17 / 27
二章
源助 後編
しおりを挟む翌日から、毎日のように来ていた修也は記憶堂に顔を見せなくなった。
あずみもあれから姿を見せなくなった。
当たり前のように常に記憶堂にいた二人が現れないことは、龍臣にとって驚きでありどうしたものかと頭を悩ませていた。
さすがに一週間たって、何となくこれはまずいだろうと思い、まずは修也のフォローが先だろうかと考えていると、源助さんが記憶堂にやってきた。
「どうだい、繁盛しているかい」
帽子を脱いで、ソファーに座った源助さんは笑顔でそう聞いてきた。
麦茶を出しながら龍臣は苦笑する。
「この店で繁盛は合わない言葉ですよ」
そう答えて向かいの椅子に座る。
「そうかい。さてな、龍臣君。修也の事なんだが……」
龍臣はやはり、と思った。
修也の様子がおかしいのだろう。だから源助さんは自分の所に来たのだろうと察することが出来た。
「修也の様子はどうですか?」
先にそう聞くと、源助さんは器用に片眉を上げた。
「やはり何かあったんだね」
確信めいた言い方に、龍臣は少し迷いつつも頷いた。
「先週から新学期で学校が始まったというのに、あいつはすぐに家に帰ってきて部屋に閉じ籠るんだ。今まではテスト期間ですら記憶堂に寄っていたというのに、だよ」
源助さんは困ったように苦笑しながら言った。
確かに修也はテスト期間だろうが何だろうが、二日に一回は顔を出していた。
それが記憶堂に寄りもしないで部屋に閉じこもっているなんて、相当ダメージを受けたのだろう。
龍臣は深いため息をついた。
「何があったんだい? 喧嘩でもしたか?」
源助さんは優しく聞いてきた。
いや。口調は優しいが、どこか「ちゃんと話せ」という迫力がにじみ出ている気がする。
龍臣は誤魔化しきれないと感じて、素直に話すことにした。
「実はちょっと、修也の両親について知る機会があって。それを少し話したんですよ。」
源助さんは「そうか……」と少しだけ驚いた様子で頷いた。
「どんな話だった?」
「母親は……、修也を大切に思っていたと」
そう伝えると、源助さんは少しだけ頭を垂れた。修也の母親である花江は源助さんにとって娘でもある。
「源助さんたちは、修也に両親のことをどこまで話しているんですか?」
差し出がましいとは思ったが、龍臣は聞いてみた。
「どこまでも何も、たいして話してはいない。父親は亡くなって、母親は行方不明。今はもう連絡すら寄越さない。どこで何をしているかも見当つかない。それだけだ」
「本当に?」
龍臣は眉を潜めて聞いた。
だってそれでは龍臣が知る少ない情報より、修也が知っていることは少ないではないか。
「修也が聞きたくないと言っていたんだ。だから細かい話はしていない」
「例えば、父親は入院していた事とか?」
龍臣の言葉に源助さんは顔を動かさず、目だけを向けてくる。
「……龍臣君。君は何をどこまで知っているんだい?」
「最近、知ることがあって……。それでも知っていることは極わずかですよ」
「それは、誰かの記憶の本を通して知ったのかい?」
そう聞かれて龍臣はドキッとした。
源助さんは今確かに『記憶の本』と言ってきた。記憶の本の存在を知っているということになる。
龍臣はあからさまに動揺した。
「どうして……、それを?」
すると、源助さんは穏やかに微笑んだ。
「君のお祖父さんに聞いたんだよ。私も修也ほどではないが、昔から何度もこの店に遊びに来ては、君のお祖父さんに話し相手になってもらっていた。その時、この店の不思議な力について聞いたんだ」
「そうだったんですか……」
龍臣はわずかばかり肩の力を抜いた。
どうしてもこの力について知る人は少ないため、警戒してしまった。
源助さんはすでに祖父から記憶堂の力について聞いていたのか。だから先日も「何か見たのか」なんて聞いて来たのだなと納得する。
「修也も不思議な力については知っているんだろう?」
「えぇ、まぁ」
「やはりそうか。まぁ、この狭い町だ。いつかは自分の両親について知っていくことが増えるとは思っていたよ」
ハハッと笑う源助さんに龍臣は頭を下げた。
「すみません。僕も修也にどう伝えるべきか迷ったんですけど」
「迷ったから大切に思っていた、とだけ伝えてくれたんだね」
源助さんはありがとうと言ってくれた。
その言葉に後押しされるように、龍臣は記憶の本で見たことについて話をした。
「見たのは、修也を源助さんに預ける少し前位の頃だと思います。花江さんの話だと父親は入院中で、花江さん自身もどこかへ行かなくてはいけないと話していました」
「そうか……」
「修也は大切だけど、でも行かなくてはいけないと……。決心を固めていた様子でした」
そう話すと、源助さんはため息をついた。
「なぁ、龍臣君。どうして私には記憶の本が現れないんだろうね」
「え?」
「私は花江のことをとても後悔しているよ。あの日、花江が修也を預けに来た時にもっと引き止めて、なんとかあの子の状態を助けてあげられていたら……、修也にこんな寂しい思いをさせることはなかったのではないかって。もし家に閉じ込めるくらいに強く引き止めていたらどうなっていただろう。記憶の本が現れて見せてはくれないだろうかって……。ずっと思っていたよ。ねぇ、どうして私には現れないんだろうね」
