竜の庵の聖語使い

風結

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三竜と魔獣

空と森  暗竜マースグリナダの巣穴

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「まさか、命懸けで体得させられる破目になるとは思わなかったかの」
「ふふっ、マルっころが落ちる際、『結界』を解いてあげた甲斐があったというものね」

 アリスの竜頭に「飛翔」で戻ってきたマルは、イオリを吐きだしてから「縮小化」しました。
 唾液で濡れているかと思いましたが、服は汚れていなかったので、ティノは「浄化」を使わずイオリを抱き締めました。
 もうすぐ到着なので、「イオリ袋」ではなく、アリスの角とティノの体で挟んで動けないようにしておくようです。

「おっち~、おっち~、おうちに、おっち~」
「あ、そうそう、思いだしたわ。以前見た魔獣は、足の裏に魔力を発生させて空中を走っていたわよ。そちらのほうが簡単みたいね」
「……先に言うかの」

 態とらしいアリスの言葉。
 こころみに魔力を足の裏に発生させてみると、あっさりとマルは空中を歩くことができました。

 やはり、竜とは信用してはならない種族のようです。
 マルの表情は穏やかなままでしたが。
 マルは、いつか復讐してやることに決めました。

 学園に着いてからしばらくは。
 撫でさせてあげない。
 一つ目の「復讐」はこんなところでしょうか。
 マルは心の中で、陰湿な笑みを浮かべました。

「魔力を足に? ……できません」

 ティノも角につかまりながら試してみましたが、体に纏った魔力が波打っただけでした。

「竜や魔獣は、魔力寄りの生命なのよ。そうでない人種では、緻密な魔力操作の技術が必要になるわ。ティノには向いていないから、私が言ったように、先ずはどのような状態でも魔力を纏えるようになりなさい。そうすれば、なるから」
「……はい」

 ティノは切実さを孕んだ表情で頷きました。
 今後もアリスと係わってゆくのであれば、無駄死にしない為に、それこそ「命懸け」で鍛錬したほうが良さそうです。

「ぺった~ん、ぺった~ん、ぽんぽこ、ぺった~ん」
「え……?」
「あら、イオリもできたみたいね。使い道は間違っているけれど」

 イオリは魔力を手から放ち、空中を叩いて音を立てていました。
 出鱈目な音に合わせ、陽気に歌い始めます。
 ティノが本格的に凹んでしまう前に、マルはアリスに問いかけました。

「これからのことじゃが。わしはマースグリナダとうても大丈夫なのかの。暗竜とまみえたことがないゆえ詳しくは知らんが、他の竜とは性質が異なると聞いておる」
「ーーそうね。暗竜の魔力がマルっころに差し響きがないかどうか、私でもわからないわ。あとで拾ってあげるから、湖で待っていてちょうだい」
「そうするかの。ーーティノ。魔竜王に悪い噂は聞かんが、相手は竜じゃろう。あまり、『』はせんようにな」
「あ、はい」

 アリスの手前、マルは注意喚起に留めました。
 イオリ、そしてアリスと係わったことで、ティノは安易に考えすぎています。

 人種と係わり続け、配慮してくれる竜。
 イオリやアリスが特別なのです。
 竜とは本来、そのように易い存在ではありません。

 暗竜とは相性が悪いのでしょうか。
 嫌な気配を感じ取ったので、マルは降下し始めたアリスの竜頭から離れました。
 湖に向かい、空中を走ってゆきます。

 そんなマルの懸念を、ティノはまったく理解していませんでした。
 それも当然と言えば当然。
 到頭、このときがやってきたのです。
 マースグリナダから魔力を返してもらえば。

 ーー「人生の目標」。
 それが達成されるのです。
 暗竜の巣穴に到着するとあって、ティノは強く自覚しました。
 その瞬間、恐怖など吹き飛んでしまいます。

 イオリを抱き締めたまま立ち上がって、アリスの真ん中の角まで歩いてゆきます。
 興奮、とも違うようです。
 居ても立っても居られない、それでいて、少しとしているような。
 まだ頭が、現実のことであると理解してくれていないのかもしれません。

