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第五章 魔獣が生きる永遠と少女が生きる明日
魂に刻まれた過ち(下)
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――頭部を鷲掴みにされた弓使いは、力なく宙にぶらんと垂れ下がっていた。
足元には雪に塗れた斥候の少女。
泣きそうになりながらも必死に食らいついてくる。
俺はそんな少女を見下ろしながら言ってやった。
「グルルル。ああ、美しい友情だな――安心しろ、お前らの命だけは見逃してやる」
破れかぶれになりながらも、決して仲間を見捨てず立ち向かってきた彼女に、俺は惜しみない称賛の言葉を与えた。
「…………え?」
頭を掴まれた弓使いの少年は間の抜けた声を可愛らしい唇から漏らす。
斥候の少女もなぜか、呆然とした表情で俺を見上げていた。
ふむ、これはもしかして……まさか俺が喋れると思っていなかった、そんな感じの顔だな。
冷静に考えれば、こいつらの前で言葉を発したのは初めてだった気がする。
俺は獣の唸り声が混じった声で続けた。
「だが、もちろんタダで赦してやるわけにはいかない。ここを訪れた理由や背後関係、その他諸々も全部話してもらうからな……グルル、覚悟しておけ」
俺がそう言い終わったタイミングで、弓使いの少年は力尽きたように気を失った。
どうやら魔力を使い過ぎて気絶したようだ。
曇り空に吹き荒ぶ風、そしてその風に舞う雪の冷たさが、冒険者たちの敗北をより絶望的に演出していた。
俺は弓使いの細い身体を投げ捨て、ぞんざいに雪の上を転がす。
魔術師、戦士と続けて下し、弓使いを捕らえた状況。
あと抵抗が可能なのは、斥候のネコミミ少女ただ一人。
しかし彼女は、俺に対する有効打を持ち合わせていない。
もはや紛うことなき詰みの状態だった。
「それで、どうする? まだ抵抗してみるか?」
雪の上に座りこむ斥候の少女に、威圧感を以って問いかける。
「……本当に、ボク達を殺さないって、約束してくれるの?」
「さあな、それは俺の気分次第だ。だが、無駄に抵抗するようならば……俺は面倒臭いのが嫌いなのだよ。そのときは、この場でお前らを殺す」
斥候の少女に対して、俺は冷酷に言い放った。
この場全ての生殺与奪を俺が握っているこの状況。何もかもが俺の意志一つで決定される。
少しだけ、病み付きになってしまいそうな気持ち良さだ。
「わ、分かりました! ボクは全面的に従います! だから――!」
俺の言葉に仲間の危機を感じ取ったのだろう。斥候の少女は慌てて答えた。
「グルル、やっと自分の立場を理解したようだな。じゃあ、おとなしく付いて来い」
唸り声を喉に絡ませながら俺は、斥候の少女に命じた。
この少女が今さら俺に逆らう可能性なんて、一切考慮に入れていない。
俺はこの完膚なきまでの徹底的な勝利に、今まで経験したことが無い気分で酔いしれていた。
とはいえ、このまま自由にさせておくのは、いくらなんでも油断が過ぎるだろう。
そこで俺は面白いことを思い付く。
「ああ、そうだ。念のために、首輪でもつけておくか……」
少女の首に魔術を展開する。すると徐々に少女の首が凍りつき始めた。
「え、なに? キャッ!? 冷たい!! イヤッ! 止めて!!」
完成したのは氷の首輪だった。首輪を着けられ自由を奪われた少女の姿は、憐れな奴隷のようにも見えた。
「それは枷だ。もし、余計なことをすれば……お前の頭と胴体が離ればなれになるだろう」
俺は目一杯に恐ろしい声で斥候の少女を脅す
斥候の少女は首輪の冷たさと恐怖でガタガタと震えていた。
元プログラマの性なのだろう。
俺はどうも自分が直接戦うより、風や氷を操るほうに適性があるようだ。
