竜の庵の聖語使い

風結

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エーレアリステシアゥナ学園

通路と教室  試験結果と炎竜組

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 ーー試験終了。
 学園生たちは、寮で待機を命じられます。
 高つ音に試験結果が貼りだされるので、ティノは寮の部屋の確認と片づけを行いました。

 寮は男子と女子で分かれています。
 男子寮は33名。
 女子寮は8名。
 寮は二学周期、生徒数も200人ほどを想定してあるので、男子寮でも一人一室。

 部屋も建物と同様に豪華、或いは瀟洒しょうしゃというか奢侈しゃしというか。
 「庵」が四つ入ってしまうくらい広々としています。

 ティノが「庵」から持ってきた物は多くありません。
 元々、ティノは何も持たずに「庵」に遣って来ました。

 必要な物があれば学園で買える。

 そのようにアリスから伝えられていたので、持ってきたのは服と日用品くらいです。
 ロープや本など、「研究所」にある物を持ってくるのは、アリスから禁止されてしまいました。
 アリスからもらった、ではなく、支払ってもらったワインの代金は、「イオリ袋」に入れられています。

 半分くらい、部屋をでたようです。
 「感知」で男子寮の様子を確認したティノは、ベッドに座りました。
 悪あがきです。
 アリスの妹、ではなく、弟。
 どちらにせよ、目立ってしまうことは間違いありません。

 あと、試験のこともあります。
 「聖語」に関し、相談できる相手はアリスしかいないので、今日の内に彼女を問い詰める必要があります。

 全員が寮の部屋をでました。
 そろそろ良い頃合いでしょうか。
 ティノは部屋からでました。

「うーわー」

 本当に何もかも豪華です。
 洗練されています。
 休憩所のようなフロアには芸術的な、折り重なるような硝子の照明。
 絵画に壺、花や観葉植物。
 壁が真っ白すぎて、目が痛くなってきます。

 汚れてしまうかもしれない。
 そんな風に思ってしまったティノは。
 通路の壁に触れないように、真ん中を歩きました。

 寮までこんな小綺麗にする必要があるのか、ティノの頭では判断がつきません。
 「八創家」の者も寮に入ることになるので、彼らの要求に従った結果なのですが。
 当然アリスは、その要求以上のものを造り上げてみせました。

 寮は三階建てで、ティノに割り当てられた部屋は三階にあります。
 アリスので、ティノだけが三階の部屋となっているのですが、彼はまだ気づいていません。

 寮からでて、校舎に向かいます。
 校舎の入り口、その奥の「黒板」に結果が刻まれていました。
 五人の学園生が居たので、ティノは彼らの後ろから「一番上」の名前を確認しました。

 ーークロウ・ダナ。

 その下には、アリスから聞いた「八創家」の名が並んでいます。
 四番目以外、上位は「八創家」で占められていました。

「あー」

 ゆっくりと、ティノは視線を下げてゆきます。

 見つかりません。
 見つかりません。
 見つかりません。

 そして、見つからないまま。
 ーーラン・ティノ。
 「一番下」に、ティノの名前が刻まれていました。

 上位クラスは三階で、地竜組。
 下位は二階で、炎竜組。
 炎竜に、地竜。
 正体を隠す気はあるのでしょうか。
 他人事ながら、少し心配になってしまいます。

 どうやら、ティノのクラスを受け持つのはアリスのようです。
 周囲にはもう人は居ないので、足早に二階の教室に向かいました。
 こういうのは、勢いが大事です。
 足をとめず、ゆっくりと教室の後ろの扉を開け、音を立てずに歩いてゆきます。

 予想通り、ティノの席は試験を受けたときと同じ、左の列の最後尾です。
 「黒板」に席順が刻まれていました。
 どうやら、成績順のようです。
 つまり、後ろに行けば行くほど、下位者ということになります。

「うっ……」

 なぜでしょう。
 目立たないように行動したというのに、炎竜組の全員が振り返ってティノを見ています。
 そんなわけで、焦ったティノは、普通に返事をしてしまいました。

