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第十二話 距離感 -1
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「これは、どういうことだと思う?」
「……付き合ってんの?」
「付き合ってない!」
食堂から竜舎へと向かう道中で、ルインはラルフと顔をあわせた。
ラルフとルインは仲のいい友人同士ではあるが、実のところそう頻繁に言葉を交わすわけではない。上手いこと行きあえば食事を共にしたり、一緒に竜の世話をしたりはする。
けれど、示し合わせて行動を共にすることはほとんどなかった。竜騎士も竜師も行動範囲は近いけれど、業務は全くの別物なのだ。お互い忙しいこともあり、下らない相談をするためにわざわざ時間をとるようなルインではなかった。
ここで会ったのも偶然で、しかも先日食堂で当面の宿をどうするのだと問いただされて以来のことだった。
そこで、ルインはここ最近疑問に思っていたシグルドの行動について、思い切って聞いてみることにした。
満足な友人関係を築いてこなかったルインは、一般的な友人同士のやり取りがよく分からない。ラルフは間違いなく友人ではあるが、一緒の部屋で過ごしたところで絶対に添い寝なんてしないと言い切ることが出来た。
けれども、ルインが知らないだけで、近しい友人同士は添い寝することもあるのかもしれない。そう思ってラルフの意見を聞いてみたかったのだ。
けれど、答えは先ほどのとおりで、その上ラルフは首を傾げて心底不思議そうな顔をする。図体はでかいくせに、そうしていると彼は少年のような雰囲気になるから不思議なものだ。
「いや、そりゃあノリで肩くらい抱くかもしんねぇけど、夜に添い寝はしねぇよ」
「そ、そうなんだ……」
至極まっとうなラルフの言葉に、ルインは口を噤んだ。
「つってもそういうのは人それぞれだろ。どういうことかは中尉に聞いてみないと分かんねぇんじゃないか?」
「聞いたって理解出来ないと思う」
「そういうことは聞いてから言えよ」
ため息交じりに言われて、ルインはラルフの顔を見上げた。
ルインよりも頭半分ほど高い場所に、もうすっかり幼さの抜けた精悍な顔があった。昔は少女のように愛らしく、同じくらいの背丈だったはずなのに、すくすくと育ったラルフと伸び悩んだルインでは頭半分ほどの差が出来てしまっている。
ラルフとは長い付き合いだ。まだ幼いと言ってもいい少年兵の頃から、苦楽を共にした幼馴染。
捻くれたところがあるルインも、素直で明るいラルフの言葉は無条件で信じることが出来た。だからこそ、夜うな されて男に抱きしめられているだなんて、絶対に人に知られたくないことも相談する気になったのだ。
そんなラルフは歩きながら、ルインの方を見やる。それから、少しだけ言い淀んでぽつりと呟いた。それは冬の風にかき消されそうなほど小さなものだったのに、何故だかしっかりとルインの耳に届いてしまった。
「でも、冗談じゃなく好きなんじゃねぇの」
「……何が?」
「お前のことが」
驚いてルインは瞬いた。思わず訊ねれば、ラルフは微かに眉を寄せて答えた。
「誰が」
「レーヴェ中尉が」
ラルフの言葉に思わずルインは足を止める。何を言われたのかしっかりと聞こえているのに、頭が理解してくれなかったのだ。
突然、止まったルインを不思議に思ったのだろう。数歩先に進んだラルフが訝しげな顔をして振り向いた。その澄んだ紺碧の瞳には揶揄うような色はなかった。
「そ、そんなわけないだろ」
「なんで? 仲いいじゃん。嫌いな奴を自分の部屋に間借りさせたりしねぇだろうし、添い寝だってしねぇよ。可能性としてはなくはないだろ」
「俺、男だし」
「軍に入ってお前、何年だよ。兵士にそんなん関係ないことくらいお前だって知ってんだろ」
言われて、ルインは唇を噛んだ。ラルフの言うとおりだと思ったからだ。
男所帯の軍の中で、性処理相手として同性を選ぶことはそう珍しいことではない。そこに気持ちが伴うのかは当人たち次第であるが、それでも可能性としては低いものではないのだ。
常に最前線で戦う竜騎士であるシグルドの性的な対象が、男であっても何の不思議もなかった。
――それを理解することは、出来るけれども。
「いや、それはない」
「なんでだよ」
改めて考えて首を横に振ると、ラルフは心底分からないというように首を傾げた。
「中尉にだって好みってもんがあるだろ。添い寝してくれるのも、本当に俺の夢見が悪いからだし」
「好みってのが……、あー、まぁいいや。お前がそう思ってんなら、もうそれでいいや」
