私の騎士様

大豆茶

文字の大きさ
1 / 11

アイリスの日常

しおりを挟む
「はい、おしまーい!」


 パシン! と、小気味のよい乾いた音が部屋に響く。


「った! 痛ってぇな、何すんだこのバカ! こっちは怪我人だぞ!?」


 私は施術完了の合図として、目の前にある大きな背中めがけて平手打ちをくれてやった。

 怪我の治療のため、服を脱いで上半身が裸になっていたこともあり、我ながら良い音を出せたと思う。


 しかし、そのお返しとばかりに言われた乱暴な言葉にムッときて眉をひそめた。


「バカとはなによ! 怪我したところは触ってないから別にいいじゃないの!」

「いや、なんでお前が怒るんだよ……」


 そう言うと私が背中を叩いた男、同い年の幼馴染みリック・ハウンドは、呆れた様子で座っていた椅子から立ち上がり、掛けられた服を手に取り着替え始める。


「……ったく、腕が良いのは認めるが乱暴な店員だな。こんなのがここの看板娘だなんて、俺はこの店の先行きが不安だぞ、アイリス」

「うっさいわね! バカリック!」

「痛っ! また叩きやがったな!? 何すんだこの暴力女!」


 相変わらず口が悪いこの幼馴染みが、またも私がイラッっとするような事をのたまったので、まだ着替え途中の背中に、もう一発平手打ちをお見舞してやった。

 しかし、今度は間に布切れ一枚の隔たりがあったからか、期待してたほど良い音は鳴らなかった。残念。



 私、アイリス・エルトナーは、ここ王都ローマリアの城下町で、両親が経営する薬屋で働いている。十二歳の頃から店に立っているので、働き始めてから大体四年経ったのかな。

 ま、実際店頭に立つようになったのが十二歳だったってだけで、裏でお手伝いしてた頃を含めれば十年ぐらいはこの仕事をしているし、ベテランと言えるんじゃあなかろうか。

 そんなベテランの私が看板娘じゃ不服ですって? リックったら失礼しちゃうわね!


「まったく……アイリスがソフィおばさんみたいな人から産まれただなんて、とても信じられないな」


 着替えを終えたリックは、こちらを振り返りながらまたもや私を挑発するような台詞を言った。

 それと同時に切れ長で鋭い目付きをしたリックに、ギロリと睨まれる。夜のように真っ黒な目と、手入れしてるのかわからないぐらいツンツンと不規則に逆立った黒髪、そして高身長も相まって威圧感が凄い。その辺の初心うぶな少年少女が対面したら怖がって泣き出してしまうのではなかろうか。

 私は幼馴染みだし慣れっこだけどね。というか本人としてはただ見てるだけで、別段睨んでるつもりはないみたい。まったく……見慣れた私ですらそう感じるなんて、どんだけ目付き悪いのよ。


「うるさいわね。私だって容姿のことは気にしてるのよ……」


 お母さんと似ても似つかないっていうリックの言い分は……まあ不本意だけどすっごいわかる。私自身だってそう思ってるぐらいだもの。

 うちのお母さんは近所でも評判の美人さんだ。太陽の下で光を反射したサラサラの長い金髪は黄金なんか霞むぐらい綺麗だし、年齢を感じさせない透き通る白い肌。顔立ちも抜群に整ってるし、極めつけはそれらを引き立たせる宝石のように綺麗な青い瞳。

 この目で見詰められたら誰でもイチコロよ。

 我が母ながら、こんな美人が市井で普通に暮らしているだなんて驚きだ。それこそ、本当はどこかの王女様だったんだよと言われた方が納得できる。


 でもその優秀な遺伝子は、残念ながら私には引き継がれなかった。

 私はというと、天然のウェーブがかった髪は滅茶苦茶くせっ毛だから、整えやすいようになるべく髪は短くしてるし、髪色だって灰を被ったようにくすんだ灰色だ。

 とてもじゃないけど綺麗とは言えない。瞳の色だって地味~で目立たない茶色の瞳だ。

 お母さんとは似ても似つかない。目鼻立ちはお母さんに近いとは思うけど、似ている所はそれだけだ。


 これについては悩んだ時期もあり、結構劣等感を持っている。理想の女性を体現したような人が傍にいるのだ、どうしたって自分と比較してしまう。

 それに見た目以外にも気になるところがあったりもするし、年頃の乙女は大変なのだ。


 いやはや自分の事ながら改めて考えると違いすぎる。本当にお母さんの子か疑うレベル。一体誰に似たのだろうか……?

 あ、父親か。各地を転々とする仕事で、たまにしか帰ってこないんで存在を忘れてた。


「いや、アイリス。そういう意味じゃなくてな……」

「――はいはい! サービスはここまで、仕事の邪魔よ! さあ、帰った帰った!」


 うちは薬屋なので基本的には薬を出すだけなのだが、求められれば簡単な施術もする。お母さんはリックを息子同然に可愛がっている節があり、リックが怪我をしてくるとよく私に手当てをさせていた。

 しかも無料タダでだ。いくら近所の仲良しさんだとはいえ、甘いにも程があるよお母さん。


 そりゃあ最初の頃は私の手当の技術を磨く練習台としての役割もあったので納得できるんだけど、あれからもう何年も経っている。私の技術も一人前と言っていいと思ってるし、そろそろお金取ってもいいんじゃないかと思う。

 っていうかリックは怪我をしすぎだ。やんちゃ盛りの子供の頃ならともかく、今はちゃんと仕事に就いているはずなのに。

 まあ、街の自警団に入っているので怪我は付き物だとは思うけど。それにしたって頻度が高い。三日に一回はどこかを怪我してうちに来る。この街ってそんなに治安悪かったっけ?


