竜の国の異邦人

風結

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依頼

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「……ケモ、ケモっ」
「皆。ここで網を張る」
「おっけ~オケオケ~、そ~ね~、罠用に桶を持ってくれば良かったわね~」
「ほれ、もーすぐ来んから、静かにしてろって」

 コルクスの言葉で全員、息を潜める。
 六つ音と半分ほど。
 換金所の奥の、手入れの行き届いていない荒れた雑木林。
 団の五人と二体ケモとシロップで待ち伏せ。
 僕たちにはわからないので、今回はケモの鼻が頼りだ。

「ちっ、どこ行きやがった!」
「ほんと何者だよっ、また見失ったぞ!?」

 追い立てられる獲物。
 上手く逃げているようだが、確実に追い詰めている。
 多勢に無勢。
 近付いてくる、足音。

「ケモ~、ケモっ!」

 ケモの合図で、僕たちは一斉に飛び出した。
 寸分違わず、僕たちあみの中にえものが入り込む。
 僕は止めを刺すべく、「初殺」をーー。

「ええっ、駄目だってライル!? 気持ちはわかるけど『初殺』じゃ殺しちゃうから、ねっ!?」

 残念ながら、ホーエルに止められてしまった。
 仮に放ったとしても、獲物ファタなら避けそうなものだが、万一ということもある。

「首謀者は、あなたたちでしたか」
「私たち、ではあるが、正確には。ライルが依頼主で、私たちも一応、雇われたということになっている」

 エルムスが説明すると、諦めて両手を上げるファタ。
 そこへ、複数の足音が近付いてくる。

「皆、助かった。これで『雷守捕獲』の依頼は達成だ。あとで組合ギルドを通して報酬を渡す」
「しっかし、話にゃ聞いてたが、ギザマル以上かよ」
「捕獲したら報酬は倍だ。本気でやったのに……、遣り手の冒険者だったというのは本当のようだな」

 竜地の雷竜で、リシェがナードと闘ったときに居た、大男だんちょうと団員たちが遣って来る。
 彼らだけでなく、四つの団を雇った。
 さすがに過剰かと思ったが、ケモが居なければ逃げられていたかもしれないから、逆に、予測を誤った、とも言える。

「次はないと思うが、あったときは、また頼む。それと、他の団にも依頼が達成されたことを伝えてくれ」
「了解。次があることを願っている。魔物の追跡の訓練には丁度良いからな」
「ケモ……、ケモっ」
「っ……」

 ケモもお礼をしたかったのか、僕の後ろから出てきて、勢いよく頭を下げた。
 その瞬間、二人の団員の、目の色が変わった。

「な…撫でてぇ、あのっふわんふわんな毛並みっ! 撫で撫でてぇんだがっ、駄目か!?」
「今は駄目。いずれ人に慣れたときは、教える」
「こっちの、輪っかのような使い魔も、駄目なのか?」
「シロップは繊細なだから。今は、女性限定」
「……くっ」
「くぅ~、シロップ~、さ~いこ~」

 シロップに頬擦りをして、殊更に見せびらかすあおるワーシュ。
 歯軋りをして、悔しがる団員。
 残りの団員たちの目にも、魔物に対する嫌悪や憎悪といった悪感情はなく、親しみが感じられる。
 ケモちゃんが嫌われるわけないじゃない!
 竜も振り返る、自信満々のワーシュの言葉は正しかった。
 そう、間違っていたことにさせるわけにはいかない。
 リシェがどんな噂を流したのかわからないが、今のところ上手くいっているようだ。
 気は乗らないが、手紙のことも含めて、リシェに会う必要がある。

「……しかし、どうしてこのような依頼が受理されたのでしょうか」
「職員たちから、『自分たちも参加したい』と言われたが、それは断った。残念ながら僕の手持ちでは、彼らまで雇えなかった」

 団員たちが離れていくのと入れ替わりに、ナードが遣って来る。
 ナードは「雷守捕獲」に参加していなかったが、その表情はーー。

「皆、ファタを連れて、『雷鳴』まで先に行ってくれ」
「え~と、シロップ~、お~ねが~い」

 シロップの魅力に骨抜きなワーシュが頼むと、シロップは白い糸のようなものを口ーーがどこにあるかわからないが、先端から吐き出した。
 或いは、糸を吐き出したのは尻かもしれないが、深く考えないほうがいいだろう。
 糸、というより紐は、生き物のように動いて、ファタを捕縛した。

「弾力はありますが、伸びません。魔力でも駄目なようですね。恐らく、剣でも生半なまなかでは切断できないでしょう」
「シロップったら、こんなことも出来るのね! くぅ~、こーなったらもう、シロップと結婚するしかないわ!」

 糸を吐けることを知らずに、シロップを嗾けたらしい。
 シロップが常識虫だったから良かったものの、ホーエルと一緒に、あとで言い聞かせる必要があるようだ。
 だが、先ずは、世話になったナードのことからだ。
 二人と一獣になったので、問い掛けようとしたところ。
 ナードのほうが先に口を開いた。

