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第五章 魔獣が生きる永遠と少女が生きる明日
魂に刻まれた過ち(上)
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ソフィアによる手厚い看護の甲斐があって、弓使いの少年は無事に目を覚ました。
窓の外はそろそろ日が暮れそうな時間帯。
あの戦闘から四、五時間が経過したくらいか。
「あっ、目が覚めた? 気分はどう? どこか痛いところはない?」
「……――う、あ……ソフィア、姉ちゃん?」
意識を取り戻した弓使いの少年は、美しいソプラノボイスでソフィアの名を呼んだ。
暖炉の前で目を覚ました少年の意識は、まだ朦朧としているようだ。
淡い桃色味が掛かったブロンドの髪に、紫のような青色のような不思議な色合いの瞳。宝石のサファイアのような瞳だと表現すれば伝わるだろうか。
象牙のような肌に、長い睫毛。
その少年は改めて見ても、まるで少女のように可愛らしい男の子だった。
眠りから目を覚ますその姿は、まさに童話の王子様――いや、本人がその気になれば、お姫様の役だってこなせるかもしれない。
その奇跡的な造形は、頬の傷があってでさえ、神話級の美少年だと言える。
もはや嫉妬するのも馬鹿らしくなるな。
今でこそ可愛いショタボーイだが、成長したらさぞ世の婦女子を夢中にさせる美男子に育つだろう。
「アルくん……わたしのこと、覚えていてくれたんだ」
ソフィアが感慨深そうに、少年の額を撫でながら言った。
「当たり前だよ。だって、オレは、ずっと姉ちゃんのために……」
「――目を覚ましたみたいだな」
俺が割って声を掛けると、ソフィアと二人きりの世界に居た少年はハッと驚いた表情で凍りつく。
どうやら、今初めて俺の存在に気が付いたらしい。
弓使いの少年が何か行動を起こす前に、俺は自分の凍てついた魔力を向けて警告した。
「勘違いするな。ソフィアに免じて、丁寧にもてなしているが……変な動きを見せれば、その瞬間、お前を八つ裂きに――」
「もーう、魔獣さん! そんなに怖がらせたら、駄目です!」
めっですよ。
そんな年下の男の子に注意するような感じで、ソフィアがちょっと怒ったふうに言った。
理由は分からないが、ソフィアが弓使いの少年を庇うその姿に、俺の胸はずきりと痛んだ。
「……ああ、悪い。だが、ソフィアの安全のためにも、念のために、一応な」
かつての知り合いであろうと、今の味方であるとは限らない。
俺がそう言うと、ソフィアは困ったように眉を顰めて苦笑した。
「むう……わたしを想ってくれるお気持ちは嬉しいのですが、人を疑ってばかりではいけません。相手を信じるのも、大切なことですよ!」
「それでも、警戒はするに越したことは無いだろう」
「だ、大丈夫。今さら暴れたりしないよ……」
弓使いの少年は怯えた様子で約束した。
まあ、俺も本気で八つ裂きにするつもりはないが、その怯えた顔に、俺の気分は少しだけ良くなった。
「そんなに怖がらなくても大丈夫です。この魔獣さん、見た目は恐ろしいかもしれませんが、本当はとっても優しい方ですから」
ソフィアが弓使いの少年を安心させるために優しく宥める。
その二人のやり取りは、優しい姉とやんちゃな弟――今はまだ、そんな印象だった。
弓使いの少年は周囲をきょろきょろと見回す。
いまいち自分の状況が把握できていないようだ。
「ここは……?」
「冬の城ですよ、アレックス君」
俺やソフィアが答えるより先に、弓使いの少年と一緒だった魔術師の青年が答えた。
「ジーノ!! 無事だったんだね!」
「いやはや、私達はどうやらとんだ勘違いをしていたようですね。てっきりソフィア姫は冬の城に囚われているのかと思っていましたが、まさか異界の主に保護されていたとは……これは完全に想定の範囲外でしたね。しかし、これは予想しろというほうが無理な話です」
魔術師の青年は、やれやれといった様子で、皮肉気な笑みを浮かべながら説明した。
なお、俺は別に異界の主とやらになった記憶はないが……なんとなく俺に都合のよさそうな勘違いだったので敢えて訂正していない。
この辺りで一番強い魔獣であるのは事実なわけだし、ちょっと誇張しているだけだ。
「まあ、それより。アレックス君も見て下さいよ、この素晴らしく高性能なゴーレムを! 無機物に命を与えると云われる『仮面の魔女』作の逸品だそうです。まさかこんなところで出会えるなんて……」
魔術師の青年はうっとりとした表情で、自分を監視する仮面ゴーレムの全身を舐めるように観察していた。
時たまポンコツなところを見せる仮面ゴーレムたちだが、それを含めて仮面の魔女が手掛けた傑作なのだろう。
俗にいう、分かる者には分かる匠の技というやつである。
ただ悲しいかな、仮面ゴーレムのほうは魔術師ジーノに対して若干引いているように見えた。
「えーっと……それより、グランツとリップは? この部屋には居ないみたいだけど、二人とも大丈夫なの?」
弓使いの少年は魔術師のテンションに付いて行けなかったようだ。やや困ったような表情で話題を変えた。
「はい。リップさんは浴場を借りていますよ。あとで私達もお借りしましょう。グランツさんは……今は外ですかね?」
「……あの戦士が居るのは中庭の庭園だな。新しい剣の使い心地を試している」
曖昧な魔術師の代わりに俺が答えた。
ちなみに彼が試している新しい剣とは、俺が使っていた尻尾の大剣だ。
元々あの戦士が持っていた大剣は俺が砕いてしまったからな。
適当に拵えたものだが、とりあえず帰路の間に合わせには十分なはずである。
……あの戦士に新しい武器を持たせるのは、浅慮過ぎると思うか?
