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来訪者
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「ケモっ、ケモっ、ケモケモケモっ」
完全な闇ではない。
夜明け前だろうか。
動かそうとすると、体が重い。
もしかしたら、寝ていたのは一日ではないのかもしれない。
「ケモっ、ケモっ、ケモケモケモっ」
竜にも角にも、上半身を持ち上げて、ベッドの上で胡坐を掻く。
どうやら、準備舞踊は終わったようだ。
普段の、怯えた仔猫のような顔が、きゅっと引き締まる。
「ケモモ~ケモモ~ケモケモモ~、ケモモ~ケモモ~ケモケモモ~」
左右に動きつつ、右腕と左腕が逆方向にグルグル。
複数の動きと、同調しない両腕の動き。
練習しないと無理ーーと思っていたら、そこに更に回転が加わった。
「ケモモ~ケモモ~ケモケモモ~、ケモケモケモケモ~ケモケモモ~」
片足を上げて、手は自身を抱き締める。
足を入れ替えつつ、両手を広げたままクル~リ。
最後にピタッと止まって、炎竜を表現。
「ケモ。凄く良かった」
「ケモ……」
僕が拍手をすると、恥ずかしかったようで慌てて走ってきて、僕の背中の後ろに隠れた。
もっと褒めてあげたいが、言葉として伝えるのはこれくらいでいいようだ。
不思議と、ケモと繋がっている所為か、これまで感じたことがない安心感のようなものがじんわりと広がっていく。
ケモに触れたいが、時期尚早。
遥かな時間、紡がれてきた透明。
ケモの心が解れるまで、お互いの色彩に染まるまで、じっくり待つとしよう。
「ケモ」
「ケモが言っている。みーの指導のお陰らしい」
「えっへんっ!」
師範として、弟子の舞踊を目から炎が出るほど熱心に見ていたみーは、腰に手を当てて大威張竜。
踏ん反り返り過ぎて後ろに倒れるが、魔法を使ったのか、そのままの恰好で元の場所まで起き上がってくる。
ふと、気になって振り返ってみると。
薄い、淡炎の幕のようなものが垂れ下がっていた。
触れたら破れそうな炎幕の向こう側では、コルクスとエルムス、ホーエルが眠っていた。
そして、ホーエルの鼾は聞こえてこない。
「遮音結界?」
「おーう、りゅーのおみみもあんみんちゅー。しゃだんっだんだんっ、しゃしゃんっしゃんだだんっんーだ、なのだー!」
弟子に負けじと、謎舞踊を披露するみー。
通常は「結界」の基本である、対物結界から学ぶものだが、みーの性質に適ったものなのか応用から教えられているようだ。
「みーは、ワーシュに近付いても大丈夫になったようだけど、僕はまだ駄目?」
「ふーう、りゅーとあいしょーがだじゃくなのだー」
「惰弱?」
よくわからないが、僕と竜の相性はいまいちなようだ。
ただ、それと引き換えに得たものは、僕にとって宝物と言えるものだった。
「ケモ……」
「僕は竜よりケモのことが好きだから、ケモと繋がれて嬉しい」
「ケモ~」
顔を両手で隠して、プルプル震えるケモ。
仔炎竜に聞いて氷解するかわからないが、竜にも角にも尋ねてみよう。
「ケモとみーは仲良し?」
「ケモっ、ケモっ」
「あーう、ひーとにたよーなほっかほかなかんじなんだぞー」
永い間、ケモは北の洞窟の下に居た。
みーは、友達というより仲間のようなものらしい。
地下では竜を怖がっている節があったが、獣生経験が足りていない所為か、未熟な仔竜との相性は良いようだ。
ケモに「触れた」ときに知ったが、シロップやギル様との付き合いは、ここ五十周期と最近のことらしい。
恐らく二体とも、ケモの魔力に引き寄せられたのだろう。
「たーう、みーちゃんりゅーのみしゅーかく、しゅっぱつしんこーなのだー」
窓を開けて外に飛び出すと、コウの躾の成果なのだろうか、窓を閉めてから飛んでいった。
「雷爪の傷痕」から離れて「竜化」。
丁度、太陽が顔を出したようで、みーの尻尾が振られているのが見える。
ケモも手をフリフリしていた。
すると、まるでみーが飛び立つのを待っていたかのような時機で、ドアを叩く音が聞こえてくる。
「どうぞ」
こんな朝早くからの来訪者。
リシェならノックなどせずに入ってくるから、リシェではない。
だが、リシェの関係者である可能性は高い。
叩かれた場所は、扉の低い位置だった。
