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第5章:王子とオタクの境界線、揺れるお泊まり会
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しおりを挟む「――いいのか!?」
吉沢が勢いよく振り返る。
変わり身の早さに、まさか最初からコレ狙ってたんじゃねえだろうな、と一瞬疑いたくなる。
まあ、ないな。
コイツ、そういうとこは弁えてるって言うか、無理言って来る感じじゃないし。
「うちは多分大丈夫だけど、お前んちは?」
「今から電話する!」
早速スマホを取り出す吉沢。
俺も家族のグループチャットに「今日、ひとり泊めていい?」とだけ送る。
すると、母親から秒速でOKスタンプが返ってきた。
どうせ、ネットで知り合った誰かを泊めるとでも思ってるんだろう。
姉ちゃんは案の定「イケメン?」って食いついてくるし、弟は「ゲームしたい!」と盛り上がってる。
誰も女子とは考えてないとこが泣けてくる。
俺が彼女を連れて来るって可能性は微塵も考えてねえのか!?
まあ、それはいい。とりあえず吉沢が泊まることに問題はない。
うちは父親の帰りが遅いから、実質このメンツの一存で決まる。
ここまでは予想通り。
問題は、俺のツレって時点で陰キャ仲間を想像してる家のみんなが、実物の吉沢を見た時の反応だが……そこは深く考えないでおこう。
少し離れた場所で通話を終えた吉沢が、笑顔で駆け寄ってきて言う。
「大丈夫だったぞ!」
「なら、お前の分の下着とか歯ブラシとか、コンビニで買ってくか?」
部屋着くらいなら貸せるが、他は流石に新品を揃えないとマズいだろう。
「お泊りセットだな! 確かに必要だ」
「お泊りセットて」
思わず吹き出すと、吉沢は「仕方ないだろ」と唇を尖らせる。
「友達の家に泊まるなんて、初めての経験だからな。実は何が必要かよく分かってないんだ」
そこで吉沢が急にハッとした顔をして、きょろきょろし始めた。
「一晩お世話になるんだし、手土産がいるか? 確か駅前に人気の和菓子屋が……」
「落ち着け! そんなの要らねぇから!」
そう言って、俺は慌てる吉沢の肩を押さえた。
「そうか……すまない。取り乱してしまったな」
「普通でいいんだって。まあ、俺も学校のやつ泊めんのは初めてだし、わかんねーけど」
「そうなのか?」
「基本俺どこでもぼっちだったしな」
殊更人目を避けるようになる前から、俺は一人でいることが普通だった。
背だけ無駄にある、根暗オタク。
クラスでイジメられたりはなかったけど、かといって馴染んでるわけでもない。
多分、デカイから絡まれにくかっただけだ。
クラスメイトとの会話は必要最低限だし、当然放課後に誰かの家で遊ぶこともない。
休み時間は外の遊びに誘われない分、ラノベと漫画読んで、家じゃ弟とゲームして過ごした。
中学にあがる頃には、ネットにだけ気楽に喋れるイツメンもいたし、そもそも学校で“友達”を必要としたことがない。
中学で榛名に絡まれたのは完全に予想外だったが、あれは勝手に寄って来て、勝手に荒らして、勝手に去ってった天災みたいなもんだから仕方がない。
(クソッ、嫌なこと思い出しちまった)
だから正直、吉沢の中で俺が“友達”ポジションに収まってることには、ちょっと驚いた。
俺にとって吉沢は、ファーストキスの相手で、事故チューの相手で――変な拘りのせいで、二度目のキスまで迫ってきた奴だ。
“友達”って言い切るには、やっぱりなんか違う。
学校でつるんでる訳でもないし、今日みたいに一緒に遊ぶのも初めてだ。
学校じゃ、吉沢はいつも俺とは正反対に、大勢の中心で輝いている。
(それで友達、ね)
妙にくすぐったいような、割り切れないような。不思議な感覚だ。
俺がモヤモヤしていると、そんなの微塵も気にしていない吉沢が、弾む足取りで隣にやってきた。
俺より背が低いから、いつも上目遣いで俺の顔を覗き込む。
「なら、ハジメテ同士だな」
今日一日、俺のテリトリーで俺に主導権を握られっぱなしだったからか、吉沢は“反撃の機会”を狙ってたっぽい。ようやくイジれそうなポイントを見つけて、得意顔だ。
いや、そこどう考えても張り合うとこじゃねえから。
つか、その「ハジメテ同士」って言い方やめろ。なんかエロい。
童貞マインド舐めてんじゃねーぞ。
文句言ってやりたかったけど、吉沢がピュアッ子なのは百も承知だから、結局何も言えなかった。
俺は深呼吸して、そっと吉沢から視線を逸らす。
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