しかし、くどいようだが、あれは元々俺の尻尾だ。
つまり俺の体の一部。だから何も問題ない。
もし戦士が俺やソフィアに切りかかってくるなんてことがあれば、あの剣は一瞬で氷のように脆く砕け散るだろう。
――そんなふうに仕込んでおいたからな。
こんなことができる以上、むしろ俺の剣を持たせたのは予防線になるわけだ。
まあ、今さらあの戦士が俺たちに斬りか掛かってくる心配は要らなさそうだが……これも一応、念のためである。
これも今回の進化によって手に入れた能力。
切り落とされた体の一部でも、ある程度動かせる。
それどころか再生能力の応用で、好きな形に加工《・》することもできる。
この能力に気が付いた時は、慣れない感覚を奇妙に思ったが――使いこなせればここまで応用が利くのだ。
言ってしまえば普段からやっている自己進化の応用でしかないが、我ながらなかなか便利な能力を会得したものである。
そういう意味では、誤解と不幸なすれ違いから始まった今回の戦闘も、なかなかに有意義であった。
* * *
自分で言うのも変な話だが、俺の進化は完璧だった。
厳密には「進化」というよりも「変態」と表現すべきかもしれないが、変態はイメージが悪すぎるし、何より進化のほうがカッコイイからそう呼ぶことにする。
まあ、俺が進化する際は毎回死んでいるような状況だし、ある意味世代交代しているようなものだ。
ならば、“進化”でも問題ないだろう。
死と再生を繰り返した俺は、今や不死身なだけでなく、力に敏速、柔軟性、思考速度、魔力操作、魔術耐性、毒物耐性、感覚、才覚……あらゆる方面で圧倒的な戦闘能力を手に入れている。
さらには風や氷を操り、どんな場所でも自分の周囲を一時的に“冬”にすることができる――局所的な気候すらも操れるのだ。
これはもはや、名誉ドラゴンを自称しても過言ではない……かもしれない。
もちろん、モンスターを狩猟するゲーム的な意味でな。
さて、俺の進化は間違いなく完璧だったが、たった一つだけ進化の弊害があった。
それは思考力を増強した分、狂戦士状態の恩恵がほぼ無くなってしまったことである。
つまり、衝動に任せた行動ができなくなってしまったのだ。
「思考力の強化」と「原初の衝動」に依存する狂戦士状態。
この二つの相性は、とにかく悪すぎる。
感情に任せて暴れようとしても、脳裏によぎる冷静な思考――そいつは相変わらず俺の行動を制限していた。
思考は大事であるが、同時に不要な迷いになることも多い。
常に冷静さが求められる後衛ならともかく、直接刃を交えて戦っている最中に迷うのは……俺は不死だから問題なかったが、本当なら致命的な隙だろう。
そもそも、心の迷いを解決するために開発した狂戦士状態。そのはずなのに、いざという時に迷いを断ち切れないのはどういうことだ。
確かに、あの戦士と魔術師を攻略するには、本能と衝動に任せた愚直な攻撃では足りなかった。冷静さや狡猾さが必須であった――しかし、全ては過去の話。最強の状態に進化した今となっては、その言い訳も通用しない。
実際に終盤のほうは、強化された肉体だけで、あの二人と十分に渡り合えていた。
もっと言ってしまえば、より強くなる方針として、単純に肉体をさらに強化するという手段もあったはずなのだ。
しかし俺はその道を選べなかった。
これはもう、アレだな。
俺の適性と望んだ能力の間には、致命的な食い違いが存在した。
狂戦士状態は俺の性格と根本的に噛み合っていなかった。ここまで来ると、もはやそう結論づけざるを得ない。
ひと言で表せば、大失敗である。