ユミファナトラが僕の容体をーーいや、そうだった、地竜はもうストーフグレフに帰っただろうから、ヴァレイスナかもしれない。
ヴァレイスナは、ケモのことを完全には理解出来ていないようだった。
僕がやるべきこと、ではなく、やりたいことの一つは、ケモと一緒にいること。
ヴァレイスナ、延いてはリシェの魔手から、ケモを守らなくてはならない。
「はじめまして、侍従のガルといいます」
起きしなの、鈍った頭に活を入れていると、「人化」した竜より少し背の高い少年が入ってきた。
眼光の鋭い、野性味のある少年。
やや荒んだ目付きには、疲労の成分が含まれていた。
「この時刻ということは、夜もすがら歩いてきたのか?」
「侍従長にいわれました。ここにきて、アーシュ殿とはなすようにいわれました。ばしゃではなくて、あるいていけといわれました。よるになって、合図があったら休憩するようにいわれました」
ガルは布袋から小さな球を取り出した。
ヴァレイスナの物である可能性が高いが、もしかしたら「侍従長の魔法具」かもしれない。
現地に着いてから制服に着替えたのか、汚れは見当たらない。
稚拙な話し振りだが、リシェの部下となれば、油断しないほうがいいだろう。
「暗くなって、なにもみえなくなると、合図がありました。つぎの合図があるまで、やすまないといけません。城外地で、闇にはなれてるつもりだったけど、ほんとうの闇のなかで、ひとりなのははじめてでした。こわく……はなかったけど、凄く、つめたい孤独のようなものをかんじました」
ガルの話に、自身の過去を思い出してしまったのか、ケモがそっと僕の背中から顔を出した。
リシェの薫陶を受けているのか、ケモを見てもまったく動じないガル。
「あたまが痺れて、心臓のおとがうるさかったです。昔のことを考えたり、いないまものに怯えたり、ふと、じぶんが誰だかおもいだせなくなったとき、みえなかったからだがみえているのにきづきました。合図があったので、あるきだしました。みる、とは違うなにかで、みていました」
「リシェの課題は、夜明けまでに『雷爪の傷痕』に到着すること?」
「はい。たいりょくてきには問題なかったけど、精神てきには、……すこし、たいへんでした。よあけまで待ってから、ノックしました。ーー侍従長の課題はふしぎです。でも、僕のちからになっていることがわかります。うまくいったとき、僕はいっぽいっぽ、確実にすすんでいます」
他にも話すことがあるようで、ガルは続けて口を開いた。
「噂をながす、というか、もうながしています」
「ケモたちの?」
「はい。僕は参加していないので、どういう噂をながしているのかしりません。でも、『しゅうまつの獣』のことは黙っていたほうがいいようなきもします」
「そこはたぶん、リシェは。嘘を吐かずに嘘を吐く、という碌でもないことをしていると思う」
「……どういうことですか?」
「ケモたちは、使い魔、ということになっているはず。冒険者で、魔法使いであるワーシュの使い魔。魔法使いの冒険者は珍しいから、通常より浸透が早い。こちらから先に情報を差し出し、且つこのあとに補強も行うのだろう。昨日から流布しているのなら、今日はもう出歩いても……」
「きのうからではなくて、おとといから噂をながしています」
「一昨日? ということは、僕は昨日、ずっと眠っていたというわけか」
「『しゅうまつの獣』と相対していきているのだから、侍従長並みのしぶとさです」
ーーリシェ並み。
それは嫌だな、と率直に思った。
心做し、僕を見るガルの視線に怯えが宿っていた。
竜にも角にも、リシェがガルを寄こした意図は那辺にあるのだろう。
本当に僕と話をしに来ただけの可能性もあるので、妄想のリシェを打擲して心を静める。
そんな有意義なことをしていると、ガルは荷物から封筒を取り出して手紙らしきものを読み始めた。
邪魔をせずに待っていると、読み終えたガルは封筒と手紙を僕に差し出してくる。
「侍従長にいわれました。よんでから渡して、感想をいうようにいわれました」
「そう。それで、どうだった?」
雰囲気からして、僕が読む前に所見を述べるようだったので、手紙をケモが見える位置に置いてから、ガルに向き直った。
「羨ましい、です」
「羨ましい?」
