竜の庵の聖語使い

風結

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学園生活

空き教室  「聖活動」と邪竜退治

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 メイリーンは、どん底でした。
 夢や希望といった綺麗でキラキラしたものは、彼女の掌から零れ落ちてしまいました。

 「絶望」を冠するその邪悪なる者の名は、ーー邪竜ラン・ティノ。
 最悪の、いえ、災厄の敵が現れました。

 メイリーンは魂のすべてを懸け、立ち向かいましたが。
 まったく歯が立ちません。
 そう、勝ち目など、始めからなかったのです。

 もはや、世界に蒔かれた平和の種が芽吹くことはありません。
 そう、希望の欠片すら邪竜に喰われてしまったのです。

「タイミングが重要だから。先ずは繰り返し繰り返しやって、慣れていかないとね」
「うん。よっ、よっ、よっ、よっ……あぁっ!?」

 到頭、世界は滅亡のときを迎えました。
 しかし、人々の切なる声が聞き届けられ、雲間から光がーー。

 聖竜降誕。

 従えるは聖なる光の軍勢。
 その圧倒的なまでの威厳に打たれ、さしもの邪竜もこれまでーー。

「ああぉ……」

 ティノほどには妄想力がたくましくないので、メイリーン作による「聖竜物語」は。
 彼女の溜め息より儚く真実によって打ち砕かれてしまいました。
 机に突っ伏していた顔を上げ、メイリーンは現実を直視します。

 三つの机をつなげた机上では。
 紐でつないだ二本の棒がいます。
 正確には、歩くように動いている、といったところでしょうか。

 「聖語」が間に合わず、また制御も不安定なので、ナインは失敗してしまいます。
 でも、彼は諦めません。
 それどころか失敗したというのに、彼は満面の笑顔。
 しかも光り輝いています。

「それって、『聖人形ワヤン・クリ』?」
「うん。今のところ、それっぽい何かだけど。ーー例えば、実際に人を殴るわけにはいかないから、殴る演技をするんだけど。人形相手なら、実際に殴ることもできるし、観ている人も人形だから大丈夫。あと、盗賊のかしらが居たとして、子分たちを人形にすれば、演じる人間を少なくできる。たくさん役者が居てくれれば、それに越したことはないけど、人が多ければそれだけお金もかかるし、最初から収入があるかはわからないから」

 何となく聞いてみたら、ナインは饒舌に夢を語り始めました。
 見なければ良かった。
 今の彼は、メイリーンには眩しすぎます。

「ソニアは器用だから。そのままぜんぶ一緒にやっていって。わからないところがあったら聞いてね」
「ん。問題ない。と言いたいところだけど、旦那様が浮気しているところを見せられるのは、面白くない」
「ワンっ」

 メイリーンを見下みくだして、もとい見下みおろして、ぶーたれるソニア。
 頭の上のマルが加勢してくれていますが、ソニアのジト目に返す言葉もありません。
 ティノにはソニアがくっついていることが多いので、この三日間、「聖活動」ではマルを独り占めにしています。

 そうです。
 もう、三日も経ってしまったのです。

 言わずもがなのことですが、メイリーンだって浮気などしたくありません。
 でも、世の中にはどうにもならないことがあるのです。
 運命は残酷です。

「イゴも、ぜんぶやっていって、それから得意なことを見つける感じかな。あ、『動刻』はいい感じだね」
「こうしてやってみっと、固定観念ってか、何でこーゆーこと思い浮かばなかったのか不思議になんなぁ」

 口調はぶっきら棒ですが、好奇心を隠し切れていません。
 イゴは、ゆっくりと歩きながら「聖語」を刻んでゆきます。
 まだまだ未熟で「聖語」を発動できませんが。
 これまで考えもしなかった未知なる「聖語」に触れ、幼子おさなごのように目を輝かせています。

 「聖語使い」の常識。
 崩れるはずのなかったその壁を、踏みつけながら進み続ける班の仲間を見て。
 メイリーンは、ゆめの残骸に埋もれてしまいました。

「リフは得意不得意が分かれるね。ソニアと同じで構わないけど、授業の復習はちゃんとやっておいてね」
「……これまでなら、得意な分野を伸ばしていけば、それ以外は放置していても良かったのに。はぁ、先に進むのなら苦手な分野も克服していかないといけないのか」
「こうなりたくなかったら、頑張ってね。アリスさんじゃないけど、基本はぜんぶ体に刻み込んでもらうつもりだから」