「それは……、僕には何とも……」
記憶の本は龍臣がコントロールできるものではない。
いくら源助さんが後悔していることがあったとしても、龍臣にはどうすることも出来ないのだ。
「そうだね、すまない。君を責めているわけではないんだよ。……私が最後に花江に会ったのは、修也を預けに来た日だった。いくら説得しても、引き止めても怒っても……。何をしても無駄だった」
「どこへ行くとかは?」
そう尋ねると、源助は小さく首を振った。
花江は詳しい理由を言わずに行方不明になったのだと言う。
「……修也の父親は優しくていいやつだった。自分の両親を亡くしていてね、その分、家族に憧れを持っていた。だから花江をとても大切にしてくれていたんだ。でも、仕事への才能はなくてね。自分の親が残してくれた工場を潰してしまったんだ」
そう言うと、喉を潤すように麦茶を一口飲んだ。
「莫大な借金をして、昼も夜も問わずに働いて結局は身体を壊してしまった。入院することになったんだ」
「その、失礼ですけど、源助さん達からの援助とかは?」
「したよ。でもそれでもこちらも限界はあった。娘のためにギリギリまで手助けしたが、借金も入院費や治療費もどうにも賄えなくなってきたんだ」
源助さんはハァとため息をついて、困ったように苦笑した。
「それでも娘は修也を身ごもったこともあって、絶対に別れないと言っていた。でも、とうとう彼の状態も悪くなりだしてね。もう、ほとんど手遅れになっていた。そんな時……」
源助さんは眉間にしわを寄せ、苦しそうな顔をした。話すのが辛いと言った様子だ。
「大丈夫ですか? 無理して話してくださらなくても」
「いや、何故だか君に聞いて欲しいんだ」
そう呟いてため息を吐いた。そして意を決したように息を大きく吸い込む。
「そんな時にね、花江はある男性に見初められたんだ」
源助さんはゆっくりと話し出した。
花江は当時、夫の入院費と借金返済のため、修也を源助さん達に見てもらいながら近くの飲食店で働いていた。
そこで、出会ったのが新森(にいもり)という男性だったという。
40代くらいで背の高い、見た目は悪くはない男だったという。
新森は花江を一目で気に入り、何度もアプローチしてきた。
しかし、花江は夫も子どももいるからと断った。それでも、新森は諦めなかった。そして言って来たのだ。
「夫と別れて自分の元へ来るなら、夫の入院費と治療費、借金、全てを清算してあげようと」
「全てですか!?」
とんでもない条件を突き付けて来たのだと言う。花江の心は大きく揺れた。
借金もなくなり、夫も良くなるならこれほど良いことはない。
けれど――……。
「新森はね、ヤクザだったんだ」
その言葉に龍臣は言葉を失った。
新森は実は暴力団の二代目で、花江に後妻になれと言ったのだと言う。
花江は新森を恐れた。
いくらお金を肩代わりしてもらうからといって、ヤクザの妻にはなりたくなかった。
何より、夫を愛していたのだ。
しかし、新森も諦めなかった。
常に職場の居酒屋にも現れるようになり、そのせいで他の客が居づらくなり客足が遠のいてしまっていた。花江は仕事を辞めざるを得なかった。
そして、ついに病院にも新森が現れるようになり花江は観念したのだ。
「ある日、花江は私の所へ来て頭を下げたんだ。修也を預かってください、お願いしますと」
源助さんは組んでいた手を額に当てた。
「花江は当時、この事を黙っていた。私と妻には、夫と別れて遠くで再婚したい、修也は置いていくと。一方的に告げて出て行ってしまった。花江とはそれきりだ」
「え? 花江さんは事実を話さなかったということですか?」
ではどうして源助さんは花江の見に起きたことを知っているのだろうと首を傾げた。龍臣の疑問は伝わったようで、軽く苦笑された。
「調べたんだ。どうしても娘の言うことが信じられなくて、興信所を使って徹底的に調べた。そしてわかったことがこれだったんだ」
源助さんは苦虫を潰したような表情で、ため息をついた。
「修也の父親はどうなったんですか? 亡くなったと言っていましたけど本当に?」
「……新森は約束通り入院費も治療費も全て払ったようだ。でも、彼は助からなかった……」
「そんな……」
修也の父親の葬儀は源助さん夫妻がひっそりと執り行ったそうだ。
「どうして、修也にはその事を教えないんですか?」
「自分の両親が借金をして、挙句父親は身体を壊して死んだ。母親はお金のために自分を置いてヤクザの後妻になった、なんて知りたいと思うか?」
源助さんはこの時、初めて龍臣にやや強めの口調で聞いた。
「あの子だって、今まで両親について細かく聞いてこようとはしなかった。あの子だって真実は知りたくないんじゃないのか?」
源助さんの言いたいことは龍臣もよくわかっていた。むやみに修也を傷つけたくはない。その気持ちは理解できる。
しかし、本当にそれでいいのだろうか。
「そうでしょうか?」
龍臣は疑問を呈した。