「僕はまだ、なにものでもないです。だから、羨ましいです。でも、最初はわからなかったけど、いまならわかります。侍従長とおなじくらいアーシュ殿がつよくないなら、やめたほうがいいです。僕は侍従長のつよさ……こわさがすこしだけ…わかってきました」
それでもガルは、リシェの許で学び続けるのだろう。
眼差しの強さは、秘めた想いの強さ。
今はリシェの顰に倣っているだけのようだが、そこでガルの心は育っていく。
僕は、竜が呆れるほど盛大に、溜め息を吐きたくなった。
いったいリシェは、僕に何を遣らせようとしているのか。
まったく関係のない手紙を寄越すほど、リシェも暇ではないだろう。
「今ここで、僕も読んだほうがいい?」
「わかりません。でも、心構えがひつようだとおもいます。ーー僕は、かえります」
帰るーーそう言える場所が、ガルにはあるようだ。
振り返らず、ガルは辞していく。
僕は、どうだろう。
クラスニールは、生まれ故郷は、僕が帰る場所だろうか。
今の僕にとっては。
場所、ではなく、人なのだろう。
ワーシュやコルクス、エルムスにホーエル。
そしてーー。
「……ケモ」
「ありがとう、ケモ。一緒に、ーー見付けよう」
「ケモっ!」
僕の夢に喜んでくれたのか、背中に顔を擦り付けてくるケモ。
ケモの存在を背中に感じながら、手紙を手に取る。
ガルが目を通してもいい内容。
それと、ガルが課題を達成出来ない可能性もあったのだから、そこまで急ぎのものでもないのだろう。
「ケモ……」
「心配してくれて、ありがとう。でも、竜にも獣にも、先ずは読んでみることにする」
ケモは文字が読めるようだ。
竜たちも問題なかったようだから、そういうものなのかもしれない。
ケモに聞いてみたいところだが、手紙を読み始めたところでーー断念。
ケモのこと、だけでなく、リャナやミャン、皆のことまで。
これから遣るべきことが幾つかあったが、増えるどころか質と量も変化してしまうかもしれない。
獣にも竜にも、僕はこの手紙を記したリシェの兄ーーを妄想。
成長したリシェのような男が、胡散臭げに笑っていた。
何故かはわからないが、非常に腹が立った。
きっと本物も、妄想とあまり変わりがないような気がしてならない。
憎たらしいニーウ・アルンの顔を、リシェにやったときの十倍の力で打擲したのだった。
完全な闇ではない。
夜明け前だろうか。
動かそうとすると、体が重い。
もしかしたら、寝ていたのは一日ではないのかもしれない。
「ケモっ、ケモっ、ケモケモケモっ」
竜にも角にも、上半身を持ち上げて、ベッドの上で胡坐を掻く。
どうやら、準備舞踊は終わったようだ。
普段の、怯えた仔猫のような顔が、きゅっと引き締まる。
「ケモモ~ケモモ~ケモケモモ~、ケモモ~ケモモ~ケモケモモ~」
左右に動きつつ、右腕と左腕が逆方向にグルグル。
複数の動きと、同調しない両腕の動き。
練習しないと無理ーーと思っていたら、そこに更に回転が加わった。
「ケモモ~ケモモ~ケモケモモ~、ケモケモケモケモ~ケモケモモ~」
片足を上げて、手は自身を抱き締める。
足を入れ替えつつ、両手を広げたままクル~リ。
最後にピタッと止まって、炎竜を表現。
「ケモ。凄く良かった」
「ケモ……」
僕が拍手をすると、恥ずかしかったようで慌てて走ってきて、僕の背中の後ろに隠れた。
もっと褒めてあげたいが、言葉として伝えるのはこれくらいでいいようだ。
不思議と、ケモと繋がっている所為か、これまで感じたことがない安心感のようなものがじんわりと広がっていく。
ケモに触れたいが、時期尚早。
遥かな時間、紡がれてきた透明。
ケモの心が解れるまで、お互いの色彩に染まるまで、じっくり待つとしよう。
「ケモ」
「ケモが言っている。みーの指導のお陰らしい」
「えっへんっ!」
師範として、弟子の舞踊を目から炎が出るほど熱心に見ていたみーは、腰に手を当てて大威張竜。
踏ん反り返り過ぎて後ろに倒れるが、魔法を使ったのか、そのままの恰好で元の場所まで起き上がってくる。
ふと、気になって振り返ってみると。
薄い、淡炎の幕のようなものが垂れ下がっていた。
触れたら破れそうな炎幕の向こう側では、コルクスとエルムス、ホーエルが眠っていた。
そして、ホーエルの鼾は聞こえてこない。
「遮音結界?」
