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聖休と陰謀
屋上と空 開拓地へマルとお散歩
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ーー夕焼け空。
足裏に魔力を纏い、マルは春の妖精と戯れます。
領域に居る間、魔力を纏うことで外界から閉ざされていたマルは。
季節の移ろいを感じ、生命の躍動を尊びました。
風の心地。
空気の匂い。
色彩が躍る景色。
何気ない、自然の一齣。
ーー三千周期。
自分は何をやっていたのかと、マルは切ない気持ちになってしまいます。
約束の時刻になったので、マルは校舎の屋上へと舞い降りてゆきました。
見慣れた人影と、馴染んだ魔力。
「隠蔽」を解きながら「縮小化」を行い、「仔犬」になります。
ティノの肩ではなく、ゆえあって床に着地。
その行為を不思議に思ったティノでしたが。
情け容赦もなくマルにお願いをしてきます。
「マル。『結界』を張って」
「わかったかの」
マルは、あの少年のことは嫌いではありませんでしたが、ティノの機嫌を損ねるのは得策ではないと判断し、素直に「結界」を張りました。
ただ、今日に限っては、邪魔が入らない、この状態は悪くありません。
マルは雄叫びと同時に、魔力を内に籠めました。
「オオォォーーっ!」
大丈夫とわかっていても、わずかな不安は残っていました。
体が膨張する感覚。
まだ慣れないそれを制御し、視線の高さがティノの胸辺りになったところで魔力を解き放ちます。
「あ、魔狼と仔犬の間の大きさにもなれたんだね」
「……もう少し、驚いて欲しかったかの」
本来の、魔狼の姿に比べれば格段に小さいですが、小型の馬くらいの大きさがあります。
ティノが乗るのに丁度良い大きさ。
昨日までに感覚をつかんでいたので、夜もすがら試し続け、ついに今朝「縮小化」ーー「拡大化」の制御が適ったのです。
その所為で、日中はずっとお昼寝。
ティノの買い物についてゆくことができませんでした。
でも、そのお陰で、予期しない嬉しい驚きがありました。
淡雪の優しさを宿した、布製の首輪。
メイリーンの贈り物。
体は膨張しましたが、首輪は問題なくマルの首についています。
「首輪も、問題ないみたい?」
「エーレアリステシアゥナに方術を使ってもらったゆえ、問題があっても困るかの」
「ん? 何かあったの?」
少しおかしな物言いになってしまったので、ティノに不審がられてしまいます。
イオリほどではありませんが、そちらにおいてはティノも信用できないので、マルは床にべったりと伏せてから説明しました。
「タダでやってもらうは気が引けるからの。対価を支払うと言うたのだが、……お腹の『毛』を要求されてしもうた」
「アリスさんが? それって、マル人形を作って、いつでも撫でられるようにするとか? 他には疑似マル尻尾とか、尻尾型の……枕?」
「枕は……、ちょっとばかり、嫌かの」
尻に敷かれるのは嫌ですが、頭に敷かれるのも考えものです。
マルにはわかりませんでしたが。
イオリに狙われているだけあって、お腹の「毛」は、他の部位より質が良いのかもしれません。
「先ずは乗ってみるかの」
「うん。やっと約束を叶えてもらえたね」
一星巡りと少し。
ほんのわずかな時間しか経っていないというのに、不思議と何十周期も昔のように感じてしまいます。
何十周期分もの価値があるとするなら。
マルは今、この瞬間、何かを取り戻しているのかもしれません。
「手は毛をつかむとして、やっぱり下半身は安定しないね」
「始め、ティノの足はわしが魔力で覆い、固定してやろう。慣れたなら、自身の魔力でやってみるかの」
「う~ん、まだ一箇所に魔力を集めるだけで精一杯だから、……はぁ、性質の変化はいつできるのかなぁ」
「時間をかけ、慣れるしかないの。それがティノの近道ゆえ」
起き上がり、ティノの足を魔力で固定してから、先ずはゆっくりと歩きます。
歩きながら、マルは。
降り積もった想いの一つを、言葉にしてゆきました。
「メイリーンは、好い娘だの」
「え? それはそうだけど、突然どうしたの?」
「わしが口だしすべきか悩んだのじゃがの。ーーメイリーンは柔軟な思考をもっておるが、危ういところもある。今、ティノと戦こうて、そして敗北したなら。ただ、強さだけを求めよう、孤高となってしまうやもしれん」