 冷たいような熱いような、そんな心地のまま、ティノは竜頭を下げてくれたアリスから降りました。
 少し、「庵」のある場所と似ているでしょうか。
 山と森の境目。
 そこに、洞窟の入り口がぽっかりと開いていました。

 二、三度、落ち着かないように体を左右に揺らしたアリスは。
 「人化」してから周囲をキョロキョロ。
 不審者、丸だしです。

「ティ~ノ~、ひっひ~が~、くっすくすな~、ぼ~ぼ~、ボロボロ~?」
「イオリは、マースグリナダ様と会ったことはあるの?」
「おー? ない~、ような~?」

 イオリがアリスを刺激するようなことを言いそうだったので、話を別の方向に誘導します。
 イオリを抱き締めたままでは無作法になるかもしれないので、地面に降ろしてから手をつなぎました。

 ティノは、アリスを一瞥。
 挙動不審。
 氷竜が指を差し、大笑いしてしまうでしょう。

 どうも、アリスは役に立ちそうにありません。
 緊張しているのか、イオリの言葉も聞こえていないようです。

 アリスの「お願い」のことも含め、自分で魔竜王と交渉したほうが良さそうです。
 心臓の鼓動を抑えるのは無理と諦め、ティノは覚悟を決めました。

「え?」
「きったぞ~、きったよ~、きったかもよ~。おっひる~は、おっよる~で、よってきや~」

 イオリの楽し気な歌を聞きながら、ティノは空を見上げました。
 歌の歌詞の通りに、「お昼」が「お夜」になっていました。
 いえ、目が順応していないので真っ暗になったかと思いましたが、夜ではないようです。
 空に雲や星はなく、ただただ、吸い込まれそうな闇があるだけ。

 「暗い」、ではなく、「くらい」でしょうか。
 陽が沈んだあとの、周囲が確認できる明るさ。
 真っ暗である「くらい」状態にしないのは、恐らくマースグリナダの配慮なのでしょう。

「だ! 我はマースグリナダだ!」
「え……?」
「おー! イオリはイオリだ!」

 ティノは、不意を衝かれました。
 視線を空ーー「結界」から正面に戻すと、そこには誰も居ませんでした。
 暗竜だけあって、闇に同化して姿が見えないのでしょうか。

 すると、イオリが手を引いてきました。
 自然な流れで、ティノはイオリを見ようとして。
 視界に入りました。

「……アリスさん。どうしてマースグリナダ様は、んですか?」
「なぜって、何を言っているのよ。人種や亜人とあまり係わったことのない古竜は、大抵そんな感じよ」

 初耳です。
 「王様」と聞いていたので、さぞかし威厳のある竜が現れるのかと思いきや。
 イオリと同じ、「人化」した子供でした。
 いえ、子供というのは。
 姿が幼く見えるだけで、周期はずっと上のはずです。

「だ? 聞こえなかっただ? 我はマースグリナダだ!」
「お? 聞こえた~、イオリはイオリだ!」

 肌は、「くらい」というか、まるでそこに穴でも空いているかのような不思議な黒さ。
 瞳は純白。
 強膜ーー目の表面の白い部分が、逆に黒くなっています。
 同じく純白の、腰まで届く長い髪。
 少女が着るような、真っ白なワンピース。

 アリスとは違った意味で、ティノは魅入ってしまいました。
 それがいけなかったのでしょうか。
 或いは、それが功を奏したのか、ティノは。
 マースグリナダの背格好がイオリとおんなじだったので、イオリと話すように普段通りに話しかけてしまいました。