「大したことではないのだが、どうしたら良いのかわからないので、少しーー、相談に乗ってくれると助かる」

 随分と持って回った言い方だが、困っているのは確かなようだ。
 大したことない、と言っているが、ナードにとっては忽せに出来ない事柄。

「ナードには世話になった。話を聞くし、出来ることはする。だから、なるべく詳しく話して欲しい」
「うっ……、いや、本当に大したことではない。……今、俺のことが冒険者の間で、少し噂になっているんだが……」

 言葉を継いでいくごとに、背中が丸まっていく。
 ここはかさないほうが良さそうだ。
 話し易いように、誘導するとしよう。

「ナードは迷宮で、最も深くまで潜っている冒険者だ。冒険者から噂されるのは仕方がない」
「……いや、そのことではない」
「そうなると、もしかして三人娘のことで何かあったのか?」

 ナードは面倒見がいい。
 そして、魔法使いを連れている団は殆どない。
 そうした矛先や軋轢が、三人娘に向かっているのかもしれない。

「いや、その、な……、どうも、魔法使いの娘を三人も同行させていることで、俺が……、そういう趣味の持ち主ではないかと、……疑われているようなんだ」
「……理解するまで、少しだけ待ってくれ」

 先ずは一呼吸。
 足りないので、もう一回。
 大凡理解したので、尋ねることにする。

「先ず聞くが、ナードにはそういう趣味はあるのか?」
「ない。断じてない。俺は周期が上の女性が好みだ」
「そうか。わかった。なら、答えは一つだ。リシェに頼めばいい。すぐに解決してくれるだろう」
「ぅぐ、侍従長に頼むのは……」

 戦士として、リシェには弱みを見せたくないらしい。
 となると、次善の策でいくしかない。

「僕は噂を流したり、情報を操作したりといったことをしたことがない。だが、ナードが望むのなら、失敗しても許してくれるのなら、やってみてもいい」
「それは是非にもお願いしたいところだが、ーーどうするんだ?」
「今、皆が想像の、竜の翼を羽搏かせているのは、ナードと三人娘に接点が見当たらないからだ。だから、こちらからその接点を作ってしまえばいい」
「接点?」
「例えば、こんな感じだ。三人娘の父親の一人と、ナードは知り合いーー知人だ。そこで、三人娘が迷宮に挑むことになったが、子供たちだけでは危険だし、不安。出来れば信頼の置ける冒険者に預けたい。そこでナードに風竜の息吹、白羽の矢が立った。ナードは知人の頼みを快く引き受け、大事な娘さんたちを守ろうと奮闘している」

 乾燥した大地で雨を浴びた植物のように、ナードの背中が伸びて、明るい表情になった。

「コルクスにも協力してもらって、ファタと話したあとに、さっそく噂を流すとしよう。ナードは、面倒見の良さを醸しながら肯定し、もし知人が誰か突っ込んで聞いてくる者がいたら、纏め役ーーマホマールの名を出せばいい。そういった『権威』を出しておけば、納得する者も多い」
「……なるほど。助かる」
「構わない。申し訳ないが、ケモのことでの、練習にもなる。ーーと、そうだった。ナードは、この先もしばらくは三人娘と迷宮に挑むのか?」
「ああ、今回は、二巡りの許可を取ってあると言っていた。また明日から、迷宮に潜ることになる」

 どうやら話に聞いていた通り。
 マホフーフを始めとした三人娘は、認定試験を受けないようだ。

「何かあるのなら、手伝うのもやぶさかではない」
「それはありがたい。何かあったら、頼む。ーー竜の国に来てから色々あったから、僕たちは今日から三日間、休養日にすることにした。その間に僕は、ファタ以外にも会わなければならない人物がいる。もしリシェに会ったら、僕が捜していたと伝えてくれ」
「わかった」
「ケモ」

 ケモは、隠れていた僕の後ろから顔を出して、小さく手を振った。
 僕と一緒にいる為に、何が必要かを知っているケモ。
 ケモの心が一歩、先に進むと、不思議と僕の心にも温かさが宿る。
 厳めしい割りに、笑顔が似合うナードは、ケモと同じように小さく手を振ると、足取りも軽く去っていった。

「ケモっ」
「ケモが付いてきてくれるのなら、心強い。さて、先ずはファタからだ。ファタが魔法や魔力で良からぬことをしようとしたら、教えて欲しい」
「ケモっ!」

 ぎゅっと僕の服を握るケモ。
 まだ早いかもしれない。
 でも、僕はケモの勇気を信じる。

「ケモ……」

 差し出した手の、小指の先を。
 繋がっているから。
 偽りのない、僕の想いをケモに。

「行こうか」
「ケモ」

 初恋。
 そんな言葉が浮かんできたが、悪くない気分だった。
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