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7話

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「――千晃君ッ!!!」

 しまった。寝てる間にまた千晃君が居なくなってしまうかもしれない。
 そんな恐怖で、俺は慌てて飛び起きた。
 既に周囲から人の気配は消えていて、テントはシンと静まり返っている。

「結構時間経っちゃいましたね。今もう夜中の二時っすよ」

 記憶にある通りの、穏やかな千晃君の声がする。
 俺はそれがたまらくなって、ベッドで上半身だけ起こしている千晃君の腰に抱き着いてぐりぐりと頭を押し付けた。

「ここ、俺みたいなデカくてガサツな奴ばっかで怖かったでしょ。なんで来ちゃったんスか」 
「そんなの、千晃君に会いたかったからに決まってるだろ」  
 言ってやったら、暗闇の中でも分かりやすく千晃君の頬が赤く染まった。

「俺怒ってるよ。あんな一方的な手紙で俺のこと置いて行って。俺、いっぱい傷ついたし、悲しかった」
 傷つけないんじゃなかったのかよ、と詰なじれば、千晃君は珍しくちょっと不満そうに口を尖らせた。
「俺だって、離れたくなかったっスよ。でもそれは、俺と一緒にいた方が絶対鹿野さん傷つくと思ったから」
「なんで!? 俺が一番傷つくのは、怖いのは、千晃君と一緒にいられなくなることだよ! それが一番怖かった」
 だから好きだって言えなかった。
 素直にそう零せば、「え」と千晃君は心底驚いたみたいに目を丸めた。
 なんだ、てっきり気持ちがバレたから距離を取られたんだと思ってたけど、そういう訳でもないみたいだ。
 思ったより相当、千晃君は恋愛ごとにはニブイらしい。

「俺鹿野さんとのプレイで、本当に初めてDomとしての欲求が満たされました。俺に身を任せて、蕩け切った顔を見せてくれる鹿野さんを見る度、俺みたいな奴でもSubを気持ちよく出来るんだ、って嬉しかった。痛いことを求められもしないし、そっと触れるだけで喜んでくれる鹿野さんが、俺の理想だって思った」
「うん――」    
「でも、俺のコマンドで鹿野さんが満足できてないって知って、すごく怖くなった。満たされてるのは俺だけで、俺は鹿野さんを満たしてやれない。そんなの、Domのコマンドで無理矢理Subを縛ってる、鹿野さんの嫌いな高圧的で怖いだけのDomと一緒だって思ったんス」
「それで離れようって思ったの?」
 小さく千晃君が頷く。それに俺は、大きなため息を吐いた。

「俺が君とのプレイに満足できなくなったのは、君のことが好きになって、もっと触って欲しくなったからだ。自分から好きにならないから安心して、とか言っておいて随分と勝手だなって思ったよ」
「いや、そんな……」
「俺が君との約束を破ったんだ。それが俺たちがダメになった一番の原因。今まで絶対にイヤだと思ってた、痛いこととか恥ずかしいこと――それが君の前だと怖くないって気づいたんだ。それどころか、もっとイジメて欲しいとか……。でもそれって、千晃君が一番嫌がっていたことだろ? それに君の恋愛対象は男じゃない。どうせ叶わない恋なら、最初から予防線を張っておこうって、自分の気持ちに蓋をした。俺の臆病なとこが悪い方に出た結果だ。自業自得なんだよ」
 言ってて、俺の自分勝手さに心底呆れた。
 俺は自分のことばっかりで、ちっとも千晃君のことを考えられていなかった。
 千晃君に逃げられたのだって、当然だって思う。そのことに反省はしても、自分から手を離す気なんて更々ないのだから困ったモノだ。

「言いたいことは分かったけど……それでも、鹿野さんだけが悪いなんて絶対にないから、それだけは訂正させて欲しいっス」   
「相変わらず優しいなぁ。そんなだから、俺みたいなのに付け込まれるんだよ。諦められる訳ない。しつこく会いに来ちゃってごめん」
「そんなことない。会いに来てくれて、すごく嬉しかった」 
 千晃君は腰にしがみついたままの俺の頭を、優しく撫ぜた。

「俺、同性に恋愛感情なんて持ったことないから、よく分からないまま否定しちゃったってとこあると思います。俺が最初に鹿野さんに嘘を告白したのは、単純に嘘をついて登録しちまったっていう後ろめたさからだったし、別にだから俺を好きにならないでとか、そういうつもりじゃ……」
 それを聞いて、俺はガバリと顔をあげる。
 
「ハァ!? そうなの!? あれ完全に俺は対象外だって釘さされたんだと思ったんだけど」
「ンなワケねーよ! 俺普通に鹿野さんのエロい顔可愛いって思ったし、キスだって何度もしたくなったし、か、身体だって触ってみたかった」 
「なんだよそれ、早く言ってよ~。俺の悩みなんだったんだよ」
「言える訳ないっスよ。俺も……絶対痛いことしないとか、傷つけないとか、調子のいいことばっか言って。ほんとは、鹿野さんの奥の奥まで暴いてみたいとか、イジメてみたいとか――そんな普通のDomみたいなこと考えてるなんて、知られたらもう終わりって思ってました」
 なんてことはない、擦り合わせてみた答えは意外と単純で、お互いがお互いに自分の言葉に縛られていただけだった。

「俺たちもっとちゃんと話せばよかったね」 
「っスね……でも、怖かった。俺も怖がりなんスよ。俺みたく逃げずに会いに来てくれた鹿野さんは、俺よりずっと強いです」
 千晃君はそう言って俺を持ち上げてくれたけど、全然俺にはそんな強さなんてない。

「俺は全然、臆病なままだよ。強いて言えば、俺にとって千晃君を失うことほど怖いことは無かった。だから君を取り戻すためなら、俺はなんだって出来るんだ」

 どれだけ怖くても、痛くても。君とあれっきり、二度と会えないことの方がずっと恐ろしい。
 その恐怖から逃れたい一心で、俺は千晃君に会いに来た。
 結局は俺の行動原理は、やっぱり恐怖から逃れる為にすぎない。俺は筋金入りの怖がりなのだ。

「鹿野さん、今度こそ俺絶対約束します。もう二度と、鹿野さんを悲しませたり怖がらせたりしない。だからずっと俺の傍に居てください。パートナーとしてだけじゃなくて、その……恋人としても」
「うん。こんな臆病な俺を、大事にしてくれて有難う。君のSubにしてください」
 慎重に顎にあてがわれた手が、俺の顔を引きよせる。
 ぐっと近づいた唇が軽く合わさって、すぐに深く重ねられた。

「次の休みは、買い物付き合ってくれる?」
「何か買いたいモンでもあるんっスか?」
「それは勿論」
 

 俺に似合う、首輪カラーを買いに。

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