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第4話 不安の種

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「はぁ~~」

 俺は窓際に立ちながら、大きなため息をつく。
 俺がこの世界に転生してから、三日が経過した。
 この世界に転生した初日に、俺が記憶喪失であることはどこぞの高名な医者が来てくれた事で確定した。

 一応前世の記憶があるので少し不安ではあったが、記憶喪失だと診断されてホッとしたのを覚えている。
 だが今俺はそんな事よりも、この三日でわかったことに頭を悩ませている。

 順を追って説明すると、まず俺が転生した場所がダイアー王国と呼ばれる国の中央都市である、ウェルビスである事。
 次に、俺がそのダイアー王国の第三王子・・・・・・・・・・・、レオモンド・エオルド・ダイアーであること。
 そして最後に、そのレオモンド少年はまだ三歳・・である事。

 正直、最初の一つはそれ程重要ではない。
 どこに転生したかなど、転生したばかりで頭を悩ませるほど情報が無いからな。
 と言うか、二つ目を考えれば当たり前であり、俺が王城の一室のベッドで寝ていたという事は当たり前の事なんだ。

 問題なのはその二つ目と三つ目だ。
 身分が高くては困ると思っていたら、王族とかいうこれ以上ないぐらいの高位な身分。
 そしてつい先日三歳になったばかりという、転生した俺とは明らかに精神と肉体の年齢が釣り合っていない状態。

 年齢に関しては年老いた老人よりは若い方が俺としてもうれしくはある。
 その方がより長く生涯を謳歌できるからな。
 だがそれはつまり、若くして精神が死んでしまった肉体が存在するという事。

 俺はそう思いながら、部屋の中にある大きな鏡に視線をやる。

「……こんな幼い少年が……」

 鏡に映る自身の姿は、どこにでもいるようなとても幼い少年。
 どういう経緯で、この少年の精神が死んでしまったのかを詳しくは知らない。
 だがそれでも、こんな幼い少年の精神が死んでしまうような現状が良くない事は理解できる。

 理解はできるが、今の俺には何もすることはできない。
 それに同じことがもう一度起きないとも断言できない。
 どういう経緯でこの少年の精神が死んでしまったのか、詳しく調べる必要はあるだろう。

 転生した初日と二日目は物凄く体がだるく、ろくに動く事が出来ず情報もイマイチ集められてなかったからな。
 今日から本格的に色々と調べよう。

 コンコン

「レオモンド様、入ってもよろしいでしょうか?」

 俺がそんな事を考えていると、扉をノックする音の後にそんな言葉が聞こえてきた。
 俺は軽く両手で頬を叩き、悲壮的な表情を正す。

「大丈夫ですよ」
「失礼いたします」

 そんな声のすぐ後に扉が開き、一人の女性が部屋に入ってくる。

「お加減はいかがでしょうか?」
「今日はかなりいい方だと思いますよ、ナタリーさん」

 俺はそう言いながら部屋に入ってきた女性である、ナタリーさんに微笑む。

「良かったです。レオモンド様は目を覚まされてからどうにも体調が優れない様子でしたので、一安心しました」
「それ程までに僕は顔色が悪かったですか?」
「良かったとは言い難いものでした」
「そうでしたか」

 そんなにだったのか……
 確かに俺としても、鏡を見て顔色を確かめる元気は無かった。
 というか、ベッドから起き上がることすら昨日までは辛く、寝たきりだった。

 だがなるべく平静を装っていたつもりだったんだがな。
 どうやらナタリーさんの話を聞く限り、あまり効果は無かったみたいだ。
 まぁ~それでも、小さなタネ・・は蒔けたんじゃないか?