まったく、こんなはずじゃなかったのに。
世の中いつだって、そう文句を言いたくなることばかりだ。
……ただ、今回に限っては、それに救われたのも事実だった。
結果的に誰一人死なずに済んだのは、色んな意味で不幸中の幸いだ。
それこそ、もし俺が徹頭徹尾狂戦士状態を貫いていれば……今頃、あの四人は命を落としていただろう。
もちろん他でもない、俺自身の鉤爪と牙によって。
奴らにとっても幸運なことだったはずだ。
完全な灰燼に焼き尽くされた状態から見事に復活を遂げた俺は、戦っている最中にふと気が付いてしまった。
あの四人は、俺を殺せない。
考えてみれば当たり前だ。
あの黒騎士が英雄の末裔なんていう反則じみた存在だっただけで、そこらの冒険者が俺を殺しうる手段を普通に所持しているなら、不死の呪いなんて成立しないのだ。
そうと気が付いてからは、狂戦士状態も鳴りを潜め、完全に目的は冒険者たちの捕獲へとシフトしていた。
端的に表現すれば、俗に言う手加減からの舐めプである。
そのついでに自分の身体の調整や最適化、運用試験を行なっていた。
その割には無視していた弓使いと斥候の少女に脳天を貫かれたり、泥沼に沈められたりと散々な目に合っている気もするが……それらの結果だってきちんと踏まえたうえで色々とアップグレードできているわけだから、総括的にはプラスだろう。
まあ、それも含めて、一種のノブレス・オブリージュというやつだな。
今の俺は不死身かつ最強の素敵な魔獣であるわけだから、弱く儚き定命の者共には優しくしてやる義務があるのだ。
あの戦いで、冒険者たちは死力を尽くして頑張っていたと思う。
だが悲しいことに、俺にとっては消化試合もよいとこであった。
最終的には予定調和のごとく、冒険者たちは逃亡。俺はそれを各個撃破していった。
そして俺が弓使いの頭を鷲掴みにしたあの場面に繋がるのである。
窓の外はそろそろ日が暮れそうな時間帯。
あの戦闘から四、五時間が経過したくらいか。
「あっ、目が覚めた? 気分はどう? どこか痛いところはない?」
「……――う、あ……ソフィア、姉ちゃん?」
意識を取り戻した弓使いの少年は、美しいソプラノボイスでソフィアの名を呼んだ。
暖炉の前で目を覚ました少年の意識は、まだ朦朧としているようだ。
淡い桃色味が掛かったブロンドの髪に、紫のような青色のような不思議な色合いの瞳。宝石のサファイアのような瞳だと表現すれば伝わるだろうか。
象牙のような肌に、長い睫毛。
その少年は改めて見ても、まるで少女のように可愛らしい男の子だった。
眠りから目を覚ますその姿は、まさに童話の王子様――いや、本人がその気になれば、お姫様の役だってこなせるかもしれない。
その奇跡的な造形は、頬の傷があってでさえ、神話級の美少年だと言える。
もはや嫉妬するのも馬鹿らしくなるな。
今でこそ可愛いショタボーイだが、成長したらさぞ世の婦女子を夢中にさせる美男子に育つだろう。
「アルくん……わたしのこと、覚えていてくれたんだ」
ソフィアが感慨深そうに、少年の額を撫でながら言った。
「当たり前だよ。だって、オレは、ずっと姉ちゃんのために……」
「――目を覚ましたみたいだな」
俺が割って声を掛けると、ソフィアと二人きりの世界に居た少年はハッと驚いた表情で凍りつく。
どうやら、今初めて俺の存在に気が付いたらしい。
弓使いの少年が何か行動を起こす前に、俺は自分の凍てついた魔力を向けて警告した。
「勘違いするな。ソフィアに免じて、丁寧にもてなしているが……変な動きを見せれば、その瞬間、お前を八つ裂きに――」