「マースグリナダ様。こちら、イオリです」
「おー! イオリだ!」
「だ! 聞いただ!」

 ティノはしゃがんで、イオリを後ろから抱き締めました。
 見様によっては、とっておきの宝物を自慢しているようにも見えます。

「マースグリナダ様の名前の『ダ』と、語尾の『だ』が重なって紛らわしいので、ーー『スグリ』と呼んでいいですか?」
「だ? 『スグリ』ーーだ? スグリ! スグリはスグリだ!」
「あ、そうだった、僕はラン・ティノです」
「ティ~ノ~、ティ~ノ~、ティノティノティ~ノ~」
「ティノだ? わかっただ!」
「……何、コレ」

 子供が二人に増え、騒がしい限りです。
 もとい、二竜。
 イオリとずっと過ごしてきたティノは、あっさりとこの状況を受け容れてしまいましたが、アリスのほうはそうはいきません。

 状況についてゆけず、戸惑っていたアリスは。
 爛漫な笑顔を浮かべる暗竜を見た瞬間。
 マースグリナダに愛称をつけるなどという羨ましすぎることを行ったティノを、「業火インフェルノ」で焼き尽くしました。

 アリスはそのつもりでしたが。
 マースグリナダの眼前で、そんなことをするわけにはいきません。
 実際には、嫉妬の炎がメラメラ。
 視線だけで人が「発火」しそうです。

「スグリ! 実は、『移譲』でスグリに渡した力を返してもらおうと思って遣って来ました! イオリに魔力を返してあげてください!」

 物理的に熱さを感じたので、ティノは慌てふためきながら本題に入りました。
 邪魔になってはいけないと、一度、イオリをぎゅっと抱き締めてから離れます。

「だ! わかっただ! やってくれだ!」

 スグリは即座に了承してくれました。
 アリスの言葉を疑っていたわけではありませんが、本当に頼んだだけで済んでしまったので、ティノはいささか拍子抜けしてしまいました。

 スグリは、両手を斜め上に上げ、大きく足を広げました。
 どんとこい、の態勢です。

 身動みじろぐ気配がしたので、そちらを見てみると。
 アリスが鼻を押さえていました。
 ティノは。
 見なかったことにしました。

「おー! わかった~、やってくれ~!」

 イオリもスグリに倣い、両手両足をばっと広げました。
 こちらも、どんとこい。
 無抵抗な姿に。
 ティノの心が、ぽっかぽかになりました。

 ーー真剣な二竜。
 夕暮れよりも暗い、闇の最中に。
 お互い、まんじりともせず見詰め合っています。

 今、魔力の「移譲」が行われているのでしょうか。
 ティノには何も感じ取れませんが。
 これからイオラングリディアとの再会とあって。
 想いが溢れ、胸が絞めつけられます。

 胸が痛むほどの喜び。
 夢にまで見た、瞬間。
 このまま何もしないでいたら、胸が張り裂けてしまいそうです。

「ティノ。ところであなた、イオリがイオラングリディアになってしまうのだけれど、良いのかしら?」

 アリスが不思議なことを聞いてきました。
 じっと待っていることに苦痛を感じ始めていたティノは、率直に答えました。

「イオリとイオラングリディアは同じ魂です。僕にはそれがわかります。イオリはイオラングリディアで、イオラングリディアはイオリです。イオリに会いたければ、イオラングリディアに『移譲』を使ってもらえばいいだけです」
「そう。あなたがそれで良いのなら、構わないわ」

 どうやら、理屈ではないようです。
 一途。
 そう呼んでも良い、真っ直ぐな想いに。
 アリスは内心で溜め息を吐きました。

 アリスは竜です。
 大抵のことは、思い通りにすることができます。
 竜の力や方術を使えば、「聖域テト・ラーナ」を完全に掌握することも容易に行えます。

 でも、最近。
 イオリにマルにスグリ、それからーーティノ。
 アリスですらどうにもならないことが頻発しています。

 どうやら、も、その一つのようです。
 本当に、予定が狂いまくってしまっています。

「マースグリナダ……」
「だ! スグリだ!」
「……スグリ」

 スグリに訂正されたので、アリスは唯々諾々と従いました。
 やる気が駄々洩れになったアリスと違い、こちらは大慌てのティノ。
 大事な「移譲」を邪魔されたのですから、それも当然のことです。