「……ごめん、マル。もう少し、わかり易く言って」
そうでした。
ティノと一緒にいると忘れがちになってしまいますが、彼は普通の少年でした。
将来ーー未来の姿。
そこに馳せる、想いの違いでしょうか。
若者と老いた獣。
周期の隔たり。
それはそれで面白い。
マルはそう思い込むことで、胸に去来した寂しさを一蹴しました。
「メイリーンはいずれ、魔力を御すことが適おう。そうであるなら、ティノの強さを、その手で、その心で、触れることができるかの。ーーゆえに、それまでは、メイリーンとは戦こうてやるでない」
「うん。何となくしかわからないけど、マルが言うなら、そうする。う~ん、でも、そうなると、メイリーンにやる気をださせる手段が一つ減ってしまうし、何より、メイリーンが拗ねそうだなぁ」
「そこはティノが頑張るしかないかの。現状、メイリーンの学業に於ける命運は、ティノが握っておるゆえ」
軽く、走ってみます。
いつも通り、始めは適応できないティノですが。
一歩一歩、前に進み、積み重ね、できるようになってゆきます。
感傷的になっている。
そうとわかっていても、それはもうマルの一部となっています。
メイリーン・ストーフグレフ。
どこか憎めない、あの優しい少女が、揺らぎの始まりでした。
「命」の使い道。
ティノの為に使うと、ーー自らの願いとしました。
大切なものが増えた。
それは喜ぶべきことなのでしょう。
寄り添いたい、叶えたいものの数。
そうであるというのに。
マルという存在を懸け、できることは一つだけ。
今はまだ、無理が利きますが、ティノが学園を卒園する頃には、魔力の拡散を防ぐことに注力しないといけなくなるでしょう。
そうなれば、残りの一周期は、仔犬と変わらぬ生活を送ることになります。
「ティノは、自身の魔力が穏やかになりようが、自覚はあるかの?」
「う~ん? そうなのかな? こっちに来てから魔物と戦っていないから、深みがなくなったような気はするけど」
マルは魔力を纏い、屋上から宙へと駆け上がります。
同時に、「結界」を解き、「隠蔽」を行使。
屋上にでてきた少年が、周囲を見回している姿が見えます。
「ーーマル。絶対に、建物より高く飛ばないでね」
「そちらのほうも、慣れーーではどうにもならないようだの。空を駆ける楽しさを知ることができぬとは、エーレアリステシアゥナも罪なことをしよる」
ティノは、クロウのことは完全に眼中にないようです。
一度、屋上に戻ろうかと思案したマルでしたが、彼は彼で自業自得の側面があるので、そのまま北に向かうことにしました。
北の開拓地を見ておいたほうが良い。
いずれ齟齬が生じるかもしれないと、アリスが提案しました。
それにはマルもベズも、一も二もなく頷きます。
イオリまで賛成したので、渋々ティノも了承し、本日の空中散歩と相成りました。
「マルは北の開拓地に行ったことがあるの?」
マルはここで。
「縮小化」の制御と併せ、もう一つ取り組んでいた課題の成果を披露します。
「学園を領域に、『セレステナ聖地』の探索は終えておるかの。むろん、北地域も幾度か見回っておる」
「あれ? 『原聖語』? いつの間に覚えたの?」
ティノの言う通り、マルは「原聖語」で話しかけました。
メイリーンの想い。
それを聞き届けてあげられなかったことが、マルの内でしこりとなって残っていました。
また、それだけでなく、周囲の言葉が理解できないというのは。
何だか自分だけが阻害、取り残されているような気がして落ち着かなかったのです。
「ということは、マルも『聖語』を刻めるの?」
「どうかの? 『聖語』を刻むより『方術』を行使したほうが早く、威力も段違いじゃからのう。『方術』で『聖語』を使っているよう、見せかけることもできるしの」
「ん~? 何か、マル、話し方が前より爺むさくなってない?」
「……ワヲ?」
爺むさい。
実際に、マルは爺なので、問題などないはずでしたが。
なぜでしょう。
認めてはいけない何かが、胸の内で疼いています。
「……しっかと、つかまっておるかの」
「え? …っ、ひぃうぁ~~っっ!?」
やっぱり、甘やかすのは教育上、よくありません。
「逆療法」などという便利な言葉もあります。
明らかに「逆療法」の意味が間違っていましたが、マルは都合よく解釈しました。
正確には「ショック療法」かもしれませんが、今のマルにとってはどうでも良いことです。