「――わかったわかった。今日はここらで帰るよ」

「まったく……今度はうちじゃなくて新しくできた治療院に行ってみたら? そっちの方がちゃんと治してくれるんじゃない?」


 王城近くに最近開院したらしく、どうやら評判がいいらしい。

 うちみたいな寂れたところ……いや、自分で言うのは悲しいからこれ以上はやめておこう。


「いや……ほら、ここの方が家から近いし、それに……な」


 はい嘘ー。

 幼馴染みを甘く見ないでいただきたい。リックは嘘をつくとき目を逸らして鼻の頭を掻く癖があるのだ。本人は気付いてないみたいだけど、長年の付き合いである私には全部お見通しだ。

 今回もその癖がバッチリ出ている。どうせ本音は「無料で治療を受けられてお金がかからないから」とかしょうもない理由に違いない。


「はいはい、そうよね。お金には変えられないものね! それじゃまたご贔屓にねー! お大事にー!」

「お、おい。ちょっ……!」


 何か言いたげなリックを無理矢理店の外に追い出して、一息つく。

 するとお母さんが満面の笑みでひょこっと店の奥から顔を出した。見た目は美人なのに行動がいちいち可愛い。天使かな?

 

「あれ? リッ君もう帰っちゃったのー? 一緒におやつでもどうかと思ったのだけど……」

「あー……うん。なんか用事があるみたいよ? っていうかお母さん。店番はいいの?」

「大丈夫よー。今日はまだリッ君しか来てないし、予約も入ってないからね」


 もうお昼過ぎだというのにお客さんは幼馴染みの男子一人。しかもお金は貰ってない。怪我人も病人もいないのは喜ぶべきことではあるが、こちらとしては商売あがったりである。


「アーちゃん、リッ君の手当てで疲れたでしょう? 店番はお母さんに任せて、おやつでも食べて少し休憩してきなさいな」

「うん、そうする。ありがとねお母さん」


 うちの店は、二階建ての家屋の一階部分を丸々改装して薬屋として運営している。二階は私たち家族の居住空間兼作業スペースになっているのだ。

 お母さんの言葉に甘えて、私は二階への階段を登りキッチンにあった焼き菓子が乗ったお皿を持って、自室へと足を運ぶ。


「ふぅ……あ、この焼き菓子美味しい。食べたことない味だけど新作かな?」


 部屋に入るなり、自分の机で焼き菓子を一口。

 んー、やっぱりお母さんの作ったお菓子は美味しいなあ。美人で料理上手だなんて、完璧にも程があるよママン。


「……さてと、久し振りに読もうかな」


 小腹が満たされて満足した私は、机の引き出しから一冊の本を取り出す。

 子供の頃に誕生日の贈り物として買ってもらった私の宝物だ。幼心にズバッと刺さって、今の歳まで何度も繰り返し読んだせいで、所々痛んでしまっている。

 なので最近は保存のために滅多に読まなくなったけど、目を閉じれば映像が浮かぶくらいに、その内容は全部頭の中に入っている。

 でも今日は、久々に本を開いて読みたい気分になったのだ。


「あぁ……やっぱりカッコイイ……!」


 パラパラとページをめくりながら、感慨に浸る。

 本の内容はよくあるもので、主人公の騎士様が悪いドラゴンに誘拐されたお姫様を救う物語。

 私は幼心に、物語の中の騎士様に一目惚れした。とても高貴で、優しくて、強くて、それでいてとびきりに見目麗しいときたものだ。そりゃあ憧れるでしょ。


 しかもこの物語は、昔実際にあった話を元に作られているらしい。ということは、この本の騎士様のような人は実在したってことになる。

 この本の騎士様はドラゴン退治の功績を認められ、お姫様と結ばれて幸せになった。だからこのお姫様みたいに私だけの騎士様が世界のどこかに必ず居る。そう信じてるの。

 いつか私もこんなカッコいい騎士様と出会って、恋をして幸せになりたい……なんて事を考えるのもごく自然なことだよね。


「ああ、私の騎士様……近くにいるのなら、早く私の前に現れて」


 なんて、この歳になって恥ずかしい独り言を口走ってしまうくらいにはお熱なのである。

 だってさ、私にとって騎士って結構身近な存在なんだよね。私が住んでいるのは王都ロマーリアの城下町。城下町だから当然街の中央には立派な王城がある。

 ってことは、王様はその権威を示すために当然のように騎士団を持っているわけですよ。


 この国の騎士は平民でもなれるんだけど、三年に一度行われる厳しい試験を突破するしか方法ない。筆記と実技の二つの試験があって、そのどちらも優れていないと合格はできないみたい。


 特に筆記試験は激ムズで、勉強するにも専門の家庭教師を雇うか、高いお金を払って養成学校に通わなければ合格点はまず取れないって話を聞いたことがある。

 つまりは大金持ちの家に生まれるか、よっぽどの才能がないとその門戸を叩くことすら出来ないってわけ。

 受験料だって馬鹿にならないしね。


 私のような一般市民からしたら雲の上の人に思えるんだけど、そんな騎士様と言えど何も城の中だけで生活しているわけじゃない。

 休暇があれば街に出ることもあるし、同じ国に暮らしてるんだから出会いの機会は無くはないんだよね。なんて思いながら早十余年。


「……はぁ。私ももう十六歳だし、そろそろ現実を見た方がいいのかなあ……」


 当然と言えば当然なのかもしれないけど、今までの人生で私の理想とするような人物との運命的な出会いはなかった。

 それでもまだ機会はあるのではと、諦めきれない自分がいる。


 なんて、色々考えちゃって……結局その日はちょっと気持ちが落ち込んだまま仕事をして、店を閉めた後も悶々としながら、この日はベッドで眠りについた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

処理中です...