伯爵令嬢のアルバイト事情ー婚約者様が疑わしいですー

柚木

文字の大きさ
18 / 77
閑話

妹がアルバイトをはじめたいらしい(ケイ視点)

しおりを挟む
 クリスが街の視察に出ると言ったから護衛の任務で着いて行った。学園時代は、よくクリスとグレンと街に行っていたから、クリスも無茶なことをするわけもない。
 ただの護衛という名のサボりみたいなものだ。
 異常もなく、クリスも息抜きのように過ごしていた。視界の端で妹らしき人物を捉えたが、ここにるわけもないと思いながらも、その人物を確認する。
 見間違えではなく、本当に妹だった。何故、グラッチェの前でオロオロとしている。
 店前で何を迷っているのかと思ってしまう。俺やクリスは何度も足を運んでいるため気にすることもなく入店出来るが、王宮で開かれた茶会の一件から妹は屋敷と茶会でしか外出することがない。そんなあいつが、よくもひとりでここにいるものだと感心していると「あそこにいるのは、アンジュでいいんだよな?」、久しぶりに会うせいかクリスは自信なさげに聞いてくる。
「間違いない。だけど、何であんなところにいるんだろうな」
「学生くらいの者たちに、グラッチェは人気だからアンも誰かから聞いたのだろう」
「だけど、普通ひとりで来るか?」
「まあ、あれくらいの年齢なら数人の令嬢か婚約者と来るはずだからな」
 婚約者か…。妹の婚約者──ユーゴ・ハミルトン がよくここに出入りしていると言う話を聞いたな。
 それなら、ユーゴと待ち合わせでもしているのなら、邪魔しても悪いと思い立ち去ろうとすれば、「あっ、ひとりで入っていったぞ」と俺の期待を砕くような言葉を前にいる王子は平然と口にする。
「何で、ひとりで入るんだよ」
「気になるなら、俺たちも行くか」
 勝手に言ってるが、その提案に乗ることにし、クリスを置いてすぐに店のドアを開くと、そこには初めての世界で固まっている妹がまだいた。
 来店人数を聞かれているのに答えられずにいるみたいだったので、「3名で」と答える。
「よっ、アンジュ」
「クリス様にケイお兄様」
 同じ屋敷に住んでいても最近会うことない妹は、驚いた顔をしているが、それが中々間抜けで笑いそうになる。
「アン、久しぶりだな」
 クリスはクリスで、久しぶりに妹に会えたことで嬉しそうだ。
「俺はついでかよ。兄妹なのに冷たいな」
 俺の名前よりもクリスの名前が先に呼ばれたことに不満だが、身分上仕方がないのかもしれない。
 だが、兄として妹のことを可愛いと思い可愛がっていた分、いじけてしまう。
「殿下とお兄様では格が違います。それに、殿下は私のことをひとりの女性として扱ってくれますから」
 女性の部分を強調しているが、俺にとって可愛い妹はいつまで経っても可愛いままなので、女性ではなく子どもみたいなものだ。それに、食意地が張っている癖によく言う。
 店の者が案内した席に妹をひとりがけにし、クリスの隣に護衛として着席する。そして、クリスが疑問そうに、「それにしても、アンがこんなところにひとりでのは珍しいな。どうしたんだい?」と口にすれば「そ、それは」と妹は狼狽えている。
 この狼狽えようは待ち合わせではないようだ。
 妹が僅かに視線をを反らし、少しだが瞳孔が開いたので、どうしたものかと思い視線を辿れば、ユーゴが女性連れで入店してきた。
 明らかに動揺している。
 あの女に見覚えがあった。数日前に、王家から送られて来た婚約の打診のため何枚かの釣書(つりがき)の中にいたひとりだ。
「はぁーん、そういうことか。お前、捨てられたな」
 冗談でからかってみるが、青白くしている姿を見ると、どうやら冗談だと通じなかったみたいだ。
 隣にいるクリスからの視線が痛い。
 そして、爽やかな王子の笑みを浮かべながら、優しい台詞を吐くクリスがおもしろくなってしまい肩が震える。
 込み上げてくる笑いに、とうとう耐えられなくなり声が漏れると、隣から足が踏まれるが護衛用の靴を履いているため、効果はないが。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

ドレスが似合わないと言われて婚約解消したら、いつの間にか殿下に囲われていた件

ぽぽよ
恋愛
似合わないドレスばかりを送りつけてくる婚約者に嫌気がさした令嬢シンシアは、婚約を解消し、ドレスを捨てて男装の道を選んだ。 スラックス姿で生きる彼女は、以前よりも自然体で、王宮でも次第に評価を上げていく。 しかしその裏で、爽やかな笑顔を張り付けた王太子が、密かにシンシアへの執着を深めていた。 一方のシンシアは極度の鈍感で、王太子の好意をすべて「親切」「仕事」と受け取ってしまう。 「一生お仕えします」という言葉の意味を、まったく違う方向で受け取った二人。 これは、男装令嬢と爽やか策士王太子による、勘違いから始まる婚約(包囲)物語。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

『すり替えられた婚約、薔薇園の告白

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢シャーロットは幼馴染の公爵カルロスを想いながら、伯爵令嬢マリナの策で“騎士クリスとの婚約”へとすり替えられる。真面目なクリスは彼女の心が別にあると知りつつ、護るために名乗りを上げる。 社交界に流される噂、贈り物の入れ替え、夜会の罠――名誉と誇りの狭間で、言葉にできない愛は揺れる。薔薇園の告白が間に合えば、指輪は正しい指へ。間に合わなければ、永遠に 王城の噂が運命をすり替える。幼馴染の公爵、誇り高い騎士、そして策を巡らす伯爵令嬢。薔薇園で交わされる一言が、花嫁の未来を決める――誇りと愛が試される、切なくも凛とした宮廷ラブロマンス。

今から婚約者に会いに行きます。〜私は運命の相手ではないから

ありがとうございました。さようなら
恋愛
婚約者が王立学園の卒業を間近に控えていたある日。 ポーリーンのところに、婚約者の恋人だと名乗る女性がやってきた。 彼女は別れろ。と、一方的に迫り。 最後には暴言を吐いた。 「ああ、本当に嫌だわ。こんな田舎。肥溜めの臭いがするみたい。……貴女からも漂ってるわよ」  洗練された都会に住む自分の方がトリスタンにふさわしい。と、言わんばかりに彼女は微笑んだ。 「ねえ、卒業パーティーには来ないでね。恥をかくのは貴女よ。婚約破棄されてもまだ間に合うでしょう?早く相手を見つけたら?」 彼女が去ると、ポーリーンはある事を考えた。 ちゃんと、別れ話をしようと。 ポーリーンはこっそりと屋敷から抜け出して、婚約者のところへと向かった。

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

処理中です...