「もーう、魔獣さん! そんなに怖がらせたら、駄目です!」
めっですよ。
そんな年下の男の子に注意するような感じで、ソフィアがちょっと怒ったふうに言った。
理由は分からないが、ソフィアが弓使いの少年を庇うその姿に、俺の胸はずきりと痛んだ。
「……ああ、悪い。だが、ソフィアの安全のためにも、念のために、一応な」
かつての知り合いであろうと、今の味方であるとは限らない。
俺がそう言うと、ソフィアは困ったように眉を顰めて苦笑した。
「むう……わたしを想ってくれるお気持ちは嬉しいのですが、人を疑ってばかりではいけません。相手を信じるのも、大切なことですよ!」
「それでも、警戒はするに越したことは無いだろう」
「だ、大丈夫。今さら暴れたりしないよ……」
弓使いの少年は怯えた様子で約束した。
まあ、俺も本気で八つ裂きにするつもりはないが、その怯えた顔に、俺の気分は少しだけ良くなった。
「そんなに怖がらなくても大丈夫です。この魔獣さん、見た目は恐ろしいかもしれませんが、本当はとっても優しい方ですから」
ソフィアが弓使いの少年を安心させるために優しく宥める。
その二人のやり取りは、優しい姉とやんちゃな弟――今はまだ、そんな印象だった。
弓使いの少年は周囲をきょろきょろと見回す。
いまいち自分の状況が把握できていないようだ。
「ここは……?」
「冬の城ですよ、アレックス君」
俺やソフィアが答えるより先に、弓使いの少年と一緒だった魔術師の青年が答えた。
「ジーノ!! 無事だったんだね!」
「いやはや、私達はどうやらとんだ勘違いをしていたようですね。てっきりソフィア姫は冬の城に囚われているのかと思っていましたが、まさか異界の主に保護されていたとは……これは完全に想定の範囲外でしたね。しかし、これは予想しろというほうが無理な話です」
魔術師の青年は、やれやれといった様子で、皮肉気な笑みを浮かべながら説明した。
なお、俺は別に異界の主とやらになった記憶はないが……なんとなく俺に都合のよさそうな勘違いだったので敢えて訂正していない。
この辺りで一番強い魔獣であるのは事実なわけだし、ちょっと誇張しているだけだ。
「まあ、それより。アレックス君も見て下さいよ、この素晴らしく高性能なゴーレムを! 無機物に命を与えると云われる『仮面の魔女』作の逸品だそうです。まさかこんなところで出会えるなんて……」
魔術師の青年はうっとりとした表情で、自分を監視する仮面ゴーレムの全身を舐めるように観察していた。
時たまポンコツなところを見せる仮面ゴーレムたちだが、それを含めて仮面の魔女が手掛けた傑作なのだろう。
俗にいう、分かる者には分かる匠の技というやつである。
ただ悲しいかな、仮面ゴーレムのほうは魔術師ジーノに対して若干引いているように見えた。
「えーっと……それより、グランツとリップは? この部屋には居ないみたいだけど、二人とも大丈夫なの?」
弓使いの少年は魔術師のテンションに付いて行けなかったようだ。やや困ったような表情で話題を変えた。
「はい。リップさんは浴場を借りていますよ。あとで私達もお借りしましょう。グランツさんは……今は外ですかね?」
「……あの戦士が居るのは中庭の庭園だな。新しい剣の使い心地を試している」
曖昧な魔術師の代わりに俺が答えた。
ちなみに彼が試している新しい剣とは、俺が使っていた尻尾の大剣だ。
元々あの戦士が持っていた大剣は俺が砕いてしまったからな。
適当に拵えたものだが、とりあえず帰路の間に合わせには十分なはずである。
……あの戦士に新しい武器を持たせるのは、浅慮過ぎると思うか?