それもリアルタイムで操るのではなく、あらかじめ決まった動きを設定して半自動化するとか、条件付きで発動する罠のようなタイプの魔術が得意なようである。
ただ、それらを設定するのにだって、流石に一瞬で……というわけにはいかない。
例えば『上を何かしらの生物が踏んだら』『その場を泥沼化させる』といった比較的単純な罠を構成するのにも、数秒程度は構築を考える余裕が必要だ。
さらに、あまり複雑な条件だと魔術として即興で構成するのは困難である。
周囲の環境や状況に合わせて、その場でで術式を作り直すなんて器用な真似もできない。
時間をかければ割と複雑な設定でも自由に作れそうだが……そうするにしても、運用試験なんかして細かいところを練っておかないと事故が起こりそうで怖い。
とはいえ、それらを踏まえても、使い方次第で強力な武器になることは間違いないだろう。
少女に科した氷の首輪にだって、もちろん仕掛けが施されている。
具体的には、俺に一定以上の敵意を向けるか、あるいは首輪の破壊を試みた瞬間、首輪の内側に氷の刃が生成されるのだ。
我ながら良い出来である。
ついでに、弓使いの少年にも同じように氷の拘束具を着けておく。
「こいつが抵抗をしないように、しっかり見張っていろ。その氷の枷を無理に砕いたり融かそうとしたりすれば……それは自動的に氷の刃でこの餓鬼を八つ裂きにするぞ。もちろん、お前も一緒にな」
俺は斥候の少女に念を押す。
少女は恐怖に目を見開きながら、何度も何度も頷いた。
さて、残りは戦士と魔術師を回収するだけである。
ついでに、抵抗できないよう、奴らの手足を氷漬けにしておこう。それで完璧なはずだ。
俺は弓使いの少年を担ぎながら斥候の少女を連行した。
ところがである。足を泥に沈めて凍らせた戦士の所まで戻る途中、雪原の向こうから駆け寄ってくる二つの影があった。
言うまでもないが、その正体はソフィアとクソウサギのペトラであった。
「魔獣さーん!!」
紺色のワンピースに白いエプロンを着け、首元にマフラーを巻いたソフィア。彼女は俺の姿を見つけると、手を振りながら駆け寄って来る。
「……ソフィア、どうしてここに居る」
俺はその不用心な様子に眉間を抑えた。
どうせ今回もクソウサギが、外の異変に感付いたのだろう。
だが、城の外で何か起きていると分かっているなら、勝手に城から出てこないでほしい。
「ソフィア、前回あったことを忘れたのか? また危険な目に合ったらどうするんだ」
ソフィアの安全を思って注意した。
「ごめんなさい! でも、居ても立ってもいられなくて……それに、前回危なかった魔獣さんがそれを言っても、説得力がありませんよ?」
ソフィアはそう切り返すなか、クソウサギが足元で、「そうだそうだ!」と囃し立てるように鳴いていた。
「ソフィアって……もしかして、貴女がソフィア姫、ですか?」
会話を横で聞いていた、首輪の斥候ネコミミ少女が声を漏らす。
王族として自分の名を呼ばれたことに気が付いたソフィア。
彼女は斥候の少女に向き直って、礼儀正しくその本名を答えた。
「……はい。わたしがソフィア・エリファス・レヴィオールです。貴女は――リップさん、ですよね?」
「なんだ、ソフィア。この娘に心当たりがあるのか?」
俺はソフィアに尋ねる。
「いいえ、彼女と直接の面識があるわけでは……ただ、貴女方の大まかな事情は、あちらでグランツさんから伺っています」
後半は斥候の少女に向けて言った台詞だった。どうやらソフィアはすでに、あの戦士と会って話をしていたらしい。
「それであの、もう一人……魔獣さんが背負っているその人が、もしかして……?」
ソフィアの視線が、俺の背中で気を失っている弓使いに向かう。
――もしかして、こっちの弓使いが、ソフィアの本物の知り合いか?