「ん。ティノ」
「あ、ソニア」

 ティノの前の列の、左から三番目にソニアが座っていました。
 位置からして、下から四番目の成績のようです。
 ソニアは地竜組だと思っていたので、ティノは驚いて足をとめ、彼女と視線を合わせました。

「ティノはソニアの物だから、手だし禁止」
「……は?」

 ソニアは正面を見ました。
 存在感が希薄なのに、凄い眼力です。
 反射的に。
 炎竜組の生徒たちは、慌てて前を向きます。

 ソニアの眼力に挫けなかったのは、一人だけでした。
 ティノの前の席に座っている少女は、獲物を狩るような視線をティノに向けてきます。

 自分より身長が高い。
 先ず注目してしまったのが身長のことだったので、ティノは凹みました。
 こちらも、ソニアとは違った意味で目力があります。

 長い髪を、乱暴に後ろで縛っています。
 大柄、とは言えませんが、何というか、威圧するような圧力。
 スカートは穿いていませんが、間違えようもありません。

 アリスほどではありませんが、しっかりと服を押し上げ、自己主張をしています。
 でも、ティノの視線は、彼女の四肢と姿勢を捉えていました。

 ーー強い。
 弱い魔物など相手になりません。
 獣のような強靭さ。
 ティノは彼女の有様に魅入ってしまいました。

「あたしは、メイリーン・ストーフグレフよ。よろしくね、ティノ」
「あ、はい。ラン・ティノです。よろし……く?」
「ん。ララ・シーソニア」

 メイリーン・ストーフグレフが手を差しだしてきたので、握手をしようとしたティノですが。
 割り込んできたソニアが、メイリーンと握手。
 毛を逆立てたようなネコ科のソニアと、牙を剥きだしにしたようなイヌ科のメイリーン。

 どう考えてもソニアが劣勢なので。
 ティノは二人の手を、左右の手でつかみました。
 その瞬間。
 手に力を入れようとしていたメイリーンは、「魔獣」に睨まれた「仔犬」のように脱力。
 二人は、何事もなく握手を終えました。

「はーいはい。女三人で遊んでいないで、ティノ、さっさと座りなさい。これから班と、『聖活動』について話すわよ」
「学園長。好い加減にしてください。僕が女だと勘違いする人は居ない……、いえ、もしかしたら居るかもしれないんですから、冗談はそれくらいにしてください」

 クロウのことがあるので、ティノは言い直しました。
 アリスのお遊びにつき合うつもりはありません。
 いくら「腑抜けた顔」をしているからといって、本気でティノを女だと思う人が居るはずがありません。
 もしそんな人が居たら、「地の国」に叩き落としてやらないといけません。

 そうです。
 ここまでしつこくやられれば、温厚なティノだって怒ります。
 罰として、「イオリ玉」三日間禁止にしないといけません。
 ティノがぷんすか怒っているとーー。

「はっはっは、何言ってるのよ、ティノ。ティノが男なわけ……、え? 男?」

 納得顔のソニアと、口をあんぐりと開けるメイリーン。
 残りの学園生たちも、メイリーンと似たり寄ったりの表情です。

「ごめんなさいね、皆。ティノはちょっと、妄想癖があるからーー。ときどき変なことを言うかもしれないけれど、生温かい目で見守ってあげてね」

 再び正面を向いた炎竜組の面々は、こくこくと素直に頷きました。
 しっかりと、「現実」というものを理解したようです。

 いっその事、上半身裸になってやろうかと思ったティノですが。
 別の意味で話題になってしまうので、アリスを睨みつけながら渋々席につきました。

「班分けのほうは簡単。横列の五人で一班。で、後ろはティノを加えて、『ワースト6』ってとこかしらね」
「語呂が悪いので、別のを希望します!」
「そう? じゃあ、『邪聖班』なんていうのは、どう?」
「あ、それ、いい感じです」