もうめんどくさい、とため息交じりに言われて、ルインは何がだよ、と苦々しく返した。
「……付き合ってんの?」
「付き合ってない!」
食堂から竜舎へと向かう道中で、ルインはラルフと顔をあわせた。
ラルフとルインは仲のいい友人同士ではあるが、実のところそう頻繁に言葉を交わすわけではない。上手いこと行きあえば食事を共にしたり、一緒に竜の世話をしたりはする。
けれど、示し合わせて行動を共にすることはほとんどなかった。竜騎士も竜師も行動範囲は近いけれど、業務は全くの別物なのだ。お互い忙しいこともあり、下らない相談をするためにわざわざ時間をとるようなルインではなかった。
ここで会ったのも偶然で、しかも先日食堂で当面の宿をどうするのだと問いただされて以来のことだった。
そこで、ルインはここ最近疑問に思っていたシグルドの行動について、思い切って聞いてみることにした。
満足な友人関係を築いてこなかったルインは、一般的な友人同士のやり取りがよく分からない。ラルフは間違いなく友人ではあるが、一緒の部屋で過ごしたところで絶対に添い寝なんてしないと言い切ることが出来た。
けれども、ルインが知らないだけで、近しい友人同士は添い寝することもあるのかもしれない。そう思ってラルフの意見を聞いてみたかったのだ。
けれど、答えは先ほどのとおりで、その上ラルフは首を傾げて心底不思議そうな顔をする。図体はでかいくせに、そうしていると彼は少年のような雰囲気になるから不思議なものだ。
「いや、そりゃあノリで肩くらい抱くかもしんねぇけど、夜に添い寝はしねぇよ」
「そ、そうなんだ……」
至極まっとうなラルフの言葉に、ルインは口を噤んだ。
「つってもそういうのは人それぞれだろ。どういうことかは中尉に聞いてみないと分かんねぇんじゃないか?」
「聞いたって理解出来ないと思う」
「そういうことは聞いてから言えよ」
ため息交じりに言われて、ルインはラルフの顔を見上げた。
ルインよりも頭半分ほど高い場所に、もうすっかり幼さの抜けた精悍な顔があった。昔は少女のように愛らしく、同じくらいの背丈だったはずなのに、すくすくと育ったラルフと伸び悩んだルインでは頭半分ほどの差が出来てしまっている。
ラルフとは長い付き合いだ。まだ幼いと言ってもいい少年兵の頃から、苦楽を共にした幼馴染。
捻くれたところがあるルインも、素直で明るいラルフの言葉は無条件で信じることが出来た。だからこそ、夜うな されて男に抱きしめられているだなんて、絶対に人に知られたくないことも相談する気になったのだ。
そんなラルフは歩きながら、ルインの方を見やる。それから、少しだけ言い淀んでぽつりと呟いた。それは冬の風にかき消されそうなほど小さなものだったのに、何故だかしっかりとルインの耳に届いてしまった。
「でも、冗談じゃなく好きなんじゃねぇの」
「……何が?」
「お前のことが」
驚いてルインは瞬いた。思わず訊ねれば、ラルフは微かに眉を寄せて答えた。
「誰が」
「レーヴェ中尉が」
ラルフの言葉に思わずルインは足を止める。何を言われたのかしっかりと聞こえているのに、頭が理解してくれなかったのだ。
突然、止まったルインを不思議に思ったのだろう。数歩先に進んだラルフが訝しげな顔をして振り向いた。その澄んだ紺碧の瞳には揶揄うような色はなかった。
「そ、そんなわけないだろ」
「なんで? 仲いいじゃん。嫌いな奴を自分の部屋に間借りさせたりしねぇだろうし、添い寝だってしねぇよ。可能性としてはなくはないだろ」
「俺、男だし」
「軍に入ってお前、何年だよ。兵士にそんなん関係ないことくらいお前だって知ってんだろ」
言われて、ルインは唇を噛んだ。ラルフの言うとおりだと思ったからだ。
男所帯の軍の中で、性処理相手として同性を選ぶことはそう珍しいことではない。そこに気持ちが伴うのかは当人たち次第であるが、それでも可能性としては低いものではないのだ。
常に最前線で戦う竜騎士であるシグルドの性的な対象が、男であっても何の不思議もなかった。
――それを理解することは、出来るけれども。
「いや、それはない」
「なんでだよ」
改めて考えて首を横に振ると、ラルフは心底分からないというように首を傾げた。
「中尉にだって好みってもんがあるだろ。添い寝してくれるのも、本当に俺の夢見が悪いからだし」
「好みってのが……、あー、まぁいいや。お前がそう思ってんなら、もうそれでいいや」
もうめんどくさい、とため息交じりに言われて、ルインは何がだよ、と苦々しく返した。
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