「ちょっ、アリスさん!? 何で邪魔を!? すっ、スグリ! ほらっ、気を散らさないで続けて!」
「放っておいても良いのだけれど。こういう退屈は好きじゃないから、教えてあげるわよ。はぁ、ティノ。スグリとイオリの間で魔力の『移譲』が行われていないのはわかるわよね?」

 アリスは、自分が炎竜だということを忘れてしまいそうになるくらい冷静に指摘しました。

「あ、え…と? そ、それは魔力はまったく感じませんけど、『移譲』はイオラングリディアの固有の能力みたいだから、その、何というか、いい感じで……」

 ティノは、言葉を続けられなくなってしまいました。
 どうやらティノも、薄々わかっていたようです。
 ここでアリスは、一つの事実を突きつけました。

「そうよ。『移譲』は、イオラングリディアの能力よ。ーーで。今、あなたの目の前に居るのは、誰?」
「……イオリです」
「そう、イオリね。正解。ティノの言う通りよ」

 あとは自分で考えなさい。
 自分はそこまで優しくない。
 そんなことを考えながら、アリスはティノを突き放しました。

 でも、突き放したはずのティノは。
 突き飛ばされたかのような勢いで、アリスに向かってきました。
 アリスの両腕をつかみ、必死に訴えかけます。

「そうだ! 前回の『移譲』のときはアリスさんが手伝って……あ、っづいっ!?」

 感情が昂って、すぐに気づくことができませんでしたが、ティノは。
 火傷やけどする前にアリスから手を離しました。

「な、何で……あ」

 始めは、ティノを拒絶する為に、体温を上げたのかと思いましたが。
 アリスの表情を見て、ティノは気づいてしまいました。

「だ! エーレアリステシアゥナは熱いだ?」
「おー! ひっひ~は~、ひっひ~だ~」

 退屈だったのは二竜も同じです。
 イオリはアリスの後ろから。
 スグリはアリスの前から、炎竜にくっつきます。

「っ……」
「ひっ!?」

 ぼっ、とアリスが「発火」したので、ティノは魔力を纏い、後退しました。
 アリスの顔を見るのは失礼なような気がして。
 三竜のたわむれが終わるまで、ティノは樹の後ろに隠れていることにしました。

 竜だからと、勘違いしていたようです。
 ティノは、自分より「初心うぶ」な存在を初めて見ました。
 永く生きている所為でしょうか。
 初恋を自覚した少年少女よりも純粋な魂を持ち合わせていたようです。

 本来、具わっていない機能。
 アリスなら、そんな言い訳をするでしょうか。
 どうやら、アリスが思っていた以上に深刻なようです。

「つぎは~、スグリにくっつく~」
「だ! スグリもイオリにくっつくだ!」

 アリスが鎮火したので、ティノは姿を現し、二竜の許に歩いてゆきました。
 それから。
 一塊になっている二竜を抱き締めます。

 ちらりとアリスに視線を向けましたが。
 暗竜にくっつく好機。
 再発火しない自信はないようで、アリスはティノの誘いには乗りませんでした。

 今すぐ「答え」を聞きたくなかったので、ティノは脇道、或いは本道に逸れることにしました。
 イオリをスグリから引き離しながら、暗竜に提案します。

「スグリ。僕がスグリに愛称をつけたように、エーレアリステシアゥナさんに愛称をつけてあげて欲しいんだけど、どうかな?」
「だ? エーレアリステシアゥナに愛称だ?」

 ティノは先ほど、エーレアリステシアゥナのことを「アリス」と呼んだのですが。
 そんなことには頓着とんちゃくしていないのか、将又はたまたイオリのように忘れっぽいのか、スグリは真剣に悩み始めました。