しかし、くどいようだが、あれは元々俺の尻尾だ。
つまり俺の体の一部。だから何も問題ない。
もし戦士が俺やソフィアに切りかかってくるなんてことがあれば、あの剣は一瞬で氷のように脆く砕け散るだろう。
――そんなふうに仕込んでおいたからな。
こんなことができる以上、むしろ俺の剣を持たせたのは予防線になるわけだ。
まあ、今さらあの戦士が俺たちに斬りか掛かってくる心配は要らなさそうだが……これも一応、念のためである。
これも今回の進化によって手に入れた能力。
切り落とされた体の一部でも、ある程度動かせる。
それどころか再生能力の応用で、好きな形に加工《・》することもできる。
この能力に気が付いた時は、慣れない感覚を奇妙に思ったが――使いこなせればここまで応用が利くのだ。
言ってしまえば普段からやっている自己進化の応用でしかないが、我ながらなかなか便利な能力を会得したものである。
そういう意味では、誤解と不幸なすれ違いから始まった今回の戦闘も、なかなかに有意義であった。
* * *
自分で言うのも変な話だが、俺の進化は完璧だった。
厳密には「進化」というよりも「変態」と表現すべきかもしれないが、変態はイメージが悪すぎるし、何より進化のほうがカッコイイからそう呼ぶことにする。
まあ、俺が進化する際は毎回死んでいるような状況だし、ある意味世代交代しているようなものだ。
ならば、“進化”でも問題ないだろう。
死と再生を繰り返した俺は、今や不死身なだけでなく、力に敏速、柔軟性、思考速度、魔力操作、魔術耐性、毒物耐性、感覚、才覚……あらゆる方面で圧倒的な戦闘能力を手に入れている。
さらには風や氷を操り、どんな場所でも自分の周囲を一時的に“冬”にすることができる――局所的な気候すらも操れるのだ。
これはもはや、名誉ドラゴンを自称しても過言ではない……かもしれない。
もちろん、モンスターを狩猟するゲーム的な意味でな。
さて、俺の進化は間違いなく完璧だったが、たった一つだけ進化の弊害があった。
それは思考力を増強した分、狂戦士状態の恩恵がほぼ無くなってしまったことである。
つまり、衝動に任せた行動ができなくなってしまったのだ。
「思考力の強化」と「原初の衝動」に依存する狂戦士状態。
この二つの相性は、とにかく悪すぎる。
感情に任せて暴れようとしても、脳裏によぎる冷静な思考――そいつは相変わらず俺の行動を制限していた。
思考は大事であるが、同時に不要な迷いになることも多い。
常に冷静さが求められる後衛ならともかく、直接刃を交えて戦っている最中に迷うのは……俺は不死だから問題なかったが、本当なら致命的な隙だろう。
そもそも、心の迷いを解決するために開発した狂戦士状態。そのはずなのに、いざという時に迷いを断ち切れないのはどういうことだ。
確かに、あの戦士と魔術師を攻略するには、本能と衝動に任せた愚直な攻撃では足りなかった。冷静さや狡猾さが必須であった――しかし、全ては過去の話。最強の状態に進化した今となっては、その言い訳も通用しない。
実際に終盤のほうは、強化された肉体だけで、あの二人と十分に渡り合えていた。
もっと言ってしまえば、より強くなる方針として、単純に肉体をさらに強化するという手段もあったはずなのだ。
しかし俺はその道を選べなかった。
これはもう、アレだな。
俺の適性と望んだ能力の間には、致命的な食い違いが存在した。
狂戦士状態は俺の性格と根本的に噛み合っていなかった。ここまで来ると、もはやそう結論づけざるを得ない。
ひと言で表せば、大失敗である。
まったく、こんなはずじゃなかったのに。
世の中いつだって、そう文句を言いたくなることばかりだ。
……ただ、今回に限っては、それに救われたのも事実だった。
結果的に誰一人死なずに済んだのは、色んな意味で不幸中の幸いだ。
それこそ、もし俺が徹頭徹尾狂戦士状態を貫いていれば……今頃、あの四人は命を落としていただろう。
もちろん他でもない、俺自身の鉤爪と牙によって。
奴らにとっても幸運なことだったはずだ。
完全な灰燼に焼き尽くされた状態から見事に復活を遂げた俺は、戦っている最中にふと気が付いてしまった。
あの四人は、俺を殺せない。
考えてみれば当たり前だ。
あの黒騎士が英雄の末裔なんていう反則じみた存在だっただけで、そこらの冒険者が俺を殺しうる手段を普通に所持しているなら、不死の呪いなんて成立しないのだ。
そうと気が付いてからは、狂戦士状態も鳴りを潜め、完全に目的は冒険者たちの捕獲へとシフトしていた。
端的に表現すれば、俗に言う手加減からの舐めプである。
そのついでに自分の身体の調整や最適化、運用試験を行なっていた。
その割には無視していた弓使いと斥候の少女に脳天を貫かれたり、泥沼に沈められたりと散々な目に合っている気もするが……それらの結果だってきちんと踏まえたうえで色々とアップグレードできているわけだから、総括的にはプラスだろう。
まあ、それも含めて、一種のノブレス・オブリージュというやつだな。
今の俺は不死身かつ最強の素敵な魔獣であるわけだから、弱く儚き定命の者共には優しくしてやる義務があるのだ。
あの戦いで、冒険者たちは死力を尽くして頑張っていたと思う。
だが悲しいことに、俺にとっては消化試合もよいとこであった。
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