 こうなりたくなかったらーーその対象は、もちろんメイリーン。
 ティノに、頭の旋毛をグリグリと指で押されますが。
 彼女には、逆らう気力も残っていません。

 そんな無残なメイリーンの姿を見て、やる気を漲らせるリフ。
 同類になってはいけない。
 「八創家」の縁戚としての沽券は守らなないといけません。

 そんなわけで、皆にアドバイスをした邪竜が戻ってきます。
 世界の平和ーーというか、メイリーンの心の安寧の為に。
 無駄とわかっていても、抵抗しないわけにはいきません。

「邪竜っ、悪竜っ、あたしより女っぽい竜っっ!!」

 もはや駄々っ娘です。
 使いすぎた頭は空っぽ。
 禁句を言ってしまったことにも気づいていません。

「メイリーン、わかってる? アリスさんから許可をもらっているから、ここで足りないのならメイリーンの部屋でもやるよ? ちゃんとやらないと睡眠時間がなくなるよ? イオリの美味しいご飯食べさせないよ?」
「やだっ、やだっ! イオリのご飯が食べられないのはっ、やだっ!?」
「む。メイリーン、うるさい。黙って授業の補習をやる」
「ああぉぉ……」

 言われてしまいました。
 ソニアが言ったことがすべてです。
 授業の補習。
 ーー三日間。
 「聖活動」だけでなく寮でも、それだけしかしていないのです。

 そうです。
 メイリーンは自他ともに認める馬鹿なのです。
 困ったことに、それは事実なので変えようがありません。

 そしてティノは。
 できないことをできるようにする、その方法を知っています。
 これまで自分が遣って来たことを、メイリーンにも遣らせれば良いのです。

 「聖拳」ーー肉体方面への「努力」の才能を具えたメイリーンですが。
 頭ーー学習方面への「努力」の才能は皆無でした。
 拷問。
 そんなことを考えた瞬間、メイリーンを支えていた最後の糸が千切れてしまいました。

 人には、できることとできないことがあります。
 それは誰の所為でもありません。
 でも、世の中は残酷で。
 そんなことを許してくれない人もいます。

「おーい、こら、メイリーン。お前、凄ぇ当たり引いたんだからよ、文句は言ってもいーがよ、やるこたぁやれよ」
「……うーす」

 見るに見かね、他人のことにはあまり係わりたがらないイゴにまで発破をかけられてしまいました。
 イゴの言う「当たり」とは、ティノのことです。
 ティノは教え方が上手く、何より、できない人間に教え込むのが上手じょうずでした。

 十周期以上、地道に歩き続けてきたティノの「努力」は並大抵のものではありません。
 また、他人に教えることに遣り甲斐を見つけたティノは。
 メイリーンを「地の国」に叩き落とすこともいといません。
 もはや彼女に逃げ場はありません。

「わかってる~、わかってるんだけど~、こう、何て言うか、かんというか~」

 往生際が悪い。
 背後の竜。
 メイリーンもそれは重々わかっているのですが、何かこう、彼女の内側で「かちっ」とはまらないのです。

 これはそろそろ踏み込んだほうが、根本的なところから遣ったほうが良いと判断したティノは。
 最終手段ーーにはまだ早いので、次善の策でエサをぶら下げることにしました。

「アリスさんと戦うには、先ず、僕に勝つ必要があるんだけど。メイリーンは聞いているかな?」
「っ!!」

 ティノの言葉を聞いた刹那。
 ぐりんっ、と凄い勢いでメイリーンは首を横に向けました。
 先ほどまでの草臥れた様子はなく、猛獣のように爛々と目を輝かせます。

 勝手に決めてしまいましたが。
 事後承諾で問題ないとティノは考え、メイリーンとの試合を前哨戦とすることに決めました。

「僕とーー、戦いたくない?」
「ふひっ!」

 溢れでしました。
 歓喜で、体が震えます。
 この衝動をどう処理したら良いのかわからないメイリーンは。
 対象であるティノの胸に飛び込み、彼を抱き締めました。

「……淫猥竜メイリーン。即死希望と判明」

 死神。
 そんな存在が居たとしたなら、きっとあんな表情をしている。
 ティノの肩に顎を乗せながら、メイリーンはそんなふうに思いました。

 浮気は死刑。
 判決は下りました。
 氷竜の極寒を宿したソニアは。
 爬虫類のように躍動する左右の人差し指で「聖語」を刻み始めーー。

「もう、駄目だって、ソニア」
「ふ……ひ?」
「ん……?」

 ティノは、左右の手でソニアが刻んでいた「聖語」を破壊しました。

「え? あれ、皆、どうしたの?」

 皆を見て、戸惑うティノですが。
 あり得ないことが、眼前で何気なく行われたのですから、戸惑うのは皆のほうです。

 皆はティノがソニアの「聖語」を壊したことに衝撃を受けていましたが。
 メイリーンは、背中が痛くなるほどの寒気を覚えました。

 今、メイリーンはティノを抱き締めていました。
 普通の抱き締め方ではありません。
 右手は腰に、左手は肩にーーこれまでの鍛錬で身につけた体術。
 左右から二点を押さえていたので、逃れることなどできないはずでした。