少し前まで龍臣も源助さんと同じようなことを思っていた。だから修也に両親の話を聞いたりすることはなかった。
しかし、本来なら自分の親について、少しでも知りたいと思うことは自然なことだ。現に修也だって加賀先生に母親の昔話を聞いていたくらいだ。
感心なようなそぶりを見せてはいたが、本当にそれが修也の本心なのだろうか。
「修也の学校に花江さんの友人が先生でいます。修也は時々その先生に母親の昔話を聞いていたそうですよ。今回だって、僕が伝えたことが修也を動揺させたのかもしれませんが、本当は修也は心のどこかで両親のことを知りたいと思っているのではないでしょうか?」
龍臣には珍しく、相手を説得させるような口調で力説した。
源助さんもそんな龍臣に驚いたのか、一瞬目を丸くさせたがすぐに頬を緩ませた。
「そうか……、修也がそんなことを……」
「修也ももう高校生です。時間はかかるかもしれませんが、理解できない年頃でもないでしょう? まずは修也が両親についてどう思っているか聞くことから始めませんか?」
そこまで言って龍臣はハッとした。
何を出過ぎたことを言っているのだろう。
これは修也と源助夫妻が決めることだ。簡単に他人が口出ししていいことではない。
だからこそ、自分だって悩んでいたのに一度堰が切れたら思っていたことが全て口から出てきてしまった。
「すみません。出過ぎたことを言いました。僕には関係ないことなのに……」
そう言うと、源助さんはゆっくりと首を横に振った。
「いいや。君は修也にとって兄のような身近な存在だ。もしかしたら私達より懐いているんではないかと思うくらいにね。だから、君が修也について色々と考えていてくれていることが嬉しいよ」
フフッと源助さんは笑うと、大きくため息をついた。
「全てを知って、あの子は幸せだろうか。ちゃんと幸せになっていってくれるだろうか?」
「なれますよ。あいつはそこまで馬鹿じゃないです」
龍臣が断言すると、源助さんはやっと嬉しそうに「そうだな」と笑った。
0
あなたにおすすめの小説
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
可愛らしい人
はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」
「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」
「それにあいつはひとりで生きていけるから」
女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。
けれど、
「エレナ嬢」
「なんでしょうか?」
「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」
その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。
「……いいえ」
当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。
「よければ僕と一緒に行きませんか?」
白い結婚の行方
宵森みなと
恋愛
「この結婚は、形式だけ。三年経ったら、離縁して養子縁組みをして欲しい。」
そう告げられたのは、まだ十二歳だった。
名門マイラス侯爵家の跡取りと、書面上だけの「夫婦」になるという取り決め。
愛もなく、未来も誓わず、ただ家と家の都合で交わされた契約だが、彼女にも目的はあった。
この白い結婚の意味を誰より彼女は、知っていた。自らの運命をどう選択するのか、彼女自身に委ねられていた。
冷静で、理知的で、どこか人を寄せつけない彼女。
誰もが「大人びている」と評した少女の胸の奥には、小さな祈りが宿っていた。
結婚に興味などなかったはずの青年も、少女との出会いと別れ、後悔を経て、再び運命を掴もうと足掻く。
これは、名ばかりの「夫婦」から始まった二人の物語。
偽りの契りが、やがて確かな絆へと変わるまで。
交差する記憶、巻き戻る時間、二度目の選択――。
真実の愛とは何かを、問いかける静かなる運命の物語。
──三年後、彼女の選択は、彼らは本当に“夫婦”になれるのだろうか?
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
【完結】恋は、終わったのです
楽歩
恋愛
幼い頃に決められた婚約者、セオドアと共に歩む未来。それは決定事項だった。しかし、いつしか冷たい現実が訪れ、彼の隣には別の令嬢の笑顔が輝くようになる。
今のような関係になったのは、いつからだったのだろう。
『分からないだろうな、お前のようなでかくて、エマのように可愛げのない女には』
身長を追い越してしまった時からだろうか。
それとも、特進クラスに私だけが入った時だろうか。
あるいは――あの子に出会った時からだろうか。
――それでも、リディアは平然を装い続ける。胸に秘めた思いを隠しながら。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる