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21.紡ぐもの

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結局、カザヤ様に会えたのはそれから丸一か月後のことだった。

久しぶりのカザヤ様の部屋は緊張してしまう。いつものようにソファーに座ると、これまたいつものようにカザヤ様が紅茶を入れてくれた。きっと国王陛下にお茶を入れてもらう部下など、この世に私だけだろう。

「久しぶりだな。元気だったか?」
「はい。薬師室も新体制となり、みんな張り切って頑張っています」
「そうか、それなら良かった。……ラナ? どうした、俯いて。何かあったのか?」
「いえ……」

カザヤ様もお変わりはない様子にホッとする。
いや、以前よりも国王の風格のようなものが出てきたかもしれない。さらに素敵になっているカザヤ様にドキドキが止まらなかった。

でも今日は、カザヤ様にちゃんと言わないといけないと思って覚悟をしてきた。私はこれまでのように、ここにたやすく来てはならないのだと。
カザヤ様は国王陛下で、私はただの王宮薬師だ。これからの未来を考えた時、一緒にいるべき相手は私ではない。

なにより……。
もしカザヤ様が他の誰かと結婚をするとき、私は捨てられてしまうだろう。いや、もしかしたら愛人かな?
そんな立場は耐えられなかった。
これから辛い想いしかしないのなら、一時の恋愛を楽しむべきではない。

今ならまだ傷は……浅い……かな? うん。きっとこの先よりはまだ浅くて済むはず。だからこそ、ちゃんと距離を取らないと。
これからは一国民として、カザヤ様を、国王陛下を敬愛していると伝えねば……。

そう覚悟してきたのに、言葉が出てこない。
誤魔化すように明るく書類を取り出した。

「あ、これマリア薬師長から預かってきたものです」

昼間にマリア薬師長から、カザヤ様に渡してほしいと封筒を預かってきた。それを受け取り中身を確認すると、カザヤ様は嬉しそうに口角を上げる。

なんだろう。何かいいことでも書いてあったのだろうか。

カザヤ様はそれをしまうと私の隣に座った。距離の近さにビクッとする。

「ラナ。今日は、ラナに話があって呼んだんだ」
「話ですか? 何でしょうか」
「俺と結婚してほしい」

……ん? 結婚……? 今、結婚って言った……?

「え……? 誰と……誰が……ですか?」
「俺とラナが。結婚」
「私と……、カザヤ様!?」

カザヤ様の言葉に驚愕して思わず立ち上がる。それを笑いながら腕を掴んでソファーに引き戻された。

「ど、どういうことですか!? 私とカザヤ様が結婚だなんて……、そんなこと……、許されるはず……」

どんどんと声が小さくなる。カザヤ様は小さく頷きながら私を抱きしめた。
温かい腕の中。カザヤ様がこんな変な冗談を言うとは思えない。だったらどうしてこんなことを……?

「まず、俺はラナを愛している」
「……っ。カザヤ様」
「ラナは? 俺のことどう思っている?」

少し体を離して、優しい瞳が覗き込んでくる。
そんなの、ずっと前から答えは出ている。でも、言葉に出していいものではない。
そんな迷いを感じ取ったのか、「言って」と少し強めに促される。逃しはしない。そんな気迫が混じっていた。

「もちろん、私もカザヤ様が好きです。ずっと前から……。でも……」

それ以上は言わせないと、長い指先が唇に触れる。

「愛し合う者同士、結婚するのはおかしいことではないだろう?」

自信ありげに言うカザヤ様に首を振る。

「私はただの王宮薬師です。ふさわしくはありません」
「どうして? ラナは貴族の娘だ。身分で言うならふさわしくないことなどないだろう」
「私の家は子爵家です。身分的に国王陛下の元へ嫁ぐには、この国では低すぎます」
「それなんだが……」

カザヤ様はテーブルの端に置かれていたファイルから紙を取り出すと私に見せた。

「君の父、カーロンスは先日、オウガによって国王襲撃を指示され実行した布商人を捕らえた。その功績をたたえ、爵位を上げることとした」

そこには父の名と、カーロンス家が子爵から侯爵家へ爵位が上がった旨が記載されていたのだ。

「これ……、お父様、いつの間に……」
「さぁ、これで身分的には心配ないね」

したり顔で微笑むカザヤ様を見て、もしかして私が身分で悩んでいたのを知っていたのだろうかと思った。
感づかれていたのかもしれない。
父が本当に功績を上げたのかもしれないけれど、このような爵位の上がり方は異例だ。
驚いている私に、カザヤ様はさらに続けた。

「それと。これ」

渡されたのは、先ほどマリア薬師長から預かって渡した書類だ。見るよう促されて用紙を開くと、そこには私がカザヤ様の専属薬師に就任することが書かれていた。

「妃として、俺専属の薬師になってほしい」
「カザヤ様……」
「もちろん、薬師として仕事を続けたいのなら構わない。まぁ公務もあるから、今までみたく毎日のようにとはいかないが」

