転生竜騎士は初恋を捧ぐ

仁茂田もに

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第十三話 流行り病 -2

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「この季節には竜笛熱はどれくらい流行るものなんだ?」
「もう少し温かくなるまでは流行ると思います。ヴィンターベルクでは竜笛熱が数年に一度大流行するんだけど、今年がその年なのかもしれない」
「そうか……」

 何かを考えるように口を噤んだシグルドを見て、ルインは首を傾げた。

 竜笛熱の怖いところはその潜伏期間が長いところだ。罹患したことに気づかず生活を続けるため、知らずに他者にうつしてしまうのだ。発熱が落ち着けば咳をしてもうつらなくはなるが、薬を飲まなければ熱は下がらない。

 その性質上、罹ってしまえば隔離するしかなく、ただ死を待つだけだった竜笛熱は、昔からある北部の風土病だった。けれども竜笛熱の発生地域は王都にすら届かず、当然南部出身のシグルドは罹ったことはおろかその目で見たの も初めてだっただろう。

「竜笛熱は連邦にも流行するんだろうか……」
「すると思いますよ。大陸の北部は全部竜笛熱の発生地域だから」
「ヴィンターベルクと同時に流行るということは?」
「それはどうだろう。流行地域は波みたいに広がっていくものだし、ヴィンターベルクと連邦の間にはコーレ平原がある。人の流れはある程度制限されるから、同時に流行ることはあまりないんじゃないかと思いますよ。ヴィンターベルクと連邦は仲も悪いから、そうそう交流があるわけじゃないし、よく知らないけど」

 それがなに? と問えば、シグルドが難しい顔のままでルインを見た。

「ルインは明日から復帰するんだったな」
「はい」
「竜笛熱にかかれば、回復するまでにだいたいそれくらいはかかるものなのか」
「そうですね。人によるとは思うけど、五日から十日はかかるかと」

 ルインが発熱してから仕事に復帰するまでは、七日間かかっている。しかし、竜笛熱から回復するのに七日間要するのはごく普通のことだった。北部で暮らして長いルインにとっては当たり前の感覚であるが、シグルドにとっては そうではないのかもしれない。

「それが普通なら、竜笛熱が流行る時期は業務が滞ることになるな」
「まぁ、確かに。休む人が多ければ、それなりに仕事が増える」
「竜騎士も何人が罹患して、夜間の警邏の人数を減らして対応をしている」

 ぽつりと言ったシグルドの言葉にルインは瞬いた。そもそも真冬のヴィンターベルクでは、竜騎士による夜間の警邏を行わない。吹雪になることが多く、空を飛ぶには適さないからだ。

 それに夜の凍えるような気温と全てを吹き飛ばすような暴風の中、城塞に侵入しようとする者はいなかった。――しかし、それはこれまでは、ということだ。

 連邦の動きを警戒して、この冬は夜間の警邏を継続することはルインも知っていた。警邏はふたり一組で行い、一夜に二組が空を飛ぶことになる。けれど、その人数が減らしたということは一組で一晩を警戒しているということだろうか。

「俺が連邦の指揮官なら、この期を逃さない」
「……でも、今は冬です」
「竜は吹雪の中でも飛べる」
「それは、そうだけど」

 吐く息すら凍り付き、夜は数歩先すら見渡せないほどの吹雪になるヴィンターベルクの冬に攻め入るものがいるとは考えにくいことだ。けれども、竜笛熱の話を聞いたシグルドは真剣な顔をして言葉をつづけた。

「ルイン、少しヴィクトルの所に行ってくる。何が起こるか分からないから、ルインも身辺には気を配っていた方がいい」
「ああ、はい」

 それまでの穏やかだったシグルドを包む空気は、一瞬で張り詰めたものに変わった。
 脱いでいた軍服を着込み、慌てるように部屋を後にしたその背中を見てルインはただ混乱するだけだった。

 竜笛熱は冬のノルトべライヒではよく流行する病であるが、これまで連邦が冬に何かを仕掛けてきたことは一度もなかった。ヴィンターベルクはその厳しい冬自体が、ヴィンターベルクを守る盾となっているのだ。

 どれほど人の技術が発展したとしても、冬の寒さは変わらない。だからこそ、長くヴィンターベルクにいる兵士たちは雪解けの季節を最も警戒する。
 そのことをヴィンターベルクに来たばかりのシグルドは知らないのだろうか。

 このときのルインは、シグルドの心配が杞憂だと思っていた。北部の冬の恐ろしさを知る連邦が真冬にヴィンターベルクに戦争を仕掛けるはずがないと思い込んでいた。
 けれど、ルインは自分のその考えがただの希望的観測であったことを痛感することになる。

 ヴィンターベルクよりも北部にあるノルトべライヒの最北部。アイスランツェ砦がストラナー連邦により強襲されたと報告があったのは、その日の夜半のことだった。


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