伯爵令嬢のアルバイト事情ー婚約者様が疑わしいですー

柚木

文字の大きさ
46 / 77
2章 アルバイト開始

7

しおりを挟む
 可愛いアンを見つめていると、この部屋から追い出したくて仕方がない男の笑い声が聞こえる。
「ハハハハ、薔薇よりは控え目に咲いている花が好きだな。特にユーゴ、お前はそちらの傾向が強いよな」
「うるさいですよ。私が何の花を愛でようと、貴方には関係のない話です」
 しかも何故、花の話を此方に振る。勿論、派手な女性よりも控え目で可愛らしい女性が好みだ。
 だからこそ、姉の友人であり薔薇のようなトロント伯爵令嬢の見た目は好きにはなれないが、彼女の性格は嫌いではない。
 ただ、アンのような可憐な女性は中々いない。殆どが、薔薇のように派手か毒花ばかりみえる。
「ユーゴも花が好きだったのね。知らなかったは。何の花が好きなの?今度は、ハンカチに縫う刺繍は、ユーゴの好きな花にするわ」
 それにしても、アンの鈍さには頭を抱えたくなる。これでは、社交場に同伴してもらったときに、他の男に言い寄られるのではないかと心配で側から離れられない。元々、離れるつもりはないが、連れ出すことも躊躇ってしまうほどだ。
 溜息交じりに「僕は別に花など…」と、ボソッと呟いたつもりだったが、アンの肩が小さく跳ねた気がする。気のせいだといいが。
 何かを思い出したかのように、いきなり表情を明るくする。先程までは、少しだがぎこちなく感じていた。
「そう言えば、ユーゴのために沢山刺繍をしたの。渡す機会がなかったから、渡せなかったのだけれど、何時なら渡せる?」
 会う度にアンが渡してくれる刺繍入りのハンカチは、僕の携帯品のひとつになっている。いつでも、アンを感じられると思い持ち歩いているのだが、そのことを何故か殿下の執務室にいるメンバーが知っているのかはわからない。ひとことも、そのような話はしたことはないというのに。
 また、アンが僕のために刺繍入りのハンカチを渡してくれると思うと、明日アンを誘うおうとしていたから、丁度いい。
「明日なら、空いている」
 花が咲いたように笑うものだから、すごく幸せな気分だ。向かい合いながらしばらく互いに見つめ合っているというのも、何だか恥ずかしいな、と思っていれば「おい、二人だけしかいない空間ではないことを忘れるな」と、追い出す予定の男が話し掛けてくる。
 無視をしていれば、殿下の存在を半分本気で忘れていたであろうアンが謝りだす。
「あっ、大変申し訳ありません」
 謝ったのはいいが、今度は殿下の顔をずっと見ているのが面白くない。殿下と僕の顔は似ているとよく言われる。ふたりとも御爺様似だと言われたが、仮にも一国の王太子と顔が似ているというのは不都合しかない。
 何度、殿下に好意を持っている女性に言い寄られたか。
「私の顔に見惚れたか」
「えっ」
 何を言っているのだ。寝言は寝て言えと思いながら、アンの視界を遮るように前に立つ。
 同じような顔でも、全てが同じではない。ただ造りが似ているだけだ。
「あなたに、見惚れるわけはありませんよ」
「アンジュ嬢も、幼い頃にお前の顔目当てで声をかけたのではないか」
 きっぱりと告げれば、面白いものを見たときのように目が少しだけ細くなる。昔、シルビア様の遊び相手を決める茶会で会ったときですら、アンは殿下に目をくれずにお菓子を貪っていた。それを、この人は忘れたわけではない。
 それに、顔で選ばれたことは知っている。初めて会った時に、緊張しながらも話し掛けてくれるアンは、僕を目の前にしながら顔を真っ赤にしていたのだから。
「うっ、そそれは」
 動揺したようで、言葉に詰まってしまったようだ。背後にいるアンが気になる。
「そうだとしても、あの頃に話しかけてくれる令嬢は彼女だけでしたから」
「そうか。それで、彼女に婚約を申し込んだわけか」
 だから、何だと言うのだ。彼女は僕が侯爵家の人間で王族とも縁戚関係にあるなど知らずに話し掛けてくれたのだ。あの頃は、既に侯爵家や王家と繋がりを持ちたい貴族令嬢から話し掛けられることは多かったが、一睨みすれば消えていなくなった。
 そのことを抜くに初めて話しかけてきたアンの表情をみたときに、彼女は何も知らないのだと幼いながらにわかった。ただ、真っすぐに僕に話し掛けてくれた唯一の令嬢だ。
 そんな彼女の存在を、この男にとやかく言われる筋合いはない。
「あの殿下。私、飾る花を探して参りますね」
 気まずくなったのか、逃げだしてしまいそうな彼女を引き留めたのは、目の前にいる男だ。
「わざわざ、探さなくて構わない。アンジュ嬢、あなたを我が執務室にご招待します。是非、私にエスコートさせてください」
 婚約者である僕の存在を無視して、甘言を吐き出している。慣れていない彼女は固まってしまい動けないでいる。そんなアンに手を伸ばそうとするものだから叩き落してやった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

夫「お前は価値がない女だ。太った姿を見るだけで吐き気がする」若い彼女と再婚するから妻に出て行け!