 そのタネ・・が芽吹くかどうかは俺の今後の行動と、目的次第だろうがな。
 今はそれを判断する為にも、兎に角情報収集だ。

「ナタリーさん、少しお聞きしたいことがあるんですが、大丈夫ですか?」
「勿論構いません。ですがその前に一つよろしいでしょうか?」
「何でしょうか?」
「その……畏まった言葉遣いや、私の事をさん付けで呼ぶのをやめていただく事は出来ないでしょうか?」
「嫌でしたか?」
「いえ、決してそのような事はないです! ただ、その……殿下がそう言った呼び方や言葉遣いで話されますと、よからぬ噂が出てくると言いますか……」

 ナタリーさんはかなり言いにくそうにそう言った。
 なるほどな。
 ナタリーさんが言うよからぬ噂というのは大体予想がつく。

 恐らくは記憶喪失の俺に、あることない事吹き込んで言いなりにするつもりだ、とかそんなところだろう。
 ナタリーさんは見た感じ、10代後半から20代前半と言ったところだろうか?
 容姿も整っているし、正直嫉妬もあってそんな噂が出たんじゃないかとは思う。

 だがこの程度の事で噂されるとは全くの予想外だ。
 元のレオモンド少年がどう接していたかがわからないから、とりあえず横柄な態度をとらず、距離を置いているような感じで接していたつもりだったんだけどな。
 逆にもう少し年相応の言葉遣いの方がよいのだろうか?

 それに彼女もこの城に仕えている以上、そう言った噂があると相当働きづらいだろう。
 これは俺の落ち度だろうな。
 一国の王子という立場を軽んじていた俺の……

「わかったよ、ナタリー。こんな感じなら問題はないかな?」
「はい。こんなお願いをして、本当に申し訳ございません。そして聞き入れてくださり、ありがとうございます」
「こんなのお礼を言われるような事じゃないよ。それよりも聞きたいことがあるんだけど、僕が記憶を失った経緯ってわかる?」

 俺がそう言ったと同時にナタリーの顔色が先程までの安堵したものから、明らかに強張ったのを見逃さなかった。
 これは何かあるな。
 そんな表情の変化を見た俺は、そう確信せざるを得なかった。

「もしかして、何か言いにくいような事があったの?」
「それは……」
「知っているなら教えて! もしかしたらそれが記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないから」

 勿論そんな事は絶対にないだろう。
 何故なら記憶が無くなっているのではなく、魂が違うのだから。
 だがこうして情に訴えかけるのは比較的効果的だろうと考えたのだ。

 この未知の世界で、今は何よりも情報が重要だ。
 それが自身の事であるなら尚更、な。

「……わかりました。どういう経緯でレオモンド様が寝込まれていたのか、お話しいたします。ですが、例えどんな内容であろうと取り乱したり、今すぐ何か行動に出るような事はしないと約束してください」
「……約束するよ」

 俺がそう言いながら軽く頷くと、ナタリーは俺のもとに歩み寄ってきた。
 大声では話せないような内容という事だろうか?
 これは色々と覚悟を決めて聞いた方が良いかもしれないな。
 これ程釘を刺してから話すという事は、それ程の内容だという事。
 
「結論から申しますと、レオモンド様は何者かに毒を盛られた可能性が高いのです」

 耳元で小声で言われた言葉に俺は驚き、勢いよくナタリーさんの顔を確認する。
 ナタリーさんの表情は真剣なもので、嘘を言っているような感じではない。

「……何か確証はあるの?」
「確たるものは見つかっていませんが、レオモンド様が自身の誕生会で飲み物を飲まれた直後に倒れ垂れた事、そして倒れられてからの症状が私の知る特殊な毒の症状に酷似していたからです」
「…………その毒を摂取するとどうなるの?」
「少量摂取するだけなら2~3日寝込む程度で済みます。ですが大量に摂取してしまいますと、最悪の場合魂が肉体を離れ死に至ります」

 ……どうやら俺は毒を盛られたのは確定みたいだ。
 恐らくそれが原因でレオモンド少年の魂が死んでしまい、代わりに俺が入れたのだろう。
 だがだとすると、これはかなり不味い状況だ。

 毒を盛って殺したはずのレオモンド少年が目を覚ましたんだ。
 犯人からすれば、今すぐにでも始末したいはず……
 いや、記憶喪失であるならばそのまま放置するという可能性もなくは無いが、楽観視は出来ない。

 クッソ!!
 だから王族何て身分の高過ぎる存在は不満だったんだ。
 こんな面倒な事が日常的に起きる可能性もあったからな!
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