 アリスと臆せず会話をするメイリーンは、勝手に班名を決めてしまいました。
 ソニアが異議を申し立てる前に、メイリーンは畳みかけるようにアリスに問いかけます。

「学園長! どうして試験で実技をやってくれなかったんですか! あたしは自他ともに認める馬鹿なんです! 最下位……じゃなかったことに結構驚いたけど、体を動かせなくて鬱憤が溜まりまくりなんです!」

 途中でメイリーンはティノを見ましたが、ティノはもう、置物になることに決めました。
 必要なこと以外は喋らない。
 早く寮の部屋に戻って、イオリとふかふかのベッドでーー。

「え?」

 心労が溜まっていたのか、ここまで気づくことができませんでした。
 この魔力。
 間違えるはずがありません。

「よっこらせっと」

 アリスは教壇の下から取りだしました。
 何を取りだしたかというと。

「ぱーおー」

 「イオリ袋」です。
 「日向ぼっこ」状態モードです。

 教壇の上に乗せられた「イオリ袋」と、イオリの頭の上のマル。
 人生は諦めが肝心。
 ティノは、竜に挑んで敗北した物語の、脇役の台詞を思いだしました。

「ほら、イオリ。さっさと『日向ぼっこ』状態を解除して、ティノのところに行きなさい」
「おー? ティ~ノ~、ティ~ぱぎょ!?」

 アリスが「イオリ袋」の蝶結びを解いた瞬間。
 教壇の上に居ることを理解していなかったイオリは、そのまま飛びだしてしまいました。
 でも、それも仕方がありません。
 イオリは、ティノしか見ていなかったのですから。

 頭から床に落っこちてしまったイオリ。
 きっと、あとで床の修繕をアリスから命じられる。
 突然の事態に絶句してしまった学園生たちと違い、ティノは溜め息を吐きました。

「ワンっ!」

 こちらは、イオリが落ちる前に大跳躍をしたマル。
 生徒たちの、半分の視線を引き連れ、ティノの席に見事な着地。
 イオリも問題なく立ち上がって、歩きだそうとしたところで妨害が入ってしまいました。

「きゃあ~っ、可愛いっ!」
「おー?」

 二列目に座っていた三つ編みの少女が、横からイオリに抱きつきました。
 イオリはティノを見ましたが、マルに構っていて、こちらを見ていません。
 どうしたら良いか、イオリが迷っていると、隣の席から助け舟が遣って来ます。

「こらこら、イオリが困ってるじゃない。放してあげなって」
「あたしねっ、一人っ子だったから弟でも妹でもいいから欲しかったの! 『逆さ竜』の衣装も似合ってる~」

 残念ながら、助け舟には乗れませんでした。
 リム・コーターは、サーラ・ミュゼフの言葉がまったく聞こえていないようです。

 竜が逆立ちをしているのを見て、空も仰天する。
 「逆さ竜」とは、そんな「おまじない」です。
 仰天した空は、雲を吹き飛ばし、晴れ模様。

 晴れを願う「おまじない」の「逆さ竜」は、いつからか首と腰に布を巻くようになりました。
 普段着ていたボロではない、イオリの一張羅いっちょうら
 ランティノールの墓参りのときにだけ着てゆく服です。
 アリスが方術で「強化」してくれたので、学園でのイオリの普段着になりました。

「はぁ、あたしは弟も妹もいるけど、現実はそんなんじゃないわよ。生意気で言うこと聞かないし、ほんと小憎たらしいったらありゃしない……て、何かしら?」

 リムに揉みくちゃにされるイオリを見て、サーラが気づきます。
 同時に、マルをメイリーンに手渡してから、ティノは立ち上がりました。

「何これ? 頭にーー骨?」
「ほね~、ちが~、つの~、つの~、でも~、ほね~?」
「イオリは、力を失った『角無し』の地竜ーーという『設定』なんだ」
「『設定』ってーー、ほわぁ!?」

 ティノに顔を近づけられたサーラは、弾けるように身を引きました。
 それから、心臓を押さえ、荒い呼吸を繰り返します。

「ど、どうかした?」
「ど…どうって……、遠くから見てもあれだったけど、近くで見たらほんと凄くて、……ヤバかったわ」
「え、と?」

 よくわかりませんでしたが、自分の顔を見てサーラは驚いたようなので、ティノは彼女から離れ、教壇に向かいます。
 なぜかティノが最後まで説明しなかったので、アリスは補足しました。

