魔女はパン屋になりました。

月丘マルリ(12:28)

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ユーシウス殿下の憂鬱な日常 5

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 私が婚姻すると表明したことで、叔父や弟を支持する貴族たちから反発があるだろうと予想していた。
 しかし、それは杞憂に終わる。

 叔父が大問題を引き起こしたのだ。
 他にも多くの罪を犯していた叔父は、本来であれば公の場で裁かれるべきだったが、主な被害者が騒ぎを大きくするのも、誰かが処刑されるのも嫌がったため、すべて秘密裏に処理することになった。

 叔父とその周囲の者たちの処遇を決め、後始末と隠ぺいと書類に追われる日々を過ごし、ようやく最近、少しばかり余裕がでてきたところだ。

 叔父については、責任を持って父が監視することになった。
 いくら主たる被害者が穏便にと望んだとはいえ、国としては間違っている。たた、父は父で、叔父に負い目があったのかもしれない。ただひとりの弟。同じく弟を持つ者として、父の気持ちはわかったので、父のしたいようにさせることにした。


 
 それから、何故かレイヴェンが城の使用人の娘を妃にすると言い出した。

 そのころには、レイヴェンとディニアスが恋仲にあるという噂は沈静化していて、私が噂に振り回されてしまったことに気づいていた。
 そのために、アレクシスを巻き込んでしまったのだが…………、本人がまったく気にしてないのが救いだ。

 レイヴェンが連れて来たのは、下位貴族の娘だったそうだが、親が死に、城の使用人として働いているところを見初めたらしい。

 その娘に騙されているのではと疑ったが、実際目にし相手の娘は、ふくよかでおっとりしていて、人を騙すよりもむしろ騙されていそうだった。

 もしかしたら、この娘を選んだのは私の為なのだろうか。
 今後、私に不利益が出ぬよう、己は玉座を望まぬのだと周囲に知らしめるため、わざわざ身分の低い娘を選んだ――――……?

 考えてかけ、私はゆるく頭を横に振った。
 
 弟を信じよう。レイヴェンが私の身を案じているのと同じように、私も彼の幸せを願っていることを、聡い弟がわからぬはずがない。

 …………それに、紅の騎士隊長アレクシスに親し気に話しかけられ、うっとりとしている掃除婦を見つめるレイヴェンの目が怖い。あれはちょっとお気に入りの娘に対するものじゃない気がする。

 弟よ、そんな目で私と自分の婚約者を見るものではないよ?

 多少、貴族たちから反発はあったが、弟はまったく意に介さなかった。鋼の精神が羨ましい。
 







「王家の者として、私も直接謝罪しにいった方が良いだろうか」

 大方の問題が少し片付いたある日、私はレイヴェンに尋ねてみた。今回の件で、被害者には礼を尽くしておいた方がいいのではと提案したのだが、絶対にダメでだと反対される。

「あそこでは、凶暴な犬が放し飼いになっているのです」

 主人の前では比較的おとなしいが、狡猾で残忍でつかみどころのない、極めて危険な生物らしい。

 …………そんな生物が放し飼いになっていて大丈夫なのだろうか。

 一抹の不安を覚えたが、以前より被害者らと交流のあったレイヴェンと第二騎士団が、今後も窓口になることになった。

「兄上は、もうじき即位なさる大事な身ですから」

 私はアレクシスと婚姻すると同時に、国王となることになった。

 …………なんだろう、この急展開。

 父が叔父との時間を過ごすために退位するとか言い出したせいである。
 兄弟愛を爆発させた父に呆れたのか、母も「好きにしてください。私も余生を好きに生きますから」と言ったとか。近頃は離宮で丹精込めてバラを育てている。


 自由気ままに振る舞えるのが羨ましい。国王の座を次代に譲るまで、そんな時間は訪れないだろう。
 国王になれば、今よりももっと身動きが取れなくなる。その前に一度はベイラーのパンを口にしたいものだ。

 密かに心に誓っていると、騒々しく執務室の扉が開いた。

「ユーシウス! 良い物持ってきたぞ!」

 満面の笑みで入ってきたアレクシスは、籠を差し出してきた。
 その拍子に、ふわんと、香ばしい匂いが鼻まで漂ってくる。
 レイヴェンの顔が引きつった。

「…………これは、どこから持ってきたんだ」
「うん? どうしたレイヴェン。怖い顔して。実は、今話題のパン屋に行ってきたんだ。すっごく美味いから、ユーシウスにも食べてもらいたくてな!」
「問題起こさなかっただろうな…………!」
「え? いや、フツーにパン買ってきただけだが」

 レイヴェンに詰め寄られて目を瞬くアレクシスは、珍しく困惑顔だ。

 そんな二人を他所に、私は籠一杯のパンに見入っていた。
 そっと伸ばした指に触れる白いパン。柔らかく、暖かい。手に取ればあまりの柔らかさに心許ない気にもなる。口を開いて齧りつけば、味わったことのない甘さと柔らかさに頬が緩んだ。

「…………美味しいな」
「ふふ、そうだろう? ユーシウス、美味いもん好きだもんな。これからも、なんか見つけたら持ってきてやるよ」

 アレクシスの笑顔が眩くて、私は目を細めた。
 見つめ合っていると、レイヴェンが身体を割り込ませてきた。

「兄上には、俺が吟味を重ねたものをご用意する!」
「ははは。なんだレイヴェン、羨ましいのか? お前もそろそろ兄離れした方がいいと思うが、まぁ良い。どちらがよりユーシウスを喜ばせられるか、競争だな!」
「そういうことでは……!」


 私は、果報者なのかもしれない。
 我が身だけでなく、心をも案じてくれる大切な人が二人も身近にいるし、私たちの様子を微笑ましそうに見守ってくれる傍仕えたちもいる。
 皆、私に王として力不足であれば、力を貸してくれる。そして、もしも私が道を誤ったときには、きっと諫めてくれる。

 そう信じれば、私のようなものでもどうかやっていけるのかもしれない。

 自分のことは、やはり今でも信用ならないけれど。
 だけど、この二人が私を信じるかぎり、力を尽くしてこの国の為になる王でいよう。

 もう一つパンを頬張り、私はそう心に誓ったのだった。















 ◇◇◇ オマケ ◇◇◇


「この間さぁ、アンタんとこの騎士隊長ってヤツぅ? 俺の可っ愛いご主人様の手に口づけったんだよねぇー、何あれ、自殺志願者? それとも、俺にわざわざ念入りに殺させたくて寄こしたのぉ? それならご希望通りヤっちゃうんだけどぉ」

「……あれはこの国の王妃となる人間だ」

「俺、職業で差別しない主義だからぁー。女だからと思って俺もちょっと我慢したんだけどね? ご主人ったらポーッとしちゃってさぁー。ご主人の御心に入り込むヤツなんてこの世に存在しちゃいけないと思うんだよねー」

「…………チッ」

「お偉い王族様が舌打ちなんかしちゃってんだけどぉー舌打ちしたいのこっちなんですけどぉー」

「……ふん。まぁ良い。次期王妃として決めねばならんことは大量にあるからな。婚姻の準備もある。当分市井へ出られぬよう周りに言い含めておこう。そのうち子でもできればまず城から出られん」

「ふーん。なら、まーいっかー。あ、ご主人がお呼びだ! 行かなくっちゃ!」
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