 一生懸命な竜。

 アリスの言葉が思いだされます。
 始めは「王様」と聞き、身構えていたティノですが。
 助けてあげたい。
 スグリを見ていて、そんな不遜なことを思ってしまいました。

「だ~! 決まっただ! 『エー』は『エー』だ!」
「えー?」
「そうだ! 『エー』だ!」
「ひっひ~は~、ひっひ~だ~!」
「だ! 『ひっひ~』と『エー』を混ぜ混ぜだ! 『ヒエー』で決まりだ!」
「冷えー?」

 トントン拍子にアリスの愛称が決まってしまいました。
 紛う方なき善意。
 そのはずでしたが。
 あらぬ方向に向かってしまったので、ティノは場を和ませようと氷竜の真似をしてみましたが、がっつりと炎竜の殺意に射抜かれてしまいます。

(ちょっと! どうにかしなさいよ!)
(スグリが決めたことですよ? 諦めてください)
(それはそうだけれど! 『ひえー』はないでしょう、『冷えー』は!!)
(わかりました。それじゃあ、『エー』で我慢してください)
(……そっちも、どうにかできないの?)
(そっちは諦めてください。拒絶したら、スグリが悲しんでしまうかもしれませんよ?)
(くっ……。仕方がないわね)

 ティノの勘違いかもしれませんが。
 一瞬の間に、目線で会話を交わしました。

「『ヒエー』もいいとは思いますけど、今回はスグリが愛称をつけることに意味があるんです。なので、『エー』ということにしておきましょう」
「だ? 確かに、ティノが言うことも尤もだ! エーは、『エー』だ!」
「ひっひ~、ひっひ~、エーエー、ひっひ~」

 イオリの「冷え冷え歌」が続くと不味いので、ティノは別のことを聞きました。

「イオラングリディアの固有の力は『移譲』みたいですけど、スグリの力はどんなものなのかな?」
「って、ティノ……」
「だ! 魔力の流れの阻害ーー情報封鎖だ!」
「って、スグリ!?」

 何やら忙しいアリスですが。
 一人と二竜の視線が集まると、諦めて「常識」を半分ほど捨てることにしました。

 どうしてこんなことになってしまったのでしょう。
 四者の内で、最も「常識竜」なのがアリスだったようです。
 これは衝撃的な事実でした。
 何だか、竜の魂が汚されてしまった気分です。

「情報封鎖? それってどういうものなのかな?」
「だ! 竜は魔力から、ある程度のことを知ることができるだ! この大陸から流れでる魔力に干渉して、あっちの大陸の竜に知られないようにしているだ!」
「え? 大陸リグレッテシェルナの竜って、もしかして、敵?」

 ティノは、アリスが氷竜ヴァレイスナを目のかたきにしていたことを思いだしました。
 それと同時に、もう一つ、アリスの言葉を思いだします。

 ミースガルタンシェアリに会いに行くのは問題ない。

 「敵」、ではなく、「好敵手」のようなものなのでしょうか。

「敵ではないだ! こっちの大陸は上手く治められていると、思われるようにしているだ!」
「えっと、それは、どうしてそんなことを?」
「だ。スグリの我がままだ。皆が悪く思われるのは、スグリは嫌だ。だから、『分化』した竜が居ることや、エーが山を蒸発させたことなどを、あっちの大陸の竜に知られないようにしただ」

 てっきり、自分の統治が上手くいっているように見せかける為に、力を行使しているのかとティノは思ったのですが。
 アリスが魂を焦がす相手。
 スグリは本当に、優しい竜だったようです。