「おーう、りゅーのおみみもあんみんちゅー。しゃだんっだんだんっ、しゃしゃんっしゃんだだんっんーだ、なのだー!」
弟子に負けじと、謎舞踊を披露するみー。
通常は「結界」の基本である、対物結界から学ぶものだが、みーの性質に適ったものなのか応用から教えられているようだ。
「みーは、ワーシュに近付いても大丈夫になったようだけど、僕はまだ駄目?」
「ふーう、りゅーとあいしょーがだじゃくなのだー」
「惰弱?」
よくわからないが、僕と竜の相性はいまいちなようだ。
ただ、それと引き換えに得たものは、僕にとって宝物と言えるものだった。
「ケモ……」
「僕は竜よりケモのことが好きだから、ケモと繋がれて嬉しい」
「ケモ~」
顔を両手で隠して、プルプル震えるケモ。
仔炎竜に聞いて氷解するかわからないが、竜にも角にも尋ねてみよう。
「ケモとみーは仲良し?」
「ケモっ、ケモっ」
「あーう、ひーとにたよーなほっかほかなかんじなんだぞー」
永い間、ケモは北の洞窟の下に居た。
みーは、友達というより仲間のようなものらしい。
地下では竜を怖がっている節があったが、獣生経験が足りていない所為か、未熟な仔竜との相性は良いようだ。
ケモに「触れた」ときに知ったが、シロップやギル様との付き合いは、ここ五十周期と最近のことらしい。
恐らく二体とも、ケモの魔力に引き寄せられたのだろう。
「たーう、みーちゃんりゅーのみしゅーかく、しゅっぱつしんこーなのだー」
窓を開けて外に飛び出すと、コウの躾の成果なのだろうか、窓を閉めてから飛んでいった。
「雷爪の傷痕」から離れて「竜化」。
丁度、太陽が顔を出したようで、みーの尻尾が振られているのが見える。
ケモも手をフリフリしていた。
すると、まるでみーが飛び立つのを待っていたかのような時機で、ドアを叩く音が聞こえてくる。
「どうぞ」
こんな朝早くからの来訪者。
リシェならノックなどせずに入ってくるから、リシェではない。
だが、リシェの関係者である可能性は高い。
叩かれた場所は、扉の低い位置だった。
ユミファナトラが僕の容体をーーいや、そうだった、地竜はもうストーフグレフに帰っただろうから、ヴァレイスナかもしれない。
ヴァレイスナは、ケモのことを完全には理解出来ていないようだった。
僕がやるべきこと、ではなく、やりたいことの一つは、ケモと一緒にいること。
ヴァレイスナ、延いてはリシェの魔手から、ケモを守らなくてはならない。
「はじめまして、侍従のガルといいます」
起きしなの、鈍った頭に活を入れていると、「人化」した竜より少し背の高い少年が入ってきた。
眼光の鋭い、野性味のある少年。
やや荒んだ目付きには、疲労の成分が含まれていた。
「この時刻ということは、夜もすがら歩いてきたのか?」
「侍従長にいわれました。ここにきて、アーシュ殿とはなすようにいわれました。ばしゃではなくて、あるいていけといわれました。よるになって、合図があったら休憩するようにいわれました」
ガルは布袋から小さな球を取り出した。
ヴァレイスナの物である可能性が高いが、もしかしたら「侍従長の魔法具」かもしれない。
現地に着いてから制服に着替えたのか、汚れは見当たらない。
稚拙な話し振りだが、リシェの部下となれば、油断しないほうがいいだろう。
「暗くなって、なにもみえなくなると、合図がありました。つぎの合図があるまで、やすまないといけません。城外地で、闇にはなれてるつもりだったけど、ほんとうの闇のなかで、ひとりなのははじめてでした。こわく……はなかったけど、凄く、つめたい孤独のようなものをかんじました」
ガルの話に、自身の過去を思い出してしまったのか、ケモがそっと僕の背中から顔を出した。
リシェの薫陶を受けているのか、ケモを見てもまったく動じないガル。
「あたまが痺れて、心臓のおとがうるさかったです。昔のことを考えたり、いないまものに怯えたり、ふと、じぶんが誰だかおもいだせなくなったとき、みえなかったからだがみえているのにきづきました。合図があったので、あるきだしました。みる、とは違うなにかで、みていました」
「リシェの課題は、夜明けまでに『雷爪の傷痕』に到着すること?」
「はい。たいりょくてきには問題なかったけど、精神てきには、……すこし、たいへんでした。よあけまで待ってから、ノックしました。ーー侍従長の課題はふしぎです。でも、僕のちからになっていることがわかります。うまくいったとき、僕はいっぽいっぽ、確実にすすんでいます」