「イオリは、ティノの『お爺さん』が造った『聖人形ワヤン・クリ』で、マルはティノが造った『聖人形』よ」
「ん。口内はべたついてない。肛門もない」
「ヮヲっ!?」

 メイリーンが抱っこするマルを、容赦なくいじり回す、ではなく、調べるソニア。
 マルはお腹を見せないように、メイリーンにしがみつくので精一杯でした。

「残念。あたしって、動物に嫌われるんだけど、マルは『聖人形』だったのね」

 残念、と言いつつ、にんまりと笑顔を浮かべたメイリーンは、ソニアの攻撃てっていちょうさからマルを守ります。
 胸の大きさだけでなく、武力でも劣勢。
 分が悪いことを悟ったソニアは、標的をイオリに変更しました。

「イオリもマルも、ティノに引っついていることがよくあるから、皆も仲良くしてあげてちょうだい。どっちも頑丈さが取り柄だから、ぞんざいに扱っても大丈夫よ」
「アリスさん。もう少し、言い方を考えてください。ーーイオリは料理が得意なので、寮のご飯作りのお手伝いをします」
「む? 料理が得意? 興味深い。地竜だから、やわら硬い?」
「おー、しょー、うぃー、やー?」

 ソニアの好奇心の餌食になるイオリ。
 頬をグリグリされ、大喜びです。

 教壇の上の、「イオリ袋」の中から布袋を取りだし、ティノがイオリの許にゆこうとした刹那に。
 優秀な竜鼻は、匂いをしっかりと嗅ぎ取りました。
 どうやら、イオラングリディアの魔力に紛れ、これまでその存在に気づけなかったようです。

「ちょっと待ちなさいっ、ティノ!」
「これはイオリが作った『イオリ玉』です。ーーアリスさん。これは皆に配る『イオリ玉』です。まさか、がめたりしないでしょうね?」

 「イオリ袋」に常備していた「イオリ玉」です。
 「庵」の材料で作った、最後の「イオリ玉」です。
 アリスにとっては、至宝にも等しいご馳走です。

「そ、そんな意地汚いこと言う訳がないでしょう。ただ、あまったらぜんぶ寄越しなさい、と言っているだけよ」
「という風に、『お姉様』お気に入りの『イオリ玉』なので、一人一個で我慢してください」
「くっ……」

 ティノに手玉に取られ、「発火」しそうになるのを我慢するアリス。
 「イオリ優先」のティノは、そんなアリスをぞんざいに扱いながら、イオリに布袋を手渡しました。

「おー! あ~ん!」
「は~い、あ~ん」

 息ぴったりで、大きく口を開けるリム。
 本当に、仲良し兄妹のようです。
 一応、イオリのほうが周期が上なので「兄」、若しくは「姉」です。

 料理に関することなので、失敗することなく、「イオリ玉」をリムの口に入れます。
 リムはさっさく、「イオリ玉」を噛んだ瞬間ーー。

「ふみゃ~っっ!!」

 美味い、と絶叫しました。
 その声は、三階の地竜組まで届き、ベズが注意をする為に炎竜組に向かおうか迷ったほどでした。

「おー! つぎは~、あ~ん!」
「え、ええ、あ~ん」
「即座に、希望」
「ソ~ニア~、あ~ん!」
「んっ! 『イオリ玉』、絶品」
「こらっ、女子が先よ! 異論は認めない!」

 食べ終えたサーラは、立ち上がろうとした男子たちを叱りつけます。
 「姉」の迫力、というものでしょうか。
 逆らう男子は皆無でした。

 「聖域」では女性より男性のほうが総じて地位は高いのですが。
 大陸の中心である「聖域テト・ラーナ」は豊かですので、女性が虐げられているわけではありません。
 日常では女性のほうが強くなる場面も、間々あります。