 魔力での隠蔽ーー隠し事をすることの是非はともかく。
 ティノは、スグリを気に入りました。
 魔獣の友達がいるのですから、竜の友達がいたっておかしくありません。

 そんなスグリを騙すようなこと。
 いっその事、アリスの「お願い」を反故ほごにしようと考えたティノですが。
 そんなことをしたら、アリスが泣きだしそうな気がして。
 迷った挙げ句。
 実行に移すことにしました。

「スグリは男の中の男! まさに『おとこ』です! 好漢です! 『師匠』と呼んでいいですか!」
「だ? し…『師匠』は恥ずかしいだ! 『友達』が良いだ!」
「はい! じゃあ、今日から僕とスグリは友達です! 僕もスグリのような『漢』を目指します!」
「イオリも~、スグリの~、ともともだち~」
「だ!」

 これで良いでしょうか。
 そおっとアリスを見てみると、炎竜は。
 茹で上がったジャガイモのように、ホクホク顔でした。

 そろそろ良い頃合いでしょうか。
 ティノの覚悟も決まりました。
 何より、アリスの機嫌が良い、この時機を逃すのは得策ではありません。

「結局、『移譲』は失敗したんですよね?」
「ーー失敗。失敗は失敗だけれど、見込みがないわけではないわ。ティノが私と戦ったとき、イオリはあなたに魔力を受け渡していたでしょう? あれも『移譲』なのよ。ただ、イオラングリディアほど長けたものではないから。あとは前に話したから、わかるでしょう?」

 「漢」発言が効いているのか、アリスはティノでもわかるように優しく説明してくれました。
 「移譲」はイオラングリディアの固有の能力だと決めつけていましたが。
 イオリにも「移譲」の能力はあるようです。

 イオリは料理以外は壊滅。
 そう思っていましたが。
 よくよく思い返してみれば、戦いの際の、魔力の受け渡しは問題なく行われていました。
 そうなれば、あとは。
 やることは決まっています。

「イオリも『移譲』が使えるんだね! さすがイオリ! イオリが頑張ると、僕も嬉しい!」
「おー! イオリは~、すごいかも~?」

 さっそく褒めます。
 毎日毎日、いえ、一日中褒め続けなければ嘘です。
 声が枯れ果てるまでイオリを褒めまくろうとしたティノですが。
 呆れたアリスにたしなめられます。

「馬鹿ね。ときどき褒められるからこそ、効果があるのよ。寝る前に『移譲』をやって、そのたんびに褒めてあげなさい。まぁ、そうすれば、いつかは『移譲』が適うのではないかしら」
「そうですね。じゃあ、用も済んだので学園に……ひっ!?」

 弱火が強火、どころか竜火になりました。
 出発を促したティノに、アリスの灼熱の眼差しが突き刺さります。

(何を言っているのかしら? 燃えるの? 燃えたいの?)
(なっ、何かございましたでしょうか!?)
(焼くの? 焼いちゃうの? 『移譲』が失敗して、イオラングリディアに手伝ってもらえないのだから、……あとはわかるでしょう!)
(スグリに手伝ってもらうと?)
(そうよ!)
(……それは、自分で誘えばいいのでは?)
(骨だけになっても焼くわよ)
(いえ、骨だけになるってことは、もう死んでいるってことなので、好きにしてください)
(大丈夫よ。灰は拾ってあげるわ)

 ティノの妄想による、目線での会話は終了しました。
 「お願い」を盾に、我がまま放題。
 もはや駄々っ娘です。
 妹がいたら、こんな感じなのでしょうか。

 アリスのことを抜きにしても、スグリについてきてもらえたら嬉しいので、ティノは自分の言葉でスグリを誘いました。

「スグリ。アリ……エーさんが『聖域』に学園を創ったから、そこに通うことになったんだ。スグリも一緒に行こう」
「だ! 楽しそうだ! スグリも行く……と言いたいが、スグリにはやらなければいけないことがあるだ」