俺の直感がそう囁いた。
俺はソフィアが背負った弓使いの顔を見やすいように、身を屈めた。
その少年の顔を見て、ソフィアの唇から驚いたような声が零れる。
「やっぱり、アルくん……?」
それはおそらく、この少年の愛称だった。
「……その様子だと、今度は本当に知り合いのようだな」
「はい、わたしの……幼馴染です!」
俺が問うと、ソフィアは僅かに震える声で答えた。
どうやら、俺の予想は当たっていたようだ。
――これはきっと、感動の再開のはずだ。
俺は心の中で、ソフィアを祝福する。
レヴィオール王国の戦禍で離ればなれになった少年と少女。その二人が、時を越えて再び巡り合う――なんと良くできた、素晴らしい物語なのだろうか。
しかしなぜか、心のどこかでそれを面白くないと思っている自分が存在することに気が付いてしまった。
「……安心しろ、大きな怪我はしていない。魔力切れで気絶しているだけだ。命に別状はないだろう。多分」
「ああ、よかった。魔獣さん、ありがとうございます!」
ソフィアは俺に感謝して深々と頭を下げたが、俺はその姿に罪悪感を覚える。
「……礼は要らんさ。今回は余裕があったから、生かしておいただけだ」
それは紛れもない本音だった。
そもそも最初は狂戦士状態で皆殺しにしようとしていたのだ。礼を言われる筋合いなんてない。
「魔獣さん……」
「さて。まずは全員、城に連れて行こう。話はそれからだ」
俺はいたたまれなくなって、強引に話を打ち切った。
そして俺達は足が埋まった戦士と気絶していた魔術師を回収して、冬の城へと帰還したのである。
* * *
城に戻ったあと、ソフィアは冒険者四人に治療を施した。
そして、最後に弓使いの少年も無事に目覚めて、今に至るわけである。
今さら言うまでもないが、彼らに敵対の意思はなく、俺はある程度の自由を監視付きで許すことにした。
しかし終わってみれば……本気で、誰も殺すことにならなくて良かったな。
多少怪我をさせてしまっただけなら、以前ソフィアが服用した秘薬も残っているし、どうにでもなったはずだ。
だが、もし誰かが死んでしまっていれば、ソフィアが大いに悲しんだと思う。
結果だけを見れば全員軽症で済んでいるが、一つボタンが掛け違えていれば、何人かを俺が殺した未来があっても不思議ではなかった。
幸運だったな、お互いに。
俺は見事に生き延びた彼ら個々人の実力と、奇跡を手繰り寄せたその連携に感謝した。
とりあえず、狂戦士状態は封印しよう。
すでに魂に刻んでしまった以上、完全に捨てるのは難しいが……それはもう過去の失敗として受け入れるしかない。
仮に今後使うことがあったとしても、それはあの黒騎士みたいな相手と、一騎打ちする場合のみだ。
俺は心にそう誓った。
足元には雪に塗れた斥候の少女。
泣きそうになりながらも必死に食らいついてくる。
俺はそんな少女を見下ろしながら言ってやった。
「グルルル。ああ、美しい友情だな――安心しろ、お前らの命だけは見逃してやる」
破れかぶれになりながらも、決して仲間を見捨てず立ち向かってきた彼女に、俺は惜しみない称賛の言葉を与えた。
「…………え?」
頭を掴まれた弓使いの少年は間の抜けた声を可愛らしい唇から漏らす。
斥候の少女もなぜか、呆然とした表情で俺を見上げていた。
ふむ、これはもしかして……まさか俺が喋れると思っていなかった、そんな感じの顔だな。
冷静に考えれば、こいつらの前で言葉を発したのは初めてだった気がする。
俺は獣の唸り声が混じった声で続けた。
「だが、もちろんタダで赦してやるわけにはいかない。ここを訪れた理由や背後関係、その他諸々も全部話してもらうからな……グルル、覚悟しておけ」
俺がそう言い終わったタイミングで、弓使いの少年は力尽きたように気を失った。
どうやら魔力を使い過ぎて気絶したようだ。
曇り空に吹き荒ぶ風、そしてその風に舞う雪の冷たさが、冒険者たちの敗北をより絶望的に演出していた。
俺は弓使いの細い身体を投げ捨て、ぞんざいに雪の上を転がす。
魔術師、戦士と続けて下し、弓使いを捕らえた状況。
あと抵抗が可能なのは、斥候のネコミミ少女ただ一人。
しかし彼女は、俺に対する有効打を持ち合わせていない。