 メイリーンと、前列左端の小柄な少女も遣って来て。
 「イオリ玉」を食べ、幸せ満杯の顔になります。
 こういったときの幸せそうな女の子の顔と言うのは可愛いもので、半分以上の男子がメイリーンの笑顔に釘づけになります。
 食べ終えたあと、男子を睨みつけて台無しにしてしまいましたが。

「甘い物が苦手な人もいるだろうから、欲しい人は手を挙げて。じゃあ、イオリ。配っていって」
「おー! イオリは~、くばくば~、くぱくぱ~、ぱっくぱく~」

 やはり興味があるのか、16人中、14人が挙手しました。
 一人は本当に甘い物が苦手なようです。
 もう一人は、アリスをちらりちらりと見ていたので、そういうことのようです。

「さいごの~、いっこは~、ティ~ノ?」
「よいしょっと」

 ティノは、後ろからイオリの両脇に手を入れ、持ち上げました。
 イオリとずっと一緒にいるティノには、いずれ食べる機会は巡ってきます。
 そういうわけで、賄賂わいろを贈ることにしました。

「おー? ひっひ~、あ~ん」
「あ~ん」

 「イオリ玉」の前には、恥も外聞もないようです。
 幸せが液状化。
 アリス汁に浸かってしまった学園生たちが大変なことになっています。
 そのことに気づいたアリスは、空咳一つ、言い訳の開始です。

「こほんっ。えっとね、この『イオリ玉』は、手に入りづらい材料で作られているのよ。……これからは、『偽イオリ玉』しか食べられないわ」
「いえ、『偽』はやめてください。普通に『イオリ玉』でいいじゃないですか」
「そこは譲れないわ。これからは、『劣化イオリ玉』で我慢するしかないけれど。『僻地』の食材を、こちらでも栽培しようかしら?」
「って、そうだった! あたしの質問がガン無視です! 学園長っ、プリーズ!」

 口を滑らせたアリスでしたが、メイリーンの声が打ち消しました。
 メイリーンに抱かれていたマルは、頃合いかと「イオリ袋」に戻ります。

 そう、メイリーンは試験で実技をやらなかった理由を尋ねていたのです。
 これは生徒たちも少なからず疑問に思っていたようで、アリスに熱視線を向けます。

「そんなもの、天竜光竜だからよ。つまり、今の時点で実技なんてやっても、大して変わらないってこと。だから頭で振り分けた。半周期は基礎と基本。メイリーンーー心しておきなさい。一周期後、頭でついてこれなかったら、実技でも最下位圏内になるわよ」
「ま……マジですか?」
「ええ、大マジよ」

 教室内の熱が醒めますが、炎竜のアリスがこのままにしておくはずがありません。
 暫定ですが、これからの予定を語ります。

「いくつか決まっていることもあるわ。九星巡り後に班の順位を決め、来周期の学園生募集の前に、『聖技場』で炎竜地竜のトップの班が模擬戦。入れ替えの試験に、選択の授業、卒園時にはアピールの場を用意するわ。もう一度言うわーー心しておきなさい。私がやるのは、あなたたちを引っ張り上げること。その先で、時代を引っ張っていくのはあなたたち。今、あなたたちの間に、実力の差はあってないようなもの。あるのは、熱意の差だけよ」
「ぱーいー」

 せっかく上手くまとめたのに、皆の注目は「日向ぼっこ」なイオリが独り占めです。
 そろ~りと教室の前の扉から二人の女性が覗いていたので、ティノからイオリを奪い取ったアリスは、マルが入った「イオリ袋」と一緒に手渡しました。

 どうやら、彼女たちが寮で食事を作ってくれる職員のようです。
 ティノが頭を下げると、二人は笑顔で手を振ってくれました。
 彼女たちの好意的な笑顔からすると。
 さっさくイオリは、ティノのことを二人に自慢したようです。

