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炎の凪唄
ベルニナ・ユル・ビュジエ 7
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「上手くいったわね」
豚鬼の死体と、足跡。
それだけで、簡単に引っ掛かってくれた。
「っ!?」
油断していたわけじゃないけれど、作戦が成功したことによる安堵が、反応を鈍らせた。
風に因らない、小さな、葉擦れの音。
「……兎?」
……兎だった。
野生の兎のはずなのに、ふあふあなーー。
ーー美味しそう。
「いえいえっ、違うわっ! そんなのっ、駄目よ!!」
発想が、完全に獣になっているわ!
そうよ!
駄目なのっ、あたし!
兎は可愛いのよっ、兎は可愛いのよっ、それからネーラさんはっ、ふあふあなのよ!!
頑張れっ、あたし!
人種としての心をっ、取り戻すのよ!!
「……あれ? 何で逃げないのかしら」
つぶらな目で、あたしを見詰めている。
これまで、人種を見たことがないから、敵と思っていないのかしら?
「ネーラさんに、似ているわね。小さなネーラさんで、『コネーラ』ーーなんてどうかしら?」
微笑みかけると、何故か、ぴょんぴょんと近づいてくる。
駄目!
そこには罠があるの!
「っ!」
蔦を切って、罠を作動させる。
幸い、コネーラがやってくる直前で、獣用の罠である輪っかが跳ね上がって、驚いたふあふあは、逃げていってしまった。
「……コネーラちゃん、ありがとう。撫でられなかったのは、残念だけれど、ーー人としての心を、取り戻せたみたい」
ここ二、三日のあたしは、どうかしていた。
適応、というものなのかもしれないけれど、タガが外れていたような気がする。
オークの集落には、女と子供と老人しか残っていない。
コネーラとの出逢いがなければ、予定通り、オークの子供を人質にして、通り抜けていた。
今朝、集落を偵察に行ったとき、オークたちが、何よりも子供を大切にしているのを見て、当然のように、発案してしまった。
「今の、あたしなら、人質なんて要らないわ」
上手くすれば、真っ直ぐに抜けられる。
仮に見つかったとしても、山に通じる道は、確認できている。
「ーーーー」
一匹、のようね。
オークの襲撃から逃げてきた、小鬼かしら?
拠点にしていた高台から出て、岩場に向かう。
不用心に姿を現したところをーー。
「えっ?」
短剣を首に刺す直前に、あたしは、剣を止めることができた。
それが正しかったのかどうかは、わからない。
ただ、確かなことは、反応が一瞬、遅れてしまったということ。
反撃で、荷物が切られて、中身が地面に散らばる。
「人種ーーの女か?」
男の後ろ、岩場の向こうに、たくさんの男たちがいるのが見える。
男たちの風体。
冒険者である確率が高いけれど。
あたしは、自身の直感に従った。
「おいっ、待て!」
待てと言われて、待つ馬鹿はいない。
あたしは、長剣で切られた荷物を抱えて、走り出す。
幾つか落ちてしまったけれど、確認はあと。
「なっ!」
三十半ばくらいの、髭面の男が驚いて、足を止める。
彼は、確実に、あたしよりも強く、体力もある。
あたしに有利な点は、一つだけ。
土地勘。
最大限に活用して、一気に振り切る。
ーーこのままオークの集落を抜けたいけれど。
「駄目ね。体力が持たないわ」
直ぐには、追ってこないことを願って、樹の後ろに隠れる。
「ゴブリンが、オークの領域に侵入したのは、彼らが原因だったのね」
一瞬だったけれど、二十人くらいは、いたと思う。
真面な、剣と鎧。
何より、雰囲気。
オークなんて、相手にならない。
剣を止めて、正解だった。
もし殺していたら、彼らは、執拗にあたしを追って来ていたはず。
予定外の事態。
ーーでも、切り抜けられた。
男たちが何者かなんて、どうでもいい。
集落を抜ければ、もう、彼らと接触することもない。
「ふぅ~」
一息ついて、気持ちを切り替える。
ーー不思議、というのとも違うのかしら。
魔物を、命を奪ってきたというのに、人種を殺さなくて良かったと思っている。
同族だから?
じゃあ、獣種なら、どう?
「ーー止めましょう」
何故だか、わからない。
でも、ここら辺のことは、曖昧にしておいたほうがいいような気がした。
荷物の、破れた箇所に木を当てて、蔦ーーではなく、ロープで補強する。
「そうね。植物にも感謝しないと。これまで、あたしの都合で使いまくってしまって、ごめんなさい。それから、ありがとう」
意味はないけれど。
持っていた蔦を、そっと地面に置いた。
「風の女神。あたしに力を貸してちょうだい」
そういえば、神様に祈るのも、久し振り。
何だか、おかしくなって。
一度、笑ってから、ーー体に、熱が宿るのを感じる。
背中が、焼けるように、熱い。
この熱が、炎が、あたしを導いてくれる。
ーー誰にも、邪魔なんて、させない。
「ーーっ!」
集落の、人気が途絶えた瞬間に、あたしは駆け出したのだった。
豚鬼の死体と、足跡。
それだけで、簡単に引っ掛かってくれた。
「っ!?」
油断していたわけじゃないけれど、作戦が成功したことによる安堵が、反応を鈍らせた。
風に因らない、小さな、葉擦れの音。
「……兎?」
……兎だった。
野生の兎のはずなのに、ふあふあなーー。
ーー美味しそう。
「いえいえっ、違うわっ! そんなのっ、駄目よ!!」
発想が、完全に獣になっているわ!
