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第四章 魔人襲撃
55.追い込まれる器用貧乏
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「――はあっ!」
一瞬の静寂のあと、間合いへと踏み込んだのは俺のほうからだった。
その反面、魔人は腰を落としながら俺を待ち構えている。
一撃必殺の武器を有しているのはこちらだ。奴としても、慎重に立ち回らざるを得ないのだろう。
――ならば、先手必勝だ。
「速度強化、重力制御……!」
突進中、【支援魔法】で敏捷性を最大まで強化、そして【重力魔法】のグラビティコントロールを用いて、身体や剣をギリギリまで軽くする。
いつもなら攻撃が当たる瞬間に剣を重くして、高レベルの【剣術】スキルを再現するのだが、今回は剣が当たりさえすればいい。ただただスピードを重視した強化だ。
「瞬閃……!」
そして、俺が知る限り最速の剣技を叩き込む。
「遅い」
「――っ!!」
同時に二箇所を斬りつける技……初見のはずのこの技を、魔人はいとも簡単に見切り、最小限の動きだけで回避されてしまう。
しかも、技のあとのわずかな硬直を狙った反撃の拳によって、俺の身体は吹き飛ばされてしまった。
「くっ、体重を軽くしてなければやられてたかもしれないな」
インパクトの瞬間、体重を極限まで軽くしたおかげで、ダメージを最小限に抑えることができた。
羽毛や落ち葉などを殴りつけてもほとんど無意味なように、それに近い自重へと変化した俺への打撃は効果が薄い。
軽さ故に相当吹っ飛ばされたが、しかしながらダメージは軽微だ。
「この感触……なるほど、身体を軽くしたか」
魔人は自らの手を握ったり開いたりしながら、おかしな感触の正体を探っていたが、ものの数秒で俺のやったことを見抜かれてしまった。
……同じ手は二度と通用しないと考えたほうがいいだろう。
「速度を上げてもダメか……フェイントの類いも通用しないだろうし、それなら奴の足を止めるしかないな」
剣を当てることだけを考えた速度重視の攻撃は、いとも簡単に打ち破られてしまった。
さっきのが今の俺の出せる最速だ。それが見切られてしまった今、次は相手の環境を変えて動きを阻害するしかない。
「よし、位置はばっちりだな。くらえ……! クインテットバインド!」
俺は予め仕掛けておいた五つの【遅延魔法】を展開した。
【遅延魔法】とは、魔法を発動寸前のところで待機させておくことができるスキルだ。
このスキルを使うことで【多重詠唱】を超える数の魔法を同時に発動することができる。
選択した魔法は、鎖を以て動きを封じるチェーンバインドと、その鎖を極限まで重くさせるグラビティコントロールを合成させた魔法だ。
それを五重にしたものだ、たとえSランクの魔物だろうと、数秒は動きを封じられるだろう。
俺が【遅延魔法】を展開させた瞬間、魔人の周囲を取り囲むように魔方陣が出現し、数十の鎖があっという間に魔人を絡めとった。
「今だっ……!」
拘束した隙を狙い、先ほどと同じように最速での突撃を試みた。
だが、もうあとわずかで間合いに入ろうかといったその瞬間に、俺の足は意思に反し、その動きを止めた。
「ほう……いい判断だ。褒めてやろう」
魔人はにやりと笑いながらそう言うと、拘束などされていないかのように両手を使い、ぱちぱちと手を叩く。
確かに鎖は魔人へと幾重にも絡みついている。そして重力操作によって、その総重量は見上げるほどの大岩に相当するはずだ。
動きを止めるまでとはいかずとも、鈍らせるぐらいはできると思っていた。
だが実際はまったく苦にしている様子はない。いったいどれほどの身体能力があればそんな真似ができるのだろうか。
「あと一歩でも近付けば、隙だらけの貴様の頭蓋をこの拳で砕けたというのに……」
奴の言う通り、俺は相手が動けないと思い込み、攻撃一辺倒だった。あと一歩でも踏み込んでいたら致命的な反撃を受けていたことだろう。
足を止めて助かったのはいいが、あれは完全に無意識での行動だった。
直感か経験か、はたまた運命のいたずらなのか……自分でもそうした理由はわからないが、あんな偶然がそう何度も起きるとは限らない。
「くっ!」
作戦の練り直しだ。俺は魔人から一旦離れて、剣を正眼に構える。
そのとき、ミスリル製の剣にほんのわずか亀裂が入っているのが目に入った。
「おいおい……もう時間切れかよ」
剣に付与していた【次元魔法】の負荷に耐えきれず、剣が悲鳴を上げていた。
魔法との親和性が高いミスリル製ではあるものの、超越スキルの力に耐えきることができなかったようだ。
「もってあと一分ってとこか」
このミスリル製の剣を持っていられる時間を概算すると、おおよそ一分。その間に奴を倒さねば、勝ち目はないだろう。
次元収納にある鉄製の剣に【次元魔法】を付与した場合、おそらく一振りはできる。
武器の貯蔵は十分にあるので、それを繰り返せば今と同じ攻撃力を得ることはできるだろう。だが、一撃ごとに収納から剣を取り出し魔法を付与するという工程を挟まねばならない。
並の相手ならいざ知らず、あの魔人相手にそんな悠長なことをしていては、致命的な隙になってしまう。
速度を上げても無駄、拘束も無駄。挙げ句の果てに唯一有効な剣さえもあとわずかで崩壊が始まってしまう。