「……いや、どうって、今、ティノはどうやって、ソニアの『聖語』を掻き消したのか、……説明して欲しい」
「へ……? 『聖語』って、こうやって消せるもの……だよね?」

 どうやら話が噛み合っていないようです。
 尋ねたリフは、改めてティノが「規格外」であることを思い知りました。
 そんなわけで、彼は「常識」を半分ほど捨ててから憶測で言葉にしてゆきます。

「相性が良ければ、刻んでいる『聖語』に干渉できるーーと言われてはいるが、実際に見るのは私も初めてだ。他に噂だと、恋人や夫婦など……はっ、もしかして二人はもう……?」
「ん。ティノとは一心同体。運命共同体。あと、合体」

 ティノの体を消毒するかのように、ソニアは正面からティノを抱き締めます。
 ティノはソニアを引き離そうとしますが、その分、彼女は意固地になってくっついてくるので、ティノは諦めました。

 「合体」発言。
 周期頃の少年少女にとって、デリケートな問題。
 居た堪れない空気が教室に充満していますが。
 メイリーンは一人、ティノの背中を見ながらーー拳を握り締めました。

 勝てない。
 メイリーンにとってそれは、心躍るものでした。
 勝てないのなら、自分が強くなれば良い。
 そうすれば勝てると、手が届くのだと、いつでも彼女の感覚が教えてくれていました。

「クゥ~ン」
「ーーありがとう、マル。でも、大丈夫。見えない、わからない、届かない。苦しくても痛くても痺れていても、ーー根っ子にちゃんと。引き抜いてでもつかみ取ってみせる」

 慰めるように頬に顔を擦りつけてきたマル。
 心の奥底にあるものを、しっかりと握り締めたメイリーンは。
 小声で、マルにだけ打ち明けます。

 マルは。
 「聖語」を解することができなかったーーメイリーンの決意を聞いてあげられなかったことを悔やみました。

「イオリちゃんの匂いがするっっ!!」

 ばんっ、と竜を蹴飛ばす勢いで空き教室の扉が開きました。
 「感知」でリムの襲来を察知していたティノ以外の皆は、驚きで体を強張らせますが。
 そんな場合ではありません。

 ティノは「復刻」を練習していたリフの手をとめ、イゴを見ました。
 「動刻」の次に、「刻印」を刻んでいたイゴは。
 粗野な性格の割に、こういった事態が苦手なのか、アタフタしたままで対処が間に合いません。

 逆に、冷静に行動したのはナインでした。
 寒さに弱い彼は上着を持ってきていたのですが、何気ない動作でイゴの腕にかけて「刻印」を隠しました。

「リム~、駄目だって~」
「くんっくんっ、くんっくんっ!」

 リムを追って入ってきたリースが制止しようとしますが、竜の耳にお祈り状態。
 イオリの匂いを辿って、猟犬のように愛しの「聖人形ワヤン・クリ」に迫ってゆきます。

「失礼いたしますの。こちらは『イオリとマルを愛でる会』でよろしいでしょうか?」

 最後にゆったりと入ってきたのは、ルッシェルでした。
 でも、彼女が問いかける前に、すでにティノは動いていました。

「手伝って、メイリーン! コーターさんが怪我をしないように!」
「っ! 了~解!」

 教室の端に積まれている机の下に潜ってゆくリム。
 紳士であるリフは、イゴの前に立ち、手を広げました。
 リフの行為の意味を知って、すぐにナインも目を逸らします。

「いや~、ダメダメ~、リムっ、見えてるって!」

 乙女の危機に、近づこうとしたリースの前に立ち、机を支えるティノ。
 少し遅れて到着したメイリーンも、ティノの隣で崩れないように机に体を寄せます。

「やっほーい、イオリちゃんっ、発見!!」

 奥からリムの弾んだ声が聞こえてきます。

「……ほんとーに、イオリが居たのね」
「うん。僕たちが来る前から、教壇の裏で眠っていたよ」
「ティノは気づいてたの?」
「それは、もちろん。教室に入ってきたとき、イオリの匂いがしたから」
「ええ……?」

