまでも『候補』。だからお前はいつも『1番目』じゃないんだよ。詰めが甘い。……俺は、常に『現在(いま)』を見ている。未来のスケジュールなんて、いくらでも変更可能なんだよ」
「……お前、一体何者なんだ?」
「俺の名前は、光地之円世。『完全記憶能力』持ちさ」
「完全記憶能力……?」
「そう。目に入るもの、聞こえるもの、それから、においや味、感触までもすべて、俺の意思とは別の次元で記憶される。つまり、この学校の仕組みによって俺の記憶を消去しようと、まるで無意味、どころかアドバンテージにさえなる」
「つまり、お前は───」
「そう。次代の校長になる男だ」
「……」
「しかし、皮肉なことだな。……何もわからないまま殺す予定だったヤツに、何もわからないまま殺されるなんてな」
場の空気が湧き上がる。
大きな歓声が上がる中、俺は一つ、大きな深呼吸をして、星護に頭をさげた。
「ごめん、星護。背中、痛くない?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
星護の落ち着いた表情を見てほっと息を吐く。
「でも、びっくりしたよ。後ろからいきなり突き飛ばされるんだから」
「ごめん……。でも、アイツらに勝つにはそれが必要だったんだ。サポーターのHPを0%にするのは僕でも、プレイヤ—のHPを0%にするのは星護の役割だったからね」
「なるほど。それでそうしたのか……。放心している僕に刺激を与えておどかせば、びっくりしてHPが0%になるということか」
「そういうこと。あーなんかいっぱい喋っちゃったから疲れたよー」
「お疲れ様。そして、ありがとう。僕たち二人の昇格は間違いなしだよ」
興奮がまだ冷めやまない観闘席の方へと二人で歩いていく。
そろそろ潮時か。
時間が、ない。
~続く~
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