もはや紛うことなき詰みの状態だった。
「それで、どうする? まだ抵抗してみるか?」
雪の上に座りこむ斥候の少女に、威圧感を以って問いかける。
「……本当に、ボク達を殺さないって、約束してくれるの?」
「さあな、それは俺の気分次第だ。だが、無駄に抵抗するようならば……俺は面倒臭いのが嫌いなのだよ。そのときは、この場でお前らを殺す」
斥候の少女に対して、俺は冷酷に言い放った。
この場全ての生殺与奪を俺が握っているこの状況。何もかもが俺の意志一つで決定される。
少しだけ、病み付きになってしまいそうな気持ち良さだ。
「わ、分かりました! ボクは全面的に従います! だから――!」
俺の言葉に仲間の危機を感じ取ったのだろう。斥候の少女は慌てて答えた。
「グルル、やっと自分の立場を理解したようだな。じゃあ、おとなしく付いて来い」
唸り声を喉に絡ませながら俺は、斥候の少女に命じた。
この少女が今さら俺に逆らう可能性なんて、一切考慮に入れていない。
俺はこの完膚なきまでの徹底的な勝利に、今まで経験したことが無い気分で酔いしれていた。
とはいえ、このまま自由にさせておくのは、いくらなんでも油断が過ぎるだろう。
そこで俺は面白いことを思い付く。
「ああ、そうだ。念のために、首輪でもつけておくか……」
少女の首に魔術を展開する。すると徐々に少女の首が凍りつき始めた。
「え、なに? キャッ!? 冷たい!! イヤッ! 止めて!!」
完成したのは氷の首輪だった。首輪を着けられ自由を奪われた少女の姿は、憐れな奴隷のようにも見えた。
「それは枷だ。もし、余計なことをすれば……お前の頭と胴体が離ればなれになるだろう」
俺は目一杯に恐ろしい声で斥候の少女を脅す
斥候の少女は首輪の冷たさと恐怖でガタガタと震えていた。
元プログラマの性なのだろう。
俺はどうも自分が直接戦うより、風や氷を操るほうに適性があるようだ。
それもリアルタイムで操るのではなく、あらかじめ決まった動きを設定して半自動化するとか、条件付きで発動する罠のようなタイプの魔術が得意なようである。
ただ、それらを設定するのにだって、流石に一瞬で……というわけにはいかない。
例えば『上を何かしらの生物が踏んだら』『その場を泥沼化させる』といった比較的単純な罠を構成するのにも、数秒程度は構築を考える余裕が必要だ。
さらに、あまり複雑な条件だと魔術として即興で構成するのは困難である。
周囲の環境や状況に合わせて、その場でで術式を作り直すなんて器用な真似もできない。
時間をかければ割と複雑な設定でも自由に作れそうだが……そうするにしても、運用試験なんかして細かいところを練っておかないと事故が起こりそうで怖い。
とはいえ、それらを踏まえても、使い方次第で強力な武器になることは間違いないだろう。
少女に科した氷の首輪にだって、もちろん仕掛けが施されている。
具体的には、俺に一定以上の敵意を向けるか、あるいは首輪の破壊を試みた瞬間、首輪の内側に氷の刃が生成されるのだ。
我ながら良い出来である。
ついでに、弓使いの少年にも同じように氷の拘束具を着けておく。
「こいつが抵抗をしないように、しっかり見張っていろ。その氷の枷を無理に砕いたり融かそうとしたりすれば……それは自動的に氷の刃でこの餓鬼を八つ裂きにするぞ。もちろん、お前も一緒にな」
俺は斥候の少女に念を押す。
少女は恐怖に目を見開きながら、何度も何度も頷いた。
さて、残りは戦士と魔術師を回収するだけである。
ついでに、抵抗できないよう、奴らの手足を氷漬けにしておこう。それで完璧なはずだ。
俺は弓使いの少年を担ぎながら斥候の少女を連行した。
ところがである。足を泥に沈めて凍らせた戦士の所まで戻る途中、雪原の向こうから駆け寄ってくる二つの影があった。
言うまでもないが、その正体はソフィアとクソウサギのペトラであった。
「魔獣さーん!!」
紺色のワンピースに白いエプロンを着け、首元にマフラーを巻いたソフィア。彼女は俺の姿を見つけると、手を振りながら駆け寄って来る。
「……ソフィア、どうしてここに居る」
俺はその不用心な様子に眉間を抑えた。
どうせ今回もクソウサギが、外の異変に感付いたのだろう。