あぁ、そうか。
私はどこか納得した。マリア薬師長からこの書類を渡されたとき、意味ありげに微笑まれたのだが、きっと事前にカザヤ様からこの話の打診があったのだろう。
用意周到と言うかなんというか……。

思わずフフっと笑みがこぼれる。

「どうした?」
「カザヤ様……、本当に薬師の仕事を続けてもよろしいんでしょうか? 立場を通り越して治療に行ってしまうかもしれませんよ?」
「それでいい。それがラナだろう。まぁ治療された方は驚くだろうけど、王宮内部も騎士団ももとはラナが診ていたんだ。そう違和感はないだろう」

フフと笑う私にカザヤ様もフフっと笑みをこぼす。

「では、プロポーズを受けてくれるということでいいな?」
「私で良ければ、喜んで」

言い終わると同時に、カザヤ様にきつく抱きしめられる。その腕がかすかに震え、触れた胸がいつもより早鐘を打っていた。
あぁ、カザヤ様でも緊張するのか。
なんだかそれがとても嬉しかった。

「では早速、契りをかわそうか」

歌でも歌いそうなカザヤ様は私を抱き上げると寝室へ向かった。

「ま、待ってください! 契りってまさか……!?」
「そのまさかだ」
「えぇぇ!! ちょっと、待ってください! まだお風呂にも入っていないし……」

何より心の準備がっ!!
じたばたと慌てる私に、カザヤ様は足を止める。

「では風呂に入ろうか。一緒に」
「い、一緒はちょっと……」
「では先に入るか?」

待って待って待って。
そうなることはもう確定なの? カザヤ様ってそんなに野獣なタイプだったっけ?
混乱する私に、カザヤ様は「あ~……」と申し訳なさそうに眉を下げた。

「ごめん。急ぎすぎたな。……どうしても、オウガに押し倒されたラナが忘れられないんだ。あんな怖い想い、もう二度としたくはない。だから早くラナを俺の物だって確かめたくて……。ごめん、ラナの気持ちも考えずに」

小さく微笑むと、カザヤ様は私を床に降ろした。
そんな思いをさせていたなんて……。
少し驚いた。私自身はその件に関しては、もちろん不快で嫌だったが未遂だったしさほど気にはしていない。
でも、カザヤ様からしたらとてつもなく怖くて不安で辛いものだったのだろう。
それほどまでに、私はカザヤ様に愛されている。

「どうしよう……」

カザヤ様が愛おしくてたまらない。
今までの気持ちが爆発しそうなほどに、カザヤ様を心の底から愛していると感じた。
それと同時に、体が離れたことが寂しいと思う。ずっとその腕の中にいたい。抱きしめてほしい。愛を囁いてほしい。
私がカザヤ様のものだと刻んでほしい。

「こんな気持ち初めて……」
「何をブツブツ言っているんだ?」

覗き込むカザヤ様に自分から抱き着いた。カザヤ様が息を飲むのが分かる。

「ラナ、今の俺にそれは……。襲っちゃうから……」
「かまいません」
「え……」

私は腕の中からカザヤ様を見上げた。きっとみっともないほど真っ赤になっているだろう。それでも……、今ここで勇気を出さないと、この心の準備が揺らいでしまう気がする。

「私も、カザヤ様と同じ気持ちで……んっ」

言い終わる前に、その唇をカザヤ様に塞がれた。
初めは優しくついばむように。私の体の力が抜けてくると、今度はより深く唇を合わせる。空気を求めて軽く口を開くと、そこからカザヤ様の舌が侵入してきた。
まるで口腔内を食べてしまうと言わんばかりに蹂躙される。私の舌と合わせると、電流のように腰にしびれを感じた。
室内に水音が響き、恥ずかしくてたまらない。足が震えて、もう立っていられなくなってきた。

「ラナ……」

私を抱き上げると、今度こそ広いベッドに横にする。上からのしかかるカザヤ様の瞳は欲と熱がこもっていて何とも言えない色気を醸し出していた。

「愛している」

何度もささやかれ、私も同じように応えたいのに口からは嬌声しかでてこない。カザヤ様が触れてくるところ全てが熱くて溶けてしまいそうだった。
幸せだ。それ以外に言葉が見つからない。全て夢のようで、でも夢であってほしくない。
カザヤ様の手を握ると強く握り返してくる。

この手は決して離してはいけない。

これからずっと先の未来を紡ぐためには、こうしてこうして手を取り合って共に歩んでいくのだ。

彼となら、迷いはない。
彼となら、それが出来るのだ。
私は心に誓って、そっと目を閉じた。 


END


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