 快晴のお空のように晴れ渡っていたスグリの笑顔が、どんよりとした曇り空に。
 それから、雨模様になると、スグリの姿が薄くなってゆきました。
 どうやら、感情とリンクした暗竜の能力のようです。

「うわっ、スグリ! 大丈夫っ、大丈夫だからっ、イオリ! スグリにくっついて!」
「くらく~ら、くらく~ら、まっくら、らっくらく~」

 機転を利かせたティノは、イオリを押してスグリにくっつけました。
 すると、イオリの能天気さに触発されたのか、闇に溶けそうだったスグリの体が元に戻ってゆきました。
 スグリの顔にも、明るさが戻ります。
 もう大丈夫なようなので、ティノは続きを促しました。

「それで、やることって、何かな?」
「だ。ティノは987周期ごとに遣って来る、世界規模の魔力異常のことは知っているだ?」
「それは、初耳です」
「だ。それと関係しているかは調査中だが、地下の魔力が安定していないだ。これからスグリは、それを落ち着かせるだ」

 これは、問題の規模が大き過ぎます。
 ただの人種であるティノが、係われることではないようです。
 ここはアリスに任せたほうが良いと判断し、だんまりを決め込んでいたアリスに視線を向けます。

「スグリの能力というのは、魔力による干渉と、その分析にあるようね。私にはわからないのだけれど、今回のそれは、固有のものなのかしら?」
「だ! これまではなかったことだ! 地下で『黒い魔力のようなもの』が蠢いているだ! 今回はスグリがどうにかするだ! 次回はもっと酷くなるかもしれないから、駄目だったらミースガルタンシェアリに会いに行くだ!」

 「黒い魔力」については気になりますが。
 アリスが懸念、というか心配していることは別のことです。
 今回は問題ないとのことなので、アリスは炎を宿してスグリーーではなくティノを見ました。
 目線での会話にも疲れたので、ティノはちゃっちゃとスグリに聞きました。

「それで、『黒いの』を落ち着かせるのに、どれくらいかかるのかな?」
「だ! 一周期くらいだ!」
「なら、大丈夫。僕が学園に居るのは二周期みたいだから、スグリが来てくれたら嬉しい」
「だ! 約束だ!」

 スグリはそう言いながら、頭を前にだしてきました。
 これまで薄暗くて見えませんでしたが、耳の上から斜め後ろに真っ黒な角が生えていました。
 状況から察するに、これは角合わせでしょうか。

 竜にとって大事な角を触れ合わせる。
 アリスを見てみると。
 ブンブンと、首の骨が折れそうなくらい頭を左右に振っていました。
 強要すれば、また「発火」してしまうでしょう。

 待たせるのもスグリに悪いので。
 アリスとスグリのむずかしい話で、「日向ぼっこ」状態モードになっていたイオリの「角痕」を撫でながら、ティノは。
 スグリの角に接吻しました。

「だ? これが人種の風習だ? だが、悪くないだ!」
「ひっ!?」

 果たせるかな、アリスは「発火」してしまいました。
 イオリを盾にしつつ、魔力を纏おうとしたティノですが。
 到底、間に合いません。

 アリスの嫉妬を体現したかのような獄炎は。
 スグリが手を上に、闇をかざしただけで、アリスの炎は燃焼自体できなくなりました。

「だ! ティノは人種だ! エーは気をつけるだ!」
「……はい」

 イオラングリディアから「移譲」されているだけあって、その魔力量はアリスをも凌ぐようです。
 スグリに叱られ、しゅんとなってしまうアリス。
 このままだと不味いので、ティノは話を逸らすことにしました。

「さすがスグリ! あのエーさんの炎を簡単に消してしまうなんて! よっ、『漢』の中の『漢』!」
「だ? そ、そんなことないだ」
「謙遜は駄目だよ! 本当に格好良かったよ!」
「えっへんだ!」

