【完結】 強靭不死身の魔獣王 ~美女の愛はノーサンキュー~

百駿歌翅(ナナシノネエム)

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番外編 はぐれウサギと孤独なオオカミ

とある冬の世界に

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 とある冬に閉ざされた世界。一年中雪と氷におおわれた世界。
 そこに、とある一羽がシロウサギは暮らしていました。

 とてもかわいい、そしてまだ幼い、シロウサギの女の子です。

 ウサギたちに名前をつけるという習慣はありませんでした。
 ですが、彼女は仲間内から灰色の耳――『灰色耳』と呼ばれていました。

 なぜかというと、年中雪が降り積もる冬の世界のウサギたちはみんな、全身真っ白な毛でおおわれているのが普通でしたが、彼女だけは耳の先っぽが灰色だったのです。

 ほかの仲間たちはせいぜい『体が大きい』とか『毛が長い』……といった程度の呼ばれ方しかしません(しかも、大抵の場合は、誰かと呼ばれ方が同じになってしまいます)。
 そんななか、彼女の『灰色の耳』なんて呼ばれ方はかなり特別で、彼女はなんとなくそれを自慢気じまんげに思っていました。



 彼女の家族が住んでいたのは、とっても大きなモミの木の、その根元にある穴の中でした。
 穴の中には彼女以外にも三羽の子ウサギが居ました。でも、『灰色耳』とはあまり仲が良くありません。

 じつをいうと、一年中冬に閉ざされた世界のウサギたちは、土地の魔力マナによって、普通のウサギより高い知能を得た魔獣です。
 なので、普通のウサギとは違って、ちょっとした氷の魔法を使うことができます。また、知能も高く、生き残るために仲間と力を合わせ、自分より大きな獣と戦うことも多々ありました。

 ただ、それでも普段なら、自分からキツネやオオカミに近付くことはありません。
 特にこの森では、キツネやオオカミだって魔獣になっているのですから、外の世界の猛獣たちなんかより、よっぽど危険なのです。

 しかし、『灰色耳』は姉妹たちに比べてとてもでした。

 ――ようし、きょうこそはキツネにかつぞ!

 彼女はキツネやオオカミ、それに空から襲い掛かってくるタカなんかからひたすら逃げ続けるような生き方は、まっぴらごめんだと思っていました。
 だから彼女は強くなるために、積極的にキツネやオオカミたちと戦うようになりました。

 そんなこと、もちろん危険な行為です。
 下手をすれば、『灰色耳』だけでなく巣穴に潜む他の姉妹たちまで見つかって食べられてしまいまうでしょう!

 と言うわけで、彼女が巣穴から追い出されるのは当然の流れでした。

 ――あんたがいたら、命がいくつあってもたりないよ! 私たちを巻き込まないでおくれ! そんなにケンカしたいなら、枯れ木の森にでも行けばいい!

 母親ウサギが、クゥクゥと鳴きました。

 枯れ木の森とは、葉の落ちた木々が立ち並び、恐ろしい猛獣たちが生息する危険な森です。
 だから、それは遠回しに『死んでしまえ』と言っているのと大差ありませんでした。

 母親ウサギは地面をトントンとスタンピングする仕草をしながら、やんちゃな娘を追い出すと、さっさと巣穴の中に引っ込んでしまいます。

 ――ふんだ! おまえたちは、くらいあなのなかで、ずっとおびえながらくらしていればいいんだ!

『灰色耳』は不機嫌に捨てゼリフ(実際はクゥクゥ鳴いただけですが)を吐き捨てました。

 こうしてやんちゃなシロウサギの彼女は、はぐれウサギとなったのです。



 独りぼっちになった『灰色耳』は、これからどうしようかと考えました。
 そして、良い考えはすぐにひらめきました。

 ――そうだ! ちょーろーにそうだんしてみよう!