――――次の一手が通用しなければ、俺の負けだ。
一瞬の静寂のあと、間合いへと踏み込んだのは俺のほうからだった。
その反面、魔人は腰を落としながら俺を待ち構えている。
一撃必殺の武器を有しているのはこちらだ。奴としても、慎重に立ち回らざるを得ないのだろう。
――ならば、先手必勝だ。
「速度強化、重力制御……!」
突進中、【支援魔法】で敏捷性を最大まで強化、そして【重力魔法】のグラビティコントロールを用いて、身体や剣をギリギリまで軽くする。
いつもなら攻撃が当たる瞬間に剣を重くして、高レベルの【剣術】スキルを再現するのだが、今回は剣が当たりさえすればいい。ただただスピードを重視した強化だ。
「瞬閃……!」
そして、俺が知る限り最速の剣技を叩き込む。
「遅い」
「――っ!!」
同時に二箇所を斬りつける技……初見のはずのこの技を、魔人はいとも簡単に見切り、最小限の動きだけで回避されてしまう。
しかも、技のあとのわずかな硬直を狙った反撃の拳によって、俺の身体は吹き飛ばされてしまった。
「くっ、体重を軽くしてなければやられてたかもしれないな」
インパクトの瞬間、体重を極限まで軽くしたおかげで、ダメージを最小限に抑えることができた。
羽毛や落ち葉などを殴りつけてもほとんど無意味なように、それに近い自重へと変化した俺への打撃は効果が薄い。
軽さ故に相当吹っ飛ばされたが、しかしながらダメージは軽微だ。
「この感触……なるほど、身体を軽くしたか」
魔人は自らの手を握ったり開いたりしながら、おかしな感触の正体を探っていたが、ものの数秒で俺のやったことを見抜かれてしまった。
……同じ手は二度と通用しないと考えたほうがいいだろう。
「速度を上げてもダメか……フェイントの類いも通用しないだろうし、それなら奴の足を止めるしかないな」
剣を当てることだけを考えた速度重視の攻撃は、いとも簡単に打ち破られてしまった。
さっきのが今の俺の出せる最速だ。それが見切られてしまった今、次は相手の環境を変えて動きを阻害するしかない。
「よし、位置はばっちりだな。くらえ……! クインテットバインド!」
俺は予め仕掛けておいた五つの【遅延魔法】を展開した。
【遅延魔法】とは、魔法を発動寸前のところで待機させておくことができるスキルだ。
このスキルを使うことで【多重詠唱】を超える数の魔法を同時に発動することができる。
選択した魔法は、鎖を以て動きを封じるチェーンバインドと、その鎖を極限まで重くさせるグラビティコントロールを合成させた魔法だ。
それを五重にしたものだ、たとえSランクの魔物だろうと、数秒は動きを封じられるだろう。
俺が【遅延魔法】を展開させた瞬間、魔人の周囲を取り囲むように魔方陣が出現し、数十の鎖があっという間に魔人を絡めとった。
「今だっ……!」
拘束した隙を狙い、先ほどと同じように最速での突撃を試みた。
だが、もうあとわずかで間合いに入ろうかといったその瞬間に、俺の足は意思に反し、その動きを止めた。
「ほう……いい判断だ。褒めてやろう」
魔人はにやりと笑いながらそう言うと、拘束などされていないかのように両手を使い、ぱちぱちと手を叩く。
確かに鎖は魔人へと幾重にも絡みついている。そして重力操作によって、その総重量は見上げるほどの大岩に相当するはずだ。
動きを止めるまでとはいかずとも、鈍らせるぐらいはできると思っていた。
だが実際はまったく苦にしている様子はない。いったいどれほどの身体能力があればそんな真似ができるのだろうか。
「あと一歩でも近付けば、隙だらけの貴様の頭蓋をこの拳で砕けたというのに……」
奴の言う通り、俺は相手が動けないと思い込み、攻撃一辺倒だった。あと一歩でも踏み込んでいたら致命的な反撃を受けていたことだろう。
足を止めて助かったのはいいが、あれは完全に無意識での行動だった。
直感か経験か、はたまた運命のいたずらなのか……自分でもそうした理由はわからないが、あんな偶然がそう何度も起きるとは限らない。
「くっ!」
作戦の練り直しだ。俺は魔人から一旦離れて、剣を正眼に構える。
そのとき、ミスリル製の剣にほんのわずか亀裂が入っているのが目に入った。
「おいおい……もう時間切れかよ」
剣に付与していた【次元魔法】の負荷に耐えきれず、剣が悲鳴を上げていた。
魔法との親和性が高いミスリル製ではあるものの、超越スキルの力に耐えきることができなかったようだ。
「もってあと一分ってとこか」
このミスリル製の剣を持っていられる時間を概算すると、おおよそ一分。その間に奴を倒さねば、勝ち目はないだろう。
次元収納にある鉄製の剣に【次元魔法】を付与した場合、おそらく一振りはできる。
武器の貯蔵は十分にあるので、それを繰り返せば今と同じ攻撃力を得ることはできるだろう。だが、一撃ごとに収納から剣を取り出し魔法を付与するという工程を挟まねばならない。
並の相手ならいざ知らず、あの魔人相手にそんな悠長なことをしていては、致命的な隙になってしまう。
速度を上げても無駄、拘束も無駄。挙げ句の果てに唯一有効な剣さえもあとわずかで崩壊が始まってしまう。
――――次の一手が通用しなければ、俺の負けだ。
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