 「王様」がこんなにも単純で良いのかと思いつつ、ティノはスグリを褒めそやします。
 これまであまり褒められたことがなかったのか、両手を腰に当てて大威張竜。
 花が咲いたかのような、満面の笑顔。
 そんなスグリの姿を見て、またぞろアリスが鼻を押さえています。

「じゃあ、一周期後! 待っているね、スグリ!」
「だ! 待っていろだ!」

 そろそろ炎竜が限界を突破しそうな顔をしていたので、ティノはスグリに一時の別れを告げたーー次の瞬間。
 ティノとイオリは、アリスの方術で上空に放り投げられてしまいました。

 恐怖で瞑ってしまった目を開いたときには、すでに「竜化」したアリスの竜頭に乗っていました。
 こうして一人と二竜は、慌ただしく「聖域」に向かい出発したのでした。
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あの夏、ぼくたちは“本”の中にいた。 夏休みのある日。図書館で宿題をしていた「チハル」と「レン」は、『なんでも願いが叶う本』を探している少女「マリン」と出会う。 空想めいた話しに興味を抱いた二人は本探しを手伝うことに。 三人は図書館の立入禁止の先にある地下室で、光を放つ不思議な一冊の本を見つける。 手に取ろうとした瞬間、なんとその本の中に吸いこまれてしまう。 気がつくとそこは、幼い頃に読んだことがある児童文学作品の世界だった。 現実世界に戻る手がかりもないまま、チハルたちは作中の主人公のように物語を進める――ページをめくるように、様々な『物語の世界』をめぐることになる。 やがて、ある『未完の物語の世界』に辿り着き、そこでマリンが叶えたかった願いとは―― 大切なものは物語の中で、ずっと待っていた。

レイルーク公爵令息は誰の手を取るのか

宮崎世絆
児童書・童話
うたた寝していただけなのに異世界転生してしまった。 公爵家の長男レイルーク・アームストロングとして。 あまりにも美しい容姿に高い魔力。テンプレな好条件に「僕って何かの主人公なのかな?」と困惑するレイルーク。 溺愛してくる両親や義姉に見守られ、心身ともに成長していくレイルーク。 アームストロング公爵の他に三つの公爵家があり、それぞれ才色兼備なご令嬢三人も素直で温厚篤実なレイルークに心奪われ、三人共々婚約を申し出る始末。 十五歳になり、高い魔力を持つ者のみが通える魔術学園に入学する事になったレイルーク。 しかし、その学園はかなり特殊な学園だった。 全員見た目を変えて通わなければならず、性格まで変わって入学する生徒もいるというのだ。 「みんな全然見た目が違うし、性格まで変えてるからもう誰が誰だか分からないな。……でも、学園生活にそんなの関係ないよね? せっかく転生してここまで頑張って来たんだし。正体がバレないように気をつけつつ、学園生活を思いっきり楽しむぞ!!」 果たしてレイルークは正体がバレる事なく無事卒業出来るのだろうか?  そしてレイルークは誰かと恋に落ちることが、果たしてあるのか? レイルークは誰の手(恋)をとるのか。 これはレイルークの半生を描いた成長物語。兼、恋愛物語である(多分) ⚠︎ この物語は『レティシア公爵令嬢は誰の手を取るのか』の主人公の性別を逆転した作品です。 物語進行は同じなのに、主人公が違うとどれ程内容が変わるのか? を検証したくて執筆しました。 『アラサーと高校生』の年齢差や性別による『性格のギャップ』を楽しんで頂けたらと思っております。 ただし、この作品は中高生向けに執筆しており、高学年向け児童書扱いです。なのでレティシアと違いまともな主人公です。 一部の登場人物も性別が逆転していますので、全く同じに物語が進行するか正直分かりません。 もしかしたら学園編からは全く違う内容になる……のか、ならない?(そもそも学園編まで書ける?!)のか……。 かなり見切り発車ですが、宜しくお願いします。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

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