 こころみにメイリーンも嗅いでみましたが、当然というか、イオリの匂いなどしません。
 ティノのほうは、「感知」でもイオリが居ることに気づいていました。
 人間の能力を超えた嗅覚。
 どうやら、メイリーンだけでなくリムも、魔力的な素質があるようです。

「ぱー」
「イオリちゃ~んっ、イオリちゃ~んっ、むふんっむふんっ、むふふふふ~~」

 イオリを引っ張りだしてきたリムは、全身でイオリの感触を確かめます。
 不治の病。
 皆の意見が一致したので、メイリーンは建設的な話をすることにしました。

「リムと、地竜組の二人が居るってことは、三人は一緒の『聖活動』?」
「ええ、『料理研究会』と無難な名称にしましたの」

 「腹黒」のルッシェルが「聖活動」に料理を選んだことに違和感を抱いたメイリーンでしたが。
 ソニアはあっさりと彼女の思惑を暴露してしまいます。

「今、学園で特別なものは二つある。『聖語』と『料理』。ルッシェルは、その二つが武器、若しくは道具になると睨んでいる」
「ふふ、正解ですわ。あと、残るは人脈ですの」

 ティノを、それから残りの男子を見回すルッシェル。
 そんな彼女の後ろで、オロオロしながらリースもティノを見てーー。

「うわぁ、サーラが言ってたけど、うん、ヤバいね」

 口に両手を持っていって、でも、目だけはまじまじとティノを凝視。
 「腑抜けた顔」を批評され、凹むティノ。

 ここにきてもまだ、ティノは自分の容姿の「腑抜け具合」に気づいていないようです。
 アリスの楽しみを奪うことになる。
 この場にいる誰も、ティノに真実を告げるようなことはしませんでした。

「ティノはあげない。ルッシェルは、リフから話を聞くのを推奨」

 ソニアは、ティノに顔を擦りつけて所有権を主張。
 ソニアの定見に一目置いているルッシェルは、彼女の誘いに乗って微笑みをリフに向けます。
 余計なことを。
 そう思いながらも、マホマール家ーー延いては好敵手ライバルであるディズルに係わることなので、リフは真剣に向き合うことにしました。

「ルッシェル様。あなた様とディズル、双方に益があると判断し、話をさせていただきます。ーーマホマール様は、ファーヴニル家のエミール様を奥方となさいました。マホマール家とファーヴニル家は、昔から良好な間柄で、マホマール様はファーヴニル家から『奥方様』のように頼まれていたのです」
「噂は聞いていますの。ただ、夫婦仲は良いとも聞いていますわ」
「はい。『奥方様』は、世界のすべてのことに関心がありませんでした。マホマール様はお優しい御方です。『奥方様』も、そんなマホマール様のお心を受け取られ、御二人は夫婦となられました。ーー問題は、『奥方様』がマホマール様しか見ておられないことです。一家の者や周囲の使用人だけでなく、お腹を痛み出産なされた我が子にも関心を向けることはありませんでした」

 ディズルの姿。
 昔日の、彼の姿を思い起こしながら、リフは言葉にしてゆきました。

「覚えています。温かい家庭ーーディズルが得られなかったものです。私の家に遣って来た彼が、私の家族を見て、浮かべていた表情。彼は、……自分からそのようなことを、弱音を言うような奴ではありません。ですが、私にはわかります。ディズルは、自身が得られなかったものを、家庭的な女性を求めています。ーー失礼ながら、ルッシェル様。あなた様の目的がディズルではなく『後継者』にあるのでしたら、私は。……あなた様の応援は致しかねます」
「ん。ルッシェルは、クロウ・ダナかファロ・ファーヴニルを狙うのが妥当」

 いつも通りに、ソニアは周囲の空気を読まず、ぶち壊しにしました。
 でも、リフにとってはもっけの幸い。
 余計なことを言ってしまう前に、話を終わらせることができました。

「なるほど。貴重な話をしていただき、ありがとうございます。それでは、ーーあとはメイリーンですの」
「ん。メイリーンはティノに近すぎる。危険があぶない」
「……は?」