他にも話すことがあるようで、ガルは続けて口を開いた。
「噂をながす、というか、もうながしています」
「ケモたちの?」
「はい。僕は参加していないので、どういう噂をながしているのかしりません。でも、『しゅうまつの獣』のことは黙っていたほうがいいようなきもします」
「そこはたぶん、リシェは。嘘を吐かずに嘘を吐く、という碌でもないことをしていると思う」
「……どういうことですか?」
「ケモたちは、使い魔、ということになっているはず。冒険者で、魔法使いであるワーシュの使い魔。魔法使いの冒険者は珍しいから、通常より浸透が早い。こちらから先に情報を差し出し、且つこのあとに補強も行うのだろう。昨日から流布しているのなら、今日はもう出歩いても……」
「きのうからではなくて、おとといから噂をながしています」
「一昨日? ということは、僕は昨日、ずっと眠っていたというわけか」
「『しゅうまつの獣』と相対していきているのだから、侍従長並みのしぶとさです」
ーーリシェ並み。
それは嫌だな、と率直に思った。
心做し、僕を見るガルの視線に怯えが宿っていた。
竜にも角にも、リシェがガルを寄こした意図は那辺にあるのだろう。
本当に僕と話をしに来ただけの可能性もあるので、妄想のリシェを打擲して心を静める。
そんな有意義なことをしていると、ガルは荷物から封筒を取り出して手紙らしきものを読み始めた。
邪魔をせずに待っていると、読み終えたガルは封筒と手紙を僕に差し出してくる。
「侍従長にいわれました。よんでから渡して、感想をいうようにいわれました」
「そう。それで、どうだった?」
雰囲気からして、僕が読む前に所見を述べるようだったので、手紙をケモが見える位置に置いてから、ガルに向き直った。
「羨ましい、です」
「羨ましい?」
「僕はまだ、なにものでもないです。だから、羨ましいです。でも、最初はわからなかったけど、いまならわかります。侍従長とおなじくらいアーシュ殿がつよくないなら、やめたほうがいいです。僕は侍従長のつよさ……こわさがすこしだけ…わかってきました」
それでもガルは、リシェの許で学び続けるのだろう。
眼差しの強さは、秘めた想いの強さ。
今はリシェの顰に倣っているだけのようだが、そこでガルの心は育っていく。
僕は、竜が呆れるほど盛大に、溜め息を吐きたくなった。
いったいリシェは、僕に何を遣らせようとしているのか。
まったく関係のない手紙を寄越すほど、リシェも暇ではないだろう。
「今ここで、僕も読んだほうがいい?」
「わかりません。でも、心構えがひつようだとおもいます。ーー僕は、かえります」
帰るーーそう言える場所が、ガルにはあるようだ。
振り返らず、ガルは辞していく。
僕は、どうだろう。
クラスニールは、生まれ故郷は、僕が帰る場所だろうか。
今の僕にとっては。
場所、ではなく、人なのだろう。
ワーシュやコルクス、エルムスにホーエル。
そしてーー。
「……ケモ」
「ありがとう、ケモ。一緒に、ーー見付けよう」
「ケモっ!」
僕の夢に喜んでくれたのか、背中に顔を擦り付けてくるケモ。
ケモの存在を背中に感じながら、手紙を手に取る。
ガルが目を通してもいい内容。
それと、ガルが課題を達成出来ない可能性もあったのだから、そこまで急ぎのものでもないのだろう。
「ケモ……」
「心配してくれて、ありがとう。でも、竜にも獣にも、先ずは読んでみることにする」
ケモは文字が読めるようだ。
竜たちも問題なかったようだから、そういうものなのかもしれない。
ケモに聞いてみたいところだが、手紙を読み始めたところでーー断念。
ケモのこと、だけでなく、リャナやミャン、皆のことまで。
これから遣るべきことが幾つかあったが、増えるどころか質と量も変化してしまうかもしれない。
獣にも竜にも、僕はこの手紙を記したリシェの兄ーーを妄想。
成長したリシェのような男が、胡散臭げに笑っていた。
何故かはわからないが、非常に腹が立った。
きっと本物も、妄想とあまり変わりがないような気がしてならない。
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