 彼女の言う『ちょーろー』とは『長老』のことです。

 ウサギたちのなかでもっとも長生きなその老ウサギは、そこら辺のウサギたちよりずっと物知りでした。
 きっと長老なら、これからどうすればいいか良いアイデアを教えてくれるでしょう。

 まだまだ子供な灰色耳。分からないことはいっぱいあるのです。
 でも長老ならきっと、何かいい考えを教えてくれるはず!

 はぐれウサギの『灰色耳』はさっそく、長老が住む大穴蔵おおあなぐらへと向かいました。



 ――なるほどのう。

 その年老いたウサギは話を聞き終えると、呆れたようにうなずきました。

 ――あたいはどうすればいいんだ? いいかんがえをおしえてくれよ!

 灰色耳は元気よくたずねました。

(正直なところ、そんなこと相談されても困るのう……)

 昼寝してたところをたたき起こされた長老ウサギは、寝ぼけた頭を悩ませます。

 ――まず……そもそもおぬしは、何がしたいんじゃ?

 ――もちろん! あたいは、いきたいんだ!

 灰色耳は胸を張って、フンスと鼻息を鳴らしました。

 ――ふむ? ワシの前におるお主は、間違いなく生きておるように思えるが……?

 少なくとも、彷徨さまよう死体や骸骨には見えません。
 しかし、灰色耳は言いました。

 ――ダメ。いまのままじゃ、『いきのこっている』だけだ。みんなみたいに、なにかにおびえながら、おわるひをまつのはイヤなんだ。

 かしこい長老ウサギには、灰色耳の言っている意味がなんとなく理解できました。

(そうか、こやつは……)

 ――ねえ、あたいがおもっていることは、そんなにおかしいか?

 長老ウサギは肯定せず、静かに目を閉じました。

 確かに、普通のウサギにとって、一番大事なのは、生き残ることと、子孫を残すこと。
 それなのに、灰色耳の考え方は、その真逆であると表現しても過言ではありません。

 でも、長老ウサギは不思議なことに、いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていたのです。

 ――間違ってはおらんよ。だが、おぬしの考え方は、おおよそ耳長ミミナガ族の考え方ではない。それだけじゃ……。

 たまにあるのです。
 このウサギたちのように魔力を持つ生き物には、仲間たちと大きく違った特別な個体が生まれることが。

 だから長老は、目の前の灰色耳なウサギもなんだろうと納得しました。
 ずいぶんと長く生きた彼にとっては、決して初めてのことではありませんでした。

 ちなみに――これは流石の長老も知りませんでしたが――人間たちはそんな特別な個体のことを、魔獣の『ユニーク種』と呼んでいるのでした。



 ――つまり、強くなりたいんじゃな、おぬしは。

 長老が尋ねると、灰色耳はぴょんと飛び上がりました。

 ――それだ! あたいはそのために、なにをすればいい?

 無邪気にたずねてくる彼女に対し、長老は一瞬だけ答えるかどうか迷いましたが、結局教えてあげることにしました。
 なぜなら、灰色耳なら放っておいても、きっと同じことをするからだろうです。

 耳長ミミナガ族にしては色濃く出てきた、『強くなりたい』と望む魔獣の本能。まるでその本能が、彼女の運命を導いているかのようでした。

 ――強くなりたい、か……ならば、戦い続けるしかないのう。おのれよりも、強い獣たちと。

 ――えーっと……つまり、いままでどおり?

 ――まあ、ある意味、そうじゃな……では、枯れ木の森へ行きなさい。あそこなら、相手に困ることは無いじゃろう。

 長老は知っていました。一度なってしまった者は、もう平穏な生涯を終えることはできないのです。
 だから、危険だとはわかっていても、本当に強くなれる方法を教えてあげたのでした。

 ――わかった! ありがとう、ちょーろー!

 灰色耳は元気に飛び跳ねると、そのまま枯れ木の森へと向かって飛ぶように駆け出していきました。

 ――達者でな……。

 長老ウサギは、そっと見送りました。

 灰色耳は自分のことを、特別な存在だと思っていました。そして、長老ウサギから見ても彼女は確かに特別でした。

 ただし、長老が特別だと感じたのは内面の話です。

 彼女がほかの耳長族と同じようには生きることは、きっとできないのでしょう。

 長老ウサギは少し淋しそうな表情をしましたが、仕方ないことだと割り切ります。
 そして、そのまま目を閉じると、昼寝の続きを始めたのでした。



 さて、枯れ木の森へと向かう灰色耳。
 その途中で、若いオスのウサギに会いました。

 ――よう! 灰色耳!