「はいはい。じゃあ、何か質問ある人はいる?」
「はい」
「あら、ティノ、何かあるのかしら?」

 速攻で手を挙げるティノ。
 本当は、目立つことはしたくないのですが。
 一応、身内であるとアリスが言ってしまったので、諦めて指摘しました。

「学園長。公序良俗に反するような服装はやめて、もう少し大人しい格好をしてください」
「あら、コレ、駄目なの?」

 アリスは自分が着ている服を見回します。
 女教師。
 アリスも「書庫」の同じ物語を読んだのでしょうか。
 挿絵の女性と同じ服装だったのですが。
 二つほど、異なる部分がありました。

 先ず、スカートのスリット。
 右足の横の切れ目から、腰まで見えてしまいそうです。
 それから、ブラウス。
 下品、の二歩手前くらいまで、胸元が開いています。

「そうね、エイミー・ランカーとベルゼイ・フッカー、立ってちょうだい」
「はい!」
「え? あ、はい」

 元気良く返事をした前列左端の少女エイミー・ランカーと、その隣の少年ベルゼイ・フッカーが立ち上がりました。
 炎竜組での、一番目と二番目の成績の生徒です。

「先ず、ベルゼイ。この服、どう思うかしら?」
「えっ、はい、それは……」

 可哀想に。
 そう思ったティノでしたが、すぐに勘違いであることを知りました。
 オドオドしていたベルゼイは。
 教壇の横にでて大人の魅力を見せつけるアリスを凝視した瞬間、火がついたように語り始めました。

「はい! とても良いと思います! あ、でも、それ以上の露出は控えてください! 見えそうで見えない、想像力を刺激する微妙なラインが重要なんです! そう! ただのエロでは駄目なんです! それがわかってない奴が多すぎる! 服とは、着ると同時に、隠す役割もある! 根源的な『性』と『聖』と『生』の欲求! ーーと、ところで、その服は誰の作品ですか?」
「アガール、とか言っていたかしら? 私の服を作りたい、とか言ってきたから、許可してあげたのよ」
「アガール! 『聖域』で最高のっ!! あ、あとで見せてください! あっ、見せてくださいっていうのは、服のことです! 学園長より服のほうに興味があるので、あとっ、服の素材です! 確認させてください、是非っ!!」
「はいはい。たしかアガールのは五着くらいあるはずだから、放課後にでも学園長室に来なさい」
「はいっっ!!」

 ベルゼイの本気度が伝わったのか、「エロ」発現をしても、ドン引きしている生徒はいません。
 逆に、本気で打ち込めるものがあることを、羨ましがるような視線もあります。

「じゃあ、次はエイミーね」
「はい! 私も良いと思います! 私っ、学園長に憧れています! 『聖域』で女性は、ちょっと低く見られているから、学園長にはこのまま突っ走って欲しいです! 私も学園長みたいなメリハリなボディを目指します!」

 無理。

 エイミーが宣言した瞬間、炎竜組のすべての生徒たちの心が一つになりました。
 叶わない夢なら、切って捨ててあげるのが優しさというものでしょうか。
 アリスは、ティノに尋ねました。

「どうせあとでわかることでしょうから、ティノ。エイミーの周期を言ってあげなさい」
「えっと、いいんですか?」
「ふっふ~ん、ティノちゃんは~、お姉さんの魅力がわかるかな~」

 メリハリのないボディの、子供体型のエイミーは、「アリスだったら似合う」ポーズを決めます。
 子供が背伸びをしているようで、ぽっかぽかな視線が集まってきます。

 20歳になるまでの、人間の魔力には特徴的なところがあります。
 30を越えると、変化はほとんどなくなります。
 そんなわけで、ティノの「感知」はエイミーの周期をほぼ正確に割りだしました。