だが、城の外で何か起きていると分かっているなら、勝手に城から出てこないでほしい。
「ソフィア、前回あったことを忘れたのか? また危険な目に合ったらどうするんだ」
ソフィアの安全を思って注意した。
「ごめんなさい! でも、居ても立ってもいられなくて……それに、前回危なかった魔獣さんがそれを言っても、説得力がありませんよ?」
ソフィアはそう切り返すなか、クソウサギが足元で、「そうだそうだ!」と囃し立てるように鳴いていた。
「ソフィアって……もしかして、貴女がソフィア姫、ですか?」
会話を横で聞いていた、首輪の斥候ネコミミ少女が声を漏らす。
王族として自分の名を呼ばれたことに気が付いたソフィア。
彼女は斥候の少女に向き直って、礼儀正しくその本名を答えた。
「……はい。わたしがソフィア・エリファス・レヴィオールです。貴女は――リップさん、ですよね?」
「なんだ、ソフィア。この娘に心当たりがあるのか?」
俺はソフィアに尋ねる。
「いいえ、彼女と直接の面識があるわけでは……ただ、貴女方の大まかな事情は、あちらでグランツさんから伺っています」
後半は斥候の少女に向けて言った台詞だった。どうやらソフィアはすでに、あの戦士と会って話をしていたらしい。
「それであの、もう一人……魔獣さんが背負っているその人が、もしかして……?」
ソフィアの視線が、俺の背中で気を失っている弓使いに向かう。
――もしかして、こっちの弓使いが、ソフィアの本物の知り合いか?
俺の直感がそう囁いた。
俺はソフィアが背負った弓使いの顔を見やすいように、身を屈めた。
その少年の顔を見て、ソフィアの唇から驚いたような声が零れる。
「やっぱり、アルくん……?」
それはおそらく、この少年の愛称だった。
「……その様子だと、今度は本当に知り合いのようだな」
「はい、わたしの……幼馴染です!」
俺が問うと、ソフィアは僅かに震える声で答えた。
どうやら、俺の予想は当たっていたようだ。
――これはきっと、感動の再開のはずだ。
俺は心の中で、ソフィアを祝福する。
レヴィオール王国の戦禍で離ればなれになった少年と少女。その二人が、時を越えて再び巡り合う――なんと良くできた、素晴らしい物語なのだろうか。
しかしなぜか、心のどこかでそれを面白くないと思っている自分が存在することに気が付いてしまった。
「……安心しろ、大きな怪我はしていない。魔力切れで気絶しているだけだ。命に別状はないだろう。多分」
「ああ、よかった。魔獣さん、ありがとうございます!」
ソフィアは俺に感謝して深々と頭を下げたが、俺はその姿に罪悪感を覚える。
「……礼は要らんさ。今回は余裕があったから、生かしておいただけだ」
それは紛れもない本音だった。
そもそも最初は狂戦士状態で皆殺しにしようとしていたのだ。礼を言われる筋合いなんてない。
「魔獣さん……」
「さて。まずは全員、城に連れて行こう。話はそれからだ」
俺はいたたまれなくなって、強引に話を打ち切った。
そして俺達は足が埋まった戦士と気絶していた魔術師を回収して、冬の城へと帰還したのである。
* * *
城に戻ったあと、ソフィアは冒険者四人に治療を施した。
そして、最後に弓使いの少年も無事に目覚めて、今に至るわけである。
今さら言うまでもないが、彼らに敵対の意思はなく、俺はある程度の自由を監視付きで許すことにした。
しかし終わってみれば……本気で、誰も殺すことにならなくて良かったな。
多少怪我をさせてしまっただけなら、以前ソフィアが服用した秘薬も残っているし、どうにでもなったはずだ。
だが、もし誰かが死んでしまっていれば、ソフィアが大いに悲しんだと思う。
結果だけを見れば全員軽症で済んでいるが、一つボタンが掛け違えていれば、何人かを俺が殺した未来があっても不思議ではなかった。
幸運だったな、お互いに。
俺は見事に生き延びた彼ら個々人の実力と、奇跡を手繰り寄せたその連携に感謝した。
とりあえず、狂戦士状態は封印しよう。
すでに魂に刻んでしまった以上、完全に捨てるのは難しいが……それはもう過去の失敗として受け入れるしかない。
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