 彼は灰色耳よりも少し先に生まれた、いわゆる幼馴染のウサギでした。
 とは言っても、多産なウサギにとって、幼馴染なんて数えきれないほどいて、その多くがキツネなんかに食べられて居なくなってしまうわけですが。

 ――あ、おまえ!

 随分な挨拶ですが、そのオス(というより、男の子)のウサギには『灰色耳』のような名前はありません。
 だからこれが、ウサギたちにとっての当たり前なのです。

 ――どこへ行くんだ? きょうもイタチをやっつけるのか?

 ――かれきのもり!

 ――へぇ、枯れ木の森かぁ……枯れ木の森!? マジで!?

 男の子のウサギは驚きのあまり跳び上がりました。

 ――あそこはキケンだって、みんなが言っているだろ? なんでわざわざ行くのさ?

 ――つよくなるため!

 ――強く……?

 ――つよく!

 灰色耳は雪の地面をトントンとんと踏みつけました。

 ――あたいよりつよいやつにあいにいく! それでいっぱいやっつけて、もっともっとつよくなる!

 ――何それ、すっげぇおもしろそう!

 好奇心に駆られ、男の子のウサギも枯れ木の森へと行きたくなりました。
 でも、自分と灰色耳だけでは、少し不安なのも事実でした。

 だから、男の子のウサギはこう提案しました。

 ――なあ、どうせなら、みんなで行こうよ!

 ――うん、いいよ!

 旅は道連れ世は情け。
 同世代のウサギたちに声をかけると、その多くが付いて来てくれることになりました。

 これも魔獣としての本能でしょうか。
 灰色耳が言った『強くなる』という言葉は、それだけ魅力的だったのです。

 こうして、一部の若いウサギたちが、はぐれウサギの群れとなって、枯れ木の森へと移り住んだのでした。



 枯れ木の森での暮らしは、そこそこ順調でした。
 弱肉強食な野生の世界。何羽かのウサギたちは食べられてしまいましたが、灰色耳たちはチームプレイを駆使して、自分より強くて大きなけものたちを次々に返り討ちにしていきました。



 最初はイタチに勝ちました。
 さすがは枯れ木の森にんでいるだけあって、そのイタチは灰色耳が知るイタチよりも強かったですが、特に苦も無く勝利しました。



 別の日にはイノシシにも挑みました。
 単細胞な彼らは、いたずら好きなウサギたちに翻弄ほんろうされ、最終的には目を回してしまいました。



 もとから枯れ木の森にんでいた先輩ウサギとも戦いました。
 ただし、それは命を懸けた戦いではなく、ちょっとした縄張り争いです。
 親切な彼らが教えてくれた生き残るすべのおかげで、はぐれウサギの群れはいつしか立派な枯れ木の森のウサギになっていました。



 あと、シカにも勝負を挑みました。
 でも、彼らは相手にしてくれず、さっさと逃げて行ってしまいました。



 ついでに、オオカミにも挑みました。
 襲ってきたオオカミを仲間たちみんなで取り囲んで、コテンパンにしてやりました。

 ――やった! ついにオオカミにかったぞ!

 灰色耳たちは、自分たちの勝利に、跳びはねて喜びました。



 しかし、オオカミが一匹や二匹ならともかく、群れが相手だと逃げることで精いっぱいです。

 他にも、まだ勝てない相手は沢山います。

 空を飛ぶタカは為すすべがありませんし、キツネは狡賢ずるがしこくて厄介です。

 そして、強くて頑丈なクマが相手だと、ウサギたちには何もできません。

 ですが、灰色耳は戦うたびに、自分が相手の魔素チカラを取り込んで、どんどん強くなっていることを実感していました。
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