「エイミーさんは、もうすぐ19歳です」
「すごっ、ティノちゃん、正解よ! やっぱりわかる人には~、大人の魅力がわかるのね~」

 教室内がどよめきました。
 もちろん、ティノがエイミーの周期を当てたからではありません。

「さて、私の服装だけれど。ーー私こと、アリス・ランティノールは、自他ともに認める絶世の美女よ」

 いきなりアリスが、おおむね事実である事柄を宣言しました。
 明らかに「私こと」の使い方を間違えていましたが、アリスの機嫌を損ねるのが怖くて誰も指摘しません。

「そう、自分も他人も認めるのなら、それはもう、公共物! その美しさは、皆で共有すべきもので隠すものではないわ! 逆に、隠すことこそが、罪!」

 断言されてしまうと、それが正しいような気がしてきてしまうから不思議です。

「その通りです!」

 エイミーが興奮気味に拍手をすると、とばっちりを恐れた生徒たちも追従。
 おかしな雰囲気になってしまいます。
 こうなっては、ティノもアリスの服装については諦めるほかありません。

 余興もこれくらいにしたほうが良さそうです。
 ベズなら効率良く終わらせる。
 アリスは、あとで文句を言われるのが嫌なので、そろそろ次に移ることにしました。

「初学周期は14歳からで、今回は上限を設けなかったわ。学園生では、エイミーが一番お姉さんね。来周期は、14~15歳で入学試験ーーとなる予定よ。と、そうそう、エイミーとベルゼイは、炎竜組の代表をやってもらうわ。でも、別に仕事をやってもらうわけでもないから、さして負担にもならないし、心配しなくて良いわ。必要なときの、まとめ役ということね」

 アリスはエイミーとベルゼイに微笑んでから、教壇に戻ります。
 アリスに憧れているエイミーだけでなく、「服優先」のベルゼイまで彼女に魅了されてしまいます。
 あとで注意しておこう。
 自分のことを棚に上げたティノは、「姉」を見てそんなことを思いました。

 アリスは二人に座るように合図してから、最後の事項を話します。

「あとは、『聖活動』ね。趣味ややりたいこと、多すぎても少なすぎてもアレだから、三人から五人で好きなことをやってもらうわ」
「はい!」
「何かしら、エイミー?」
「私、『竜棋』が好きなんですけど、そういうのでも良いんですか?」
「ええ、問題ないわよ。駒を『聖語』で動かしたり、時間制限を設けたり、そこは私やベズが指導するから。好きなことや興味をあることをやりながらのほうが、『聖語』も捗るでしょうし、何より、勉強だけでは息が詰まるわ。ただーー」

 一度、言葉を切ってから。
 アリスは、計画の一端を発動しました。

「『邪聖班』。あなたたちは別よ。残念だけれど、皆から遅れているから、『聖語』をやってもらうわ」
「え~~っ、意義っ、意義ありです! 『聖拳』……じゃなくて『格闘』とか、どつき合いがしたいです!」
「メイリーン。落ち着いて周りを見てみなさい。残念だけれど、『どつき合い』が好きな人は少ない、というか、居ないと思うわよ」
「へ?」

 メイリーンはクラスの人々を見回しますが、誰も彼女と目を合わせようとしません。
 「聖語使い」にとっての「武器」は、「聖語」です。
 肉体的な武力を必要とするのは「聖士」くらいで、喧嘩や犯罪にも「聖語」が使われます。

「……現実が痛い」
「ま、こればかりは仕方がないわ。一周期経てば、あなたと実戦ができる者もでてくるでしょうから、それまではーー」
「うぎゅ~っ、こうなったら『聖活動』の『活動名』を決めてもいいですか!?」
「後ろの面々に異存はないようだから、良いわよ。それで、何にするのかしら?」

 ティノを含んだ五人は、特に意見はないので無言での肯定。
 もはやヤケクソのメイリーンは、発意のままに叫びました。

「『イオリとマルを愛でる会』に決定!!」
「はい! あたしっ、入ります!!」

 間髪入れず、リムが賛同します。
 直後に、アリスが切って捨てます。

「駄目よ。『邪聖班』ではないリムは、『イオリとマルを愛でる会』には入れないわ。あと、イオリ関連の会が立ち上がったから、類似のは駄目よ」
「そ……、そんな~」

 リムを笑顔で威圧しながら、「駄目」を二回繰り返すアリス。
 机に突っ伏すリムを見て、多少予定を変更することにしました。

「まぁ、そうね。イオリに仕事がないときは、なるべくティノの傍に置くようにするから、そのときに可愛がってあげなさい」
「はぅ…はい!」
「あっと、そうだった、イオリは『聖人形』で性別はないから、イオリに抱きついて良いのはティノを含んだ女子だけよ」