春の妖精が見送る、夕焼け空の中。
マルの雄叫びとティノの悲鳴が、大空に響き渡ったのでした。
足裏に魔力を纏い、マルは春の妖精と戯れます。
領域に居る間、魔力を纏うことで外界から閉ざされていたマルは。
季節の移ろいを感じ、生命の躍動を尊びました。
風の心地。
空気の匂い。
色彩が躍る景色。
何気ない、自然の一齣。
ーー三千周期。
自分は何をやっていたのかと、マルは切ない気持ちになってしまいます。
約束の時刻になったので、マルは校舎の屋上へと舞い降りてゆきました。
見慣れた人影と、馴染んだ魔力。
「隠蔽」を解きながら「縮小化」を行い、「仔犬」になります。
ティノの肩ではなく、ゆえあって床に着地。
その行為を不思議に思ったティノでしたが。
情け容赦もなくマルにお願いをしてきます。
「マル。『結界』を張って」
「わかったかの」
マルは、あの少年のことは嫌いではありませんでしたが、ティノの機嫌を損ねるのは得策ではないと判断し、素直に「結界」を張りました。
ただ、今日に限っては、邪魔が入らない、この状態は悪くありません。
マルは雄叫びと同時に、魔力を内に籠めました。
「オオォォーーっ!」
大丈夫とわかっていても、わずかな不安は残っていました。
体が膨張する感覚。
まだ慣れないそれを制御し、視線の高さがティノの胸辺りになったところで魔力を解き放ちます。
「あ、魔狼と仔犬の間の大きさにもなれたんだね」
「……もう少し、驚いて欲しかったかの」
本来の、魔狼の姿に比べれば格段に小さいですが、小型の馬くらいの大きさがあります。
ティノが乗るのに丁度良い大きさ。
昨日までに感覚をつかんでいたので、夜もすがら試し続け、ついに今朝「縮小化」ーー「拡大化」の制御が適ったのです。
その所為で、日中はずっとお昼寝。
ティノの買い物についてゆくことができませんでした。
でも、そのお陰で、予期しない嬉しい驚きがありました。
淡雪の優しさを宿した、布製の首輪。
メイリーンの贈り物。
体は膨張しましたが、首輪は問題なくマルの首についています。
「首輪も、問題ないみたい?」
「エーレアリステシアゥナに方術を使ってもらったゆえ、問題があっても困るかの」
「ん? 何かあったの?」
少しおかしな物言いになってしまったので、ティノに不審がられてしまいます。
イオリほどではありませんが、そちらにおいてはティノも信用できないので、マルは床にべったりと伏せてから説明しました。
「タダでやってもらうは気が引けるからの。対価を支払うと言うたのだが、……お腹の『毛』を要求されてしもうた」
「アリスさんが? それって、マル人形を作って、いつでも撫でられるようにするとか? 他には疑似マル尻尾とか、尻尾型の……枕?」
「枕は……、ちょっとばかり、嫌かの」
尻に敷かれるのは嫌ですが、頭に敷かれるのも考えものです。
マルにはわかりませんでしたが。
イオリに狙われているだけあって、お腹の「毛」は、他の部位より質が良いのかもしれません。
「先ずは乗ってみるかの」
「うん。やっと約束を叶えてもらえたね」
一星巡りと少し。
ほんのわずかな時間しか経っていないというのに、不思議と何十周期も昔のように感じてしまいます。
何十周期分もの価値があるとするなら。
マルは今、この瞬間、何かを取り戻しているのかもしれません。
「手は毛をつかむとして、やっぱり下半身は安定しないね」
「始め、ティノの足はわしが魔力で覆い、固定してやろう。慣れたなら、自身の魔力でやってみるかの」
「う~ん、まだ一箇所に魔力を集めるだけで精一杯だから、……はぁ、性質の変化はいつできるのかなぁ」
「時間をかけ、慣れるしかないの。それがティノの近道ゆえ」
起き上がり、ティノの足を魔力で固定してから、先ずはゆっくりと歩きます。
歩きながら、マルは。
降り積もった想いの一つを、言葉にしてゆきました。
「メイリーンは、好い娘だの」
「え? それはそうだけど、突然どうしたの?」
「わしが口だしすべきか悩んだのじゃがの。ーーメイリーンは柔軟な思考をもっておるが、危ういところもある。今、ティノと戦こうて、そして敗北したなら。ただ、強さだけを求めよう、孤高となってしまうやもしれん」
「……ごめん、マル。もう少し、わかり易く言って」
そうでした。
ティノと一緒にいると忘れがちになってしまいますが、彼は普通の少年でした。