そうよ!
駄目なのっ、あたし!
兎は可愛いのよっ、兎は可愛いのよっ、それからネーラさんはっ、ふあふあなのよ!!
頑張れっ、あたし!
人種としての心をっ、取り戻すのよ!!
「……あれ? 何で逃げないのかしら」
つぶらな目で、あたしを見詰めている。
これまで、人種を見たことがないから、敵と思っていないのかしら?
「ネーラさんに、似ているわね。小さなネーラさんで、『コネーラ』ーーなんてどうかしら?」
微笑みかけると、何故か、ぴょんぴょんと近づいてくる。
駄目!
そこには罠があるの!
「っ!」
蔦を切って、罠を作動させる。
幸い、コネーラがやってくる直前で、獣用の罠である輪っかが跳ね上がって、驚いたふあふあは、逃げていってしまった。
「……コネーラちゃん、ありがとう。撫でられなかったのは、残念だけれど、ーー人としての心を、取り戻せたみたい」
ここ二、三日のあたしは、どうかしていた。
適応、というものなのかもしれないけれど、タガが外れていたような気がする。
オークの集落には、女と子供と老人しか残っていない。
コネーラとの出逢いがなければ、予定通り、オークの子供を人質にして、通り抜けていた。
今朝、集落を偵察に行ったとき、オークたちが、何よりも子供を大切にしているのを見て、当然のように、発案してしまった。
「今の、あたしなら、人質なんて要らないわ」
上手くすれば、真っ直ぐに抜けられる。
仮に見つかったとしても、山に通じる道は、確認できている。
「ーーーー」
一匹、のようね。
オークの襲撃から逃げてきた、小鬼かしら?
拠点にしていた高台から出て、岩場に向かう。
不用心に姿を現したところをーー。
「えっ?」
短剣を首に刺す直前に、あたしは、剣を止めることができた。
それが正しかったのかどうかは、わからない。
ただ、確かなことは、反応が一瞬、遅れてしまったということ。
反撃で、荷物が切られて、中身が地面に散らばる。
「人種ーーの女か?」
男の後ろ、岩場の向こうに、たくさんの男たちがいるのが見える。
男たちの風体。
冒険者である確率が高いけれど。
あたしは、自身の直感に従った。
「おいっ、待て!」
待てと言われて、待つ馬鹿はいない。
あたしは、長剣で切られた荷物を抱えて、走り出す。
幾つか落ちてしまったけれど、確認はあと。
「なっ!」
三十半ばくらいの、髭面の男が驚いて、足を止める。
彼は、確実に、あたしよりも強く、体力もある。
あたしに有利な点は、一つだけ。
土地勘。
最大限に活用して、一気に振り切る。
ーーこのままオークの集落を抜けたいけれど。
「駄目ね。体力が持たないわ」
直ぐには、追ってこないことを願って、樹の後ろに隠れる。
「ゴブリンが、オークの領域に侵入したのは、彼らが原因だったのね」
一瞬だったけれど、二十人くらいは、いたと思う。
真面な、剣と鎧。
何より、雰囲気。
オークなんて、相手にならない。
剣を止めて、正解だった。
もし殺していたら、彼らは、執拗にあたしを追って来ていたはず。
予定外の事態。
ーーでも、切り抜けられた。
男たちが何者かなんて、どうでもいい。
集落を抜ければ、もう、彼らと接触することもない。
「ふぅ~」
一息ついて、気持ちを切り替える。
ーー不思議、というのとも違うのかしら。
魔物を、命を奪ってきたというのに、人種を殺さなくて良かったと思っている。
同族だから?
じゃあ、獣種なら、どう?
「ーー止めましょう」
何故だか、わからない。
でも、ここら辺のことは、曖昧にしておいたほうがいいような気がした。
荷物の、破れた箇所に木を当てて、蔦ーーではなく、ロープで補強する。
「そうね。植物にも感謝しないと。これまで、あたしの都合で使いまくってしまって、ごめんなさい。それから、ありがとう」
意味はないけれど。
持っていた蔦を、そっと地面に置いた。
「風の女神。あたしに力を貸してちょうだい」
そういえば、神様に祈るのも、久し振り。
何だか、おかしくなって。
一度、笑ってから、ーー体に、熱が宿るのを感じる。
背中が、焼けるように、熱い。
この熱が、炎が、あたしを導いてくれる。
ーー誰にも、邪魔なんて、させない。
「ーーっ!」
集落の、人気が途絶えた瞬間に、あたしは駆け出したのだった。
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