 いきなり話が急カーブしてきました。
 ソニアとルッシェル。
 ヤバい。
 手強い相手が共闘してくるという事態に、メイリーンは速攻、追い詰められてしまいました。

「ま……マルが大好き?」
「ワンっ」
「イオリちゃん大好き~」
「ぱーいー」

 メイリーンは味方を求め、周囲を見回しますが。
 男性陣は皆、関わり合いにならないことに決めたようです。
 正しい判断と言えるでしょう。

 リムはイオリに夢中。
 恋愛話が大好きなリースは、好奇心丸だしの視線を向けてきます。
 味方は、頬擦りをしてきてくれるマルだけですが、仔犬の前脚は今は役に立ちません。

 のっぴきならない事態です。
 竜の巣穴に入るよりも、厄介なことが発生しました。
 ここで答えないと、メイリーンは女性陣からハブられてしまうかもしれません。

 実際には、そんなことはないのですが。
 メイリーンがそう思うように、ソニアとルッシェルが仕向けました。

 異性の好みを語るだけ。
 追い込まれたメイリーンは、覚悟を決めました。
 学園の平和の為に。
 強敵二人に、絶望的な戦いを挑みます。

「えっと、先ず、ティノみたいな軟弱な容姿の奴は、好きじゃない」
「うぐっ……」

 軟弱な容姿。
 厳然たる事実を言われ、ティノが撃沈しました。

 ティノを傷つけるのは本意ではありません。
 ただ、ここまで言わないと、ソニアの疑念を晴らすことはできないでしょうから、ティノをけなしたのは正解と言えるでしょう。
 でも、当然、これで追及を緩めるような二人ではありません。

「そうなると、やはり、理想は御父上となるのでしょうか?」
「ん。メイリーンは単純。確実に影響されている。場合によっては反発」

 正面の竜。
 もう逃げ場はありません。
 学園の平和は守れませんでした。

 敗北です。
 どうしてこんなことになってしまったのか。
 覚悟を打ち砕かれてしまったメイリーンは。
 顔を炎竜色に染めながら、思考、というか嗜好を駄々洩れにしました。

「あぅ、……あのね、家族は筋肉……マッチョは嫌。暑苦しいのも、嫌。でも、軟弱なのは駄目で、いいガタイで、男臭いんじゃなくて男らしいっていうか、……あ、あと、あたしより強くないと駄目!」
「ん。周期が上を希望?」
「え? そ、……そうかも?」
「そうなりますと。その条件に当てはまる方が、一人だけ居ますの」
「いぃ……」

 噴火、或いは炎竜の息吹ブレス
 メイリーンが限界を迎える間際に、ティノがあっけらかんとその人物、もとい竜物の名を口にしました。

「あ、ベズ先生」
「えっっ!?」

 メイリーンは、竜より早く扉を見ました。
 当然、ティノは思い当たったベズの名前を口にしただけなので、実際に彼が遣って来たわけではありません。

「ん。ティノは残酷。でも、そんなティノも良い」
「ティノさん。そこまでしなくてもよろしいでしょうに」

 これ幸いと、ソニアとルッシェルが結託。
 ティノに罪を擦りつけました。

「うぅ~」

 羞恥心と怒りを拗らせ、炎竜となったメイリーンは。
 うめき声を上げながらティノを上目遣いで睨んできます。

「え、えっと、その……」

 可愛い猛獣に睨まれる。
 そんな事態に陥ったことのないティノは、進退窮まりました。

 追い詰められたティノがまず考えるのは。
 ティノの起爆剤。
 そう、イオリです。

 明らかに間違っている、いえ、駄目な方向に正解を引き当てたティノは、リムからイオリを強奪。

「ぱーだー」
「や~、イオリちゃ~ん!」

 そうです。
 イオリが眠っているので、起こさないといけません。
 それですべてが解決するのです。

「あ~ぐっ!」

 そんなわけで、噛みました。
 どこを噛んだかは秘密です。

「んんっ!?」
「ふひぃっ?!」

 突如、目の前で行われた邪悪な儀式に。
 強心臓のメイリーンだけでなく、鋼の神経を持ったソニアまで悲鳴を上げました。
 他の面々は、悲鳴を上げることすらできず、恐怖に慄いています。

「だだっ、ダイジョブっ、そんなティノでも問題ある。ちょっと揺らいだ。でもでも、修整可能は修正」
「かっ、噛んだ!? かっ、神様に謝って! ティノっ、そうじゃないと許してもらえないから!!」
「あたしも噛む~、あたしも噛む~」
「はわはわっはわはわっはわはわっはわはわっ」

 こんなときでも、「イオリ優先」のティノは、優しくイオリの角痕を撫でます。
 それから。
 そんな乱痴気騒ぎは。
 悲鳴を聞きつけて遣って来た、間の悪いベズの登場まで続いたのでした。
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