将来ーー未来の姿。
そこに馳せる、想いの違いでしょうか。
若者と老いた獣。
周期の隔たり。
それはそれで面白い。
マルはそう思い込むことで、胸に去来した寂しさを一蹴しました。
「メイリーンはいずれ、魔力を御すことが適おう。そうであるなら、ティノの強さを、その手で、その心で、触れることができるかの。ーーゆえに、それまでは、メイリーンとは戦こうてやるでない」
「うん。何となくしかわからないけど、マルが言うなら、そうする。う~ん、でも、そうなると、メイリーンにやる気をださせる手段が一つ減ってしまうし、何より、メイリーンが拗ねそうだなぁ」
「そこはティノが頑張るしかないかの。現状、メイリーンの学業に於ける命運は、ティノが握っておるゆえ」
軽く、走ってみます。
いつも通り、始めは適応できないティノですが。
一歩一歩、前に進み、積み重ね、できるようになってゆきます。
感傷的になっている。
そうとわかっていても、それはもうマルの一部となっています。
メイリーン・ストーフグレフ。
どこか憎めない、あの優しい少女が、揺らぎの始まりでした。
「命」の使い道。
ティノの為に使うと、ーー自らの願いとしました。
大切なものが増えた。
それは喜ぶべきことなのでしょう。
寄り添いたい、叶えたいものの数。
そうであるというのに。
マルという存在を懸け、できることは一つだけ。
今はまだ、無理が利きますが、ティノが学園を卒園する頃には、魔力の拡散を防ぐことに注力しないといけなくなるでしょう。
そうなれば、残りの一周期は、仔犬と変わらぬ生活を送ることになります。
「ティノは、自身の魔力が穏やかになりようが、自覚はあるかの?」
「う~ん? そうなのかな? こっちに来てから魔物と戦っていないから、深みがなくなったような気はするけど」
マルは魔力を纏い、屋上から宙へと駆け上がります。
同時に、「結界」を解き、「隠蔽」を行使。
屋上にでてきた少年が、周囲を見回している姿が見えます。
「ーーマル。絶対に、建物より高く飛ばないでね」
「そちらのほうも、慣れーーではどうにもならないようだの。空を駆ける楽しさを知ることができぬとは、エーレアリステシアゥナも罪なことをしよる」
ティノは、クロウのことは完全に眼中にないようです。
一度、屋上に戻ろうかと思案したマルでしたが、彼は彼で自業自得の側面があるので、そのまま北に向かうことにしました。
北の開拓地を見ておいたほうが良い。
いずれ齟齬が生じるかもしれないと、アリスが提案しました。
それにはマルもベズも、一も二もなく頷きます。
イオリまで賛成したので、渋々ティノも了承し、本日の空中散歩と相成りました。
「マルは北の開拓地に行ったことがあるの?」
マルはここで。
「縮小化」の制御と併せ、もう一つ取り組んでいた課題の成果を披露します。
「学園を領域に、『セレステナ聖地』の探索は終えておるかの。むろん、北地域も幾度か見回っておる」
「あれ? 『原聖語』? いつの間に覚えたの?」
ティノの言う通り、マルは「原聖語」で話しかけました。
メイリーンの想い。
それを聞き届けてあげられなかったことが、マルの内でしこりとなって残っていました。
また、それだけでなく、周囲の言葉が理解できないというのは。
何だか自分だけが阻害、取り残されているような気がして落ち着かなかったのです。
「ということは、マルも『聖語』を刻めるの?」
「どうかの? 『聖語』を刻むより『方術』を行使したほうが早く、威力も段違いじゃからのう。『方術』で『聖語』を使っているよう、見せかけることもできるしの」
「ん~? 何か、マル、話し方が前より爺むさくなってない?」
「……ワヲ?」
爺むさい。
実際に、マルは爺なので、問題などないはずでしたが。
なぜでしょう。
認めてはいけない何かが、胸の内で疼いています。
「……しっかと、つかまっておるかの」
「え? …っ、ひぃうぁ~~っっ!?」
やっぱり、甘やかすのは教育上、よくありません。
「逆療法」などという便利な言葉もあります。
明らかに「逆療法」の意味が間違っていましたが、マルは都合よく解釈しました。
正確には「ショック療法」かもしれませんが、今のマルにとってはどうでも良いことです。
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