佐藤 美奈
恋愛
華やかな舞踏会から帰宅した公爵夫人ジェシカは、幼馴染の夫ハリーから突然の宣告を受ける。 「お前は価値のない女だ。太った姿を見るだけで不快だ!」 冷酷な言葉は、長年連れ添った夫の口から発せられたとは思えないほど鋭く、ジェシカの胸に突き刺さる。 さらにハリーは、若い恋人ローラとの再婚を一方的に告げ、ジェシカに屋敷から出ていくよう迫る。 優しかった夫の変貌に、ジェシカは言葉を失い、ただ立ち尽くす。

~春の国~片足の不自由な王妃様

クラゲ散歩
恋愛
春の暖かい陽気の中。色鮮やかな花が咲き乱れ。蝶が二人を祝福してるように。 春の国の王太子ジーク=スノーフレーク=スプリング(22)と侯爵令嬢ローズマリー=ローバー(18)が、丘の上にある小さな教会で愛を誓い。女神の祝福を受け夫婦になった。 街中を馬車で移動中。二人はずっと笑顔だった。 それを見た者は、相思相愛だと思っただろう。 しかし〜ここまでくるまでに、王太子が裏で動いていたのを知っているのはごくわずか。 花嫁は〜その笑顔の下でなにを思っているのだろうか??

【完結】婚約者と養い親に不要といわれたので、幼馴染の側近と国を出ます

衿乃 光希
恋愛
卒業パーティーの最中、婚約者から突然婚約破棄を告げられたシェリーヌ。 婚約者の心を留めておけないような娘はいらないと、養父からも不要と言われる。 シェリーヌは16年過ごした国を出る。 生まれた時からの側近アランと一緒に・・・。 第18回恋愛小説大賞エントリーしましたので、第2部を執筆中です。 第2部祖国から手紙が届き、養父の体調がすぐれないことを知らされる。迷いながらも一時戻ってきたシェリーヌ。見舞った翌日、養父は天に召された。葬儀後、貴族の死去が相次いでいるという不穏な噂を耳にする。恋愛小説大賞は51位で終了しました。皆さま、投票ありがとうございました。

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

【完結】結婚式前~婚約者の王太子に「最愛の女が別にいるので、お前を愛することはない」と言われました~

黒塔真実
恋愛
挙式が迫るなか婚約者の王太子に「結婚しても俺の最愛の女は別にいる。お前を愛することはない」とはっきり言い切られた公爵令嬢アデル。しかしどんなに婚約者としてないがしろにされても女性としての誇りを傷つけられても彼女は平気だった。なぜなら大切な「心の拠り所」があるから……。しかし、王立学園の卒業ダンスパーティーの夜、アデルはかつてない、世にも酷い仕打ちを受けるのだった―― ※神視点。■なろうにも別タイトルで重複投稿←【ジャンル日間4位】。

亡き姉を演じ初恋の人の妻となった私は、その日、“私”を捨てた

榛乃
恋愛
伯爵家の令嬢・リシェルは、侯爵家のアルベルトに密かに想いを寄せていた。 けれど彼が選んだのはリシェルではなく、双子の姉・オリヴィアだった。 二人は夫婦となり、誰もが羨むような幸福な日々を過ごしていたが――それは五年ももたず、儚く終わりを迎えてしまう。 オリヴィアが心臓の病でこの世を去ったのだ。 その日を堺にアルベルトの心は壊れ、最愛の妻の幻を追い続けるようになる。 そんな彼を守るために。 そして侯爵家の未来と、両親の願いのために。 リシェルは自分を捨て、“姉のふり”をして生きる道を選ぶ。 けれど、どれほど傍にいても、どれほど尽くしても、彼の瞳に映るのはいつだって“オリヴィア”だった。 その現実が、彼女の心を静かに蝕んでゆく。 遂に限界を越えたリシェルは、自ら命を絶つことに決める。 短剣を手に、過去を振り返るリシェル。 そしていよいよ切っ先を突き刺そうとした、その瞬間――。

婚約破棄、ありがとうございます

奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。

処理中です...