 弟でもあり妹でもある。
 ある意味、完璧な存在。
 それを知ったリムは。
 太陽のような笑顔になりました。

「それじゃあ、『聖邪班』以外は、一階の多目的室に移動してちょうだい。そこで『聖活動』の立ち上げや、どこに入るかを決めるから」

 階上から音が聞こえてくるのを、アリスの竜耳が捉えました。
 これで遅延を責められることはない。
 そう思い、得意気になったアリスですが。
 このあとベズから、幾度も上がった炎竜組の「叫び声」について注意されてしまうのでした。
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猫菜こん
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 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

グリモワールなメモワール、それはめくるめくメメントモリ

和本明子
児童書・童話
あの夏、ぼくたちは“本”の中にいた。 夏休みのある日。図書館で宿題をしていた「チハル」と「レン」は、『なんでも願いが叶う本』を探している少女「マリン」と出会う。 空想めいた話しに興味を抱いた二人は本探しを手伝うことに。 三人は図書館の立入禁止の先にある地下室で、光を放つ不思議な一冊の本を見つける。 手に取ろうとした瞬間、なんとその本の中に吸いこまれてしまう。 気がつくとそこは、幼い頃に読んだことがある児童文学作品の世界だった。 現実世界に戻る手がかりもないまま、チハルたちは作中の主人公のように物語を進める――ページをめくるように、様々な『物語の世界』をめぐることになる。 やがて、ある『未完の物語の世界』に辿り着き、そこでマリンが叶えたかった願いとは―― 大切なものは物語の中で、ずっと待っていた。

レイルーク公爵令息は誰の手を取るのか

宮崎世絆
児童書・童話
うたた寝していただけなのに異世界転生してしまった。 公爵家の長男レイルーク・アームストロングとして。 あまりにも美しい容姿に高い魔力。テンプレな好条件に「僕って何かの主人公なのかな?」と困惑するレイルーク。 溺愛してくる両親や義姉に見守られ、心身ともに成長していくレイルーク。 アームストロング公爵の他に三つの公爵家があり、それぞれ才色兼備なご令嬢三人も素直で温厚篤実なレイルークに心奪われ、三人共々婚約を申し出る始末。 十五歳になり、高い魔力を持つ者のみが通える魔術学園に入学する事になったレイルーク。 しかし、その学園はかなり特殊な学園だった。 全員見た目を変えて通わなければならず、性格まで変わって入学する生徒もいるというのだ。 「みんな全然見た目が違うし、性格まで変えてるからもう誰が誰だか分からないな。……でも、学園生活にそんなの関係ないよね? せっかく転生してここまで頑張って来たんだし。正体がバレないように気をつけつつ、学園生活を思いっきり楽しむぞ!!」 果たしてレイルークは正体がバレる事なく無事卒業出来るのだろうか?  そしてレイルークは誰かと恋に落ちることが、果たしてあるのか? レイルークは誰の手(恋)をとるのか。 これはレイルークの半生を描いた成長物語。兼、恋愛物語である(多分) ⚠︎ この物語は『レティシア公爵令嬢は誰の手を取るのか』の主人公の性別を逆転した作品です。 物語進行は同じなのに、主人公が違うとどれ程内容が変わるのか? を検証したくて執筆しました。 『アラサーと高校生』の年齢差や性別による『性格のギャップ』を楽しんで頂けたらと思っております。 ただし、この作品は中高生向けに執筆しており、高学年向け児童書扱いです。なのでレティシアと違いまともな主人公です。 一部の登場人物も性別が逆転していますので、全く同じに物語が進行するか正直分かりません。 もしかしたら学園編からは全く違う内容になる……のか、ならない?(そもそも学園編まで書ける?!)のか……。 かなり見切り発車ですが、宜しくお願いします。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

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